ステイシーの雑な九鬼ビルの案内を受けた後、バンシィは津軽海経の研究室に訪れた。そして入って早々に改めて津軽が盾や義手義足のことについて聞いてきたが、わりとあっさりバンシィは返答できた。
義手と義足は当然自分が作ったものなので容易に説明できたが、意外にも盾の説明でもバンシィはあっさり答えることができたのだ。
たしかに盾を握った時にある程度の情報は把握していたがそこまでのことではなかった。
可能性があるとすれば、おそらく未だ思い出せていない記憶だろう。
前述の通り記憶はない。だが、なんとなくこれを作ったのは自分ではないとわかる。そしてこの盾の製作者が自分にとって親しい存在であると感覚的にそう思えた。その相手が一体誰なのかと思い出そうとするたびもどかしさで苛立ちが募るが、楽しそうに考察しながら話をする津軽を見て一旦冷静になり、まずは彼との対話に集中することにしたのだった。
そうして気づけば話しはじめてからかなりの時間が経っており、夕陽が沈みかけていた。
「おっと、もうこんな時間か!いや〜長々と付き合わせて申し訳ない」
「気にしないでくれ。時間を忘れて語り合っていたんだからお互い様だ」
思いの外盛り上がった二人の会話は簡単に時間の流れを忘れさせた。
バンシィ自身こうなることは意外だったらしく、こんなにも楽しく会話できたことを嬉しく思っており、また話を聞きに来ようと考えていた。
すると研究室の扉をノックする音が二人の耳に届き、そちらに向いて津軽が「どうぞ」と言った。
入ってきたのは李だった。
「失礼します。バンシィ、帝様がお呼びです」
帝。それは当然この九鬼の大主人である九鬼帝を指す名前だ。そんな者に呼ばれては行くしかないと名残惜しい気持ちを胸に、座っていた椅子から腰を上げた。
「また話をしようバンシィ君。今度は君のために用意する仮面のことも踏まえて」
「ああ。また来る」
バンシィはそう言って研究室を後にし、李はバンシィが部屋を出たのを確認したのち津軽に軽く会釈をしてから扉を閉めた。
そして李とバンシィは並んで廊下を歩いていた。
「何か収穫はありましたか?」
「収穫って言えば収穫だな。ここに来て楽しみが一つ増えたよ」
「そうですか。後輩が楽しく働けるようなら何よりです」
李の表情が軽くほぐれ、笑みを浮かべているように見えた。
「お前も変わったな」
「そうでしょうか?」
「昔はもっととっつきにくいかった」
「...そんなことを思っていたんですか?ちょっとショックです」
「だが今は違うぞ?以前より雰囲気が柔らかくなったと思うし、今の方が“らしく”振る舞えてる気がする。いい出会いをしたんだな」
「ええ...本当にそう思います」
「ところでステイシーはどうした?仕事か?」
「もうとっくに退勤してます。今頃行きつけのバーでやけ酒でもしてるんじゃないですか?誰かさんにいじめられたせいで」
「おいおい、いじめたとは心外だな。さっきの俺はほとんど何もしてないだろ?」
「なら、昔のステイシーに何かしたってことですね?」
「チ、墓穴を掘ったか」
「ほら、やっぱり何かしたんじゃないですか。謝った方がいいのでは?」
「謝るも何も俺がしたことに変わりないだろうが、あれはあいつが望んだことでもあるし...」
「ますます分かりませんね」
「仕方ない。あとであいつを慰めてやるか。付き合ってくれよリー」
「露骨に話を終わらせに来ましたね。まあいいですよ、元々そのつもりでしたし」
李とバンシィは他愛無い話をしながら廊下を歩き続けた。
そして二人が話してるうちに、いつの間にか目的の部屋に到着した。
李がその部屋の扉をノックし、室内からクラウディオの「入りなさい」という声が聞こえてきた。
李が扉を開けると、広々とした室内の中央に長机とそれを囲うように何十席もの椅子が置かれた煌びやかな部屋だった。そして部屋の奥、上座にその人物が腰掛けていた。
「よお。会いたかったぜ、金獅子」
