森育ちのお嬢様にネットは難しい 作:ワクワクを思い出すんだ!
なんとお気に入り1,800人超えました。
皆様の応援のおかげでなんとか書き続けられています。これからもよろしくお願いします。
あと、今回のリミットレギュレーションでカエル君が名誉メルフィーから卒業しました。まあ順当と言われればそうなんですが、いつかビーバーと一緒に使ってみようと思っていただけに残念です。
このままだとスプライト先生に頼っちまうよ……。
あと虚無空間はもう来ないで(切実)
そんなわけでオリジナル回です。
メルフィーズ編︰かくれんぼ
森の中に切り株ひとつ。
ここからみる景色がうさぎさんのお気に入りの場所。
朝はあたたかいお陽さまと、もくもくとやわらかそうな雲が、夜にはまんまるのお月さまと、いっぱいお星さまが見える。
だから、おともだちも呼んで、ここで過ごすのが好きでした。
でも今は女の子が座っています。
下を向いて、縮こまって、元気がなさそう。
女の子もうさぎさんたちとなかよし。
森の中でおいかけっこしたり、おひるねしたり、のんびりと過ごしていました。
女の子が悲しいと、うさぎさんも悲しいです。
だから、元気を出してほしくて、うさぎさんは女の子の頭の上に乗って、顔をあげて欲しそうにしています。この景色をみれば、笑ってくれるにちがいありません。
でも、女の子はずっと、下を向いてばかり。
どうしてだろう、うさぎさんは他のおともだちに理由を聞いてみたけど、みんなわからないようです。
「主は今、かつてない孤独と悔悟の渦中にいる。
支えとしていたものも無くなり、隠され続けた真実を知り、己を保てなくなってしまっている」
物知りのライオンさんは知っているみたいでした。何があったかはわからないけど、とてもかわいそうなことがあったみたい。
「今はただ、黙って寄り添ってやるのだ。
主が人間界にいるためには、心を整理する時間が必要なのだから」
たぶん、ライオンさんがそう言うなら、きっとそうなんだろうなと、うさぎさんは思いました。
けれど、こうも思いました。
人間界にいる必要なんてあるのかな、って。
おともだちと一緒に、人間界を見ていました。
楽しそうなこともたくさんあったけど、女の子を悲しませるようなことがあったのは間違いないから。
だったら、楽しくて、悲しいことなんてない、この世界にずっと居ればいいじゃないか。
うさぎさんには難しいことはわからないけど、この森が素晴らしいことは自信を持って言えました。
おともだちのみんなにそのことを話すと、みんなも賛成してくれました。もっと女の子と一緒に遊べるって言ったら、さらに喜んでくれました。
やったね、うさぎさんの考えは間違っていないみたい!
ねこさんが教えてくれました。
この森を抜ければ大きな“穴”があって、そこに入れば女の子はずっとここに居続けないといけないって、ピンクのねこさんから聞いたみたい。
みんなで一緒に、女の子のところへと走ります。
わくわくな気持ちは止まりません。
おいかけっこの時みたいに、森の中を駆け抜けます。
ようやく見えた切り株の上。
しかし、そこに女の子はいませんでした。
おかしいね、さっきまで座っていたのに。
うさぎさんたちはキョロキョロと見渡しますが、女の子はどこにもいないみたい。
おかしなところは何もありません。お陽様が隠れているのか、昼なのに夜みたいに暗くなっていることくらい。
大きな雲が来て、雨でも降ってきたら大変!
空を見上げて雨雲が来ているか確認します。
すると、あらびっくり!
