まな板の上で野菜を刻む音がテンポよく聞こえる。
遠くに感じる故郷と両親、両親が営む洋食屋との繋がりが
そして何よりも――――――彼女が視線を向けた先には彼がいる。
「………」
「―――ん、どうした?」
「…な、なんでもない!…ただ、ちょっと意外だったなって」
優花の横で慣れた手つきで野菜の皮をむくハジメと何気ない会話をする。
好きになった相手と、こうして同じ台所に立てるのは彼女にとって幸福な事だった。
見つめられている事に気づいたハジメに尋ねられて、優花は適当に返す。
「意外?」
「うん。南雲って自炊するイメージがなかったから…」
「自炊っつってもこんな皮むきとか適当な料理2,3品作れる程度だぞ?」
「普通の男子高校生なら、十分凄いと思うけど?それ」
「そうなのか。…両親の仕事が忙しい時は、コンビニ弁当で済ませようとする事が多かったからな。自然と飽きが来て…気づけば家事炊事を手伝って、こっちに来てから大分上達した感じだな」
「そっか…」
周りと関わってこなかったから、ハジメは普通の基準が時々分からなくなる。
だからこうして優花と話していると、それが分かる時があって内心嬉しかったりする。
優花も、好きな彼の知らなかった一面を知れて、顔には出さないが喜んでいた。
そして遂に…二人きりの時間も終わりを告げる。
二階から扉を開く音がして、続いて二人分の階段を下りる音。
ハジメは淡々と野菜の皮を剝いているが…優花は手を止めて後ろを向いた。
「ん、ふぁ…ハジメ、おはよ――――――えっ?」
「おはようございますハジメさ………うぇっ!?」
「………あ、えっと…どうも、お邪魔してます」
金髪赤目の小柄な美少女…アレーティアは寝ぼけ眼を擦りながらその場で固まった。
水色髪に青い目のグラマラスなウサ耳美少女…シアも朗らかな笑顔から一転、見知らぬ少女が台所に立っていた事に驚いて口を開けたままぽかんとしていた。
朝食は軽めに薄く切った麺麭、芋っぽい根菜をペースト状にして焼いたものに、他の野菜をのせて食べる。味と触感はポテトサラダに近く、個人的にはもう少し塩気があった方が嬉しい。
「「「………」」」
(…なんて暢気に心の食レポしてる場合じゃないか…)
アレーティア、シア、優花の三人はお互い見合ったまま食事の手が止まっている。
俺が促して席に座らせたんだが…向かい合う形になったのが逆効果だったか…
「とりあえず自己紹介…しとくか?」
「…そ、そうね。―――私は園部優花。下の名前で呼んでいいから」
「…私はアレーティア・ガルディエ・ウェスペリティリオ・アヴァタール。フルネームだと長いからアレーティアでいい」
「シア=ハウリアです。…ええと、それで早速お聞きしたいんですが…優花さんはハジメさんと、その…どういうご関係なんでしょうか?」
「…どうって聞かれると…ハジメは命の恩人で…あ、あと二人は―――」
優花が会話の途中で俺に視線で問いかけて来る。
恐らく神の使徒であることを話して良いかの問いかけだろう。
既に話してあるし問題ないと俺は首を縦に振った。
「―――うん。私は神の使徒で、ハジメと同じ世界から来たの。その頃は特に接点とか無かったんだけど、こっちに来てから色々あって、ハジメとは交流を持つようになった……でいいのかな?」
………いや、俺に正解を聞かれても困るんだが…まぁ、概ね合ってるんじゃないか?
しかし命の恩人ってのは大袈裟だな…間違ってはいないが面映ゆいな。
アレーティアがチラと俺の方を見ていたが…俺から特に言う事はないぞ。
「…その色々が聞きたい」
「わ、私も気になりますぅ…その…ご迷惑でなければ…」
「ちょっと長い話になるけど、大丈夫?」
それから五分か十分間、優花視点での俺と関わった経緯を話しだした。
…改めて聞いたが、魔王って奴ともし出会ったら色々文句を言っておいてやるか。
以前は関心のない相手だったが、優花を殺そうとしたり、ミュウに変な魔法かけたり、幸利―――のことは本人が幸せそうだし言及しないでおくか。
「あっ!その日ってたしか私が帝都に向かった日ですよね?」
シアにそう聞かれてその日の事を思い出したが、確かに直後の事だったな。
…村の人達は戻ってきたシアに優花達が来た事を話さなかったのだろうか?
「そうだな。…カムさんとは面識があったんだが、何も聞いてないか?」
「初耳ですね…後で父さまに聞いてみます」
「…優花、ハジメから聞いた神の使徒と印象が違う」
「…多分アレーティアの言う神の使徒の印象って
アレーティアは俺が使徒達から受けてきた仕打ちを聞いて、あまりいい印象を持っていない。
…そういう負のイメージを持たせたのは俺が原因なんだが…失敗だったな。永山達はまた別として、優花や幸利みたいにマトモな奴もいるって事を付け加えておくべきだった。
…いや、幸利はマトモ…なのか?まともに見えて復讐に突っ走ってるやべー奴だったか。
まぁ、俺も人の事をとやかく言えないんだろうけどな!
