森育ちのお嬢様にネットは難しい   作:ワクワクを思い出すんだ!

7 / 8
 お気に入りが2,000人、評価も100人行きそうで純粋に驚いています。いつも応援ありがとうございます。

 今回は色々と特殊タグを使ってみました。
 デュエル回は初めてなので読みにくい部分等ありましたらご容赦ください。

 ※横書き推奨です。




メルフィーズ編︰おいかけっこ

 箱の中に少女がひとり。

 ここにいたことが最も苦痛だった思い出でした。

 

 朝になっても、夜になっても、点滅し続ける天井の照明と、その先から聞こえる、まるで大きな虫が顎を鳴らしているようなギチギチとした音しかありません。

 だから、少女にとっては一分一秒も居たくない場所でした。

 

 中は一坪にも満たないくらい狭くて、大人が四人立っていられれば良いくらい。

 そもそも、ここはあくまで一時的な移動のために使うもの。人が高い場所に行くために必要な“エレベーター”と呼ばれるものです

 

 特に何かしたわけではありませんが、普段どおり乗って、ボタンを押しただけでこうなってしまいました。十にも満たない歳の少女は何もわからず。ただ独り座り込んで助けを求めるしかありません。

 

 結果としては“おともだち”が外へ連れ出してくれましたが、少女はとても怖い思いをしました。泣き疲れて、大好きなお兄ちゃんが来てくれた頃にはもう疲れて眠りこけてしまうくらいに。

 

 これが少女──────鴻上結が初めて己の体質を自覚した瞬間でした。

 

 自動で開くはずの扉? 

 反応しません。触れてみれば跳ね除けるように開閉を繰り返します。

 電気で遠くにいる人に音声を届ける機械? 

 できません。繋がっているはずの電子の線も、代れば即座に断ち切られます。

 

 ですが、少女は周りの人たちには恵まれていました。道を開けてくれたり、代わりに操作してくれたり。

 

 皆、優しく声をかけてくれて手伝ってくれます。

 おかげで辛うじて、周りの人たちと共に居られていました。とてもとても良い人たちで、少女は感謝してもしきれないくらいの気持ちで一杯でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 けれど、こうも思っていました。

 自分をここまで拒絶する機械たちは、実はこう言っているんじゃないか。

 

 

 

 ────お前は、この世界に居てはいけないんだ、って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

「この世界と人間界には大きな隔たりがあります」

 

 

 おもむろにそんな会話を切り出すスペクターの後を遊作は追いかける。遊作は、そんなスペクターの前を歩くモンスター【魔轟神獣ケルベラル】に視線が集中していた。

 

 これは決して犬の散歩をしているのではなく、スペクターが結の場所を知りたいと質問し、快く道案内してもらっている。

 現に、その三つ首それぞれに蔦のような植物が巻きつかれ、スペクターの手元に集約されている。ケルベラルの方は目にゴミが入ったのか、少し涙のような水分が見えたような気がした。

 

 ……やはり、犬の散歩では? 

 

 

「信仰、というべきなのでしょうか。我々が精霊のことを認知しなくなればなるほど、その道は狭まることになります。

 特にこのネット社会では顕著でしょう。情報の取得手段は多くなれど、得られる認知はあくまでカルト的なものばかり。我々人間と精霊の関係は、時代を経るごとにどんどん希薄になっています」

 

 

 一瞬、気を奪われかけた遊作ではあるが、スペクターの話も当然聞いている。

 彼の言うことは最もだ。自分はこうして足を踏み入れたからこそわかるが、これを草薙に説明して果たして理解してもらえるだろうか。

 

 

「そういった積み重ねにより、この時代はモンスターが人間界側のカードに憑くことはあれど、我々が精霊界に足を踏み入れることはまずありません」

 

「では、なぜ俺達はここに居られる?」

 

「言ったでしょう。ここは末端の入口と。確かにこの光景は精霊界のものですが、厳密に言えばここは二つの世界の中間に位置しています。精霊界はさらにその先にあり、ここならまだ引き返す(・・・・)ことができるのですよ」