空に浮かんでいたのは雲ではありませんでした。
『主は私の中にいる。連れていきたければ
無論“できるなら”の話だがな』
なんだこいつ。
◆◆◆
しとしと、と雨粒が窓にあたり、重力に従って下へ垂れていく。夏服になったのに、きっと外は肌寒いのだろう。邪魔な上着を着なくて済むようになったというのに、今では逆に恋しくなってしまう。
ハノイの騎士の計画は阻止された。
ネットワークの破壊は免れ、データ化された人々も現実へ戻ってきた。
LINK VRAINSは大きな打撃を受けてしまったが、SOLテクノロジーが新生させるために奮闘している頃だろう。
戦いを終え、日常が戻ってきた学校。
アナザー事件からハノイの塔までの一連の事件立役者であるPlaymaker──────否、遊作は雨模様の空を窓越しに眺めてぼうっとしていた。
ハノイの脅威が去ったAiはサイバース世界へ帰った。
ゴーストガールも、Go鬼塚も、財前兄妹も、誰も失わずに済んだ。了見との和解はできなかったが、それでも彼らがインターネットと心中することも防ぐことはできた。
大団円、とまでは言わないにしても、誰も命を失うことなく、やれるだけのことはやれたはすだ。
「──────木! おい、藤木!」
アラームのように島の声が現実へと引き戻す。
気がつけば授業が終わっていた。独りでいる遊作に対し、いつものように島が絡んできている。
しかし、いつもいるはずのもう一人の姿がない。
「なあ、鴻上のやつ、まだ学校来ないのか? かれこれ二週間近く来てねえぞ?」
あの日から、鴻上結の姿が消えてしまった。
決戦前に顔を合わせて以来、あのまま何も話せていない。了見はクルーザーでどこかへ行ってしまったが、そこには結の姿はなかった。それは見送った遊作がこの目で確かめている。
少なくとも、このDen cityから出たような様子はなさそうだった。
「父親が亡くなったと聞いているからな。親戚とかもいないようだから、まだ時間はかかるんじゃないか」
「でもよぉ、忌引だって言っても学校側にも連絡がないって、流石にマズいんじゃねえか? 親戚もいないってことは、あいつこのまま転校しちまうのか……?」
島がやるせなさそうな顔をして俯く。怒るか笑うか怯えるか、そんな表情ばかりの彼には珍しく悲しそうな顔をしている。
なんて言葉をかけようかと思ったところで、教室から一人の生徒が駆け足で入ってきた。
「ちょうど良かった。二人とも、結はまだ来てないの?」
「財前……」
息を切らしているところから、葵も授業が終わってすぐに走って来たのだろう。一刻も早く確かめたかった彼女の気持ちは見て取れる。
「ちょうど俺達も今その話を──────そうだ! 財前、お前鴻上と手紙やってたよな! あいつ、何かやり取りしていたりするか?」
「それが、私も返事がなくて。二人なら何か知っているかなって思って……」
「なんだお前もか……くっそー! 改めて思ったけどよ、あいつ通話もチャットもできないから、連絡とりたいとき滅茶苦茶不便だなァ!」
機械を介さない連絡手段なんて、それこそ手紙くらいしか思いつかない。普段の機械破壊よりも遥かに厄介な問題が顕在化してしまった。
「もしかして、何か事件に巻き込まれているんじゃ……」
「おいおい、いくらなんでもそれは……………………有り得るな。この前、広場でぼーっとしてたし」
島はちょうどハノイの塔が起動している時のことを思い出していた。あの時のことが、彼の中でずっと引っかかっていた。
「俺さ、あいつにハノイの奴らが北村って人をデータ化させたときの中継を見せたんだ。そん時のハノイのやつが顔見知りだったみたいでさ。そん時、ハノイの騎士と知り合いなのかーって言っちまったんだ……」
「っ!」
「えっ? それって……」
遊作と葵の視線が集中する。
あの時映っていたのは二人にとって因縁が深いあの男──────スペクターだったはず。
裏の事情を知ってしまった遊作はともかく、葵は口元を手で覆ってしまう。
「改めて思うと、かなり無神経なこと言っちまったなって。普段あんなだけどさ、実は気にしているんじゃないかって思うと心配でさぁ……」
「うん、それは謝ったほうがいいと思う。というか謝って、今すぐ」
「悪かった……って、お前に謝ってどうすんだよ!」
少し調子を取り戻した島を見て、遊作は席を立ち上がる。手には鞄を持ち、帰宅の準備は万端にしていた。
「しゃーねぇ、あとは足で探すしかないのか。
よしお前ら、放課後時間は──────って、藤木、お前どこ行くんだ?」
「帰る。授業は終わったんだ。下校するのは当たり前だろう」
「さっきまでの話の流れ聞いてなかったのか!? 今、鴻上を探そうって話をしようとしていたところ──────」
「一つ、闇雲に探してもこの広い街では見つかる可能性は低い。
二つ、もし鴻上が本当に忙しいだけなら、かえって迷惑になる。
三つ、心の整理がつくまではそっとしておくのも友情だとも思う」
島の言葉を被せるように、遊作は反論する。
確かに、遊作の言っていることは間違っていない。この場で最も冷静なのは彼なのはわかる。
けれど、島としては事務的な印象を拭えず、それが反発心を掻き立てた。
「わーったよ! お前に聞いた俺が馬鹿だった!
