今更だと分かってはいるが……私は教師失格だ。
谷口さんの反応は当然の反応だった。しかし彼女……いや、自分達は戦争に参加した時点で命を奪う覚悟をしなければならなかった。
大迷宮で既に何十匹も殺してきている筈なのに、どうしてそんな言葉が出てくるのか?
きっと彼女達はその場の空気に流されていたのかもしれない。
大迷宮という危険な場所に潜むモンスター達は危険だから倒さなきゃいけない。
暗く、おどろおどろしい雰囲気が充満したあの場所では生き物を殺すことに罪悪感を感じる余裕すらなかったのだろう。
だから青空の下、穏やかな草原の中で、鹿のような見た目のモンスター…ケルビがリーナさんに射殺された時、当事者ではなかったからあんな事を言ってしまった。
それに対して南雲くんが怒った。
彼の言い放った独善的な差別意識という言葉は、生徒全員と…私の胸に深く突き刺さる。
彼が虫のモンスターを殺して持ってきた時、私達の多くは「気持ち悪い」という嫌悪感剥き出しの表情をするだけで、特に可哀想等と思う事をしなかった。一方でケルビが殺された時、私達は言葉に出さなかっただけで谷口さんと同じ気持ちを抱いていた。
その後、険悪な雰囲気になりかけていた私達と南雲くんの間にアゥータさんが仲裁に入ってくれたお陰で場の空気は落ち着いたが、同時に私は何故あの時生徒達に対して声を上げられなかったのかと自分に対して憤りを感じていた。
今朝の一件で南雲くんの考えを知った上で、彼らの先生として責任を果たせずにいる。
彼に謝りたい気持ちと、改めて谷口さん達にこの世界で生きていく事への心構えを真剣に話さなければならないと心に誓った。
「よっ、センセ。色々とお悩みのようですね?」
「…アゥータさん…。…先ほどはありがとう御座いました」
「ん?――――――あぁ、お礼を言われるほどの大したことはしてませんよ」
「それでも…本来は私が仲裁をする立場の筈なのに…私は…」
この村に来てまだ一日しか経っていないが、アゥータさんには感謝している。
私達が神の使徒だからといって変に畏まったりせず、寧ろ友好的に受け入れてくれた。
改めて私が感謝を口にしようとする前に、彼が先に南雲くんの方を見ながら口を開いた。
「……ハジメのああいう態度に、俺個人としても思う所はありましてね。……恥ずかしい話、俺にも今のハジメと似た時期があったんですよ。だからですかね…他人事だとしても、傍観してるだけってのは…なーんかむず痒いっつーか」
「………」
頭の後ろで手を組みながら暢気に話はいるけれど、彼の言葉に嘘偽りはないと感じた。
遠い目をした彼の横顔をじっと見上げていると、また彼は懐かしむように話す。
「―――昔のゲブルト村は、今のような生活が送れる状態じゃなかった。農作物を実らせても徴税で殆ど持っていかれちまって、肉や魚を獲る為にモンスターのいる草原や樹海に入っていった村人が襲われて死ぬことも珍しくない。若い奴らは皆、外に出稼ぎにいったっきり…俺みたいに戻ってきた奴もいたけれど…戻ってこなかった奴の方が多かった」
言葉の最後に、微かだが怒りの色が滲んでいた。
戻ってこなかったという言葉の中に、死以外の意味が含まれているのだろう。
危険な村での生活を捨て、一人で稼いで食っていく道を選ぶ。
その考えを頭ごなしに否定するつもりはないと彼は言った。
だが、それは…言い換えれば故郷を見捨てたということ。
「……恨んでいるんですか……今も、その人達を?」
「――――――ハハッ、まさか?そんなどうでもいい奴らの為に心を割くのは馬鹿らしいでしょ。たとえ心で納得していなかったとしても、頭では理解する。いや……理解させるんですよ」
「……そう、ですか……」
彼の言葉はまさに、今私達に必要なものだったのかもしれない。
頭で理解さえしていれば、体は自然と脳の命令に従って動いてくれる。
鋼の精神力とでも言うべきそれを、私達はこの先身につけなければならないのだ。
―――――――――と次の瞬間、彼の口から零れた言葉に私は耳を疑った。
「――――――だからこうして、生きるか死ぬかの世界と無縁に過ごしてきたあんた等を見てると――――――妬ましくて、憎らしくて、殺してやりたいとさえ思いますけどね」
「っ!!?」
「―――――――――なぁんて!冗談ですよ、センセ。ほら、そろそろ移動しますよ」
……背筋が凍り付いてしまうような鋭い殺気と、呪詛のような呟き。
私の聞き間違いだと思いたかったが、再び口を開いた彼がわざとらしい笑みを浮かべて私を急かしたことで、さっきのは彼の本音だったと察した。
南雲くんが、私が、生徒達がそうであるように…彼にもあるのだ。
人には決して見せることのない
草原を抜けて緩やかな斜面のある丘の麓、樹海から流れる小川の近くに来た。
ケルビの一件以降、俺はクラスメイトの誰とも口を利いていない。
向こうも俺に話しかけ辛いようで、時折チラチラ見ては顔を逸らしてを繰り返す。
正直鬱陶しいとは思うが、それでもアゥータさんに言われた事を思い出して我慢する。
「ハジメさん。えっと、その…元気、出して下さい…」
「…あぁ…悪いなシア、結局気を遣わせる羽目になっちまって」
なにが訓練時代の時みたく…だ。これじゃ
したくもない愛想笑いを浮かべて、胃がキリキリするほどの窮屈さを覚える。
俺が目を伏せて申し訳なさそうにすると、シアは慌てて首を左右に振った
「いえそんな、気にしないで下さい!さっきの事は私も思う所はありましたし…」
「俺が余計な事を考えたのがそもそもの間違いだったんだ。…この先、クエストが終わるまで俺は黙って動いた方が良いのかもしれないな…」
「………余計な事じゃ、ないですよ………きっと」
「………そうか。………そうだといいな」
そうこう話している内に、リーナがクラスの奴らに対し、小川の傍に生えている濃い青色の草を手に取って説明を始めている。
……あれは”流水草”か。多量の水分を蓄えて成長する性質から、水源の近くにしか生えない植物で、通常弾Lv1との調合すれば水属性の弾”水冷弾”になるとは聞いていた。
それ以外の使い道がないから、ガンナー以外には無縁のアイテムらしいがな……
(―――――――――んん?)
