モンスターハンター・トータス2   作:綴れば名無し

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 ゲブルト村に神の使徒一行が到着した次の日の朝。
ハジメが優花、シア、アレーティアの三人と朝食を摂っている頃。
遠く離れた湖の町ウルの集会所に一羽の鳥が辿り着く。
ライセンの空を越え、夜通し羽ばたいて来た連絡鳥を労うように、ギルド職員が優しく顔を撫でると、鳥はうっとりとした表情を浮かべて泊り木へと飛んでいった。

 巻かれていた手紙の宛名を見て「あぁ」と納得した表情のギルド職員。
ここウルの町の集会所にハンターが訪れることは滅多になく、故にハンター同士で使用される連絡鳥もあまり飛んでこないのだ。

 受付嬢に手紙を持っていくとの言伝を残し、職員は建物の外へと出る。
湖の町ウル…いやハイリヒ王国全土は現在ヘルシャー帝国の支配下にあり、町の至る所を兵士が巡回して回っているのだ。

 だがウルの住民達は他の町と違って息苦しそうな雰囲気はなく、中には和気藹々と世間話に花を咲かせる住民と兵士の姿まで見受けられた。

(これも全て、あの人が居てくれるお陰なんだろうか…)

 手紙の宛名「リンネ」の名前を見てギルド職員はふと昔のことを思い出す。
ギルドで働き始めて数年が経ち、王国内の閑散とした集会所を転々としていた彼がウルへの配置決めを上司から告げられた時は正直気乗りしなかった。

 他と比べ、モンスターの被害が少ないハイリヒ王国で、危険な場所がウルだったからだ。
近くにあるウルディア山脈からモンスターが餌を求めて町の近くに現れる事もあり、ウルディア湖にも時々だが水棲のモンスターが出現する。

 ハンターは王国内で自分達が忌み嫌われている事を知って、活動を控えめにしており、緊急クエストという形で出さない限りウルにハンターが助けに来る事は滅多にない。
緊急クエストは文字通り緊急性のある依頼であり、それを受注して達成したハンターにはハンターランクの上限解放が義務付けられている。
更に報酬額も一般のクエストより高く、あまりに緊急クエストが多過ぎると本部からネチネチ嫌味を言われるのだ。

 それでもウルが現在も平穏を保てているのは、かつて最強と謳われた女ハンターが宿屋の女主人兼用心棒として居てくれるからだろう。
そんな事を思っている内に職員は水妖精の宿の前に来た。
扉を開けるとすぐに元気のよい女の子の声が聞こえてきた。

「いらっしゃいませなのー!」

(………あれっ?こんな可愛い従業員の娘、いたっけ………)

 彼の前に現れたのはエメラルドグリーンの髪を靡かせた十五、六歳の女の子。
背丈に対して大きめの双丘がぷるんと揺れて、思わず視線がそっちに泳ぐ。
―――が、彼も仕事で此処に来ていることを思い出しすぐに咳払いで誤魔化した。

「ごほん!失礼しました。―――私はハンターズギルドの集会所より手紙を持って参りました。リンネ様はいらっしゃいますか?」

「リンネお姉ちゃんにお手紙?うん、いま呼んでくるのー!」

(…なんというか、見た目より幼い感じがして…可愛い)

 等と心の中で呟いていると、すぐ後ろからトントンと肩を叩かれた。
一切気配を感じなかった彼がギョッとして振り返ると、また見知らぬ美少女が立っていた。

「ミュウがリンネ様を呼んでくるまで、此方でお掛けになってお待ちください」

「あ、あぁ…どうもご親切に…」

(また見たこともない女の子だ…髪、真っ白…いや銀?)

 先ほどの少女…ミュウの保護者兼宿泊客であるノイントに促されて職員はカウンター脇にある椅子に座った。
カウンターでは宿屋のオーナー(表向きはそうなっている)であるフォスが調度品を磨いており、にこやかに会釈する。

「どうもギルドの職員さん。騒がしくてすいませんね」

「いえ、そんな事は………新しい従業員を雇われたんですか?」

「あぁ、彼女達は正規の従業員じゃないんですよ。なんといいますか―――リンネさんのお知り合いの連れでして」

「………成程」

 詳しい事情を知らされていないのか、フォスの表情から職員はそれを察する。
程なくして二階に駆けあがっていったミュウが小走りで戻ってきた。
後に続いてリンネと、フードを被った女性が姿を現す。
フードから覗く艶やかな黒髪と特徴的な目元に職員はふと違和感を感じる。