こっちは勝手にやるからさっさと帰れコノヤロウ!」
「…………」
遊作は黙って教室を後にする。
その背中を見た葵はふと思った。彼にしては少し感情的だったと。島の言葉を言わせないようにしたのは、単に考えなしの彼を責めたのか。
少し違う。むしろあれは自分に言い聞かせるようだったと──────
「財前! お前はどうすんだ?」
「え、私は……」
急に振られて慌てる葵だが、反対はするつもりはない。気が気でないのは彼女も同じなのだから。
しかし、遊作の言われたとおり闇雲に探すのは得策ではない。こんな雨の中、走り回っても見つかる可能性はうすいと思われる。せめて、やれるだけのことはやっておきたい。
「私も探すけど……その前にダメ元でチャット送ってみない? 代わりに家族の誰かとか、それこそお兄さんとかから反応とかあるかもしれないし」
「ダメ元がチャットって何か変な感じだな……まあいいけどよ」
島は慣れた手つきで短い文章を作る。
今時間大丈夫か、程度の文字列を結のデュエルディスク宛に送信したのを確認した。
なんだかんだ一緒にいたが、これが初めてのチャットなのかと思うと、少し妙な感覚に陥る島であった。
「これでよし、と。じゃあ俺達も鞄持って出るか。俺は広場あたりから探すからな」
「うん。とりあえず、私達の行きつけの店から回るね」
鞄をまとめ、帰り支度を進める。
雨が強くなる予報を聞いた二人は切り上げ時を決めて、手分けして探すために分担をしている最中のこと。
「あん?」
島のデュエルディスクが僅かに震えた。搭載されたAIから何が起きたのか端的に説明される。
『鴻上結さんから、返信があります』
「わかったわかった。後にしろって。それで──────え?」
「え?」
今、幻聴が聞こえたような気がした。
島と葵は自然と目を合わせた。
「……すまん、もう一回言ってくれ」
『
「…………」
再びを目を合わせる二人。
幻聴ではないことを確認し、改めて状況を整理する。
結から、メッセージを、送った。
送って、届いた。
「えええええええっ!!!!」
ゴロゴロと、空が唸る。
彼らの衝撃を示すかのように、空から雷が落ちた。
◆◆◆
どこかで落雷があったようだ。
傘をさして歩いても、足元はすっかり濡れてしまう。こんな中、走っていれば体中がびしょ濡れになるに違いない。
「ここも違う、か」
遊作は息を切らして街の郊外まで来ていた。
雨と汗でシャツが張り付いて気分が悪い。しかし、彼の胸中を支配するのは無力感しかなかった。
一週間ほど前から、彼は街中を回っている。
目的は、鴻上結の捜索に他ならなかった。
『駄目だ、彼女の位置情報は追えない。デュエルディスクにハノイのセキュリティがかかったままだ』
遊作は、初めに相談した草薙の申し訳なさそうな顔を思い出す。
了見が口にしていた迎撃プログラム。それがこの捜索を難航にさせていた。
『草薙さんでもハッキングは無理なのか?』
『ああ、お前と二人がかりでも無理だろうな。Aiも手伝ってくれたらワンチャンあるかもしれないが、リスクが高すぎる。一歩でも間違えればここにウイルスが送り込まれて一瞬でおじゃんだ。よくもまあ、こんなプログラムを作ったって感心しちまうくらいにとんでもないやつだよ』
『Aiか……』
遊作は己のデュエルディスクを見つめるが、特に反応はない。いつも騒いでいたAiがいないことを再確認する。別れてからしばらく経ったが、どうも違和感は残ったままだった。
『あとは地道に、街の監視カメラを使って目撃情報を集めるしかないか。カメラに映らないところはどうしようもないし、過去の分はあちらのツールか何かが消しているから、リアルタイムのものしか見れない。
……悪い、こんな程度しか力になれなくて』
『充分だ。あとはカメラに映らない場所の地図を共有してくれ』
『それは構わないが……遊作、どうするつもりだ?』
『俺が探す』
『探す、って、
遊作は迷いなく頷いた。
草薙は彼と協力関係を築いてから短くない時を過ごしていたが、悪く言えば短絡的な行動を取るなんて思ってもいなかった。無茶だと言っても、やるしかないと意志は固い。
