陽気な日差しが降り注ぐ水曜日、バンシィは仮面とカスタム執事服を身に纏い川神学園3-Fの教壇に立ち自己紹介をしていた。
3-Fの学生全員の目がバンシィに集まる。その大半が珍獣を見るような好奇心の眼差しを向けているが、二名ほど好奇心とは少し違う意味ありげな視線を向けてきていた。
(あれが松永燕か...にしても露骨に闘志を燃やしてるな川神百代は)
何故こんな事になっているのか。事の発端は多摩大橋の一件である。
鉄心から聞かされたバンシィが学園に通うという唐突な話に思考が追いつかなかったバンシィは、九鬼の本部ビルに戻り帝への面会を求めた。しかし時すでに遅し。帝は仕事で日本を経った後で、その代わりにクラウディオから説明を受けた。
「現在川神学園には一年、二年に一人づつ従者が配置されています。三年にも従者を一人置くべきだと若い従者の間で話がされていたましたが、それを聞いた帝様が是非貴方をと推薦したのです。まだここで働き始めて間もない貴方ですが能力的には申し分ありませんし、何より失った記憶を探るのに絶好の機会だと思いますよ?」
とのことだった。
従者の間では何故あんな新入りなのだ?という反感の声も上がっていたらしいが帝の推薦というのもあって話が簡単に進んだそうだ。
決まったことに文句を言うつもりはないバンシィは後日川神院で筆記試験と面接を行った。面接官は学園の理事長を務める川神鉄心と川神院師範代のルー・イーである。
筆記試験は難なく終え、面接では二、三質問された程度で終わった。その際鉄心に仮面を脱いでくれと言われ、素顔を言いふらすことはしないと約束してくれたのでバンシィは仮面を取り姿のまま面接を行った。
そして面接も無事終えた後日に合格を言い渡されたバンシィは諸々の準備を整え、今川神学園3-Fの教壇に立っているのだ。
「それじゃあバンシィ・ノルンの席は...」
「はい!先生!」
担任教師がバンシィに席を言い渡そうとした時、松永燕が席から立ち上がりながら手を上げて元気に先生と呼んだ。その燕の行動にクラスメイトの視線が集まる。
「どうしたのかな?」
「バンシィ君を歓迎したいと思います!」
「なっ!?」
「ムフフ、ごめんねモモちゃん」
「ぐぬぬぬ〜」
燕の発言に驚く百代とクラスメイトメイト達、さらに百代に追い討ちをかけるように不敵に笑って見せる彼女を見て百代は悔しそうにしていた。
この学園で言う歓迎とは、つまり決闘。百代が悔しがる理由はバンシィとの再戦する機会を燕に取られたことによるものらしい。
「さてバンシィ君、彼女の歓迎を受けるかい?」
『ええ、構いません』
「じゃ、そう言うことで!」
バンシィが承諾した事を確認し燕はワッペンを取り出し、それをバンシィに向かって投げた。バンシィは燕から投げられたワッペンを受け取り決闘の意を示す。
「話は聞かせてもらったぞ。その決闘わしが許可しよう」
「学園長、いつの間に!...ゴホンッ、いつの間にで候」
突然現れた川神鉄心に驚くクラスメイトの女子。彼女も癖が強そうだ。
「相変わらずキャラをぶらさない事に必死だな〜ユミは」
「何のことだからわからぬで候」
「ま、いいか。再戦できなかったのは残念だがいい機会だ、あいつがどれくらいできるか見極めてやる」
「百代が興味を示すほどの強さで候?」
「ああ、強いな。それも私と戦えるぐらいには」
「なるほど。百代が認める
再戦できなかったことは悔やまれる百代だが今は二人の決闘がどう転ぶか楽しみにしていた。
そして川神鉄心はバンシィと燕を伴い、決闘の場となる学園のグラウンドにやってきた。それに続いてぞろぞろと3-Fのクラスメイト達も校舎からグラウンドに降りてきた。
「燕、今回はどうする?また色んな武器使うか?」
「大丈夫モモちゃん。今回はこっちで行くから」
百代が燕に武器の使用の有無を聞くが、燕は握った拳をパンパンと打ち鳴らして見せた。どうやら燕は以前百代とのレクリエーションとは違って無手で相手に挑むつもりらしい。
「わかってると思うが燕」
「うん、あの人とんでもなく強いね。けどそう簡単には負けないよん!」
燕はそう言い残してバンシィと鉄心が待つグラウンド中央へと足を向けた。
「お待たせしましたー」
「もうよいか?」