(……あれ?あの顔つき……似たような顔を何処かで―――)

「やっ職員さんお待たせー!アタシに手紙って誰から~?」

「あ、はいっ!ええっと差出人は―――南雲ハジメとなっております」

「ええーっ!ハジメお兄ちゃんから!!?」

 受取人のリンネではなく、隣にいたミュウが大きな声を上げて驚いた。
その際に離れたところでフォスの手伝いをしていたノイント、リンネの後ろに立っていた黒髪の女性…ティオもピクリと反応する。

「そっかぁハジメ君から。―――ん、受け取るわ。ご苦労様」

「はい。―――では私はこれで」

 職員は手紙を渡すと、リンネ達に頭を下げて宿を後にした。
リンネは空いてるテーブルの一角にミュウ、ノイント、ティオの三人を座らせて見えるように手紙を開封して中を見せた。

「―――あら、ゲブルト村にいるのね彼」

「…ゲブルト村…ですか?」

 首を傾げるノイントを見て、そういえばとリンネは気づいた。
優花は知っていたが、この三人は村にいったことがなかった。
帝国領の端、ハルツィナ樹海の近くにある辺境の村だと伝えると―――

「…む、オルクス大迷宮は王国の町ホルアドにあった筈じゃ。何故(なにゆえ)ハジメは帝国の端から手紙を…?」

「さてね~…この手紙の文から察するに無事ではあるみたいだけど…」

 手紙の内容は要約すると勝手にオルクス大迷宮に戻って離れてしまった事への謝罪と出来るだけ早いうちにウルへ向かう事が書かれていた。
しかし…とリンネは思う。今は国の間で行き来するのが厳しい状況であり、いくらハジメがトレイシーから特別視されていても、すんなり此処へ辿り着けるだろうか?

(こりゃもう少し、この娘達の面倒を見てあげなきゃいけないわねえ…)

 この四人の中では年齢的に下から二番目(最年長がノイント、次にティオ、一番下がミュウ)のリンネが纏め役というのも変な感じだが…
今はどんな顔をしてるか分からない可愛い後輩に、再会したらなんて文句を言ってやろうかリンネは少しだけ考えるのだった。



マイハウスでの話し合い

 

 マイハウスの中に漂う雰囲気は、ハッキリ言って最悪なものに変化しつつあった。

それなりに美味しかった朝食の余韻は消え失せ、代わりに不快感が胸の奥から湧き出る。

口角が自然と下がり、無意識に視界が狭まっていく。

 

「―――く、ははっ!錬成師よ…こうなると雫から忠告は受けていたが、少し露骨すぎるぞ?」

 

「――――――申し訳ありません皇女殿下」

 

 目線の先が暗い表情の畑山先生(不快感の発生原因)からトレイシーさんへと向いた。

…彼女の言う通りかもしれない。人前でこんな表情を浮かべるのは些か失礼だろう。

右手で目元から口元まで覆い隠すようにして、指で目の端を優しくマッサージする。続いて表情筋の集まる頬肉を揉むようにして解すと、ようやくいつもの表情が戻ってきた。

 

「失礼しました。…此方に来た…ということは―――」

 

「あぁ、昨夜ギルドの者が私の所へ来てな。…話を聞いた時は我が耳を疑ったが…それの真偽を確かめるついでに、余計なことかもしれないがお前の抱えていた問題を解決する為、この者の随伴として此処に来た」

 

「ご足労頂き恐縮です。大したものはありませんが持て成しの準備を―――」

 

「不要だ。断りもなく押しかけたのは此方なのだからな」

 

 俺がトレイシーさんと話している間、畑山先生は信じられないものを見るような目をしていた。

以前の俺なら同じ敬語で話していても、こんな真剣な表情をしなかったからだろう。

恥ずかしい話だが、家族にもこんな顔で話したことは一度もない。

 

―――と、後ろで俺達の話を聞いていたシアが恐る恐る口を開く。

アレーティアはまだ口を開くタイミングではないと察してか、椅子に座ったまま寛いでいる。

 

「あ、ええっと…私はお邪魔でしたら退席した方が…宜しい…でしょうか?」

 