 

 

 引き返すことができる。

 わざわざそのような言葉を口にした意味を、遊作は察してしまった。

 

 

「鴻上結がこれ以上先に進めば……」

 

「ええ、戻れる保証はどこにもない(・・・・・・・・・・・・)、ということです」

 

 

 スペクターが“時間がない”と言っていたのはこのせいであった。深入りすればするほど後戻りができなくなる以上、一刻も早く結を見つけないといけない。一面に広がるのどかで平和な光景に流されていては、何もかも遅くなってしまう可能性すらあったわけだ。

 

 ふとその時、目の前を歩くケルベラルが立ち止まった。三つ首のうち一頭が地面に残ったにおいをかぎわけた後、茂みの方へと身を投じる。獣道を作り上げながら、遊作とスペクターは後を追う。

 

 すると、先に拓けた空間が見えてきた。

 視界の先には一面の空と海。砂浜などはなく、崖の上に出てきたようだ。

 ……崖の下は、ぼっかりと空間に開いた“穴”が見える。あれこそが、この世とは全く異なる世界への入口なのだと瞬時に理解した。

 

 ──────そして、そこに件の人物が居た。

 

 

「鴻上!」

 

「……待ってください。誰かと言い合いをしています」

 

 

 見れば、少しだけ跳ねてしまった白い髪を靡かせながら古典的なサスペンス映画のように誰かと対峙していた。この世界の精霊か、と息を潜めて覗いてみれば、遊作にとっては随分と見慣れた顔が映る。

 

 

「だから、戻ろうって言ってるだろ! 

 このまま奥に行くとやばいんだって!」

 

「結、戻ろう? 私も、みんな心配してるよ?」

 

「財前葵に……島?」

 

 

 ……何ということだ。

 遊作は頭を抱える。

 学校で別れたはずのクラスメイトがまさかここにいるとは思わないだろう。遊作とて偶然スペクターと再会し、藁にもすがる思いでここへ辿り着いたというのに。

 まさか、これもスペクターが誘導したのかと思い、彼の顔を覗き込む。

 

 

「……またあの娘ですか。全く、いつも私の邪魔ばかりしますね」

 

 

 このように苦虫を潰したような顔をしていた以上、彼にも予想外だったようだ。葵とスペクターの確執はともかく、今は目の前の結が大事だ。今度は逆に飛び出そうとするスペクターを抑えながら成り行きを見守る。

 

 ……手段はわからないが、友人二人がこうして迎えにきている以上、このまま元の世界へ戻って終わりだ。

 しかし、意図せずこの世界に被害者として囚われているのであれば、の話。この状態へ至るまでの経緯を知る遊作は、彼女の口から意志を聞きたかった。

 

 

「……ごめんなさい。お二人とも、わたくしは、戻れません。戻りたく、ありません」

 

「お嬢様……」

 

「…………」

 

 

 期待も虚しく、彼女は己の意志でこの世界に留まっていることを知ってしまった。

 口下手な遊作ならともかく、島と葵という友人二人が言っても聞かないのであれば、あとは了見の言葉くらいしか反応は得られないと思われる。

 この時点で、説得によって連れ戻すことは難しいと判断せざるを得なかった。

 

 ……腹を括る時が来るかもしれない。

 決闘者(デュエリスト)の意志を曲げる手段はただひとつ。

 遊作は、己のデュエルディスクからカモフラージュ用のデッキを抜いて懐に仕舞った。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 スペクターが【魔轟神獣ケルベラル】を調伏させている頃まで時は戻る。

 一足先にこの世界に踏み入れた島と葵の二人はようやく立ち往生から解放され、森の中を捜索していた。

 

 彼らは協力者を得られ、遊作と同じくこの世界の仕組みと“精霊界”の存在を知った。

 突拍子もない話であったが、数分前の出来事が衝撃的過ぎたのか、すんなりと受け入れてしまった島と葵だった。感覚が麻痺しているのだろうか。

 

