本日2回目となる九鬼ビルの屋上。
すでに日は落ち、試合の場となる屋上中央を複数の照明が光を照らしており視界は至って良好。もっとも、気を探ることができる二人にとっては視界の有無など関係ないかもしれないが。
高層ビルの屋上というだけあって吹きつく風が両者の髪を一方向に揺らす中、一際その風の影響を受けるのは揚羽の髪だった。
長く綺麗な銀髪が照明の灯りを反射し、夜闇の中でもその存在の神々しさを一切損なわせないうえ本人の威風堂々たる様は見る者を魅入らせるほど美しかった。
「両者、準備はいいな?」
「うむ」
「ああ」
向かい合う二人から少し離れた場所でヒュームは審判役として声をかける。
その背後には九鬼帝をはじめ帝に集められた者達が控えており、これから始まる試合の行末を見守っていた。
「それでは、はじめ!」
ヒュームが開始の合図を宣言。
その瞬間に両者は駆けた。むしろ飛んだと表現すべき速度で一瞬にして拳と拳を突き合わせ、数秒遅れでぶつかった衝撃波が周囲に撒き散らされる。
まるで剣士が鍔迫り合いをするかのように両者一歩も譲らず、突き合わせた拳に再度力を込める。すると押し負けた揚羽がその身を華麗に翻し、バンシィの拳打で伸び切った腕を絡め取り上空に投げ飛ばした。
だがバンシィもただ投げ飛ばされてはいない。追撃を仕掛けようとした揚羽の体がぐらつく。
「むむ?姉上の様子が!」
「おそらく脳震盪でしょう。彼は投げられる直前揚羽様の顎を狙って蹴りを放ちました。並の武人なら今の一撃で終わっています」
「さすがクラだな。よく見ていた」
(見えたのはほんの一瞬。実際に戦っている揚羽様からすれば何が起こったのかわからないでしょうね)
英雄の疑問にクラウディオは答えたが実際クラウディオの思った通り揚羽は何が起こったか分からず、自身の揺れる視界を気合で押しとどめた。だが分からないながらも揚羽は確信し戦慄した。
(なんと恐ろしい奴だ。力も技術も我より
前述の通り、バンシィは投げ飛ばされる直前で揚羽の顎に掠る程度の蹴りを放っていた。そして追撃できない揚羽を上空から見据えながら余裕を持って体勢を立て直し着地する。
着地した瞬間に地面を蹴り揚羽に対して再度距離を詰めながら左拳を引き絞る。それをみすみす見逃すはずもなく、揚羽はあっさりと立ち直り迎撃体勢を取った。
「そこっ!」
揚羽は迫り来るバンシィの懐に潜り込み、相手の突進する威力を利用した掌底を腹に打ち込んだ。大振りの攻撃を仕掛けてきた相手に対してその隙を突く一撃。しかしそれをバンシィは右手のひらで受け止め、思いっきり左拳を振り下ろした。だが揚羽を襲ったのは真下からの衝撃だった。
「ぐっ!」
振り上げた拳はフェイク。バンシィの本命は真下からのつま先蹴りだった。
またも顎を狙った一撃を揚羽は腕を使って防ぐがガードごと宙に打ち上げられた。
先程とは違う構図になった状況でなおも攻撃の手を緩めようとはしないバンシィは揚羽を追って飛び上がった。
「舐めるな!はああッ!!」
「ハアッ!」
はるか上空でぶつかり合う拳と蹴りの応酬。稲妻のような揚羽の拳が万雷の如くバンシィを襲うが、それを鋼鉄の如き堅牢な守りで防ぎつつ暴風を体現するような重たい拳打で反撃する。そして揚羽がそれを見事な体捌きと回し受けでいなす。
まさに攻防一体。そんなことを足場というものが皆無の空宙で縦横無尽に繰り返し、地球の重力に身を任せ自由落下していく二人。
そして着地する数メートル手前で二人の体が弾かれたように距離を取り、揚羽は屋上に備え付けられたフェンスの上に難なく着地し、バンシィは屋上の地面に書かれた
「流石の一言だバンシィ・ノルン。記憶の半分近くを失ってなおも冴え渡る武技。獅子の名を冠するだけのことはある」
「揚羽様こそ本当に現役を引退されたんですか?とてもそうとは思えませんが?」
「さすがの我とて体力の衰えを感じておる。そうだな...この際鍛え直すためにお前の手を借りるというのもアリかもしれないな」
「これで全盛期以下ですか......鍛え直してどうなさるおつもりで?」
「この川神の地には強者達がゴロゴロいる。時には我も出張らねばならぬ場合もあるし、特に我は各国の老獪な人間達を相手にしなければならない。そう思えばいざという時のためにも忍耐や体力は必要なのだ」