「フム……そうだな。これから話す内容は、情報を持つべき者だけに絞りたい。兎人のハンター、すまないが少しの間外で待っていて貰えるか?」

 

「は、はいぃぃっ!」

 

 相手が皇女様ということもあって、シアは委縮して小刻みに震えていた。

彼女の震えに合わせて耳と尻尾がピクピク動いていたのにちょっとだけ視線が吸い寄せられる。

食器をそそくさと片付けてから、シアは俺、優花、アレーティア、トレイシーさん、畑山先生の順に頭を下げてピューッと擬音のつきそうな勢いでマイハウスの外へ出ていった。

 

「―――あっ…それじゃアタシも「いや待った」っ…南雲?」

 

「トレイシーさん。シアは今回の件に無関係でしたから退出させましたが、園部に関しては後者…俺が抱える問題の解決に必要な存在です。この場に同席する許可を頂けないでしょうか?」

 

「フム…話を早く終わらせて貰えるなら、此方としてもありがたい。…よかろう、同席を認める」

 

「ありがとう御座います」

 

「ちょ、ちょっと南雲!?そんな急に「園部…頼む」―――っ!!」

 

 いきなりの事で混乱する優花に目を向け、次に暗い面持ちの畑山先生を見て促す。

優花はハッとした表情になり、俺が言わんとしている事を察して首を縦に振る。

 

 俺の抱える問題については、優花に中立の立場として居て貰わなければならなかった。

畑山先生が俺に対して何を言い、俺がなんて答えるかは想像に難くない。

そんな中で俺の言葉に足りない部分があった時、即座にフォローを入れられるのは、クラスメイトの中で唯一(この場にいない幸利を除き)本音を話せた優花だけ。

逆にいま精神的に参っているであろう畑山先生のフォローをして、その意思を汲んであげられるのも誰よりも先生を思いやっている彼女しか適任はいないだろう。

 

 大迷宮で俺達が知った話は俺の個人的な問題を片づけた後でしっかり話し合えばいい。

トレイシーさんが連れて来たとはいえ畑山先生はシア同様、完全な部外者なのだから。

優花も同じ事が言えるし、何よりも………今の彼女には刺激が強過ぎる話だ。

 

「…分かった」

「…助かる」

 

「―――さて、まずは話の前に初対面の者同士、自己紹介を済ませておこうか?」

 

 そう言ってトレイシーさんは家の中心に向かってゆっくり歩みを進める。

椅子に座っていたアレーティアが立ち上がり、彼女と向かい合う形で片膝をついた。

 

「この国の皇女殿下とお見受けします。私の名前はアレーティア・ガルディエ・ウェスペリティリオ・アヴァタール…ここより遠く離れた地の底のオルクス大迷宮で囚われの身となっていたところを、ハンター達に助けられ、帰る国も行く宛もなく、今はそこにいるハジメの供をしております。断りもなく領地に踏み入ったご無礼、どうかお許しを」

 

「帝国皇女トレイシー・D・ヘルシャーだ。…かつて一つの時代に極限の栄華を築いた一族の生き残り、亡国の姫とこのような形で会えたことを嬉しく思う。領地に踏み入った件は気にせずともよい。狼藉を働いたとなれば捨て置けぬが、貴殿がそのように振る舞う等と私は思っておらぬのでな。…面を上げよ。貴殿の入国を歓迎しようアレーティア殿」

 

 深々と頭を下げたアレーティアに対し、トレイシーは柔和な笑みで手を差し伸べる。

それを両手で包み込むようにして、彼女は言われた通り顔を上げて同じく頬を緩めて微笑んだ。

 

「皇女殿下の寛大な御心に、深く感謝申し上げます。…それと早速ではありますが、今後私のことはアレーティアと…呼び捨てにして頂いて構いません」

 

「…了解だ。私のことも気軽に名前で呼んでくれないか?敬語も必要ないぞ()()()()()()

 

「…ん、分かった。これから宜しく()()()()()

 

 年齢的にはアレーティアが圧倒的に年上なのだが、両者の振舞いは身長差を除いて国を統べる立場にあった者の威厳(カリスマ)に満ち溢れている。

すぐ横で傍観していた俺は、二人が言葉を交わす僅かな間に圧倒されていた。

 

 