 そして、結の身に何が起きているのかも知る。

 父親の死、兄の失踪。

 度重なる不幸が重なり、失意に暮れ塞ぎ込んでしまった結。そこへつけ込むように一部のカードたちが暴走を始めてしまった。

 

 目的は他ならず、結をこの世界に縛り付けること。

 人間界に居場所がなくなった彼女に対し、精霊界を居場所にしてあげようと考えたわけだ。

 

 確かにここは綺麗な場所だ。

 こんな状況でなければ何日かかけて散策したくなるほどに。

 

 短絡的すぎる、と二人は思った。

 辛いのはわかるが、だからといって自分の世界に閉じ込めようとするなんて間違っている。

 当然、二人と同じ考えを持つモンスターもいた。それがアーゼウスだった。判断を決めかねているモンスターや、そもそも対立や争いを好まないモンスターは中立としてどちらも関与をやめている。

 

 要は──────この世界は動物と機械とよくわからない奴らの三つに別れ、混沌を極めていたわけだ。

 

 

「つまり、鴻上のやつがその“穴”ってヤツに入れられると、もうこっちには戻ってこれなくなるってことだな!」

 

『そのとおりだ少年。飲み込みが早──────いや、少し遅かったが状況を理解してくれて嬉しく思う』

 

「ほとんど貴方のせいだけどね……」

 

 

 空から聞こえる無機質な声にげんなりする葵。

 改めて天の声と話をしているとおり、彼らの上空にはアーゼウスがステルス機能を使いながら飛行していた。

 俯瞰するように遠くから見るとわかるが、葵たちは常に日陰の中にいる。二人の移動スピードに合わせて影が動き、木々から射し込む木漏れ日が侵食されている。

 

 彼(?)がステルス機能を使っている理由? 

 それは絵面が酷いのは確かにそうだが、それよりも彼が身を隠す必要があるからだ。

 全ては主を、あの獣畜生たちから取り返すため。主を見つけるまで姿を見せ続けては、この森ではとんでもなく目立ってしまうからである。

 

 

「つーか、なんで一度確保したのに逃しちまうんだよ! そのまま連れてきてくれれば一件落着なのに!」

 

 

 ようやく島がそこに突っ込んだ。

 そう、このアーゼウスは一度、結を取り返している。コクピットの中に収納し、一気に出口まで飛翔したのだが、残念なことに奪還は叶わなかった。

 

 一度、デュエルで相対した者であれば首を傾げるはず。最上級モンスターのアーゼウスにしては妙な話だからだ。

 追いかけてきた動物たちに取り囲まれても返り討ちにすることなど造作もないと、普通は思う。

 

 

『あの畜生共がハリネズミを呼んでくるのが悪いのだ。むしろ、この森を焼き払おうとしたが堪えた本機を称えてほしい』

 

「日和ったのかよ……」

 

 

 何せ、この機械、実は破壊耐性がないのだ。

【サンダーボルト】や【ライトニング・ストーム】は勿論、【森の聖獣カラントーサ】の効果でも破壊される。

 これに関しては誰も責められまい。むしろ、こんな物騒なやつがさらに破壊耐性や効果耐性などを手に入れられてしまえば、それこそ本当に手がつけられなくなるだろうに。即刻レギュレーションの闇に(禁止カードとして)葬られてしまうに違いない。

 

 さらにこの機械、加減を知らないのだ。

 対抗して効果を発動するにしても、今度は世界全体を消毒(・・)する羽目になる。

 この森は、主の結にとってのオアシス同然。ここが焼け野原になるのは傷心中の結に追い打ちをかけることになる。それは避けなければならなかった。

 

 つまり、アーゼウスは追い詰めたつもりが、実は逆に追い詰められていたわけだ。

 

 

「え、さっきアルファさんに逃してもらったって聞いたけど?」

 

 

 そんな様子を哀れに見たのか──────静観を続けていた【獣王アルファ】の咆哮が響く。

 彼も、今回の件に関しては中立派であった。

 しかしこの強引なやり方には思うところがあったのか、手札バウンスという名の脱出経路を用意してくれたわけだ。

 