「はい!あ、ルールに武器の使用は無しでお願いします」
「バンシィはどうする?挑まれた方に決定権があるぞ?」
『構いません。もとより使うつもりはないですし』
「よかろう。ではルールは徒手空拳のみ、武器の使用は禁止じゃ。それと授業に差し支えがないようにホームルームの時間までの決闘とする。両者異存はないな?」
『「はい」』
「では、はじめぇッ!!」
鉄心の合図がグラウンド中に響いた。
「はっ!」
まず最初に動いたのは燕だった。一瞬でバンシィとの距離を詰め顔面向けて拳を突き出してきた。それをバンシィは見切り重い拳を片手で受け止めると、そのまま受け止めた拳をガッチリと掴み、自分の方に強引に引き寄せながら彼女の腹目がけて側頭蹴りを放つ。
「ぉわっと!せいッ!」
「クッ...!?」
だがバンシィの反撃に対して燕は引っ張られた力を利用して自ら身を宙へと飛び、華麗に攻撃を躱した。さらに躱し様に蹴りをバンシィの首筋に馳走してみせた。それには思わず苦悶の声が漏れるバンシィ。だがダメージは然程通ってはいないらしく、バンシィは何事も無かったかのように体勢を整えて燕を見据えた。それを見て燕は「やっぱりこの程度じゃダメか」と自分でも分かりきっていたらしく冷静に現状を受け止め、バンシィから少し距離を取った場所に着地した。
『次はこちらの番だ。シッ!!』
「ぅッ!!」
腰を低く構えたバンシィの目にも止まらぬ電光石火のタックル。躱す暇もなく燕は腕をクロスに構えてそれを防ぐが、あまりの威力に足が地面から浮きそのままバンシィのタックルに引き摺られていた。
『ここからどうする、松永燕?』
「くっ...ぐはっ!」
バンシィはタックルの体勢のまま右拳を引き絞り、上中下段の三連突きを放った。頭と足はなんとか防ぐ燕だったが腹にはバンシィの強烈な中段突きがめり込んでいた。
そのまま吹き飛ばされる燕は痛みを耐え地面に手をつきながらなんとか体勢を整える。
「はぁ、はぁ、はあ...」
よっぽど重い一撃を受けたのか燕の呼吸が荒くなる。それに対してバンシィは涼しげに佇んでいた。
『タイムアップにはまだまだ時間があるぞ?』
「げっ...バレてたか」
燕の狙いをバンシィにあっさりと看破されていた。
多摩大橋での一件を見ていた燕は彼が壁を越えた強さを持つ存在だということはわかっていた。故にこの決闘では勝つことよりもタイムアップによる引き分けを狙って彼の実力を測ろうとしていた。もちろん勝てるならそれはそれで御の字、より家名に箔が付くというもの。しかしバンシィの実力は燕が思っていた以上のもので、下手をすれば百代よりも強いかもしれないと彼女は思った。
『様子見をする余裕などないぞ?』
「でしょうね...ところでバンシィさん、その仮面の下ってどんな顔なんです?」
『そうだな、君みたいな年頃の女の子には刺激が強すぎる醜い顔とだけ言っておこうか』
「へえ、それは...ちょっと興味あります、ねッ!」
息を整えていた燕は僅かにダメージを回復され、再度バンシィに向かって距離を詰めた。そこから繰り出される燕の高速の二連ハイキック、だがバンシィはそれを見切り両腕でガードする。
「お返し!」
『ムッ!?』
さらにもう一撃と燕がハイキックのモーションに入ったかと思いきや、ハイキックのモーションはファイトで頭部にガードを固めていたバンシィの腹に燕の側頭蹴りがもろに入った。その衝撃で後方に地面を引き摺るバンシィだが、何故か燕の方が痛がっていた。
「痛ッ〜〜、バンシィさんお腹に何か仕込んでます!?」
『何も仕込んでいないぞ?』
「だとしたらどんだけ硬いんですか!バンシィさんの腹筋!」
『褒め言葉だな。そら、無駄口を叩く暇などないぞ!』
「くっ!」
バンシィの猛攻が燕を襲う。それをなんとか躱しながら反撃をする燕は以前よりもより軽やかに身を翻す飛燕そのものだった。燕はこの決闘でより一層強くなっていたのだ。
いつのまにか校舎の窓から二人の決闘を観戦する学生達の声がグラウンドを包む。そんな中、百代は燕がより強くなる姿を目の当たりにして震えていた。
(危なっかしいところもあるが燕の回避能力がどんどん上がっている、それに攻撃の精度も......これは決闘って言うより...)