着崩したスーツを纏い、長い銀髪をかき上げ、額にバッテン傷をつけた男がいた。
「はじめまして九鬼帝様。アル・シュバルツ改めバンシィ・ノルンと申します。以後お見知りおきを」
「おう。まあ座れよ」
帝に誘われバンシィは適当な椅子に腰掛けた。
「お前のことは紋から聞いてる。記憶喪失とは難儀なもんだな」
「幸い最低限の常識はありましたし、少しずつですが思い出せているのでそれほど不便ではありません」
「そいつは良かった。にしても紋の奴、いい男を見つけてきたな!てっきりヒュームかクラウディオあたりが紋に教えたのかと思ってたが、大したもんだ」
「お側で仕える身としてはとても鼻が高いことです」
「ご自身で彼を口説き落としておりましたので、紋様も大変喜んでおられました」
帝の側に控えているヒュームとクラウディオも誇らしげにそう口にした。
するとまた扉をノック音がした。
「局様、揚羽様、英雄様、紋白様、ならびにミスマープルが到着されました」
「おう!入れや」
扉の外で控えていたらしい李の声が聞こえ、帝が李の言葉に反応した。そして重たそうな扉が開いた。
「フッハハハ!九鬼揚羽、降臨である」
「フハハハ!九鬼英雄、顕現である!」
「フハハ!九鬼紋白、再臨である!」
高笑いをしながら部屋に入ってきた三人。そのうちの二人は紋白と同様に銀髪に額のバッテン傷、溢れ出るカリスマ性とも呼べるオーラが印象的だった。その三人に続いて、二人の女性が入ってくる。
「帝様。大変お待たせしました」
「やれやれ。年寄りを急に呼び出すもんじゃありませんよ?帝様は本当に年寄り使いが荒い」
一人は九鬼局。品格高い立ち振る舞いに着物姿、銀髪、額のバッテン傷が三人と同様に印象的な女性。
もう一人はミスマープル。九鬼家従者部隊序列ニ位にして“星の図書館”と呼ばれる幹部の一人。黒一色のドレスを見に纏った老女だ。
「まあそう言うでないマープル。父上は我らよりも多忙の身なのだから、たまには顔を見せておくのも良いだろうよ。それに、仮契約とは言え紋が連れてきた新しい従者も見てみたいではないか」
「ま、そういうことにしときますよ」
「うむ!なかなかいい面構えの男ではないか!紋、よくやったぞ!」
「フハハ!兄上、ありがとうございます!」
揚羽、マープル、英雄、紋白がそんなやり取りをしていた。
英雄が紋白を誉め、それに礼を述べる紋白に揚羽が英雄に同意してさらに紋白を褒めていた。そんな光景を眺めていたバンシィは、紋白の笑顔を見て自然と笑みを浮かべた。
(いいお兄ちゃんお姉ちゃんじゃないか。だが...)
バンシィはちょうど自分の後ろを通り過ぎた人物に視線を動かす。
その人物とは九鬼局。彼女は三人が盛り上がっている場を通り抜け、粛々と帝の隣に腰掛けて帝も話していた。それは傍目から見れば品位を落とさないよう振る舞ってる風に見えるが、バンシィは局の感情を確かに読み取っていた。
(どうやら九鬼家にも色々事情があるみたいだな...)
バンシィは視線の端に映る紋白と局を交互に見比べそんなことを思った。
「あんたが“ドイツの獅子”かい?」
唐突に声をかけられ、そこに顔を向けるとマープルがバンシィの向かい側に腰を下ろしていた。
「...ええ」
「あたしゃ嘆かわしいよ。こんな若造があの
「マープル、紋様の目を疑うのか?」
いつの間にかマープルの後ろにヒュームが立っていた。
「疑いはしないさ。
マープルはバンシィを一瞥してそう言った。それに対してバンシィは何もすることはなく、ヒュームも一つ鼻を鳴らし視線をバンシィに向けた。その視線はとても威圧的だがバンシィは柳の如く受け流すのみ。
「そういやあずみ、お前金獅子と顔見知りらしいじゃねぇか。元傭兵馴染みとして仲良くしてやれよー?」
「はい!お任せください帝様!☆」
英雄の側に控えていたメイドが帝に声をかけられ、ハイテンションで返事したのだが...
(誰だコイツ!?あずみ...?まさかあの女王蜂か!?)