 

『命拾いをしたのはあちらの獣共だということだ。そこを履き違えないように頼むぞ少女よ』

 

「そこ張り合うのかよ……」

 

 

 最上級ランクのエクシーズモンスターとしてのプライドでもあるのか、頑なに己の不利を認めようとしないロボが一機。

 ──────なら最上級ランクらしく正規の召喚条件で出てこい。何でもホイホイと重なって出てくるな。

 彼らの視線から語られる言葉を、果たしてアーゼウスは理解することができるのだろうか。

 

 

「っと、見えてきた!」

 

 

 ようやく目的地にたどり着いた。

 森をかき分けた先にある崖の上。地面には柔らかい体毛に包まれた数々の動物たち。

 それらに足元を囲まれる形で、学校の制服姿のままの結が立っていた。

 

 

「……あら〜? お二人とも奇遇ですわね〜。こんなところでお会いするなんて〜」

 

 

 二人の存在に気づき、振り向いた結の顔は普段どおり朗らかなものだった。第一声が、まるで通学路でばったり会った時のような挨拶をされてしまった。

 

 

「うっせ、お前が学校に来ないのが悪いんだよ! 一体何日休んだと思ってんだ!」

 

「えっと〜、しばしお待ちを〜。

 ……ふむふむ、わたくしのお腹は二日と仰っておりますね〜」

 

「腹時計かよ!?」

 

 

 思わずその場で転びそうになる島。

 これまでの経緯を知っている身として、色々と覚悟を決めてきたはずなのに、こんなマイペースな反応をされてしまえばいささか拍子抜けしてしまう。

 

 

「結、もう大丈夫なの? その色々と……」

 

「わたくしは元気ですわ〜」

 

 

 一方、葵には空元気のように見えていた。

 笑顔は笑顔なのだが、純粋に力が入っていない。兄である財前晃が隠れてそんな顔をしていた姿を見てきたからこそ気づけた変化であった。

 

 ふと、上空の景色が切り替わる。

 のどかな風景には似合わないロボ(アーゼウス)が姿を表した。同時に、結の足元にいる動物たちの目つきが鋭くなる。

 

 

『説明しよう。この世界は現実の世界とは時間の流れが異なっている。主にとっては三日程度の出来事でも、現実世界では二週間も経過している』

 

「うわあ、急に出てくんな! 心臓に悪い!」

 

「まあ、島くんは随分アーゼウスさんと仲良しになられたのですね〜」

 

「仲良くねーよ!」

 

 

 さすがの島も素直に肯定し難かった。

 ちょっと頭のネジが飛んでそうな愉快なロボではあっても、彼のバブーンが何度も墓地送りされたことには思うところがある。

 

 すっかり結のペースに飲まれてしまった。

 こんなことをしている場合ではないと、首を振って意識を切り替える。

 

 

「それより、さっさと帰るぞ。学校の皆も心配してるんだから」

 

「…………」

 

 

 ここでようやく、島が本題を切り出した。

 

 

「お断り申し上げます」

 

 

 笑顔は崩さず、それでいて頑なに。

 結は差し出された手を拒む。

 

 

「申し訳ありませんが、わたくしは戻りません。この先に用がありますので、一人にしていただけますと幸いです」

 

「その、それはわかったけど、せめてここじゃない外……ああもうややこしい。家の方にいかない?」

 

「それはできません」

 

 

 葵からの申し出でも意志は変わらず、一切揺るがない意志を示す結。いつもなら後ろからトコトコついてくるはずのに、彼女は切り捨てるように断る。

 これは、島と葵の双方が知らなかった顔だった。

 

 

『主よ、その言葉を理解して言っているのか? それ以上先に行けば、二度と人間界へ戻ることはできないと言っても過言ではない。それでも是とするのか』

 

「そのつもりです。アーゼウスさんには以前も申し上げましたが、わたくしは人間界に戻る(・・・・・・)つもりはありま(・・・・・・・)せん(・・)から」

 