「―――フム、私は此処で傍観に徹するつもりだが…錬成師、お前とはかつて交わした約束があるな。言い返す言葉に詰まった時は目線で私に合図を送るといい」

 

(…願わくば初手からトレイシーさんに圧力掛けて貰って完封したいところだけど―――)

 

 椅子を二人分、部屋の隅に置いてトレイシーとアレーティアが腰掛ける。

気を利かせた優花が用意してくれた茶器を持ち、二人は俺と畑山先生を交互に見ていた。

俺は畑山先生と向かい合う形で座り、優花が奥の誕生日席に座って場は整う。

 

(…さてと…畑山先生から口を開くまで待つか…いや、此処は敢えて―――)

 

「先生」

「―――ッ!」

 

「これから話す事は、俺にとって()()()()()()()です。だから、先生が俺にどれだけ思いやりのある言葉を掛けたとしても、俺の意思は変わりません。それでも先生は俺と話がしたいですか?」

「………」

 

「なっ…南雲、流石にアンタそれは―――」

 

 冷酷に思われるかもしれないが、分かり切っている答えを先に出した方が後が楽になる。

顔を上げて、ようやく真正面から俺を見た畑山先生の目元に、薄い隈が出来ていたのにこの時初めて気づいた。…生徒が死んでるんだし…当然っちゃ当然の反応だが…やっぱり強いなこのヒトは。

窶れきって、全てを投げ出したくなるような状況に置かれても…()()()()()()()

 

 慌てて制止の声を掛けようとした優花にチラと視線を向ければ、彼女はすぐに口を閉ざす。

まだ話は始まってすらいない。ここで止められてしまったら全てが無意味になってしまう。

 

「…話を…聞いてくれますか?」

「ええ。その為にわざわざ来てくれたんですよね?」

 

 それから畑山先生は胸に手を置き、大きく息を吸ってから表情を切り替えた。

ずっと前から…学校に居た時から時々見ている。真剣な話をする時の表情だ。

 

「―――先生(わたし)は南雲くんに謝らなければならないと思っています」

 

「…俺だけ…ですか?」

 

「…いいえ。いなくなってしまった清水くん、死んでしまった檜山くんと中野くん。大怪我をした天之河くんや坂上くん…生徒の皆さんに対して…謝っても許されない事を、先生はしました」

 

「………」

 

 畑山先生がしている罪の告白。

それは「生徒達が危険な行動を取ろうとした時、咄嗟に止められず、挙句の果てに生徒達の行動を他人任せにしてしまった教育者兼保護者としての怠慢」だった。

 

 俺は何度となく思った。

あの時、召喚された時にイシュタル教皇の甘言に乗せられて、暴走した天之河とそれに賛同した生徒達を無理やりにでも止めていれば…こうはならなかったんじゃないかと。

 

 他人より恵まれた天職とステータスを与えられた事で、神の使徒等と仰々しい呼び名で呼ばれたことで自分達を特別な存在か何かと錯覚し、傲り昂った檜山達に俺が虐められることはなかったかもしれない。

その中で劣等感に苛まれた俺が、死を覚悟して神の使徒を出て行かなかったかもしれない。

俺がいなくなった事で虐められ、いなくなった清水も残っていたかもしれない。

オルクス大迷宮に挑むことはなく、無駄な犠牲を払わなかったかもしれない。

 

(―――だけど、そうはならなかった)

 

………そうだ。所詮これは只の可能性の話に過ぎない。

逆にあの時、もし畑山先生が戦争をさせない選択肢をイシュタル教皇に突きつけていたら、先生か…戦争参加を拒んだ生徒の何人かは教会に消されていたかもしれない。

俺がもっと酷い目にあっていた可能性だってある。

 

 全ては「~していれば」「~だったら」過ぎた事への後悔でしかなかった。

時間を巻き戻すことは不可能であり、今を変えることは出来ないのだから。

 

―――だからこそ、このヒトは「あの場で自分が()()()()()()()()()()()」を悔やんでいる。

 

「ごめんなさい…本当に…ごめんなさい…っ」

 

 つぅ…と畑山先生の瞳から涙が溢れて頬を伝い、スカートの上に一粒が零れ落ちた。

俺は何も言わず、ただ黙って彼女の謝罪を聞くだけに徹する。

だが一緒に聞いていた優花は耐えきれなかったのか、席を立って畑山先生に縋りつく。

 

