真剣で可能性の獣に恋しなさい!   作:つばめ勘九郎

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第十二話 バンシィ・ノルン VS 九鬼揚羽 ③

 

 九鬼ビルにある一室で過ごしていた四人の少年少女達。

 

 その子達は九鬼が提唱した武士道プランの申し子と呼ばれる、現代に再誕した過去の偉人達のクローンであった。そして川神の地に訪れ、学園に転入したのはつい最近のことではじめは戸惑いもあったが今では楽しく学園生活を満喫していた。

 

 だが、それは唐突に起こった。

 

「「「「!!」」」」

 

 突然このビルの真上から尋常ではない気の発露を感じ身を固めた。

 

「この気は一体...!?」

 

「これは、とんでもないね」

 

「おいおい、まじかよ」

 

「この感じ...モモちゃん?」

 

 源義経、武蔵坊弁慶、那須与一、葉桜清楚は各々感じた気に対して言葉を漏らした。

 

「いえ先輩、義経は違うと思います。気の大きさで言えば百代先輩と同じかそれ以上ですが、質が全然違います」

 

「なんつーか、格が違うって言えばいいのか?まるで空に天蓋でも覆い被さってるみたいだ」

 

「けどプレッシャーみたいなものは感じない」

 

「うん、弁慶の言う通り義経もそう感じる」

 

「みんなすごいね。私なんてちょっと違和感を感じる程度だもん」

 

「でも先輩もこの気を感じたんですよね?」

 

「うーん...感じたって言うか、こう胸の奥がざわついたって感じかな...?」

 

 弁慶が清楚に尋ねると、彼女は自分でもいまいちピンと来ないらしく曖昧な感覚であったと口にした。

 

「じゃあ一体これを発してるのは誰なんだろ?義経ちゃんはわかる?」

 

「うーん...ヒュームさんでもないし、おそらく義経達が知らないは人のものだと思います」

 

「ふふ、考え込む主人も可愛い」

 

「こら弁慶、人が真面目に考えているときに!」

 

「だって考えたってどうしようもないじゃん。百代先輩でもヒュームじいでもないならもう誰も思いつかないもん。それに、こんな奴どう足掻いたって勝てっこないしさ」

 

 弁慶はグイっと酒器に注がれた川神水を一気に飲み干し、ぷはーっと歓喜の溜息を漏らした。

 

「弁慶ちゃんが勝てないってことは与一君も義経ちゃんはどうなの?」

 

「無理っすね。きっとどれだけ矢を放っても弾き返されます」

 

「義経も、()()()()を使っても全て押し返されるだけです」  

 

「そうなんだ...モモちゃんやヒュームさん以外にそんな人がいたなんて」

 

 与一と義経の言葉を聞いて清楚は素直に驚いていた。義経、弁慶、与一の三人の実力は彼女も知っている。百代やヒューム、鉄心やルーと言った規格外は確かに存在しているがそれを除けば彼女達三人だって飛び抜けて強い部類なのだ。そんな三人にここまで言わせる相手とは一体誰なのか、清楚は自身の胸の奥から感じる熱い鼓動をそっと手のひらで押さえ思い馳せた。

 

「そう言や今日学校で九鬼に新しい奴が入るって英雄が言ってたな」

 

「そう言えば...」

 

「てことはその新人さんがそうなのかな?」

 

「そこまでは分かりませんが、おそらく」

 

「あ、止んだ」

 

 先程まで感じていた気の波動が止んだこと察し、弁慶は部屋の天井を見つめ短くそれを口に表した。弁慶と同様に天井に視線を向けた三人。少しの間四人が沈黙する。

 

「ここも混沌としてきたな〜.....ぷはーっ!こんな時でも川神水はうまい!」

 

「姉御は相変わらずだなー」

 

「はぁ...」

 

「ふふ、楽しみだね。どんな人なのか」

 

 いつもと変わらない三人を見て清楚は微笑み新しい出会いに胸を高鳴らせた。

 

 彼女が感じた胸の高鳴りはそんな彼女の気持ちを汲んでか、より一層強い鼓動を刻み“近いうちに会える”とこの場にいる四人には届かない声を誰かが漏らしていた。

 

 

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 同刻。

 

 九鬼ビルから離れた賃貸アパートの一室に一人の少女がいた。

 

 少女も百代や鉄心、義経達四人と同様にその気を感じとりそれが九鬼のビルの方からだと察していた。

 

 だが彼女は動くことなくその気が止むまで部屋の中でくつろいでいた。

 

「あ〜あ、やっぱり見に行くべきだったかな〜。でも行ったところで九鬼のことだから見せてくれないだろうし、やっぱ意味なかったか」

 