「──────え?」

 

 

 葵から、小さくか細い声が漏れた。

 戻ってくるつもりはない。

 つまり、このまま自分たちともお別れするという、明確な意志表示だった。

 

 

『無論、聞いたとも。しかし、未だ主がそこまでする理由を入力されていない。情報不足かつ、他にも反対する者がいる以上、本機(わたし)は全面的に肯定することはできない』

 

「だからお二人をお連れしたのですね」

 

 

 視線が島と葵に映る。

 真っ直ぐと射抜くような視線が向けられ、無意識に体が強張る。その反応を見てか、結はすぐに視線を外して背を向ける。

 

 

「それでも、お話できることはありません。お引き取り願います」

 

 

 ひょこり、と一匹の動物が姿を現す。

 ボヘミアンのように毛玉のシルエットは、何度もソリッドビジョンで見た存在だった。

 

 

「あれは【メルフィー・パピィ】ってやつじゃ……ってことは!?」

 

「パピィの効果でカラントーサをデッキから特殊召喚。そしてカードを一枚破壊する……お決まりのコンボね」

 

「って、それ人間が受けちゃマズイやつだろ!」

 

 

 何度もやられた妨害戦術は忘れることはない。

 ここはデュエルではない以上、その効果が及ぶ先は想像に固くない。

 壁となるモンスターがいれば話が違うのだが……と考えて島は思いつく。

 

 今の自分たちには、最強とも言えるモンスターがついているではないか。

 

 

「アーゼウス! なんとかしろよ!」

 

『無言で犬を出すのはハリネズミが飛んでくるので即刻中止せよ。繰り返す、無言で犬を出すのはハリネズミが飛んでくるので即刻中止せよ』

 

「駄目だこいつ!」

 

 

 肝心な時に役に立たないロボは捨て置く。

 こうなってしまえばもはや引くしかない。

 臨戦態勢になった獣たちになす術無く撤退を迫られる中──────

 

 

「そこまでだ」

 

 

 間に立ち塞がったのは、もう一人のクラスメイト。

 

 

「藤木くん……!」

 

「藤木……お前!」

 

「もう止めよう、鴻上」

 

 

 藤木遊作は腕に取り付けたデュエルディスクを突き出す形で結を制止させた。

 動物たちも小さく後退する。

 可愛らしい見た目をしていても、野生の勘というものはあるのか。彼のデッキからは自分たちと似て非なるモノが潜んでいることを察知していた。

 

 

「……藤木くんも、来られたんですね」

 

 

 振り向いた結の顔が複雑そうなものに変わる。

 言葉で表せないような感情を向けられている。

 

 

「私がご案内いたしました」

 

「スペクターさんまで……」

 

「スペクター!?」

 

 

 後に続いたのは、つい最近まで世間を騒がせていたハノイの騎士。初めて“人をデータに変える瞬間”を中継に示し、リボルバーと同等に悪名高い存在となった男がいた。

 一瞬、葵と視線が交わる。

 当然、葵は色々と酷い目に合わされている者として敵意を示し、スペクターの方も小さく舌打ちを放つ。二人の相性は最悪だった。

 

 

「なんでハノイの騎士がこんなところに……いや待てよ、それなら広場で俺が言ったことって……」

 

「……仰るとおりでした。わたくしはハノイの騎士に居ました」

 

「何も知らされていないがな」

 

 

 遊作は、葵たちの反応を伺う前に先手を打つ。

 彼らが勘違いしないように配慮するとともに、わざと嫌われようとする結の狙いを逸らすために、より詳しく説明を続ける。

 

 

「アナザー事件も、ハノイの塔も、何も知らなかった。決して俺達を騙していたわけではない」

 

 

 島と葵は、あくまで結が塞ぎ込んでいるのは家族関係が起因しているとしか聞いていない。

 まさか、ここに来てハノイの騎士が関係していることに衝撃を受け、ただ黙ることしかできかった。

 

 

「もしかして、その贖罪しないといけないって考えてるのか……」

 

 