『どうした、遊作。何というか、らしくないぞ。
普段のお前なら、もっと腰を据えて考えてから動くだろう?』
『……自分でもそう思う。だけど、草薙さん、俺は黙って待つことはできそうにない。動いていないと気が済まないんだ』
『自覚はあるのか……なら、何だ? 何がお前をそこまで駆り立てている?』
『決まっている』
それだけは、確信を持って言えた。しかし、その声には無力感が伝わってくる弱々しいものだった。
遊作の心に再び影を落としているものはただひとつ。ロスト事件で、
『……俺が、あの家族を引き裂いてしまったからだ』
今度は、自分が
「島のことを言えないな、全く」
雨に撃たれながら遊作は自嘲する。
得策ではない、と言っているにもかかわらず、他でもない自分がやってしまっているのだから。
彼の復讐は区切りをつけられた。
失った記憶が何なのか、誰がどういった理由で事件を起こしたのか。知りたいことは全て知り、復讐相手も既に亡くなっていた。
きっと、昔の自分はこれで普通の暮らしを始めることができると思っていた。
しかし、現実は違う。
結果として、鴻上家はバラバラになった。
父である聖──────鴻上博士は没し、長男の了見はどこかへ去っていった。そして、娘の結は独り残されたままだった。
鴻上博士は寿命の問題はあった。けれど、了見と結は遊作が勝ち進んでしまった結果によるものだ。
デュエルに勝ったことを後悔しているのではない。
その後、了見がDen cityを去ろうとしていた時。
「……何も、言えなかった」
ぽつり、雨に紛れて溢れる。
“妹はどうする。置いていくつもりなのか。”
そんな一言をかけていれば、結果は変わったのかもしれない。少なくとも、置いていこうとした了見の気持ちや事情を聞けたはず。
しかし、遊作にはできなかった。
否、考えがおよばなかったという方が正確か。
家族を喪ったばかりの少女が独りになるとどうなるのか。少し視野を広げれば思いつくはず。
故に、彼は己を責めていた。
その感情に掻き立てられるように、雨が降りしきる外を駆け回る。
「ここで、全部か」
肩で息をしながらやってきたのは、人気のない路地裏。
明かりの少ない暗い道で、ただでさえ雨で視界が悪いことが不気味さに拍車をかける。およそ、ひとりの女の子が通ることはまずない場所。
ちょうど、遊作たちの学校と鴻上家の中間地点に位置するそこに足を踏み入れた瞬間だった。
「おや、まさかこんなところでお会いするとは」
「っ!」
背後から声をかけれ、反射的に距離を離す。
傘が手から離れてしまっていたため、頭に直接雨が降り注ぐ。
「そんなに警戒しなくても、今の私は貴方に危害を加えるつもりはありませんよ」
傘を拾い、遊作へと差し出す。
その距離になってようやく、声の主の顔が鮮明になった。
「現実で相対するのは初めてですね。Playmaker──────いいえ、
「スペクター!?」
ハノイの塔で戦った強敵の一人。
余裕そうに軽い笑みを浮かべて、LINK VRAINSのアバターと全く同じ顔貌が目の前に現れた。
「色々とありましたから、すぐに落ち着けというのも無理でしょう。ですが、あまり悠長にしている暇はありません。どうやら目的は同じなのでしょうし、少々無理にでも頭を冷やして頂きたい」
「目的だと……まさかお前も?」
「ええ、訳あって動くことができない了見様の代わりに、私が
スペクターから笑みが消える。その表情は真剣そのものだ。
……確かに彼とは色々とあった。
敵としても、同じロスト事件の被害者としても。
彼は遊作とは相容れない存在だ。しかし、デュエルを通して、鴻上兄妹への想いに関しては信頼できるものと判断した。
そして、不意打ちできる状態にもかかわらず、こうして対話に応じている。以上のことから、彼の言わんとしていることは自ずと理解できた。
「……鴻上結の居場所を知っているのか?」
「見当はついています。それでは──────しばし協力関係といきましょうか。状況の説明は歩きながらお話します」
