神の使徒と皇女トレイシーを乗せた馬車は帝都グラディーウスを出発した。
途中でブルックの町を経由して馬の小休止も挟みながらゲブルト村を目指す。
トレイシーと同じ馬車に乗り込んだ愛子は彼女と二人で話していた。
「再度確認しておくぞ作農師。お前達はこれから向かう村で農民として働いてもらう。これに対し異論はないな?」
「…はいっ」
「だが雫は別だ。アレは私の側近として手元に置く。これは本人たっての希望であり、お前達の裏切りを抑止する為の人質だ。…それも理解しているな?」
「………」
「…そこを沈黙で返すか…いやはや教職者というのは難儀だな」
本来であれば沈黙する事すら許されない立場だというのに、それを貫く愛子の姿勢は立派とも言えるし愚かとも言える。
だがトレイシーは心底楽しそうに笑い声を押し殺して彼女を値踏みするように見ている。
帝都グラディーウスで数日過ごす間に雫と愛子は揉めに揉めた。
これ以上生徒から死者を出す事のないように動かなければと思った矢先に、雫だけが皇女の部下として戦場へ赴くと宣ったのだ。
どれだけ愛子が説得しても彼女の意思は揺るがなかった。
最終的に雫が「この条件が飲めなかったら私達は終わりなんですよ畑山先生。それを理解してるんですか?」と非情な現実を突きつけて愛子が言い負かされたのだが…
(私は…教師失格ですね。…今更…ですが)
教え子が二人も死んで、今更教師を名乗る資格など自分にはない。
それでもまだ折れるわけにはいかないと彼女の心は訴えている。
圧し掛かる重圧に負けないよう自分を奮い立たせるのがやっとだった。
「そら見えて来たぞ。あそこがお前達の住む村だ」
「…あれが…」
ゲブルト村は愛子が想像していたよりも立派な櫓に囲まれた豊かな場所だった。
真夜中という事もあり住民の姿は見えないが、巡回する兵士の姿は見えた。
すれ違う兵士達は皇女専用の馬車を見てビシッと背筋を正す。
村の中心部で馬車が止まると、数人の村人が出てきた。
初老の男性に赤い髪の青年。そして…白い髪と赤い瞳の少年。
トレイシーは意外そうに眉を上げて「ほう?」と呟いた。
「錬成師の小僧が村に戻っているとは、流石に驚いたな」
「ッ!!?いま、なんて…錬成師?」
愛子の聞き違えでなければ、錬成師という単語から連想出来る人物は只一人。
少し前にウルで優花から聞かされた話を照らし合わせて彼しかいない。
頭が混乱する彼女の前で馬車の扉が開かれる。
「久しいなアボク。急な頼みを聞いて貰った事、感謝するぞ」
「は、皇女殿下の頼み事とあらば…私に拒む理由は御座いません」
「うむ。―――さて作農師よ、後はお前達が話を進めよ」
後ろで馬車から生徒達が下りてくる。
中には真夜中という事もあり眠そうに目を擦る者もいた。
だが愛子と同じように優花も信じられないものを見るように目を見開く。
「…南雲…!?」
たった一言。彼女がその名前を発しただけで空気は一変した。
馬車から降りてきた顔ぶれを見て、俺は言葉を失った。
「どうして」「なぜ」「なんで」…疑問の単語が幾つも脳裏を過ぎって渋滞が起きている。
横からスッと顔を覗かせたアゥータさんが苦笑交じりに口を開く。
「皇女様の命令でね。お前さん個人としては思うところがあるだろうが…」
「………」
トレイシーさんの名前が出たことである程度の経緯は想像できる。
リーナ達から聞いた王国での一件と目の前の彼らが此処に来た事が関係している事は明らかだ。
王国に居られなくなった…或いは王国で放置するのは危険と判断されたのか?