 ふと、島からそんな推測が漏れる。

 今までのハノイの騎士たちの行動を鑑みればおかしな話ではない。彼らはアナザー事件などでも多数の人間を巻き込んでいた。果たして、善良な人間である結が、そのことを黙っていられるだろうか。

 

 

「結が罪の意識を感じる必要はないよ! 悪いのは……」

 

 

 葵は視線をスペクターへ向ける。

 止められないことは仕方ない。たった一人の少女に世界規模のハッカーたちを止めろと言われても土台無理な話だ。

 無論、スペクターたちハノイの騎士は己の罪を誤魔化すことはしない。

 

 

「ええ、全て悪いのは私達なのです。お嬢様は何も悪くありません。了見様は貴女を巻き込みたくない一心で──────」

 

お兄さまの話は(・・・・・・・)控えていただけますか(・・・・・・・・・・)?」

 

 

 空気が変わった。

 島たちはおろか、足元の動物たちですら驚いて身を縮めてしまう剣幕。これにはスペクターも黙るしかなかった。ンッフ、と妙な声が漏れていたのは気のせいだろう。

 

 ……ふと、遊作は気づいた。

 奇しくも、あの決戦の日に妹をスパイ呼ばわりしたAiに向けた了見の表情と似通っていたことに。性格は違えど、やはりあの二人はまぎれもなく兄妹なのだと真に理解することができた。

 

 

「……わかった」

 

 

 であれば、最早言葉で彼女の意志を変えることは諦める他ない。

 

 遊作は覚悟を決めることにした。

 結と正面から向き合うこと。

 そして、己の信条を曲げること(・・・・・・・・・・)も。

 

 自身の左腕を結へと向ける。

 この行為が意味することは誰もが知っている。

 

 

「デュエルするぞ、鴻上」

 

「藤木くん!?」

 

「どうした急に!?」

 

 

 同級生たちが驚くのも無理はない。

 遊作が自らデュエルを申し込むところを見たことはなかったから。デュエル部にいても、彼は申し込まれたデュエル以外はやらないと認識されていた。

 

 ……元々、彼にとってデュエルというものには自ずとロスト事件の苦い記憶が絡むものだ。そのトラウマは十年経っても根深く残っている。

 実際、Playmakerとして活動していても同じで、自ら申し込むデュエルは、全てハノイの騎士に関わるものしかない。もし、草薙がこの場に居たならば、深刻な顔で遊作を見るに違いない。

 

 

「いつか約束したはずだ。

 “本気でデュエルしよう”と。今、その約束を果たす」

 

 

 その言葉を聞き、結の目が丸くなる。

 反応から察するに、まさか憶えていてくれていたとは思っていなかったのか。

 確かに、学校では結のことを言えないくらいに上の空でいるのは遊作も自覚しているが、その反応には少し心外だと思ってしまう。

 

 ただ、タイミングとして今しかないし──────否、今だからこそしなければならないと遊作は踏み込んだ。

 しかし、ここで別の誰かが水を差す。

 

 

『待つがいい少年』

 

「うわでた」

 

 

 天の声ことアーゼウス。

 そして、その姿を見たスペクターの反応だった。

 さっきまで彼は色々な意味でうずうずしていたかと思えば、今度は心底げんなりしたような顔になる。忙しい男である。

 

 ああ、ハノイでもあんな扱いなのか。

 遊作を除く一般人二人は少しだけ同情した。

 

 気づいていないのか、それに構わずアーゼウスは言葉を続ける。

 

 

『精霊界ではライフポイントが命に直結している。ここはまだ入口故、本当の精霊界よりもペナルティは少ないだろうが……推奨はしないぞ』

 

 

 遊作も、それはスペクターから聞いている。

 精霊界にとってデュエルとは命のやり取り。

 勝者には栄光を、敗者には死を。

 正真正銘、魂の削り合いに他ならないことを。

 