「さすがは世界の九鬼揚羽様と言ったところですね。心中お察しします」
「まあそれは良いのだ。...ところでバンシィ。いつになったら我にお前の
バンシィよりも高い位置で背筋を伸ばし風に煽られる揚羽は彼を見下ろしながら嬉々としてそう尋ねた。
「そう急かさないでください。...ですが、この時期の日本の夜は冷えるみたいですね。あまり長居は観客達にとっても堪えるでしょうから、お望み通りご覧に入れましょう」
するとバンシィの気が一瞬鳴りを潜めた。
だがそれはほんとに一瞬のことでバンシィを中心に波紋のように吹き荒れる風が起こり、途端に彼の髪が立ち上がり黄金の光を放つ。
まるで夜空に浮かぶ満月を彷彿とさせる荘厳な輝きであり、その光は彼の全身を巡るように描かれた電子回路のような模様からも発せられていた。
光はバンシィの体を淡く包み込み、その端から蛍火のような光の欠片達が彼の体から離れて天に登って消えていく。
これがバンシィ・ノルンの今の全力、“デストロイ・モード”
圧倒的な闘気と見る者全てに獅子を彷彿とさせる神々しさと強者のオーラ。
「これが...!」
「やべぇな、ゾクゾクしてきた!」
「なんと神々しい!」
「フハハ!」
「凄まじい...」
「「「.......」」」
局、帝、英雄、紋白、李がただ一言その神々しさに充てられ口々に漏らす。帝に至ってはまるで子供のようにその瞳をキラキラと輝かせている。
一方クラウディオとマープル、そしてあずみは実力ある強者としてその神々しさの裏にある人智を超え文明すら破壊しかねない力の発露に慄いた。それは彼に武人として最上位の評価をもたらすと共に、その牙が自分達の主人に向けられる可能性について考えさせるものでもあった。
そんな彼らに背を向ける形で二人の戦いを見ていたヒュームはただ一人、自身の内から湧き上がる欲求を強靭な理性で押しとどめていた。
(ククク、素晴らしい...本当に素晴らしいぞバンシィ・ノルン...!!)
今すぐにでも戦いたいと、武人としての彼の血がそう騒ぎ立てる。それはヒューム・ヘルシングにいう武人が久しく忘れていた闘争本能。
もはやヒューム・ヘルシングと戦える者など世界で五本の指に収まるぐらいしかいない。だが
ーーーーーーーーーー
一方その頃、突如現れた爆発的な気を感じ取った少女は長く白い髭を生やした老人と相対していた。
「行かせてくれよジジィ!なんでダメなんだよ!」
「さっきも言ったじゃろ!お前が行けば騒ぎが大きくなることは目に見えてると!」
「ちょっと確認するだけだって。ほんのちょっとだけ、な?(ウィンク)」
「可愛く言ってもダメなものはダメじゃ!大体ちょっとだけと言う奴がそんなに闘気を昂めているわけがなかろう!」
九鬼ビルから遠く離れた武の総本山と呼ばれる川神院。そこに未だ言い争いを続けている二人の人物がいた。
一人は丸い頭に長く白い髭を生やした川神院総代“川神鉄心”そしてもう一人は川神鉄心の孫娘にして自他共に認める美少女であり最強と謳われる武神“川神百代”だった。
何故二人がこんな言い争いをしているのかというと原因は今まさに揚羽と戦っているバンシィにあった。
二人は少し前に突如として発せられた爆発的な気の胎動を感じ取った。当然その正体はバンシィ・ノルンによるもの。しかしその正体など知るゆえも無い百代は爆発的な気に充てられ、獰猛な笑みを浮かべながら反射的に気の発生地へと飛び立とうとした。そんな百代を鉄心が奥義を使ってまで止めた結果、二人の言い争いへと発展したのだった。
「それにこの気が発せられている場所は九鬼のビルからじゃ。もしモモを行かせて何かあって見ろ、ワシが大目玉を食らうわ」
「だからそんなことしないって!」
「残念だけど、今の百代の言葉は信じられないネ」
「師範代まで!」
二人の言い争いをに加わったのは、若干語尾が片言になった口調で話す全身タイツの男“ルー・イー”だった。
彼もまたこの川神院に所属する一人であり、師範代を務める猛者だ。そして二人が感じとった気を当然彼も感じとっていた。
「今の百代はあの気に充てられて興奮している状態だネ。それに行ったところでおそらく返り討ちにあうだけだヨ」