「まるで稽古じゃな。それも相手のスタイルに合わせて成長を促進させる」
「じじい...」
百代が二人の決闘を見ていて思ったことを鉄心が代弁した。
「学園長、こんなところにいてよろしいので候?」
「大丈夫じゃ。これでも一応見てるし、いざとなれば止めらことなど造作もないわ...しかしたまげたのぉ。彼奴には指導者としての才がある」
「...本当にあいつは何者なんだ」
百代と鉄心、そして3-F所属の矢場弓子を含めたクラスメイト達は二人の決闘とは名ばかりの稽古をただ黙って見ていた。燕のイキイキとした表情は武人として、一人の女の子としてとても魅力的で逞しく、見た者達を夢中にさせるほどのものだった。
そんな二人のやり取りを見て百代は何故あそこに自分がいないのかと悔しさで拳を強く握り、心の底からバンシィ・ノルンとの再戦を切に願った。
加速する二人の攻防。
燕はバンシィとの打ち合いで自身が確実に成長している事を実感し、それを可能とさせる彼に対し筆舌し難い感情を抱いていた。
(相手の力を引き出すことも出来るってどんだけハイスペックなのよ...けど...なんかワクワクするかも...!)
これはもはや決闘ではなく稽古。燕がバンシィに稽古をつけてもらっているという形でだ。それはつまり手心を加えられていると言っても過言ではない事実で格闘家としては屈辱なはず。だと言うのに燕にはそんな気持ちが一切湧いてこなかった。むしろ高揚感すら覚えるほどで、彼と打ち合う度に自分の技がどんどん洗練されていきメキメキと上達することに嬉しく思っていた。
それはまるで幼い頃に武道を始め、日々成長する自分を実感できたあの頃のように。
『流石は松永燕。成長速度が段違いだなッ!』
拳が放たれ、それを受け止め反撃する。
「バンシィさんこそ!ほんッと!強すぎですよっと!」
蹴りを躱し、華麗に舞いながら拳打を放つ。さらに追撃の一手として高速の上中下段突きを放つ。その動きは先程バンシィが見せた拳技と全く同じ攻撃で、流石にこの短時間で模倣してみせたことにはバンシィも驚き防御に徹した。
それだけではない。
そこで終わることなく燕の猛攻はより一層苛烈になる。上下左右縦横無尽にフェイントを織り交ぜながら拳や蹴り、手刀、掌底と変幻自在に攻撃を仕掛けてくる。
一度は模倣された技に面食らったがバンシィは冷静に燕の攻撃の一手一手を捌き、隙を僅かに見せた燕の攻撃に合わせてカウンターを放った。
「ぐわっ!!」
大きく蹴り上げられた燕の体は弧を描くように宙を舞い、地面に叩きつけられた。
それでも燕は起きあがろうとしながら、バンシィをその目で見つめていた。
『ふぅ...引き分けだな』
「えっ?」
「そこまで!!タイムアップのよりこの決闘、引き分けとする!」
鉄心の宣言がグラウンドに鳴り響くと、グラウンド、校舎から割れんばかりの歓声が上がった。燕とバンシィの健闘を讃える拍手喝采が巻き起こり、観客達の決闘を絶賛する声が聞こえてきた。
『立てるか?』
燕が観客達の歓声に呆然としていたら、バンシィは燕を気遣い手を差し伸べてきた。その手を燕は素直に握り、バンシィに支えてもらいながら立ち上がった。
「う、うん...ぅいたたたたっ!最後の蹴り上げモロにくらっちゃった...バンシィさん、おんぶして?」
『元気そうで何よりだ』
「むーーーっ」
『まあこれで私も川神学園の一員となったわけだ。これからよろしく頼む燕』
「はい!...それと良かったら今度個人的に付き合ってもらえませんか?...夜に」
『フン!』
「アイタッ!」
燕の脳天めがけて軽めにチョップをしたバンシィ。チョップをしたのは左手なので軽めの金属音が鳴り、燕は自身の頭頂部を押さえた。
『大人をからかうもんじゃない。それと夜は無理だ、だが休日の昼時なら稽古をつけてやる、これでいいだろ?』
「しくしく...はーーい」
『さて、ホームルームの時間も終わったんだ。教室に戻るぞ?』
そう言ってバンシィは燕に背を向け校舎の方に歩き出した。
その背中を見て燕は柄にもなく本心からかっこいいと思ってしまった。広く分厚い大きな背中、どんなことでも受け止めてしまえそうな逞しい背中に思わず抱きつきたくなる気持ちが湧いていた。
(うーん、ミステリアスな年上の男性、か...ふふ、意外と悪くないかも♪)
燕はそんなことを考えながらバンシィの後を追って校舎に入った。
するとバンシィは下駄箱で立ち尽くしていた。何をしているのかとバンシィの横に回り込むと、バンシィの正面に陣取っている女性が一人いた。
「マルギッテさん...?」
赤い長髪の軍人が鋭い眼光をバンシィにぶつけていた。
『君は確か...ッ!!』
