グラウンドに集まった全校生徒が円を描くような形でその中心に体を向けていた。
中心部には武蔵とマルギッテが向かい合っており、得意満々な表情を浮かべる武蔵と研ぎ澄まされた獣の如き鋭い眼力で睨みを利かすマルギッテが互いの得物を手に対峙していた。
彼女達を取り囲むように立つ生徒達は二人から一定の距離を空け、固唾を飲んで見守る者や勝敗の賭けをする者達と実に自由な様子でざわめいていた。
「二人とも準備いいかナ?」
「ええ」
「いつでもいいわ!」
今回の決闘の審判はルー。鉄心、ヒューム、百代、そしてバンシィは四方に陣取り万が一観客に被害が出ないようにと配置されている。
ルーの確認に対して二人は問題ないという意で即答。
「それじゃあルールの再確認ネ。武器の使用はあり、但し学園が用意したレプリカのみでの決闘。どちらか一方が戦闘不能もしくは降伏した際に決着とし相手に致命傷を負わせるのもダメだから続行不能と判断したらこっちで強制的に止めるからネ......では二人とも構えテ!」
ルーが要項の再確認を二人に聞かせるがすでに二人の意識は互いに決闘相手に集中しており、最後の「構えて」という言葉のみに彼女達は反応した。
武蔵の得物は本物そっくりな日本刀のレプリカ、それを両手に一刀ずつ持ち脱力した状態で待ち構えている。対するマルギッテは両手にトンファーを持ち隙のない構えを取っている。
「レッツ、ファァイッ!」
ルーの気合いの篭った掛け声が轟く。途端マルギッテが駆け出した、獣のような低い体勢をとり弾丸のような速度で地面すれすれを走る。
そして瞬間的な速さで肉薄してきたマルギッテに対し武蔵は上段からの一閃、マルギッテの弾丸のような突進を一刀の斬撃をもって受け止めマルギッテは武蔵の一閃を体の前でクロスさせたトンファーで防いだ。ぶつかり合った互いの得物から鈍く重たい音が響く。
あまりに一瞬のことで何が起こったのか分からなかった観客達、だがその音と今もせめぎ合う二人の姿を認識し大歓声を上げた。その観客達をさらに盛り上げようとするかの如く、マルギッテが武蔵の刀を弾き高速の乱打を打ち込む。だが負けじと武蔵も二刀を華麗に操り高速の斬撃で応戦し、土煙を巻き上げるながらの二人の乱舞に観客達が一層の盛り上がりを見せた。
「「「「うおおおおおおーーーー!!」」」」
「すげぇ!どっちも負けてねえ!」
「マルギッテさんってあんなに強かったんだ!」
「マルギッテさんもすげーけど武蔵ちゃんもすげー!」
「なんかめっちゃワクワクしてきた!」
「こんな戦いを生で見れるとか役得すぎだぜ!」
「「「「どっちも頑張れーー!!」」」」
これほどまでに白熱した戦いを見たことがなかったであろう観客達が口々に二人へエールを飛ばす。まるでスポーツ観戦をしているかのように興奮する学生達、拮抗する二人の激闘がより一層観客達の心を掴みにかかる。
「知らなかった...マルさんはあれ程までに腕を上げていたのか...!」
「クリスはマルギッテさんの実力知っていたんだろ?」
驚きを隠せないクリスが二人の戦いに驚愕の眼差しを向ける中、大和が尋ねた。
「知ってはいた、でもこれを見てそれがほんの一部だったのだと今認識した。正直今の私では宮本武蔵殿と善戦するほどの実力はない、もちろんマルさん相手でもだ」
「ワン子と京は旅館に泊まったときマルギッテと戦ったんだろ?あそこまで強かったのか?」
クリスの言葉を聞き、以前ファミリー全員で旅行に出かけた際の出来事を思い出し一子と京に聞いてみるガクト。その質問に対し二人は目の前の戦いから目を離すことなく答えた。
「強いとはわかってたけど、ここまでとは思わなかったわ。多分だけどあの時より強くなってると思う」
「うん、ワン子の言う通り強くなってる。でもあの時はあの時で本気じゃなかったんだと思う。もしマルギッテに本気出されてたら一分も保たなかったかも」
「おいおいマジかよ...」
「この二人にそこまで言わせるなんて...」
一子、京は旅行の時のことを思い出しながら語った。もしあの時マルギッテに本気を出されていたら、と思うと二人は戦慄を覚える。それほどまでに目の前で戦いを繰り広げるマルギッテの鬼気迫る戦いぶりが二人には衝撃的だったのだ。思わず質問したガクトとそれを聞いていた師岡と大和すらも絶句する。
そして大和はふと百代のことが気になり彼女に視線を向けた。大和に目に映った百代はとても嬉しそうだった。いや、単純に嬉しそうと表現するには物足りない、今すぐにでも二人の戦いに参戦したくてたまらないといった獰猛な笑みを浮かべその口元は犬歯を剥き出しにする程にニヤリと歪めていた。
(いい...!すごくいいぞ!武蔵ちゃんもマルギッテさんも壁を超えてる!こんな試合を見せられて滾らないわけないじゃないか!私もしたい!したい!したい!したい!...やらせろッ!!)
