4人のハンターが神の使徒を連れて、ハルツィナ樹海に訪れている時のこと。
ゲブルト村は短期間で大きく発展したとはいえ、村人達の生活は依然と変わらない。
男衆は畑仕事に精を出し、女達は各々家事に従事し、子供達はどちらかを手伝う。
「おーい早くしろよー!」
「遅いなぁ、おいていくぞ~!?」
「ま、待ってよぉ……」
10歳になったばかりの男の子が3人、樹海から流れてくる川の近くで魚を釣っていた。
桶の中で2,3尾のサシミウオが跳ねており、一番足の遅い子が2人に急かされて帰りを急ぐ。
「へへっ、今日の釣りしょーぶは俺の勝ちだな!」
「えーっ!やっぱり俺の釣ったやつのほうが大きいって!」
「違うよ、僕の釣った奴が並べたときに一番大きかったもん」
どこの村でも見かける、普通の子供が交わす日常的な会話。
彼らはいつも通り家に帰って、両親と一緒に釣った魚を焼いて食べる。
その後は日が暮れるまで他の子供達と遊んで、夜はご飯を食べて両親と一緒のベッドで眠る。
この日も毎日と変わらない時間が続く――――――筈だった。
「……うん……?あれ……?なんか変な臭いする?」
「えっ?……あ、ほんとだ。なんの臭いだろ……」
「とーちゃんがアプトノス解体した後の臭いに似てるかも……」
彼らは足を止めて周囲を見渡し、足の遅かった子が見慣れた風景の中に生じた変化に気づいた。
川の流れが緩やかになる湾曲したところに、流木と何かが引っ掛かっている。
2人にそれを指差して伝えると、彼らもそれに気づいて恐る恐る近づいていく。
異臭はどんどん酷くなり、そして―――――――――
「う、うわあぁぁぁっ!」
「ヒッ、人が……死んでる!?」
「だ、誰か呼ばなきゃ…お、大人のひと―――!!」
彼らが目にしたのは、服の襟が流木に引っ掛かって息絶えている森人の死体だった。
虚ろな顔で虚空を見つめている彼の背には、火傷を伴う大きな裂傷の痕。
3人は釣竿とサシミウオの入った桶を放り出して一目散に駆け出す。
川の流れる音に混じり、森人の死体の周りを無数の蝿が耳障りな翅音の鎮魂歌を奏でる。
ディノバルドの素材を剥ぎ取った後、村までの道をグランツ達の前を歩く。
三人が見た事のない動きをした事に対し、驚きのあまり一言も発せずにいた俺を見たシグは嘲るように鼻で笑い、ラウラとグランツに後を任せて離れ、村の集会所がある方へ去っていった。
出発前の集合地点でリーナ達が待っていた。
彼女の隣でシアが此方に向かって大きく手を振るのを見て、少し頬が緩んだ。
「お疲れ様ハジメくん。―――グランツ達は、ギルド本部で見かけて以来かな?」
「あぁ、そうだな。…さっきハジメがお前の名前を呼んでたから、お前とアッシュが居るとは分かっていたが…。…フム、さっきから離れたところでこっちをチラチラ見てる連中と……あの時のハジメが言ってた事から察するに……なんか迷惑かけちまったか俺達?」
「ううん、気にしないで。危険になったら村まで戻るのは想定の範囲内だったから」
「…流石に斬竜が出てくるのは、予想してなかったけどな」
「ごめんねアッシュ。シグが一人で突っ走って、アタシらも追っかけるのでやっとだったのよ」
「それで……?当の本人が見当たらないぞ」
「お前らと会ったら間違いなく揉めるだろうと思ってな、元々俺達は樹海で採取クエストの途中だったんだ。クエストリーダーのアイツに、ギルドへの報告と採取品の納品を頼んでおいたのさ」
「そうだったのか。…気を遣わせたみたいで悪いなグランツ」
四人が話しているあいだ、俺はずっとあの時の三人の動きについて思考を巡らせていた。
あの体から溢れていたオーラのようなものは何なのか?どこでそれを覚えたのか?
それは俺にも覚えられるものなのか?効果やデメリットはあるのか?