「…あー…悪いな園部。アレーティアには初めて会った時に聞かれて神の使徒をちょっと私怨込みで伝えてるんだ。…アレーティア、園部は前に話した奴らとは別だから安心してくれ」
「…ん、分かった」
別と俺が口にした時、ちょっとだけ優花が目を見開いていたが…驚くようなことか?
しかもアレーティアとシアまで俺と優花を交互に凝視してるし…何が言いたいんだ。
話も終わりが見えて来たので、俺が昨夜あった事を簡潔に伝える。
「王国の一件で神の使徒は皇女様預かりになったんだ。それで、この村に来て再会したんだが…湖の町まで護衛って約束を反故にしちまったから、心配かけた詫びも兼ねて今に至る」
「ありがと南雲。それで間違いないわ」
「ん…納得した。それじゃあ次は―――」
「あ、時系列で話すなら私から先にいいですか?」
「分かった。シアが話し終えたら次は私」
優花の話が終わったことで、今度はアレーティアとシアが俺との出会いを話し出す。
優花とシアはお互いに俺に助けられた同士で何か思う所があったらしい。
そして記憶喪失の下りで優花がチラと俺の方を見たが…言いたい事は分かる。
この場にはいないノイント、さっき会った白崎…そして今目の前で話してるシア。
三人とも記憶喪失という共通点があり…髪型もちょっと似てたりする。
そう遠くない日に三人で顔を合わせたらどんな会話が生まれるのか、ちょっと気になった。
「…あ、亜人族で思い出したんだけど。…ハジメ、エタノって狐人族の女の子と仲良さそうだったけど…あの子とは―――」
「こ、こここ孤人族ですかぁ!?は、ハジメさん、どどどどういう―――」
「落ち着けシア。…エタノとは樹海で薬の材料探しの時に出会ったんだ。狐人族も今はフェアベルゲンを出て、外で活動してるらしい。んでエタノは商人として俺に商談を持ち掛け来たんだ」
「ほっ…本当に、それだけ…なんですか?」
「………………あぁ、他意はない」
「…怪しい」
「今の間はなんなのよ南雲…」
はいそこの二人、答えに詰まったからといって返事までの間を指摘しないー。
…エタノの奴、フューレンに残って商人として腕を磨いてるんだろうけど…元気にやっているだろうか。亜人だからといって変な奴らに絡まれていないか心配だ。
―――ん?亜人??―――亜人…森人…――――――あっ、やべっ!?
「そうだシア。お前に話しておくことがあったんだ」
「え?な、なんですか急に―――」
色々な事が起こりすぎて俺もすっかり忘れていた…
アルテナから頼まれていたシアと友達になりたかったという話を伝えた。
「…そう…ですか。アルテナさんが…」
「シアはアルテナと面識があるのか?」
「…集落の中を歩いている姿を見たことは何度かあります。でも、ご存知の通り私は忌み子でしたから、外にもあまり出られず…友達を作ることも出来なくて」
「………」
「アルテナさんの申し出は嬉しいと思うんですが…その…」
そう言いかけてシアは樹海での一件を思い出したのか、ブルリと身を震わせる。
彼女の母親…アイリスや他の森人族がどういう反応をするか…だよなぁ。
フェアベルゲンが中立を貫くようになったとはいえ、俺達が歓迎されないのは明白だ。
ましてや忌み子としてシアを一度は殺そうとした連中…アルテナには悪いが…
「向こうから来る…しかないよなぁ…」
「…うぅ~…」
シアの耳があからさまに垂れて落ち込んでいるのが分かる。
何とかしてやりたいとは思うが、俺も森人族からかなり恨まれてるだろうしなぁ…
ん―――おっと、話が逸れたな。
「まぁこの話はまた別の機会に…んで、兎人達が村に移り住んだ直後だったか」
「私と父さまが、アゥータさんに帝都行ったのと入れ替わりで優花さんが来た…ですよね?」
「うん、それでブルックの町、商業都市フューレンを経由して宿場町ホルアドにあるオルクス大迷宮へハジメがいったっきり戻らなくて―――」
「私の話に繋がる。…出会った時、ハジメは死にかけだった」
「あ、ちょ待てアレーティアその話は―――」
「「はあああぁぁぁっ!!?」」
俺の制止の声は遅かった。素っ頓狂な声を上げて席から立ち上がったシアと優花。
アレーティアは「あっ…」と呆けた顔のまま俺の方へと目を向ける。
うん…出来ればそこらへんの話は伏せて欲しかったかなー…ってもう遅いか。
「ハジメあんた死にかけたってどういう事よ!?さっき何も言わなかったじゃない!」
「いや、別に言わなかったのは聞かれなかったからであって―――」
「お体の方は大丈夫なんですか!?まだどこか痛む所とか…」
「大丈夫だって!怪我したのも随分と前だし…っつーかシア、お前もハンターなら俺らの体がヒトより頑丈なことくらい知ってるだろ!」
「で、でもそれで死にかけるって相当―――」