今の百代を一言で表すなら歓天喜地、抑圧されていた欲求がこのタイミングで爆発し無意識下で彼女は足に力を込め蹴り込んだ、円の中心へと乱入すべく。
そして百代が消えたと同時にバンシィも姿を消した。
百代に視線を向けていた大和がその目で捕らえたのは二人が元いた場所に僅かに輝く金色の残光だけだった。
「なッ!?」
百代が気づいた時には学園の屋上に着地していた。何が起こったのかわからない百代は硬直したが、すぐさまその原因と思わしき背後の相手を振り返って睨みつけた。
「どういうつもりだよバンシィ...」
『どうもこうも無いだろ、お前あの二人の試合に乱入しようとしたな?武人として恥ずべき行いだぞ』
「うっ...」
『お前が日々戦いに飢えていることは知っている、だが正式な決闘という場に武神ともあろう者が無闇に介入することは川神院の名を汚すことにも繋がる。それをちゃんと理解していたか?』
「うぅ...返す言葉も無い...止めてくれて助かった、おかげで冷静になれたよ」
『まあお前の気持ちもわからなくもない、あんなものを見せられて滾らない武人がいるわけないわな』
バンシィはゆっくりと歩み出し百代の横を通り過ぎたところで止まり屋上のフェンス越しからグラウンドを見下ろした。百代もバンシィの横に行き同様にグラウンドを見下ろす。
「お前でもそうなのか?私はてっきりお前はそういうことには興味がないのかと思っていた」
『そんなことはない、私とて武人だ、あれ程のものを見て滾らないわけがない。百代と同じように戦ってみたいとも思う、だがやるべきことはキッチリやってからだがな?』
「ぐっ...もう反省したからいいじゃないか〜」
『お前忘れてないか?私以上にこういうことにうるさい身内のことを』
「ん?......あっ」
百代はバンシィの言葉の意味を理解し、おそるおそるその身内の方に視線を向けた。そして、そんな彼女の視線を待ってましたとばかりに合わせてきた鉄心、どうやらかなりご立腹のご様子。
「うげぇ〜」
『この決闘が終わった後百代にはきつ〜い説教が待っているんだ、小言の一つや二つ増えたところで大したことではないだろ?』
「勘弁してくれよ〜〜」
百代は重い溜息を吐きながらフェンスに寄りかかり、カシャンと音が鳴る。
前傾姿勢で寄りかかっているため百代の豊満な胸部がフェンスに食い込み気味で少し押し潰されたようになっていた。バンシィはそんな彼女の姿をあまり見ないように視線を逸らし再びグラウンドへと視線を落とした。
「...今目逸らしただろ?もしかしてお前ってむっつりなのか?」
『大人を揶揄うな、大体年頃の女の子がそんな無防備な体勢をとるんもんじゃない』
「え〜これ意外と楽なんだよな〜...気になるか?」
『気にならん、はぁ...いっそのことそういうところも鉄心殿に叱ってもらおうか...』
川神百代や松永燕といい、最近の女の子はどうしてこうも歳上を揶揄ってくるのか、とバンシィは額を押さえながら呆れていた。同じクラスで良い例を挙げるなら矢場弓子などをもっと見習って欲しいと強く思ったバンシィ。
(あの子はあの子で個性的だからな。良い例?とは言えないのか...?いや、普段の態度で言えば厳格に振る舞おうと頑張っているのだからそこは良い例だな、うん)
などと思考しているとグラウンドからさらに大きな歓声が湧き上がった。
どうやら武蔵とマルギッテの試合は数秒前よりもさらに白熱した様相になっているらしい。
お互い肩で息をしている武蔵とマルギッテ。
「はぁ、はぁ...まさかこれほどの使い手だったとは、驚きました。宮本武蔵のクローンというのは本当のようですね、はぁ、はぁ...」
「はぁ、はぁ...信じてくれたなら何よりだわ、正直クローンであるか否かをどう証明したらいいか考えてたのよね、めんどくさいのは嫌だからこういう形で私が宮本武蔵だって証明できたなら良かったわ...ふぅー...にしてもお姉さん強いね、想像よりずっと強かったわ」