……考えれば考えるほど、疑問が湧き出て自然と黙り込んでしまう。
返事をしなかった事に対して気になっていたのか、リーナが顔を覗き込んでくる。
「…何かあったのハジメくん。さっきからずっと黙ってるけど…?」
「ん……あぁ、悪いリーナ。考え事してた…そうだな――――――」
今この場にシグがいないのはチャンスだった。
軽く目を瞑ってから、意を決してグランツ達の方へ顔を向ける。
「グランツ、ラウラ。聞いてもいいか?」
「あ~……ひょっとしてさっきのアタシ達が使ってたアレについて知りたいとかそういう質問?」
「…そうだが。…その様子だと―――」
「…悪いなハジメ。さっき別れる直前に「格下野郎に聞かれても、教えてなんかやらねぇよ」って言えとアイツに念押しされてんだ」
(――――――シグの奴…頭ドスファンゴの癖にそこらへんは抜かりねえか…)
ハンターが得たモンスターに関する情報はギルドへ報告、情報の共有化が義務付けられている。
だが武器・防具、スキル等に関して新たな発見等があった場合、報告の義務は発生しない。
武器・防具に関しては生産者から、製造方法や名前の由来などを秘匿する為という理由が挙げられ、その他については少々複雑で、同一の存在に対して新たな発見が複数寄せられた時、ハンターの間で異なる意見が出て度々論争を起こすといった事例が過去に存在するからだ。
例えの一つとして、強走薬の効果について。
ハンター達の
「スタミナの減りが遅くなっただけで、無尽蔵に走れなくなった」
これに対して古くから強走薬を愛飲している古参ハンター達はそのハンターが嘘をついていると頭ごなしに否定し、嘘つき呼ばわりされたハンターは同じような効果を受けたハンター達を集め、嘘ではないことの証明を彼らの前でしてみせた。
そこからは先は口にするのも憚られるハンター同士の無益な口論が三日三晩続き、最後はギルド本部が「場所や使用する材料の原産地、使用者によって効果に多少の変化が生じることもある」という結論を下し、不毛な議論は終わった。
―――話を戻して、さっきのアレについては手掛かりすら掴めなくなった。
グランツとラウラの二人は、シグと違って癖もないし会話も成立するから仲は悪くないと思うが、俺の頼みとシグの言葉…二人はどちらを優先するかと聞いたら迷いなく後者を取る。
それほど三人の関係が深いということは同期の間では共通の認識だった。
「分かった。……アイツも集会所に着いてるだろうし、此処で解散にしておくか?」
「あぁ、そうだな。またどっかで話す機会があったら話そう。いくぜ、ラウラ」
「了解。んじゃ三人とも、じゃーねぇー」
「えぇ、また」
「おう」
歩いて去っていく二人を見送ると、入れ替わるようにクラスの奴らがゆっくりと近づいて来る。
…手掛かりは掴めなかったが、俺としてはそれなりに得るものがあったクエストだった。
さっきの事を水に流して…とはいかないが、もう感情に身を任せて怒ったりするのは止めよう。
「一人も欠けていないし、怪我もしてないな?」
俺の問いかけに男子達、女子達でそれぞれ顔を見合わせて小さく頷いている。
…やっぱり、さっきの事で向こうも話しかけ辛くなっているよな…と思っていたら、優花と永山がクラスの奴らの間を通って一歩前に出てきた。
「大丈夫だ」
「平気よ南雲。…ありがとう守ってくれて」
「…感謝されるような大した事はしていない」
優花から感謝されるも、他の奴らも見てる手前そっけない返事で済ませてしまった。
彼女は「…それでも、ありがとう」と小声で言い、疲れた様子の宮崎達の方へ戻っていく。
再び入れ替わるように、今度は見張り台の方から降りて来たアゥータさんが先生と一緒に来る。
「お疲れさんハジメ」
「アゥータさん……依頼内容はまだ完全に達成されていませんが……どうしますか?」
「う~ん…俺としてはもうちょっと奥まで進んで色々とこいつ等に教えてやりたかったんだが…さっきの事もあるしな。暫くは村の中で大人しくしてた方がいいかもしれねえ…依頼自体はサブターゲット達成って形で完了しちまっていいぜ。報酬は集会所で受け取ってくれや」