話が早くて助かります、とスペクターは路地の奥へと突き進む。意図を汲んだ遊作は、彼の背後をついていく。
路地にある古びた雑居ビルの地下へと続く階段を降りていく。段差が急で、足元を気をつけないと転んでしまいそうになる。
「ところで、貴方は、デュエルモンスターズの“精霊”というものをご存知でしょうか?」
最中、スペクターはおもむろに口を開いた。
「精霊?」
「ええ、古い迷信です。『デュエリストにデッキが応えるのは、カードの一枚一枚に精霊が宿っているから』と言うものです。他にも持ち主と固い絆で結ばれると、この世界でも“奇跡”のような現象を起こすことができる。
いかがです? 荒唐無稽に聞こえますか?」
「……いや」
「おや、意外とオカルトにも柔軟なのですね」
確かに、非現実的ではある。
しかしどうだろうか。遊作の目の前にいる男こそ、ハノイの塔を巡るデュエルで見せていた。母と仰ぐ【聖天樹の大母神】が崩れる橋を直すなどの現象は、いくらVR空間とはいえども説明がつかない。
この文脈から察するに、結にもその精霊とやらがいたのだろう。遊作は自身でも不思議なほどに、ストンと腑に落ちたことを視線で返すと、スペクターは満足そうに言葉を続ける。
「私も幼い頃は考えたこともありませんでした。ですが、あの方が母の存在を教えてくれた時、私はこの世界に希望があることを知りました! あの方から向けられる“愛”も含め、私はようやく生きる意味を──────」
「お前の話はどうでもいい。それより、俺達はどこへ向かっている?」
「つれないですねぇ」
くつくつと笑うスペクターだが、すぐに表情を切り替える。それは目的の階層へと近くに来ていることを示唆していた。
「
「精霊界?」
「ええ、イグニスたちが口にしている“サイバース世界”のように、精霊もそこに住まう世界があるのです。お嬢様は、そこにいらっしゃいます。
いえ、閉じ込められてしまっている、といったほうが正確ですかね」
最下階の扉の前にたどり着いた二人。
地下室らしく僅かな地盤の動きには耐え得る重々しい扉を開けながら、遊作を先に中へと招き入れた。
「私は了見様より極秘任務として、その世界を探しておりました。決してサイバース世界のような殲滅の為ではなく、お嬢様の身に何かあったときの為に、です。
世界中の文献や専門家の知識、そして私の【聖天樹の大母神】に協力を仰ぎ、何年もの歳月を経て、ここに入口を作り上げました」
とても限定的なものですがね、と、補足をするが遊作の耳には届いていない。
彼は、その景色に目を奪われていた。
現実の雨空とは異なり、綿のような雲が浮かぶ昼下がり。草原に生える草花や木々がそよ風に吹かれ、列をなしてその身を靡かせる。
そして、周囲には遊作が知っているデュエルモンスターズの姿があった。
「ようこそ、Playmaker。
未だ広がり続ける精霊界──────その末端にある入口へ」
そう口にしたスペクターは遊作へと手を伸ばす。
まるで、子供が家の外へ遊びにつれていこうとするように。
◆◆◆
「ここが鴻上の家か。外は荒れているけどよ、見晴らし最高じゃん。んだよ、やっぱりあいつ良い所のお嬢様だったのかよ〜」
「あまりジロジロ見ないの。ただでさえ出迎えもなしにお邪魔しているんだから」
一方、その頃。
島と葵は海沿いにある家の中にいた。
スターダストロードと呼ばれる景色が名物の観光地。まさに、鴻上結の自宅であった。
彼らに届いたチャットのメッセージ。
それは、この家にある結の部屋へ来てほしいということが記されていた。まさか、あの機械音痴からそんな連絡が来るなんて思わず、二人とも変なリアクションを取ってしまった。
内容がかなり淡々としていたため、おそらく結本人のものではなさそうだ。どこの誰か聞いてみても“行けばわかる”としか返ってこない。
怪しさが目に見えるように感じ取れたが、少しでも手がかりがほしいと考えた二人は、指示に従いやってきたわけだ。
「ここが結の部屋ね」
「ノックする必要はない、ってメッセージには書いてあったよな?」