ふとリーナ達の居る方から左側…丘の向こうから聞き慣れない音が聞こえてきた。
甲虫種の足音や羽音、草食竜の足音や鳴き声とも違う…四足歩行の素早い足音。
俺よりも聴覚に優れたシアがスッと静かにハンマーの柄へ手を伸ばす。
「…リーナさん、講義の中断を。……何か来ます」
「……了解。それじゃ話は一旦止めて、すぐに移動するよ」
「アッシュはリーナの方へ合流。シア、行くぞ」
不安そうな顔で辺りを見渡すクラスの奴らは、まだ近づいて来る気配に気づいていない。
まぁそれも当然か…流れる川の水音、風に揺れる草のさざめき、樹海の方から偶に聞こえる小動物の鳴き声その他諸々…完全に聞き分けるのは無理だからな。
警戒する俺とシアが丘の方へ近づくと、向こうの足音がパタリと止んだ。
「…何でしょうか?」
「あまり大きくはないが、群れで動いてる。数は…3か4…いや、もう1匹増えてるな」
「この辺りで該当する小型は…」
「”ランポス” ”ジャグラス” ”マッカォ” …多分ジャグラスだろう」
「こっちに気づいたんでしょうか?近づいてきませんね…」
「仕掛けるなら早い方がいい。親玉も来ると厄介になる」
腰を低くしてしゃがんだ姿勢のまま片方の手は地面に着けて斜面を登っていく。
次第に鳴き声は大きく、複数の咆哮から聞こえてきた。
丘の頂上にまで来て、そっと頭だけを覗かせると――――――
「――――――アタリだ。だが…確かに様子が変だ」
「こっちを向いてませんね……寧ろ、その逆……」
鮮やかな黄色と深緑色が混ざった鱗を纏う細長の胴体、背中の赤い棘。
ジャグラスは丘に対して背を向ける形で、ギャアギャアと鳴き声を上げている。
俺とシアは全く同じ疑問を口にした。
「……樹海の方から来たのは間違いない……か」
「かなり興奮しているみたいですね。此方に全く気付いてません」
不利と感じれば木の上にも逃げられるジャグラスが樹海の縄張りを追われて此処まで来た。
それだけで何か不穏な空気を感じ取れるし、何よりも湿地帯での一件がある。
魔人族絡みとなれば何が起きても不思議ではない。
「俺が仕留める。シアは此処で周囲の警戒を…特に樹海側を念入りに頼む」
「…分かりました。ご武運を」
俺は後ろを振り返って、離れたところで安全を確保しているリーナ達にハンドサインを送る。
モンスターの数・こっちの出方・現状維持。
伝えたかった三つの項目を、彼女は素早く理解して頷いた。
アッシュが大剣を抜いて周囲を警戒し、アゥータさんがそれを補助している。
ふと、此方を心配そうに見ている先生と目が合った。
…さっきの事もあり、俺は黙って前を向いて目が合ってないフリをした。
静かに、ゆっくりと立ち上がってオーダーレイピアを抜刀し、丘を駆け登る。
斜面を滑り落ちる音でジャグラス5匹の視線が一気に集まった。
「―――シィッ!!」
怒号一閃。一番近くにいた1匹目に対し、左右の剣で連撃を叩き込む。
致命傷に至らなかった場合を想定して、動きを阻害する筋肉が集中する後ろ足と、攻撃手段の一つである顎の噛みつきを出来なくする為に半開きになっていた口の端、計二カ所を切りつける。
―――グギャア!?
悲鳴と共に後ろ足二本で一瞬立ち上がったジャグラスは、そのまま横向きに前の方へと倒れる。ビクンビクンと体が跳ねているのところを見るに、どうやら二撃だけでトドメになったらしい。
―――ギ、ギャアギャアッ
―――グギルルァ!