 これは精霊界の“理”だ。

 だがここはまだ入口。人間界の“理”もまた同時に存在している。“理”が入り交じったこの世界でのデュエルは、誰も予想がつかない。

 少なくとも、ライフの増減によるフィードバックはあることは確かなようだ。アーゼウスも命の保証ができるとは断言できない口振りでいる。

 

 

「構わない」

 

 

 それでも遊作は腕を下ろさない。

 ここで引けば、命と同じくらいに大事なものを無くす。そんな予感があったから。

 

 

「お前が構わなくても鴻上の方が構うんだっての!」

 

「わたくしも構いませんわ」

 

「ほれ見ろー! そんな危険なことできるわけねーって……え?」

 

 

 そして、結もまた挑戦を受け取った。

 嘘だろ、と表情では語る島であったものの、薄々そんな予感はあったのか、盛大にため息を吐く。

 それは葵も同じ気持ちだった。両手を握りしめて、成り行きを見守ることしかできない。

 

 

「わたくしもまだ“でゅえりすと”の端くれではあります。挑まれた勝負を投げ出すことはいたしません」

 

 

 呑気な彼女も、根は生粋の決闘者(デュエリスト)なのだ。

 密かに待ち望んでいたこの申し出を、受けないわけがない。

 

 

「もしこれでわたくしが勝利すれば、わたくしのことは忘れてくださいな」

 

「いいだろう。俺が勝てば、お前を連れて帰る」

 

 

 結はデュエルディスクのついた腕を掲げる。

 足元の動物たちや、この世界の至るところから光を纏ったカードたちが集まってくる。

 遊作も、腰につけたデッキケースからひとつのデッキを差し込む。

 

 

「ちょい待て! せめてお前よりも財前とか俺……いや、そこのハノイのやつの方が断然強いはずだろ!」

 

「……業腹ではありますが、この場でもっとも強いのは彼ですよ」

 

「……何を言っているの?」

 

「見ればわかります」

 

 

 スペクターが口を閉じれば、既に上空からマスターデュエルのフィールドが舞い降りてきた。

 これでようやく──────互いに準備は整った。

 

 

決闘(デュエル)!!!!!」

 

 

 

YUSAKU

4000

YUSAKU

4000

VS

YUI

4000

YUI

4000

 

 

 

 

 

「先攻は俺が貰う。手札から永続魔法【サイバネット・コーデック】を発動。「コード・トーカー」モンスターをエクストラデッキから特殊召喚する度に、同じ属性のサイバース族モンスターを手札に加えることができる」

 

「コード・トーカー?」

 

「魔法カード【ワンタイム・パスコード】を発動。自分フィールドにセキュリティ・トークンを1体特殊召喚する。

 そして、【レディ・デバッガー】を通常召喚。効果により、デッキからレベル3以下のサイバース族モンスターを手札に加える。俺は【バックアップ・セクレタリー】を手札に加える」

 

 

 電子の妖精が、新たにデッキから仲間を導く。

 これで始動の準備は整った。遊作はその手を天に掲げる。

 

 

「現れろ──────未来を導くサーキット!」

 

 

 空に浮かぶのは四角形のゲート。

 モンスターを繋ぎ、新たなモンスターを導くための道標が出現した。

 

 

「召喚条件はサイバース族モンスター2体。俺はセキュリティ・トークンとレディ・デバッガーの2体をリンクマーカーにセット! リンク2、【スプラッシュ・メイジ】をリンク召喚!」

 

 

 

 

スプラッシュ・メイジ

水属性 リンク2 ATK/1100

◀︎
◀︎

◀︎
▶︎

◀︎
◀︎

【サイバース族/リンク/効果】

サイバース族モンスター2体

このカード名の効果は1ターンに1度しか使用できない。

(1):自分の墓地のサイバース族モンスター1体を対象として発動できる。

そのモンスターを守備表示で特殊召喚する。

この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化される。

この効果の発動後、ターン終了時まで自分はサイバース族モンスターしか特殊召喚できない。

 

 

「【スプラッシュ・メイジ】の効果発動! 1ターンに1度、墓地からサイバース族モンスターを効果を無効にして守備表示で特殊召喚する。甦れ、【レディ・デバッガー】!」

 

 

 魔導士は杖を振り回し、水柱を生み出す。

 重力に従って地面に落ちた後、そこには素材となったはずの妖精が舞い戻る。

 そして、ここから展開は加速する。

 

 

「再び現れよ、未来を導くサーキット! 