彼女の名を口に出そうとバンシィがした時、突然マルギッテはバンシィの顔面に向けて拳を放った。だがそれを左手で受け止めたバンシィ。その拳から伝わってくる想いはとても複雑であったが、中でも明確に一番力強く感じられるのは怒りだった。
『...何をするマルギッテ・エーベルバッハ』
「.........バンシィ・ノルン。貴様に決闘を申し込む」
拳を戻し、懐から学園のワッペンを取り出したマルギッテはそれをバンシィに叩きつけた。燕の時とは違い、バンシィはそれを受け止めずただマルギッテを見据えていた。
「貴様が勝てば今後一切私達ドイツ軍は貴様に関与しないと誓おう。だが私が勝てばその仮面を脱ぎ、貴様の身に何があったのか話を聞かせてもらう」
『断る。軍とことを構えるつもりはないし、君は何か誤解をしているのではないか?』
「誤解だと言うならその仮面を今ここで脱いで見せろバンシィ・ノルン...いや、アル・シュバルツ!」
二人の緊迫した空気に燕は口を挟まず、この先どう転ぶのか見守っていた。だがもう一人この場に居合わせたものがいたらしく、その人物が顔を出した。
「アル・シュバルツ...?」
「!...お嬢様、何故ここに!?」
それは風間ファミリーの一員であるクリスティアーネ・フリードリヒだった。クリスはこの現状と先程耳にした名前に訳がわからないといった表情を浮かべマルギッテに歩み寄ってきた。
「マルさんが、凄い勢いで教室から飛び出して行ったって、聞いて、追いかけてきたんだが....アル兄さん、なのか...お前は...?」
クリスがバンシィを見上げる。それはクリスが知っているアル・シュバルツと違い、今目に映っているバンシィ・ノルンという男はあの朗らかで優しいアル兄さんとは全然違って見えた。でもどこか重なる面影がある。それがたまらなく嫌で否定して欲しいのにバンシィは答えない。
「答えろ!!お前はアル兄さんなのかッ!!!」
『私は...アル・シュバルツではない。その男はもう死んだ』
「...へぇ...?」
「貴様ァァ!!」
クリスが信頼し慕っている存在自身の口からアル・シュバルツは死んだと聞かされるクリスは一瞬思考が止まった。そもそも戦死扱いとなっていることすら聞かされていなかったクリスにとってそれは受け入れ難いこと。
何より生きているくせにお嬢様を傷つける言葉を放つなどマルギッテは許さず激昂しバンシィに襲い掛かるが、バンシィの手で呆気なく取り押さえられ床に組み伏せられた。
「嘘だ...だって、アル兄さんは...任務で...!」
『その任務先で死んだんだろうな、軍では正式にアル・シュバルツの戦死が発表されている』
「そん、な...」
クリスの瞳には今にもこぼれ落ちそうな雫が溜まっていた。
「お嬢様!その男の言葉を聞いてはいけません!」
『所詮軍などそんなものだ。死んだアル・シュバルツも悔やまれるだろうな』
「それ以上喋るな!!」
クリスは大粒の涙を流してながら崩れ落ちた。声にならない声を上げ、深い悲しみがクリスの心を蝕んだ。
再びマルギッテが声を荒げる。すると騒ぎを聞きつけた鉄心や百代、さらには風間ファミリーの面々までもが下駄箱にやってきた。
「これは一体...」
「クリスさん!」
「クリス!...テメェ、クリスに何しやがった!!」
「ちょっ!ガクト!」
「落ち着けガクト!まだコイツがクリスを泣かせたかどうかわからないだろ!」
「止めるな大和!こんなのどう考えてもコイツが悪いな決まってるだろ!」
「とりあえずマルギッテを離しなさい、バンシィ」
『...わかりました』
バンシィなら掴みかかろうとするガクトを必死で抑える一子と大和、それを振り解こうとガクトがもなく最中、鉄心に諭されバンシィはマルギッテの拘束を解いた。
そうするとマルギッテはクリスに駆け寄り彼女の背中をさすりながらバンシィをきつく睨んだ。そんなマルギッテの視線を意に介さずバンシィがこの場を去ろうとすると百代がバンシィの肩を掴んだ。
「待てよ。まだこの状況についての説明を聞いてないぞ」
『君に説明する理由がないが?』
「このっ!」
「よさんかモモ!!バンシィも煽るな。とりあえずクリスは保健室に連れて行け、事情は後ほど個別に聞くとしようか」
『わかりました』
鉄心の提案を飲んだバンシィ。彼は視線で端で仲間達とマルギッテに介抱されるクリスを見て、何故か心が酷く痛んだ。
「まったく、入学早々問題を起こしおって」
鉄心は溜息混じりに言葉が耳に届く。
そしてバンシィは彼女達とは反対方向に歩み始めた。
僅かに心に引っかかる罪悪感を覚えながら。
いかがだったでしょうか?少し遅れてしまい急ピッチで書き上げたので至らない点が多々あると思います。その都度修正しますので何卒ご容赦ください。
では