「…チッ」
当然、仲間がやられて残りの4匹は黙っていない。
怒りの鳴き声を上げ、近くにいた2匹のジャグラスが挟撃で襲い掛かる。
噛みつこうとしてくる左の奴を双剣の刃で身体ごと受け流し、もう片方の引っ掻きは敢えて背中で受け止めた。
ピリッとした痛みが走るも、大して血は出ない。
「―――ッらあ!」
仕返しのつもりで振り返ったと同時に右の剣で背中の棘を切り飛ばす。
斬りつけられた方は呻き声を上げて後ろへ下がり、受け流された方が再び俺に噛みついて来ようと横から仕掛けてくるが――――――
(そんくらいの攻撃、避けられるんだよ!)
足で斜め前へ数歩ステップを刻み、仕掛けてきた奴は牙をガキンと打ち鳴らす。
左の剣を逆手に持ち替えて、噛みつきに失敗したジャグラスの胴へ突き刺した。
―――ギァァッ!?
「この…っ!」
悲鳴を上げて逃げ出そうとするのに対し、俺は突き刺した剣をそのまま下腹部の方へと押し込み、胴体を輪切りにするイメージで吠える。
「おらぁ!!」
全身の力を込めた結果、切り開かれたジャグラスの腹から臓物が零れ落ちる。
傷口と口から血を吐き出し暴れた奴の血が、青々とした草むらを、俺の防具を、双剣を、奴自身の黄色い鱗を、真っ赤に染めていく。
それから二秒か三秒が経ち、倒れて動かなくなった奴の腹から剣を抜いて血を払う。
2匹がやられ、3匹目も傷を負わされたことで形勢不利と見たのか。
背中の棘を切られたジャグラスと合流した残り2匹は距離を取っている。
「―――――――――逃げられると思うなよ」
俺は目を見開き、奥歯を強く噛み締めながら低い声で唸った。
こいつ等は運が無かった。もし今が探索の最中であれば、此処が樹海の中だったなら、こいつ等を1匹残らず殺す理由はない。
今が要人護衛の特別任務中で、此処が樹海と村の境界線である草原だから、そして何よりも―――非常に個人的な事情で虫の居所が悪いから、こいつ等には此処で死んでもらう。
オーダーレイピアの切っ先から血が滴り、足元の事切れたジャグラス達の血だまりをゆっくりと歩く足音交じりに3匹との距離を詰める。
この程度であれば鬼人化をする必要はなく、1分も掛からないと思った直後だった。
「ハジメさん!!右奥の樹海、木々の奥から何か来ます!!」
「っ!!」
シアの声に反応して、俺はジャグラス達から視線を外した。
奴らも後ろから迫ってくる気配に気づいたのか、後ろを振り返っている。
ハルツィナ樹海の巨木が揺れ、何十匹もの鳥達が空へ飛び立つ。
目を凝らそうとした次の瞬間、木々を薙ぎ倒して何かの正体が露わになる。
「ハジメさん、あのモンスターは…!?」
シアの驚く声を聞き、俺は見た目で該当するモンスターの名前を思い出す。
濃赤色の甲殻に身を包み、渦巻く炎を彷彿とさせる突起のある背部。推定”獣竜種”それから―――他のモンスターにない
その刃物のような尻尾を攻撃手段に用いる姿から、別名”斬竜”―――
「――――――”ディノバルド”!!」
驚愕はそれだけに留まらなかった。
俺はディノバルドの後を追いかける、現れた三人組のハンターの存在に気づいた。
先頭を走るのは黒と黄緑色の刺々しい甲冑を着た太刀使いの男、白と鮮やかな赤の和服を着た操虫棍使いの男、北国の民族衣装のようなものを着た
顔が隠れている太刀使いを除き、それに追走する二人には見覚えがあった。
「っ――――――”グランツ”!”ラウラ”!」
あの二人と一緒にいるって事は……まぁ、前を走るのはアイツしかいないよな。
よりによって今一番会いたくない奴とこんなタイミングで顔を合わせる事になるとは…
向こうも俺の存在に気づいたのか、操虫棍使いのグランツが声を上げようとして―――
「―――俺の邪魔ァすンじゃあねぇ!!其処の格下ァ!!!」
太刀使い”シグ”のひと際大きく、ガラの悪い怒鳴り声が草原中に響き渡った。
早速登場ガラの悪いハンター枠で知られるシグさんを微妙に分かりにくいキャラで例えるとこうなる(某ヒロアカで爆発個性の暴力系ヒロイン兼幼馴染、某海賊漫画で磁力使う3船長の一人)
最初イメージしてたのは三人のハンターがモンスターに追いかけられる(2ndGのオープニングにあった一場面)だったのが、何故かモンスターが三人に追いかけられる事に……
前書きのアゥータさんの台詞はファイヤーエムブレム風花雪月に登場するキャラクターの台詞をほぼ丸パクリしてます(※ストーリーを見て分かる激重感情持ち)
感想、質問、ご指摘等お待ちしております。