「先生が―――愛ちゃんだけが悪いんじゃないよっ…!私も、他の皆も…っ!先生の言葉をちゃんと聞いて…あの場で冷静になって、考えを出せていれば…こんな事にならなかった!…だからっ…愛ちゃん一人で、抱え込んじゃ…ダメだよっ」

 

「……園部さん」

 

(お前の言う通りだ園部。けどな…お前だって、抱え込んでただろ…)

 

 友人たちと再会出来て、少しは心の余裕が出来るだろうと思っていたが甘かった。

言葉にして指摘することはなかったが、優花の精神も未だ完全に回復しきっていない。

同じく精神的な方で重傷だった筈の八重樫があそこまで回復して振り切れたのは、何かきっかけがあったのかもしれない…参考までに聞いておくべきだったか…

 

 畑山先生が泣き止むのを待って、俺は乾いた唇で閉ざしていた口を開いた。

 

「先生の謝罪は受け取りました。現状、俺に先生を非難する意思はありません。勝手に使徒を辞めて帝国の下に付いた俺が言うのもなんですが…今、先生たちに必要なのは休息だと思います」

 

「…休息…」

 

「はい。―――俺がこの村に来てから、今のハンターという肩書を得るまで。俺にとって一番幸せだった時間は、村の人達と一緒のテーブルを囲んで、楽しく喋りながら食事を摂る事と、ベッドで静かに眠る事でした。…先生とクラスの皆には、それが必要です」

 

「南雲くん…」

「南雲…」

 

(まぁ天之河と近藤達はそこに含まれないまま、野垂れ死んでしまえと思ってるけどな!!)

 

―――等と心の悪魔が邪悪な囁きをしてくるが、そこは敢えて空気を読んで黙っておく。

 

「この村の人達は異世界人だ神の使徒だと、貴女達を特別視する事はありません。この世界に於けるほかと変わりない只の個人として、村の為に働いてくれるなら…それだけでありがたいんです」

 

「………ッ」

 

「先生…南雲の言ってることは間違ってないよ。この村の人達はみんな優しいから…今は少し私達も先生も…休んだ方がいいんだよ…きっと」

 

 初めてこの村で目覚めた時、使徒である以前に一人の少女として温かく迎え入れられた優花。

彼女の言葉には言葉以上の体験による説得力が含まれていた。

先生の謝罪を受け入れて、彼女と優花が落ち着くのを待ってから続きを話す。

 

「園部には話していますし、先生も彼女から聞いていると思いますが…念のために俺からも直接伝えておきます。…近いうちにこの村を出て、オルクス以外の大迷宮へと向かいます」

 

「ッ!?そ、それはダメです南雲くん!危険過ぎます!!」

 

 顔を上げて毅然とした態度で反対する畑山先生。

…当然の反応だな。これ以上、生徒を危険な目に遭わせたくないのだろう。

けれど―――対する俺も真剣な表情で言い返す。

 

「大迷宮が危険な場所であると、百も承知の上で言っているんです。ハンターになった時から常に死と隣り合わせの生活を送ると、覚悟はしてました。それに―――これはまだ一部の人にしか言ってませんが、俺はオルクス大迷宮を完全攻略しています」

 

「なっ!?」

「………」

 

 畑山先生は驚きのあまり目を見開いて言葉を失った。

先にアレーティア達と話していた優花は俺らが地上へ戻ってこれた話を聞いて、なんとなくそれを察していたのだろう。大した動揺は見せなかった。

トレイシーさんが口端でニィと笑い、アレーティアは視線を明後日の方に向ける。

 

…我ながらズルいとは思うが、俺は先輩ハンター達(ルゥムさん、教授)に助けられて大迷宮から出て来れたのだ。

先生が真実を知らないのを良い事に、ちょっとだけ事実をぼかして伝えた。

 

「現状、大迷宮が故郷へ帰る唯一の手段だと仮定して、これに挑まない理由はないでしょう。時間が長引くほど、戦争に巻き込まれて死ぬ確率だって上がるんですよ?多少のリスクを冒してでも、大迷宮に挑む価値はあると思います」

 

「それは…!確かに、そう…かもしれませんが…っ―――」

 

「安心して下さい先生。なにも俺一人で大迷宮に挑む訳じゃありません。他のハンターや冒険者にも協力を仰いで、万全を期すつもりですよ。神の使徒(天之河達)と同じ轍を踏むつもりはありませんから」