「私は軍人です、日々己を磨くことを怠ることはありません。常に上を目指していると知りなさい...それよりその言い方、まるでもう決着がついたような言い方ですね」
「あ、そういう風に聞こえちゃったならごめんなさいね...うん、お姉さんは確かに強いわ...でも私はまだ全力じゃない、別に手を抜いてたわけじゃないけど
「...やはり気づいていましたか」
「もちのろん♪あんだけやりあってれば当然よ」
武蔵は茶目気たっぷりな返事をしつつウィンクをした。なんとなく予想はついていたとマルギッテが肩をすかし、片目につけられていた眼帯を取り外し投げ捨てた。
その瞬間彼女の雰囲気が変わった。
眼帯をしていた時よりも鋭く重い闘気を爆発させるマルギッテ、武蔵は全身を針で刺されるような痺れを感じ満足そうに鼻を鳴らす。そして武蔵もマルギッテから溢れる闘気に対抗するように自身の闘気を高めた。
立ち昇る二人の闘気が混じり合い熱気を帯びた風となって周囲へと撒き散らされる。その熱風は二人に近い場所にいる者ほど体感する熱量が上がり、身を焦がすほどの勢いとなって観客達を襲った。
思わず慄いた声をあげる観客達は自然とその熱風が吹き荒れる領域から足を後退させる。
「いかん!ルーよ、この決闘はここまでじゃ!」
「わ、わかりましタ!二人ともそこまでだヨ、早くその闘気を収めないさイ!」
だがルーの声は武蔵とマルギッテに届かない。
今なお嬉々として闘気を高め続ける二人を見て、仕方ないとルーは強引にでもその決闘を中断させようと飛び出したその時だった。
背後からとてつもなく荒々しい闘気が爆発した。
まるで爆弾が炸裂したかのような地鳴り音を聞きルーは足を止め背後を振り返った。
「今度は一体なにガ!...なっ!?」
振り返った先に広がっている光景を目にしルーは硬直した。
先程の表現通りと言って差し支えないほどに爆発で生まれたようなクレーター、そこにいたであろう生徒達が吹き飛ばされかすかに呻き声をあげていた。
そしてその爆心地の中心には予想外の人物が悠然と立っていた。
長く艶やかな黒髪をはためかせ、轟々と闘気の嵐を起こし、いつもならきっちりと着こなしている制服を雑に着崩した格好の少女。
「んはッ!はっはっはっはっはっ!!やっとだ、やっと出てこられたぞ!まさかこんな形で俺が出てこれるようになるとはな!」
「葉桜...清楚...?」
「いかにも、俺は清楚だ。だが少し違うな、俺こそが真の王!西楚の覇王項羽だ!」
「む!?あの清楚ちゃんがあの中国史最強と歌われる項羽じゃと...!?」
項羽、中国史をかじった者ならばその名を耳にしたことある者は多いだろう。秦王朝を滅ぼし劉邦と次なる天下を争った西楚の覇王。その武勇と後世に残した偉業の数々はあらゆる点において有名なことだ。
そんな人物が葉桜清楚の正体だと一体誰が思おうか。
普段の葉桜清楚を知る者ならば項羽という名など出てくるはずがない。しかし事実彼女は自らそう名乗った。仰々しく泰然とした様相で堂々とそう名乗ったのだ。
それには流石の鉄心ですら驚いた表情を浮かべた。するとそんな彼女の前に突然影が現れた。
「まさかこのタイミングで目覚めるとはな項羽」
「ヒュームか、何用だ?まさかまた俺を封印しようという腹ではないだろうな?」
「それを決めるのはマープルだ。とにかく話は帰ってからだ、大人しくその闘気を収めろ」
「帰るだと?んはっ!老いた男は寝言を昼間からでも言うみたいだな!それに闘気を収めろだと?無理だな、俺は今すこぶる機嫌がいい!あんなものを見せられて覇王が黙っていられるか、おい!そこの二人!」
覇王清楚が武蔵とマルギッテに声をかけた。
流石に二人も周囲の異常に気づき戦闘をやめていた。そして声をかけてきた清楚に体を向けた。
「なんです?」
「俺も混ぜろ」
「「...はい?」」
「聞こえなかったか?俺も混ぜろと言ったのだ。そして俺がお前達二人に勝ったらお前達は俺の部下になれ」