 少女の名前は“松永燕”

 

 この春川神学園に転入してきた西の武士娘であり、転入早々川神百代と稽古と言う名目でデモンストレーションの組手を行い川神学園生を大いに湧かせた時の人だ。

 

 学力、容姿、武道共に優秀な彼女はその容姿を活かして納豆小町という松永納豆宣伝のアイドルのような活動までしている。

 

「でも一体誰だろ?」

 

 燕もまたその正体に思いを馳せていた。だが、それは単純な好奇心からくるものではなく、自身の利益のため利用することは可能か否かと思考するものでもあった。

 

「ま、考えてもしゃーない。気を取り直して授業の復習でもしますか。それに、もしかしたら意外と早く会えるかもだし」

 

 可愛らしく愛嬌のある顔が最後、小悪魔のような笑みを浮かべそんな事を口にした。

 

「たっだぁいまあ〜〜ヒック」

 

「おかえりー。て、また飲んできたのおとん?」

 

 呂律の回らない様子でアパートの扉を開けながら陽気な帰宅時の挨拶をした男。彼は松永燕の父、松永久信。

 

 技術屋としての腕を買われ今は九鬼で働いている立派な社会人なのだが、その昔株で大火傷をして妻に逃げられた挙句父親としてももはや威厳など皆無なダメ親父なのだ。

 

「いや違うんだよぉ燕ちゃん。たまたま入ったお店にステイシーさんがいて、ぼかぁ(僕は)彼女に巻き込まれただけなんだぁってェ!...ヒック」

 

「はいはい。いいから早く扉閉めてよ、近所迷惑になるから」

 

「はぁーい」

 

「あと顔洗ってちゃんと着替えてから寝てよ?わかった?」

 

「わかってるってぇ〜、燕ちゃんの言うことならぁなぁーんでも聞くからぁ!ぼくに任せてよぉ」

 

「おとんに任せることなんてないけど?」

 

「うぅ、娘が父親に冷たいよぉ〜」

 

「いいから早く、ほら行った行った!」

 

「のぉわっ!ちょっ、押さないでよぉ燕ちゃ〜ん」

 

 この一家もまた相変わらず、なんだかんだと楽しそうにしていた。

 

 完全に親子のヒエラルキーは逆転しているが、それでもまた()()()()で暮らせる日が来るならと燕は明日もまた心を奮わせる。

 

 例えそれが友人を裏切る行為であっても、悪魔に魂を売ることになったとしても、彼女はそれら全てを分厚い仮面の下に隠して前に進む。その先に父と母が笑い会える日が来ると信じて。

 

 

 

 

 ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 場所は移り島津寮の庭。

 

 そこにもまた一人、彼女達と同様に膨大な気の発露を感じ取りそしてそれが治まっていくのを肌で感じていた女性がいた。

 

『隊長...?』

 

 電話越しで隊長と呼ばれたその女性は赤い髪を風で靡かせるマルギッテ・エーベルバッハだった。

 

 彼女は通話している相手に「なんでもない」と言い、話の続き催促した。

 

「それでリザ、先程話していた村ではどうだったのです?」

 

『ああ、まず間違いなくアルがいた。けど村人の話だと()()()()()()()()の一点張りだったよ。その代わり違う名前の奴はいたって言ってた』

 

「その違う名前というのは?」

 

『...バンシィ・ノルン』

 

「!?」

 

 流石のマルギッテもこれ以上にないアルの手がかりとなる名前を聞き驚いた。

 

 “バンシィ・ノルン”

 

 それはかつてアル・シュバルツが戦場で“死の運命を告げる者”という意味で付けられ呼ばれた異名。

 

「なるほど。そうなるとおそらく...」

 

『十中八九、九鬼が絡んでるな』

 

「九鬼、ですか...」

 

 偶然なのか、それとも必然なのか。

 

 先程まで感じ取れていた気は間違いなく九鬼のビルがある方角。そしてマルギッテはその正体が一体誰なのか計りかねていた。もしリザの話と繋がるならあの気の正体は戦死扱いとなったアル・シュバルツとなる。だがマルギッテが知っている以前のアルの気と先程の気はあまりにも異なるものだった。

 

 彼は確かに実力ある軍人ではあったが、あれほどまでの力を持ってはいなかった。

 

 果たしてあれを彼と断定して良いものか、とマルギッテは思考を巡らせる。

 

『現地でも九鬼の人間は居たから確実に九鬼が絡んでるのは確かだ。もしかしたら九鬼がアルの奴を...』

 

「判断するにはまだ早い。幸いこちらには九鬼との繋がりがある。それとなく探っておきます」

 

『頼みましたぜ、隊長。こっちも色々調べておくから』

 

「ええ、そちらは任せます」

 

 そう言ってマルギッテは通話を切り、夜空を眺めた。

 

(やはりあなたは生きていたんですねアル。でも、何故帰ってこないのです。やはり軍に愛想を尽かしたのですか、それとも....)