バンシィはこの九鬼のビルに来て何度目かの驚愕の表情を浮かべた。するとそのメイドはバンシィの元まで歩いてきたので彼は腰を浮かせ彼女と対面する。
「お久しぶりですバンシィ・ノルン☆今は九鬼家従者部隊序列一位であり英雄様の側使いしております忍足あずみです!☆仮契約とはいえここで働く以上ビシバシ指導いたしますので頑張って期待に応えてくださいね?☆」
「フハハハ!元傭兵馴染みでも知り合いには相変わらず手厳しいなあずみは!我もお前に期待している。存分に励め!」
「同じく我も期待しているぞ、バンシィ・ノルン。貴様の力、この九鬼で存分に振るうが良い!」
「ご期待に添えれるよう頑張ります」
「なんと勿体無きお言葉!☆これはますます指導を厳しくする必要があります☆本当に頑張ってくださいね?☆」
「お、おう...お前も頑張れよ...?」
英雄と揚羽からあって早々に期待されていると知り奮起することを約束したバンシィ。だがあずみに対しては彼女の頑張りが続くようにと祈りを込めて返答した。
忍足あずみ。かつて戦場で共に戦った仲間であり敵でもあった彼女は、戦場では“女王蜂”の異名で知られている。だが当時の彼女は今みたいにこんなキャピキャピしていなかった。
(ん?当時?...ちょっと待て。あれから何年経った!?もしかしてこいつ、この歳で...)
「今何を考えました?☆(てめぇ後で覚えとけよ?)」
「...いや、何も(はい)」
あずみはとびっきりの笑顔をバンシィに向けていたが目は笑っていなかった。そして後のことは未来に自分に託すバンシィであった。
「よぉーし。全員揃ったことだし行くか!」
「帝様、一体どちらに?」
「んなもん決まってるだろ。屋上だよ屋上。俺金獅子の戦ってる姿見たかったんだよなぁ」
「そう言うことなら我も是非見たいですな!」
「だろ?」
帝の発言に質問した局。どうやら帝はバンシィの実力が如何程なのか興味があるらしい。それはこの場にいる数名以外が同じ気持ちだったのかもしれない。そしてその気持ちを代弁するように英雄が帝の言葉に便乗した。
「と言うことは、この場にいる者を奴と戦わせると?」
「おう。最初はヒュームあたりでもぶつけてみようと思ったが...揚羽、お前やりたいのか?」
「現役を引退したとはいえ我も武人。当然興味はありますな。それに...以前感じた爆発的な気の奔流が一体なんだったのか、とても気になりますね」
揚羽はニヤリと口角を上げバンシィに視線を送った。揚羽の言う気の奔流。それは以前あの村でバンシィが見せた黄金の光のことを表している。
「なら揚羽に任せるか。てなわけで、お前の実力がどれほどの物か見せてもらうぜ?もちろん
「御息女が怪我をなされるかもしれませんよ?」
「ほお、言うではないか。だが案ずるな。そこいらの怪我なら二、三日で治るわ」
「随分と逞しいことで」
「その逞しさも我の取り柄の一つだ。ゆえに遠慮することはない。お前の力見せてもらうぞ」
「わかりました。そういうことなら全力でやらせていただきます」
バンシィと揚羽はすでに戦意をたぎらせ、闘気を高めていた。バンシィは揚羽を怪我させてしまうことを心配していたが、実際それほど心配などしていなかった。
この川神の地に来てから複数の強い気を感じ取っていたバンシィ。そのうちの一つは彼女のものだったことを、バンシィは彼女がこの部屋に入ってきた時から気づいていた。そして殺意とは違う純粋な闘志を彼女に向けられ、バンシィは思い出せない記憶の片隅にあった気持ちをうっすらと思い出していた。
(これが、彼女が放つ闘気か。まるで、心が躍るようなに胸の奥から湧き出るこの昂り...懐かしく思える)
その時、一瞬だけ確かに見えた光景。
それは名前も思い出せない誰かの姿だった。
顔はよくわからなかった。ただ一つだけはっきりとわかることがある。
その時、僅かにバンシィから発する闘気が揺らいだこと感じとった猛者達は何も言わずただ彼を見つめただけだった。
「んじゃ対戦相手も決まったことだし全員で行くぞ」
「バンシィ、お前の力今一度見せてもらうぞ」
「はい、紋様」
帝の号令で皆が動き出す。各々思うことを口にしながらもそれに従って行動し始める。
そんな中、紋白はバンシィに駆け寄り声をかけてきた。
バンシィを見上げる紋白の瞳は彼を信じて疑わない強い期待を孕んでいた。そんな紋白を見てバンシィはその期待に応えることを約束するように力強く返事し、開け放たれた扉に向かって歩み始めた。
いかがでしたか?次回からバンシィと揚羽の試合が始まります。今回はその序章と言う感じでしたのであっさりしてると思います。
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