 

「………」

 

 畑山先生は何も言い返せなくなって下を向いた。…舌戦と呼べるほどのものではなく、ただ一方的に俺が言いたい事を言っただけかもしれないが…これで諦めてくれれば良いのだが。

優花に視線を向けて「話は終わりだ」と伝える。

彼女も何か言いたそうにしていたが、やがてゆっくりと首を縦に振った。

 

「―――さて、私の出る幕はなく問題が片付いたと見ていいか?」

 

「俺はそのつもりです。…先生はどうですか?」

 

「…南雲くんの言葉に、返す言葉が今は思いつきません。ひとまずは南雲くんの意見を尊重しようとは思います…ですがッ―――」

 

「分かってますよ。先生を心配させるような危ない目には遭わないよう努力します。何でしたら月に一度か週に一度、他の土地に行っても俺が無事だと分かるように手紙でも送りますか?」

 

「…そうして頂けるのであれば…」

 

「ありがとう御座います。それじゃ先生―――」

 

 もう用は済んだと言わんばかりに席を立って玄関の方へ歩いていく。

優花に伴われて、暗い雰囲気のまま畑山先生は退出しようとして―――

 

「…最後に聞かせて下さい。…その、さっき清水くんがどうとか話していたのは…」

 

「…あー…聞いてしまった以上は答えないわけにはいきませんよね。…正直アイツはもう先生達と分かり合えない場所に居るんですよ。魔人族の協力者、使徒の裏切者として…自分を虐めていたクラスの連中に復讐する為にね。…それで、その清水がこの村の近くにいて俺が偶々出会ったので、園部に気を付けろって警告してたんですよ。―――話はこれでお終いです先生」

 

 最後の超爆弾発言で、ついに畑山先生は絶望一色に染まった顔をする。

優花は何も言えず、ただ彼女の肩に手を置いて「いこう先生」と促していた。

出来るだけ誤魔化しておきたかったんだが…まぁ、いつかバレるしな。

後々になって知るより、今の内に知って後でちゃんと答えを出せるようになっておいた方がいいだろ。…その事実に耐えられるかは別だけど。

 

…あの人のメンタルケアが出来そうな人がいないか…村長に相談してみるか…

と、二人が居なくなった後でトレイシーさんが意外そうに笑う。

 

「…フフッ!神の使徒を嫌悪している割には、優しく接しているじゃないか?その態度はまるで、以前お前が話に聞かせてくれた()()()()という奴そのものではないか」

 

「うへっ…勘弁してください…男のツンデレとか誰も得しませんよ。…まぁ、昔はあんな顔をするところなんて想像も出来ないような女性(ヒト)でしたから。…そうなっちまった原因が俺にもあるって思ったら、追い打ちかけて心折るのだけは避けたかった。…それだけですよ」

 

「そうか。―――では例の件について詳細な報告を聞こうか」

 

 トレイシーさんが目を細めた瞬間、部屋の温度が下がったような気がした。

口元は余裕の笑みを浮かべているが、目だけは笑っていない。

流石の俺も僅かに息を詰まらせて、一度咳払いをして意識を切り返す。

オルクス大迷宮で、オスカー・オルクスが伝えてくれた話をする。

 

 トータスの滅亡、世界の終末装置、大陸の西で語り継がれる御伽噺、東の民に伝わるわらべ歌。

何も知らない人に話せば荒唐無稽な話だと笑われるかもしれないが、ハンターと深く関わっているトレイシーさんは徐々に表情を険しくさせていった。

 

「…反逆者…いや解放者と呼ぶべきか。まずは彼らに敬意を表するべきであろうな。命絶えようともこの話を後世にまで伝えてくれた事に…」

 

 その通りだった。オスカー・オルクスが教えてくれなかったら、よしんば俺は故郷へ帰れたとしてもこの世界に住む人たちは一人残らず死んでしまっていた。

改めて隠れ家の庭にぽつんと建てられた墓の下に眠る主に感謝する。

 

「御伽噺にわらべ歌か…帝国の歴史を研究者達を総動員させて、ハンターズギルドに協力を持ち掛けたとして…真実に辿り着けるかどうか…。…あの男は何か言っていたか?」

 

「あの男…教授の事ですか?」

 