革命直後に不安要素として抹殺されなかっただけマシなのか。或いは―――可能性は低いが―――トレイシーさんの温情で俺の同郷だったから命だけは助けて貰ったのか…まぁ、その可能性は低そうだけどな。他に何か目的があったとしても俺には関係ないと思いたい。
「―――南雲くん?」
そんな事を考えていると、クラスメイト達の中から覚束ない足取りで前に進み出る人がいた。
あぁ、暫く見ない内に窶れちまってるな畑山先生…
…しっかし見ただけで俺が南雲ハジメだと、どうして分かったんだこの人…
……うん?あぁ、成程……そういう事ね。
馬車から降りてきたクラスメイトの中に見慣れた顔が混じっていた…優花だ。
優花に聞いたから俺だと分かったのね…これで合点がいった。
アイツが先生たちと一緒にいるって事は、ノイント達は無事にウルへ着いたのだろう。
「本当に…南雲くんなんですか?」
「………」
ここであっさりと返事をしても良かったが、心に微かな躊躇いが生じて無言を貫いた。
後ろに見えるクラスメイト達の暗い表情からして、俺は無愛想な顔をしているのだろう。鏡がないから確かめる事は出来ないが、自然と頬の口角が下がっているのは自覚していた。
沈黙が数秒続いて、後ろから誰かに指でトントンと肩を叩かれる。
振り返るとアゥータさんに代わって村長のアボクさんが俺の後ろに立っていた。
「ハジメ君、この場はひとまず私に任せて貰えないか。前もって彼女達が来ることを君に知らせようと言い出したのは私なんだ」
「村長………分かりました」
俺は頷いて村長と場所を入れ替わるように一歩下がる。
畑山先生は何か言いたそうに俺の方へ手を伸ばそうとして…さっと引っ込めた。
あぁ…園部の言ってた通りだわ。これはかなり精神的に参ってるみたいだな。
なんとかしてやりたい…と思う反面、当然の結果だ。仕方ないと思う気持ちもある。
天之河の扇動からクラスメイト達の暴走に至るまで、最初に畑山先生が止めていればこんな事にはならなかっただろう。
…アンタが何もしてくれなかったからあんな目に遭ったんだぞこの野郎…と苛立ち交じりに罵倒したい気持ちも無いと言ったら嘘になる。
たが此処でこのヒトにそれを言ったら、確実にこのヒトは自責の念で潰れてしまう。
だからほんの少しだけ心に残った同郷としての情と、只の社会科教師だったのにこんな事に巻き込まれてしまった事に対する哀れみその他諸々を理性として働かせる。
「遠路はるばる辺境のゲブルト村に、ようこそおいで下さいました神の使徒様。私はこの村の村長を務めておりますアボクと申します。後ろに居ますのは私の孫で、この村のハンターをしているアゥータと――――――」
村長が言葉を切って俺の方へ視線を投げかけたのでようやく口を開いた。
「……アゥータさんの後輩でハンターをやってる……南雲ハジメだ」
それだけ言い終えて「家に戻ってもいいぞ」と後ろのアゥータさんに囁かれて小さく頷いた。
朝起きて、いきなり村の中にこいつ等が居たらもっと混乱していた。事情を知っていて拒むことの出来なかった村長がわざわざ俺に気を遣ってくれたのだろう。
「…村長、俺はこれで―――」
「…あぁ、ありがとうハジメ君。夜遅くに済まないね」
「いえ…。…ありがとうございました…おやすみなさい」
「おやすみ」
何か言いたそうにしていたクラスメイト達に背を向けて、足早にその場を離れていく。
人前で動揺を悟られないように平静を保っていたが…それでも胸の奥のモヤモヤが収まらない。
マイハウスの扉を開けて寝室へ向かおうとしたところで声をかけられた。
「ハジメさん、どこかいってたんですか?」
寝巻に着替えたシアだ。
…ハンターとして活動してる時や初めて村に来た時とは違い、なんというか…可愛いな。
とは思っていても口に出す事は出来ず、少し躊躇ったが何があったかを打ち明けることにした。
「…悪いシア、ちょっとだけ…愚痴に付き合って貰えるか?」
「へっ?ぐ、愚痴…ですか?」
「…もう寝る前だってのに…すまんな」
「い、いえいえ!大丈夫ですよ私は!私でよければお付き合いしますよぅ!」
…困惑の表情から一転してシアの明るい笑顔が、この瞬間だけは救いに思えた。
食事の時とは違い、部屋の灯りは机の上の蝋燭だけに留めて椅子に腰かける。
話をするのに十分も掛からなかった。
初めて会った頃に神の使徒だった事を話していたからシアは事情をすぐに察してくれた。
「…それは…大変なことになりましたね」
「あぁ」