 

 誰にも届かない思いを胸に、彼女は静かに夜空に浮かぶ黄金の光を灯す月を見上げた。

 

 もし彼が軍に見捨てられたことで帰ってこないと言うならそれを止めることはできない。何せ軍は彼を散々こき使い、最後は何の得にもならない栄誉を与えて戦死したと断定したのだから。

 

 そんな軍に所属している彼女もまた同罪なのかもしれない。

 

 命令に従い彼を探そうともしなかった自分が彼を責めることなど彼女にはできるはずもなく、マルギッテは自分の無力さと押し殺していた気持ちが溢れそうになり目頭が段々熱くなってくるのを感じた。

 

(いけませんね。軍人たる者、涙などあってはならない)

 

 彼女は強い心でそれを押しとどめ、涙は流さなかった。

 

 いつか彼女の内に溜まった想いが表に出る日は来るのだろうか。

 

 もしそんな日が来るとしたら、それは愛しい恋人が彼女の元に帰ってきた時。

 

 軍人である彼女が女性として愛しい男に寄り添える時なのかもしれない。

 

「やはりこの時期の日本の夜は冷えますね。早くお嬢様のところに戻らねば」

 

 そう言ってマルギッテはその場を後にした。

 

 たが彼女は知らない。奇しくも愛しい彼と同じような事を口にしていたことを。

 

 

 

  ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 九鬼揚羽はそれを見て、自身の内から湧き上がる高揚感と言語化することなどできない感動で豪快に笑い声を上げた。

 

「フハハハハ!!それがお前の本気か!面白い!面白いぞバンシィ・ノルン!!こんなにも胸の内を昂らせたことは今までにない!」

 

「これが今の俺の全力です。ついて来れますか?」

 

「嗚呼、残念だが今の我では無理だろうな。だが!そう安易とこの九鬼揚羽が根を上げるわけにはいかん、行くぞ!」

 

「来い!」

 

 揚羽は自身が立っていたフェンスをあっさりと歪ませ破壊するほどの力で蹴り込みバンシィに肉薄した。

 

「九鬼雷神金剛拳!」

 

 揚羽が放つ渾身の拳がバンシィの顔面を狙うが彼の今まで以上に硬くなった左腕で受け取れられる。二人が衝突したことで爆風が波紋のように撒き散らされる。未だに勢いが衰えない揚羽の拳だがバンシィは一歩たりとも後退せず自然体のまま、ただ左腕を掲げたままで揚羽の拳を受け切っていた。

 

「まだまだ!百式羅漢殺!」

 

「ッッ!」

 

 突き出した拳を引き込み、揚羽は猛烈な拳の乱打をバンシィに叩き込む。それに対抗するようにバンシィは揚羽の乱打に合わせて拳を突き出した。まるで硬い金属同士がぶつかり合うような重たい音を屋上に響かせ、一発一発から生み出される衝撃波が観客達に襲った。

 

「いけません!」

 

 咄嗟にクラウディオが主人達の前に出て糸で全員をその場に固定させた。さらにあずみと李も主人達の前に出て盾にならんと体を張った。

 

「ヒューム!これ以上は...ヒューム!」

 

 クラウディオの声はヒュームに届いていなかった。ヒュームはもう二人の戦いに魅入ってしまい、その顔は従者のそれとは違うありし日の若きヒュームが強者を前にした時と同じ武人としての顔だった。

 

「これ以上戦い続けたらこのビルだってもたないよ!」

 

「わかっていますマープル」

 

 いつになく必死のクラウディオは二人の戦いを止めるべく糸を自身の気で強化して操り、二人を拘束しようとする。

 

(む!?弾かれたっ!)

 

 クラウディオの糸はバンシィが体から放つ光によって簡単に弾かれてしまった。揚羽を縛ろうとしてもバンシィの体から漏れ出た光の欠片達が揚羽の周囲に漂っており、それに触れた途端糸は制御を失い拘束することができなかった。

 

「こりゃあまずいね。こうなったら...」

 

 マープルもクラウディオの糸が弾かれたことに勘付き事の重大さを理解した。そして彼女は自身の気を活性化させようとしたその時、マープルはバンシィと目があった。さらにクラウディオの方にも一瞬だけ視線を動かし彼とも目を合わせた後バンシィが空高く飛び上がった。

 

(な!揚羽様と戦っている最中であたし達の意図を察したのかい?そんな余裕があったとはね...)