「そうよ!あんた、また無理してるんじゃないでしょうね!?」
「だああぁぁ!!お前ら落ち着けえっ!見ての通り、頗る健康的だから俺!…なっ!?だから、いったん落ち着いてアレーティアの話の続き聞けって!」
まだ疑いの目を向ける二人に肩をブンブン回して健康ですアピールをする羽目になった。
余談だがアレーティア曰くあの時の俺は腹からモツが出てたらしい。流石に食事中(俺は食事後)でそんな生々しい話を出すのはまずいと判断してやんわり表現に留めてくれた。
それからアレーティアは自身が教授に助けられた話から囚われていた経緯、それから俺、ルゥムさん、教授と一緒に真のオルクス大迷宮を進んで地上に出た話をした。
話の中に出てくるモンスターの名を聞くたびに、シアは目を真ん丸にして驚いていた。
…ほんと、よくあの地獄から下位装備で五体満足に生還出来たもんだよなー…
アレーティアはゼノ・ジーヴァとの戦闘後、俺が落石でノックアウトされた話は黙っていてくれた。またそれで二人に騒がれたら堪ったもんじゃないという俺の思いを察してくれたのだろう。
そして――――――
「…ごめん、大迷宮の奥で何があったかは詳しく言えない…」
「…皇女様絡みのトップシークレット…って言えば分かるか?」
シアは、とりあえず人に言えないような内容なのだろうと察してくれた。
優花はフューレンで聞いた話を思い出したのか、表情から動揺が伝わってくる。
…まぁ、その内容だけじゃ留まらないくらいヤバい真実が眠ってたんだ…とは言えない。
言ったら確実に二人とも驚きのあまりひっくり返る。
「それから転移の魔法でライセン大峡谷に移動したのが、つい昨日のこと」
「あ、それでハジメさん達があの時突然現れたんですね!!」
「そういうこった。…あー…それと…この話は言うべきか迷ってたんだが…」
「…なんのこと?」
「昨日のほら…湿地帯で会った奴のことだよ。園部はまだ知らないだろうから、一応警告くらいはしておこうかと思ってな…」
「「あぁー…」」
フューレンの闘技場で会った時よりは表情が幾らか穏やかになっていたとはいえ、幸利のクラスメイトに復讐する意思は変わっていない。
それは当然、優花にも向けらている。…というか引き止めようとしたからある意味一番恨みが深い可能性も考えられた。
俺としては友人の復讐を止めようとまでは思わないが、優花が殺されそうだったら助ける。
一度は救った命だし、俺にとってクラスメイトで数少ない理解者だ…死んでほしくはない。
結果的に幸利と敵対することにはなるが…それはあいつが魔人族の側に付いている時点で避けようのない運命だ。悔いが残らないよう全力で迎え撃つ。
「園部。実は昨日村から南に進んだところにある湿地帯で―――」
俺がその話を言いかけた時、マイハウスの玄関の扉が控えめにノックされる。
会話を止めて俺は席を立とうとしたが、扉に一番近い椅子に座っていたシアが先に動いた。
「私が対応しますから、ハジメさんは話の続きを優花さんに…」
「助かるシア。―――それでその湿地帯で、清水の奴と遭遇した」
「ッ!?それ、本当なの…南雲」
「…魔人族と一緒に来てたから、何か目的があって来てたみたいだ。…これからこの村で過ごすのなら、一応警告はしておいた方がいいだろうと思ってな…」
村の方にまで少数で攻めてくるとは考えにくいが、万が一ということもある。
支配種数体程度なら俺が出るまでもなくアゥータさん達が瞬殺するだろう。
魔人族の相手を帝国兵だけでやれるか難しいところだが、向こうはアレーティアの持つ魔法の戦闘能力を警戒していた。最悪の場合は彼女に協力して貰えれば勝負はこっちが優勢だ。
そこで話を切り上げ、シアが向かった扉の方へと視線を移そうとして―――
「――――――ほう、魔人族?随分と興味深い話をしてるな錬成師」
「…いま、なんて…?…清水君が…?」
「!!トレイシーさん…それに――――――」
聞き覚えのある凛とした声の主、トレイシー・D・ヘルシャーが家の中に入ってきた。
彼女の背後で声を震わせながら現れたのは…今この村で俺が一番会うのを躊躇っていた相手。
優花が驚いた様子で弾かれたように席から立ち上がったのと、俺が声を発するのは同時だった。
「畑山…先生…」
作者も忘れかけていたキャラ同士を繋ぐ要素をしれっと回収して今後に繋ぐ。
そして避けて通れぬ話し合い、原作ほど一方的ではないにせよギスギスするんだろうなぁと今から考えるだけで作者の胃が痛い件。
ちなみに清水君はクラスメイトが村に居ることは知りません。知ってたら即レイスさん達を無理やりにでも言い包めて襲いに来ます(なお、戦力差があり過ぎて勝てない模様)
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