「ハジメさんは…どう思ってるんですか…その、神の使徒の人達を…」
「…どう思ってる…か」
改めて聞かれると答えに詰まる質問だった。
好きか嫌いかの二択で聞かれれば、当然後者を答えるだろう。
だが全体ではなく、個人として見るなら例外も何人かいる。
「…分からないってのが正直な答えだな…」
シアは何も言わず黙って俯いたが、きっと彼女も答えが出ない事くらい分かっていたのだろう。
漫画やドラマじゃないんだ。あれだけ酷い目に遭った過去をあっさり水に流して、これからは仲良く協力して村の為に尽くそう!なんて簡単には割り切れない。
グッと思わず机の上に置いた拳を握り締める。
するとシアの手がそっと俺の拳を包み込むように伸びてきた。
「大丈夫ですよハジメさん」
俺より一回り小さいが…それでもハンターとして鍛えられた手の感触は俺と同じだ。
顔を上げてシアは優しく微笑みながら励ますように言葉を続ける。
「どんな事があっても、ハジメさんなら乗り越えられると私は信じてますから。こんな風に…辛い事とか悩みがあっても、私がいつでも聞いてあげます」
「シア……」
「えへへ。私じゃ、頼りないかもしれないですけどね」
「そんな事はない。…ありがとな、話聞いてくれて」
シアに本心を打ち明けたお陰で、胸のつっかえが少しだけ取れた気がした。
*
寝室へと入っていくシアに何度も感謝の言葉を送り、俺も自室に戻ってベッドに寝転がった。
しかし根本的な解決に至っていない悩みに邪魔されてさっきまでの眠気は完全に消えている。
こういう時は一狩り…と言いたいところだが、真夜中にあの恰好で動き回るのは止めておいた。
久しぶりだが錬成の自主練習をする事に決めた。
(材料は…こんなもんか)
タウル鉱石、シュタル鉱石といったハンターの武具に使われない大迷宮での戦利品。
何かいい使い道はないかと思案したものの、そもそも加工技術が俺には備わっていなかった。
だからこうして自分の物なら失敗しても損はないかとアイテムボックスに取っておいたのだ。
(イメージは…そうだな、食器類でいいか)
先ずは硬度の高いものを変形させて自分の思い描いた通りに作る事から始める。
忘れかけていたが俺の錬成技能も知らない間にそこそこ進化していたようだ。
錬成[+鉱物系鑑定]でタウル鉱石がどういうものか瞬時に理解出来た。
基本色は黒。熱と衝撃に強い…ね。
私生活で使う分には困らないだろうと一つ目は平らな皿に決めた。
「”錬成”」
体から魔力を吸い取られる感じは何時になっても慣れないが…以前のような疲労感は感じない。
後は掌に神経を尖らせて、タウル鉱石の塊を頭の中の皿のイメージに重ね合わせていく。
錬成の光が迸ること数秒。手を退かすと真っ黒な皿もどきが置かれていた。
(ダメだな…表面が凸凹しているし彫りが甘い…)
洋風な丸い皿をイメージしたのに、出来上がったのは魚の刺身を載せられそうな和風の皿。
これはこれで使い勝手は悪くないのかもしれないが、俺は納得がいかずむぅと頬を膨らませる。
「もう一度だ…”錬成”」
一度錬成したものを再錬成すればいいと思うが、失敗作はそのままにして次の鉱石を使う。
これは挑戦する自分への戒めという意味もあるが、次に錬成した作品とその前の作品の出来栄えを比較して何処を改善すればいいのか、ヒントを見つけたかったからだ。
今度は彫りが深すぎて、皿というよりは器…スープ皿に近い形になってしまった。
一個目と二個目の失敗作を脇に退かして、一度大きく息を吸い込んでから気を静める。
両手で髪をバサッと掻き上げてから、気合を入れる為に両手で頬を叩く。
「集中だ、集中!」
クラスメイトの事とか、これからの村での生活とか、不安なことは一旦忘れろ。
他を気にする余裕があるなら、自分の持つどんな力も最大限生かす努力をするべきだ。
ハンターとしても錬成師としても…何より人としてまだまだ俺は半人前なんだから。
「想像しろ…想像を、指先の物に投影するんだ…”錬成”!」
結局この自主練はいずれ魔力が尽きて倒れれば眠れるだろうと楽観視していた俺が外の様子も気にせず、適度に休憩を挟みながら続けた結果…夜明けを迎えてしまった。
胸のつっかえは消えて…この先の事に対する自分の心構えを固めた。
更新が遅くなってしまい申し訳ありません…例の如くモチベがry
外伝とR指定の方もあれやこれやと思考を繰り返す内にスランプ気味になっていますが、今週中には上げようと思います。
感想、質問、ご指摘等お待ちしております。