「あぁ。奴は例外の中でも一、二を争う卓越した頭脳の持ち主だ。あいつ程の者がその屋敷で調べた情報から何も得られなかったとは考えにくいが…?」

 

「…古龍種、それに近いモンスターが滅びの元凶かもしれないと言っていた」

 

 横で聞いていたアレーティアが先に答え、俺は別の話をする。

 

「キョダイリュウ、デンセツ、ヨミガエル…古い文献の中で記されていた三つの単語です。安易な発想に過ぎませんが、天と地を覆いつくすほどの巨大なモンスターだと俺は考えました。ギルドの記録に残っているモンスター以上の、何かであると…」

 

「…あの老山龍よりも巨大な竜か…想像したくもないな」

 

 ラオシャンロンを越えるサイズともなれば狩猟は困難を極めるだろう。

それにラオシャンロンはあれで特殊な生態を持っていない古龍だったから狩れただけで、その伝説の存在がそれを遥かに上回る力を持っていたら手に負えない。

俺が今まで出会って来たモンスターで例えるなら、ラオシャンロンを越えるサイズでバルファルク並の戦闘能力を有し、ベヒーモス並みに凶暴という事になる。

 

「…これ以上の目ぼしい情報は得られませんでした。教授は、他の大迷宮にも潜れば新しい文献が見つかるかもと言っていましたが…」

 

「大雑把な場所が判明しているのは樹海、大峡谷、火山、雪原の四カ所」

 

「前者は此処からそう遠くない…三つ目の場所も分かる。だが四つ目の場所は少々厄介だな」

 

 シュネー雪原は人間族と魔人族が主戦場としている場所だった。

足を踏み入れた事があるハンターは例外の人達でもごく僅か。

モンスターの強さも未知数であり、魔人族に襲われたら一巻の終わりだ。

…都合が良すぎるとは思うが、この話を魔人族側にも伝えて一時休戦とか…

 

「無理だろうな。連中が信じるとは考え難い」

「ん、そこは私もトレイシーと同意見。両方を相手にするしかない」

 

「ですよねぇ―――てか、しれっと俺の心を読まないで下さい」

 

 しかし二人は何も言わず、俺のツッコミはスルーされた…チクショウ。

まぁ、我ながら甘い考えだと思ってはいる…いるが…そう思わずにはいられない。

世界を滅ぼすかもしれないほど強大なモンスターを相手しながら、魔人族との戦争も進めなきゃいけないってのはハッキリ言って人間側がハードモード過ぎる。

モンスターがいる時点で大分ハードだけど、状況が悉く悪い方向に転がっていた。

 

「そう悲観的になるな錬成師。王国と教会を黙らせただけでも、我々としてはかなり良い方向に事が進んだと思っている。今後、お前達の活動が連中に脅かされないだけでも十分過ぎる収穫だ」

 

「それは…たしかに、そうかもしれませんね。…改めてありがとう御座います」

 

「…前から思ってたけど、その王国と教会は人間側がこれだけ追い詰められていたのに生活も態度も余裕綽々だったって…同じ人間としてどうなの?」

 

「…そう言われると、我々にとって魔人族よりも厄介な存在だったか」

「採取クエスト中に邪魔する小型モンスター並にウザい奴らだな」

 

 俺とトレイシーさんから返って来る答えを聞いてアレーティアの顔が引き攣る。

いや、これでもギギネブラの皮くらい分厚いオブラートに包んだ表現なんだぜ?

あのお姫様には悪いけど、王国に居る間の記憶で碌なものがないんだよ。

…そういや聞きそびれてたけど、リリアーナ王女は生きているんだろうか?

 

「トレイシーさん。…これはあくまで興味本位に過ぎませんが、革命の騒ぎで国王エリヒドが死んだのは聞きました。…他の王族は…」

 

「リリアーナの奴はアンカジ公国に人質という体裁で連れていかれた。ハイリヒ王国は王位継承権を息子のランデルに譲り、女王ルルアリアが補佐しながら現状帝国の属国という事になっている」

 

…ランデルって確かまだ小学生くらいの子供…だったよな?

それに王位を継がせるって……うん?……あぁ、成程そういう事ね。

帝国にとって都合のいい傀儡政治を敷かせるなら、確かにうってつけの相手だ。

リリアーナ王女だと無駄に知恵が回りそうだし、弟の方が適役っちゃ適役か。

しかし女王ルルアリアの方は大丈夫なのか、自分の旦那殺した相手にすんなり従うか普通?