 召喚条件は効果モンスター2体以上。俺は【スプラッシュ・メイジ】と【レディ・デバッガー】をリンクマーカーにセット!」

 

 

 呼び出すのは、風の中で掴んだ初めてのモンスター。今もなおエースとして彼を支え、ハノイの騎士の野望を切り裂いた漆黒の剣士。

 

 

「サーキット・コンバイン! リンク召喚!

 リンク3、【デコード・トーカー】!」

 

 

 

デコード・トーカー

闇属性 リンク3 ATK/2300

◀︎
◀︎

◀︎
▶︎

◀︎
◀︎

【サイバース族/リンク/効果】

効果モンスター2体以上

①:このカードの攻撃力は、このカードのリンク先のモンスターの数×500アップする。②:自分フィールドのカードを対象とする魔法・罠・モンスターの効果を相手が発動した時、このカードのリンク先の自分のモンスター1体をリリースして発動できる。その発動を無効にし破壊する。

 

 

 

 大剣の剣先はたったひとりの少女に向けられる。

 結は目を背くことなく、まっすぐに相手を見据えたまま表情は変わらない。

 ……この剣士を見て、彼女は一体何を思っているのか。

 

 また、彼女が頑なに人間界へ戻ろうとしないこともわからない。島は贖罪、と推測していたが、結は否定も肯定もしていない。

 

 遊作も、島の考えを聞いたときは少し違う(・・・・)と思った。

 罪の意識は確かにあるだろう。しかしそれは世間を騒がせるほどのマクロ的なものではないような、そんな直感が過る。

 

 今はデュエルに集中するべきだ、と考えを保留する。それは、この勝負を続けていればわかるはず。

 そう信じる遊作の手は、まだ止まることはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────────────!」

 

『おお、島少年の顎がカバのように開いたままだ。何か不思議なことでもあったのだろうか?』

 

「サイバース族、って……」

 

「おやおや、その様子だとやはりご存知ではなかったようですね」

 

 

 声にならない声を発する島。残る葵も、冷静になろうとするも動揺を隠せていなかった。

 他人より感覚がズレている自覚のあるスペクターも、彼らの反応に面白いものを見たと愉快に笑う。

 

 意志を持つAI、イグニスが生み出したサイバース族。

 データストームにアクセスできる人間しか持つことができない特別なモンスターだ。

 

 その展開力を充分に活かし、極めつけに現れたのは【デコード・トーカー】。

 あまりに有名で、象徴足り得るモンスターを見た以上、もはや疑いようはない。

 

 

「彼こそ、我々ハノイの騎士を壊滅させたデュエリスト──────Playmakerその人なのですから」

 

 

 LINK VRAINSを救った英雄。

 世界は救えても──────ひとりの少女を救えるのか。

 この勝負は了見との決戦と同じく、彼の人生にとって分水嶺になり得る一戦だろう。




 今回の特殊タグはこちらを参考にさせていただきました。問題があったら修正します。
 ■遊戯王二次創作用特殊タグ
  
 このシーンのためにコードトーカーデッキ作ってソロで回しています。リンク主体のデッキは展開が止まんねぇからよ……。
 対戦で使うと、なかなか相手にターン返せなくて申し訳なくなってしまうのでなかなか使えず。「対人戦でこんな回し方せんやろ」とか言われそうでビクビクしてたり。でも普段使っているオルフェとHEROは全力でぶん回さないと勝負できないのでついやっちゃいますわ〜!!!(ソリティアお嬢様)

 次回は丸々デュエル回になります。
 先に言っておくと、鉄獣要素はほとんどありませんのでご安心を。罠からリンク召喚して対象取らない除外なんてインチキ効果もいい加減にしろ!

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