扉に手をかけようとする島だが、直前で止まる。
葵は不思議そうに顔を覗くと、何やら複雑そうな表情をしていた。
「……なんか女子の部屋に入るの気が引けるな。財前、任せた」
「? いいけど」
よくわからない男子の事情はさておき、葵はドアノブを掴んで手前に引く。
結の趣味に合うような女の子らしいメルヘンチックな壁紙。そして草原のように柔らかい絨毯。そして、空と錯覚するほどに突き抜けた天井が広がる。そんな部屋を前にして──────
というか、部屋ではなく森の中にいた。
「…………」
「…………」
葵は黙って扉を閉める。
島と一度、目を合わせる。
互いに頷いた後、再び扉を開けた。
それでも、部屋ではなく森の中にいた。
「………………最近のお嬢様って、家の中に植物園とか作っちゃうんだなァ」
「いやどう考えてもおかしいでしょ!?」
とうとう島がツッコミを放棄した。
無理もない。部屋だと思ったら、外のような森の中にいるのだから。質量保存の法則すら超越した現象を目の当たりにしている中、少しは現実逃避をしなければ気を保つことはできるはずもない。
『よく来たな。主の友人たちよ』
「うるさっ!?」
『む、おっと失礼した』
ふと、拡声器を使ったような大きな声が葵たちの耳に突き刺さる。現実へと引き戻された二人は森の中へと入り、声の主を探す。
しかし、周囲には何も見当たらず、町内放送のように声だけが響き渡るのみ。まさに“天の声”とはこのことを指すのだろう。
「貴方が私達を呼んだの?」
『その通り。
「本当にここに鴻上がいんのか?」
『肯定。そして、主に危機が迫っている。
具体的に言うと、彼女を無理矢理でもいいのでここから出してあげてほしい』
危機、と聞いて黙ってはいられない。
やはり結が学校に来れないのは、他にも事情があったのだ。無論、協力はしてあげたいが、その前に確認するべきことがある。
「なあ、さっきからお前は何なんだ? 何か事情は知っているっぽいけどよ、姿も見せないで一方的に言われて信じろってのも無理な話だろ?」
『なにっ、そういうものなのか』
「そういうもんなの! あと、ここがどこなのかとかちゃんと説明しろー!」
むむう、と天の声は唸る。
一方、言い負かした気になっている島は満足そうに腕を組む。何を張り合っているのかわからない葵は黙ることにした。この何一つ意味のわからない状況でそんなことを口にできることには少し感心したが。
少し時間が経ち、再び天の声が聞こえる。
『……わかった。その胆力に敬意を表し、
初めからそうしろよ、と言いたかった二人。
しかし彼らは気づいていない。姿を表さなかったのはやましいことがあるからではなく──────天の声からの“
『ステルス機能解除!』
「ん?」
周囲一帯が日陰になり、空が急に暗くなる。
となると、照明──────否、太陽の光が遮られたことになる。
島と葵はふと空を見上げる。
瞬間、彼らは信じられないものを目にした。
かつて鴻上結とデュエルした者ならばわかる。
降り注ぐのは雷のように光り輝く翼。
目に当たる部位から鈍い光が彼らを照らす。
それは、巨大であった。
それは、圧倒的であった。
それは、全てを無に帰すものであった。
『君たちとは何度か会っているはずだ。
そしてそれは──────まぎれもなくロボだった。
【
デュエル部で数々のトラウマを作り上げた圧倒的なモンスター。
それが、二人が手の届く範囲内まで顔を近づけていた。
「ギャーーーーーーーーーーー!!!!!!」
後に語る。
この日の島の絶叫は、人生で最も大きいものであった、と。
島はパニックに陥り、葵は考えることを放棄する。
これが、彼らの初となる精霊との邂逅であった。
_人人_
> ア <
> | <
> ゼ <
> ウ <
> ス <
> と <
> に <
> ら <
> め <
> っ <
> こ <
 ̄Y^Y^ ̄
効果:笑ったら墓地送り
雑記という名のメモは最後にまとめてやります。
大体3〜4話くらいで終わると思いますが、
デュエルも書かないといけないので少し更新頻度は落ちます。ご容赦を。