 

「その心配は不要だ。女王ルルアリアは下級貴族の出、その血は王族から程遠く亡き先王と比べて貴族連中からの人望は薄い。思慮深く、自分の命より子の未来を思う母親の鑑だ。反抗すればどうなるか分かっていて、その危険を冒すほど愚者ではないさ」

 

「…成程」

 

 もう心の声を読まれることにも慣れて―――いや、慣れねえな!?

俺もなんかルゥムさんみたいな無表情で生活できるよう訓練するべきか?

…いや実用性がないし、多分どこかで挫けそうだからやめておこう。

 

「―――ハジメ、話が大分逸れてる」

 

 アレーティアに言われて気付く、終わった国の話なんかしてる場合じゃなかったな。

あの屋敷で考えていたことを、この際だからトレイシーさんに尋ねておく。

彼女の返答次第で、さっき畑山先生に俺が言った言葉は嘘になるからな…

 

「トレイシーさんは現状、大迷宮の探索を誰に任せるつもりなんですか?」

 

「む?そうだな…他の大迷宮がオルクスと同じようなものであれば、やはり例外の奴らに一任するのが良いと思っているが…どうした錬成師、何か言いたそうだな」

 

「―――やっぱり、それくらいお見通しですか。…正直に言います…俺がギルドに提出した物の中で、大迷宮の探索に必要な攻略の証とされる指輪の所有権を頂けないでしょうか?」

 

 無理は百も承知、玉砕覚悟でそのお願いを口にした。

彼女は暫く真顔でジッと俺の顔を見つめていたが、やがて得心がいったのかニヤリと笑いながら、指で机の上をトントンと叩く。

 

「――――――フッ、そうか。言われてみれば…あの指輪、いや大迷宮の情報はお前が喉から手が出るくらい欲しているものだったな。しかし…それが()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「ッ!!それ、は――――――」

 

 トレイシーさんの問いかけに、俺は即答する事が出来なかった。

世界の命運を左右するかもしれない大迷宮の調査に必要不可欠な指輪。

それを駆け出しのハンター如きに預けるなんて普通あり得ない話だ。

その時、言葉に詰まった俺の横で静かに見守っていたアレーティアが口を開く。

 

「…ハジメに託すのが一番良い選択とは言えない。けれど…私は知ってる。駆け出しである筈のハジメが、オルクス大迷宮から生還出来た事を」

 

「アレーティア…」

 

「確かにそうだな。だがそれはあの二人が居たからではないか?」

 

「それはそう。だけど、あの二人が大迷宮を攻略する結果を生んだのは、ハジメが使徒達を助けるために動いたから。ハジメがオルクス大迷宮攻略の立役者とも言える」

 

「…他の大迷宮でも、そうなる。…お前はそう言いたいのか」

 

「可能性は大いにある。…ううん、寧ろ…()()()()()()、可能性は他よりずっと高い」

 

「――――――フム。この短期間で、随分と錬成師に信頼を置いているのだな?」

 

「生きるか死ぬかの場所で背中を預けた。信頼があって然るべき」

 

 二人が俺の事で話してる間、俺自身は一度も口を挟むことが出来なかった。

トレイシーさんは再び値踏みするような目で俺とアレーティアを見比べる。

やがて口元にいつものような笑みを浮かべて口を開く。

 

「―――ふ、くくっ!()()()()()()―――か。成程、妙に説得力のある言葉だ」

 

「…トレイシーさん…」

 

「…ま、この場で返答は出来ぬ。この情報を一度帝都にいる皇帝の下に持ち帰らなければならんのでな。お前達には近いうち、帝都に来て貰う…そこで答えるとしよう。異論はないな?」

 

「…はいっ…!」

 

「アレーティア、お前もそれでいいか?」

 

「ん…それが妥当。無理を言ってるのはこっちだから」

 

 こんな形でトレイシーさんとの話し合いは終わった。

去り際に「昼前には村を発つ。雫にも別れの挨拶を済ませておけ」と言われたのだが…

まぁ、達者でなくらいは言っておいてやるか。

 




 平日にちまちま書いてる奴に直して付け足してを繰り返したらこんな文字数になってしまった…一部内容が重複していたら申し訳ないです。

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