「...私が負けると?」
「慢心が過ぎるぞモモ!お前とてわかるだろう。今あそこには複数のマスタークラスが揃っておる。それにヒュームもいる。ルーの言う通りせいぜい九鬼のビルに辿り着くのが関の山じゃ」
「.............」
二人の意見は百代を過小評価するものではなく、紛れもなく率直に告げられた事実だ。それでも百代は自分の胸の内から溢れる気持ちと昂りを抑えきれずにいた。だが、それに最後のトドメを差したのは鉄心やルーではなかった。
「現在扇島周辺は警戒態勢を厳重にしております。それに、今行かれたところで事は終わっているでしょうね」
そう言いながら現れたのは九鬼の執事服を着た若い男だった。
「お前は、確かあの時の....」
「貴方には以前お会いした際名乗れず申し訳ありませんでした。私、九鬼家従者部隊序列四十二位の桐山鯉と申します。以後お見知りおきを」
丁寧な口調で簡潔に自己紹介をした彼は桐山鯉。現在九鬼が行なっている“武士道プラン”なるものを責任者として管理、進行を彼が務めている。その挨拶回りとして一度鉄心やルーには自己紹介を終えており、二人は彼を一目見て誰かわかっていたらしい。
「それで?なんでお前はここに?」
「時間稼ぎですよ。先程も言ったではありませんか。今から行っても事は終わっている、と」
すると先程まで感じ取れていた凄まじい気は徐々に薄れていき、あっという間に治まってしまった。
「ほら、私の言った通りでした」
「説明は、してくれるのかナ?」
「申し訳ありませんが私の口では何も言えません」
「相変わらず九鬼は秘密主義じゃのぉ。それにもうちっと早く出てきてくれても構わなくないか?」
「私に武神を説得するために二人の争いに巻き込まれろと?いくら九鬼の執事でも無理な事はあります。それに私もこんな事で貴重な時間を浪費したくはないのです。身から出た錆だと思って身内で対応してくだされば私も余計な仕事が増えなくて済みます」
「はっきり言ってくれるのぉ。耳の痛い話じゃ」
「それでは私はこれで失礼します。あ、それと武神には今後も義経の対戦相手の選別、よろしくお願いしますね」
「...わかったよ」
「では」
百代の返事を聞いて満足したのか、桐山鯉はニコリと微笑みながら会釈をしその場を去っていった。そして彼の背中が見えなくなった頃にようやく鉄心は口を開いた。
「終わってしまっては行く意味もなかろうモモ」
「わかってるよ。あ〜あ、せっかくのチャンスだと思ったのに」
「いけないヨ百代、探し出して対戦しに行くのモ」
「わかってますってば!」
百代は不貞腐れてしまい、家の中へドカドカと不機嫌な様子のまま入って行ってしまった。
「やれやれ、困ったものですナ総代」
「まあモモの気持ちもわからなくもない。何せあれ程の気じゃ。もしかすれば自分以上の実力者かもしれない相手がいるとなれば、対戦相手に飢えてきたモモにとっては又と無いチャンスなのじゃから」
そう言いながら鉄心は先程まで感じていた気の発信源の方角を見つめた。それに釣られてルーも鉄心の視線の先を追った。
「...一体誰なのでしょうネ」
「さあの。ただこれはワシの勘じゃがいずれ大きな事が起こる。そんな予感がしてたまらんわ」
「その大きな事に子供達が巻き込まれない事を祈りたいですネ」
「そうじゃな」
今年度に入ってからというもの川神の地は大きく変革をもたらされてきた。海外からの留学者、武士道プランの提唱、西の武士娘の登場、そして世界各国から集う猛者達。
そんな最中に現れた強大な気を放つ謎の存在。
鉄心にはそれら全てが仕組まれたかのように思えてしまうのはただの思い過ごしか、それともこの先訪れる激動の日々に対する暗示か計りかねていた。
そして自室に戻った孫娘の未来を案じつつ、その日の夜は更けていった。
夜中に書いてると頭が回らなくなって何書いてるかわからなくなる事に最近気づいた作者です。皆さんも早寝しましょう。早起きはその時の気分次第で。
さて、今回はいかがでしたか?この先の展開が気になるように書けていたら幸いです。今回も意見、感想、評価、誤字脱字がありました是非よろしくお願いします。
次回「バンシィ・ノルンVS九鬼揚羽 ③」乞うご期待。では