 

 実際バンシィにはまだ余裕があった。

 

 というのも今のバンシィは普段以上に人の()()()()()()()ことができる。彼が狙撃手として戦場でも優れていたのはただ目が良いというわけではなく、人の感情や想い、思惟を感じ取ることができるからなのだ。

 

 それゆえにマープルとクラウディオの焦りや戸惑い、心根を感じ取りそれを汲み取って行動した結果、バンシィはビルへのダメージを最小限に抑え、かつ戦いを終結させるために空へと飛び上がった。

 

「これで決着としましょう揚羽様」

 

 バンシィはビルの屋上に置いてきた揚羽を見下ろしそう告げた。

 

「望むところだ、行くぞ!」

 

 揚羽もバンシィを追って空へと駆け上って行く。最後の一撃になるであろう右拳に全闘気を集中させギリギリまで力を蓄え込む。

 

(まだだ!もっと!我が今出せる全てをこの男にぶつけるのだ...!)

 

 これほどまでに心躍る戦いをしたのはいつぶりだろうかと揚羽は思った。現役引退を決意し、川神百代と戦ったあの日からもう2年は経った。あの時は次世代の武人に未来を託す思いで戦い、そして敗れた。未練などない。だが、目の前の男が拳に乗せて言うのだ。

 

 “ついて来れるか?”と。

 

 まるで彼女がここまで来ることを信じているかのように。

 

 現役を引退したとはいえ彼女は武人。目の前の頂に立つ男が信じて構えているのだ。それに応えないで何が王か!何が武人だ!

 

 全霊を持って、今九鬼揚羽の一撃が解き放たれる。

 

「九鬼家決戦奥義!古龍・昇天破ッ!!」

 

 繰り出された揚羽のアッパーカットは溜め込んだ気を爆発させ、触れた者全てに喰らいつき薙ぎ倒すまさに龍の如き竜巻を発生させた。

 

 そしてそれは黄金の光をいとも容易く飲み込んだ。揚羽の攻撃をまともに食らっては流石のバンシィでもただでは済まない。今頃龍の腹の中で風の暴力に晒され、全身を砕かれていると誰もが思った。

 

 だがそう思われた矢先、突然龍の腹が膨れ上がり中から金色の光が漏れ出し、龍は霧散した。

 

 中から現れたのはより濃い黄金の輝きを分厚く纏ったバンシィだった。

 

 落下していく揚羽は月の光を後ろから浴びながら黄金に輝く彼、バンシィ・ノルンを見て素直にこう思った。

 

(美しい...見事だ)

 

 全てを出し尽くし、体に力が入らない揚羽それを見ながら落ちていく。

 

 だがそんな揚羽を優しく抱きかかえた。

 

 バンシィは彼女を体を気遣ってゆっくりと降りていく。

 

「...我の完敗だ。お前の力、存分に見させてもらった。これからよろしく頼むぞ、バンシィ」

 

「はい、揚羽様」

 

「しかし...これは少し恥ずかしいな...」

 

 揚羽は少し顔を赤らめ、下にいる観客達になるべく見られないように体をもぞもぞさせた。現状、揚羽は絶賛バンシィに抱きかかえられている。俗に言うお姫様抱っこだ。

 

 文字的には彼女もある意味お姫様なので合ってはいるのだが、あまり慣れていないのか揚羽にしては珍しく顔を赤らめ恥ずかしそうにしていた。

 

「大人しくしてください。なんなら肩車で降りましょうか?」

 

「む、それはそれで恥ずかしいな...仕方ない。これで我慢する」

 

 そんなやり取りをしながら二人は淡く光る金色に包まれながら屋上へと降り立つのだった。

 

 そして屋上に着地し帝が揚羽に放った第一声が揚羽の彼氏いない歴=年齢だとバラす内容だったせいで、抱きかかえていたバンシィは大暴れする彼女を抑えるのに必死だったことは誰の目に見ても明らかだった。

 

 そうしてバンシィと揚羽の試合は幕を閉じた。

 

 




 これにてバンシィと揚羽の戦いは終わります。いかがだったでしょうか?久しぶりのマルギッテの登場に、まじこいキャラ達が二人の戦いには関係なかったとはいえ登場させれたのは幸いです。これから彼ら彼女達がどうバンシィと関わってくるのか、あまり自信はありませんが楽しみにしていてください。

 今回も意見、感想、誤字脱字がありましたら是非よろしくお願いします。それではまた次回にお会いしましょう。では

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