「意味がわかりませんね」
「同感、せっかくいい気分で戦ってたのにいきなり現れて決闘に混ぜろとか空気読んで欲しいんだけど?もしかして項羽って馬鹿なの?」
「ッ!?...今、俺を馬鹿だと言ったな」
「ええ、言ったわ。葉桜清楚の正体があの西楚の覇王だとは知ってたけど、まさか決闘に割り込もうとする脳筋お馬鹿さんだとは思わなかったわ」
武蔵は呆れたように言葉を放ち、刀を肩で担ぎながらトントンと鳴らした。
その挑発じみた武蔵の物言いに清楚が体を震わせる。
「貴様...俺を一度ならず二度も馬鹿と言ったな!馬鹿じゃない!俺は馬鹿じゃない!」
「あら、ちょっと可愛いかも...」
「はぁ、何を言っているのですあなたは」
清楚の反発する物言いがどうやら武蔵の何かに触れたらしく、先程まで挑発していた相手に対して可愛いと呟く。そんな武蔵に呆れてツッコむマルギッテ。
「あまつさえこの俺を可愛いなどと愚弄するか!許さん、許さんぞ!!」
「「「「「ッ!?」」」」」
清楚が怒りを露わにし闘気をさらに高めた。それを感じとった鉄心、ルー、ヒューム、武蔵、マルギッテはその闘気の高まりが看過できないらしく険しい表情を作った。
「いかん!!皆この場から離れるのじゃ!」
鉄心が辺りの生徒達に声をかけるがすでに手遅れ。
「お前達全員吹き飛べッ!!」
次の瞬間、膨大に膨れ上がった荒々しい闘気が清楚を中心に爆発した。先程清楚が生徒達を吹き飛ばした闘気の爆発とは比べ物にならないほどの威力、辺り一帯を吹き飛ばすほどの闘気の爆発が起こったのだ。
鉄心、ルー、ヒューム、武蔵、マルギッテの五人ならばそれに巻き込まれても大丈夫だろうが、問題は他の生徒達だ。これほどの規模の闘気の爆発に巻き込まれてはひとたまりもない。
まるで地震のような地鳴り音と揺れが川神市全体に響いた。
そして爆心地であるグラウンドは空を覆い隠すほどに舞い上がられた土煙が濛々と立ち込めていた。そんな中で一人立っている者がいた。
「んはっ、ふっはっはっはっはっ!!見たか、俺の力を!俺を馬鹿にするとどうなるのか思い知ったか!」
気分良く清楚が笑い声を響かせる。
これで俺を馬鹿にする奴も口うるさい奴らも大人しくなったと清楚は思った。
だが彼女の考えは立ち込めた土煙が晴れていくほどに早計だったと彼女自身が気づいた。
「な、なんだこれは!?」
清楚が目にしたのは自身が闘気の爆発で生み出した巨大なクレーターと横たわる生徒達、そして清楚以外のこの場にいる全員を守るように張り巡らされた金色の光の結界。グラウンドへのダメージは相当なものだが、武蔵やヒュームなどそれ以外の者達にはまったくダメージらしきものが見てとれなかった。
『まったく、おいたが過ぎるぞ葉桜清楚?』
清楚の背後から知っている男の声が聞こえた。
「そうか、お前の仕業かバンシィ...!」
振り向いた清楚は背後に立つ黒い一角獣のようなフルフェイス型の仮面を身につけた男を睨みつけた。
『さすがにこれはやり過ぎたな清楚、いや今は項羽と呼ぶべきか。少しばかり...仕置きが必要のようだな』
バンシィは静かにその意志を示すように赤い瞳を輝かせた。
まずは皆さんにお詫び致します。前回の投稿時に土日中に次話投稿をすると言っていましたが度重なる体調不良と精神疲労、仕事との折り合いによってこのタイミングでの投稿となってしまいました。本当に申し訳ありませんでした。
この一週間近くは本当に皆さんの感想や評価でとても励まされました。この場でお詫びとお礼の言葉を述べたいと思います。
さて、今回はいかがだったでしょうか?
どうにも自分が思い描いたように表現できたかとても不安ですが、やっと一つ自分が考えていたことが実現できたなと思います。読んでくださっている方々には怒涛の展開すぎて情報過多になっているかもしれませんがご容赦ください。
今回も意見、感想、評価、誤字脱字がありましたら気兼ねなくご報告ください。それでは