アゥータさんと話している間、ふと俺は樹海の方へ視線を向ける。
…シグ達が襲われた山岳地帯からディノバルドが現れた事、それ自体は不思議な事じゃない。
しかし、それより前の出来事…あのジャグラス達が少数であそこに現れた事が引っ掛かる。
戦っている間はそこまで考える余裕はなかったが…今になってある可能性に思い至る。
湿地帯で偶然出会った幸利と魔人族と今回の件。
関わりがあると断言は出来ないが、その逆も無いと切って捨てるのは早計だ。
………今からでも調査をしておくべきだろう。
「………………」
―――幸い、防具で顔を隠しているお陰でクラスメイト達の方を見ても気づかれる事はなかった。
まだこの事をあいつ等に話す必要はない。
魔人族が関係しているかまだ分からない現状で不安を煽るのは拙い。
下手をすると村にまで迷惑が掛かってしまう…俺が取るべき行動は一つか。
「一度、戻って樹海の方を探索しようと思う。…お前らはどうする?」
振り返って後ろで警戒を解いたリーナ達に話しかける。
矢筒を腰から外して喉の奥で「ん~」と声を上げながら、リーナは腰をトントンと叩いて言った。
「そうだね……私は少し休憩して、集会所で別のクエストを受けようかなって考えてる。――――――ついでにギルドで樹海の事を話しておけば、情報の共有化も出来るでしょ?」
「俺もリーナと同意見だ」
二人の答えを聞いて頷き、残る一人…シアの返事を待った。
彼女は俺と二人を交互に見てアワアワしていたが、リーナがウインクと一緒にサムズアップを送ると、ほんのり顔を赤くしながら意を決した表情で俺の方に体ごと向き直る。
…どういう意味だったのかは敢えて聞くまい…
「わっ、私は…ハジメさんの調査に同行しても…いいですか?」
「……そうだな。樹海に詳しいシアが居てくれると助かる」
まだ明るいとはいえ、地図を片手に樹海の中を手探りで調べるのは骨が折れる。
樹海の中を動き回るのに、土地勘のあるシアが同行してくれるのは心強い。
もし何かあった時の備えとして、伝達を頼む事が出来るのも理由の一つだ。
「それじゃあ、リーナさんとは此処で一旦お別れですね」
「うん。二人の報酬は集会所の職員さんに預けておくから」
「分かりました!」
「分かった。それじゃあ――――――」
「「「ハジメにいちゃーん!!!」」」
シアに出発を促そうとした俺の言葉を遮って、聞き慣れた村の子供達の声がした。
声のする方に振り向くと、村の近くにある川の下流から3人の子供が駆け寄ってくる。
恐怖で引き攣った顔で息を切らしながら、3人は俺の前で止まって一斉に口を開く。
「か、川の方にっ…変な人がいた―――」
「流木に引っ掛かってたんだよ!やな臭いがっ―――」
「こ、声を掛けたけど動かなくて、それでっ―――」
「落ち着けお前ら…!川の方に人がいて、それでどうしたんだ?」
3人の様子は明らかに普通じゃない。
少し前の嫌な想像が脳裏を過ぎって、自然と背筋が寒くなった。
そして俺は―――1人の子供が涙目で口にした言葉を聞いて驚愕する。
「みっ、
「―――ッ耳の長い男!?」
「ハジメさん…それって―――!」
この辺りでそんな特徴を持つヒトなんて彼らしかいない。
しかし……何故という疑問が即座に浮かぶ。
樹海から出てこない彼らが、人間の住む村に近い川に……
……だけど今は疑問を解消する時間はない。
頭防具をずらして素顔を晒し、3人の目線に合わせて話しかける。
「場所はいつも村の皆が使ってる川で間違いないんだな?」
「そ、そうだよっ。サシミウオがいっぱい釣れるところの近く!」
「……分かった。アゥータさん!そいつ等とこの子達を連れて、今の話を村の人達に!」
「あぁ、そっちは俺に任せろ」
突然の事に戸惑うクラスメイト達の前で、状況の深刻さをいち早く理解したアゥータさんが頷いて3人の子供に村の中へと入るよう促す。
死体を見てかなりショックを受けているようだし…誰か大人の人が傍に居てやらないとな…
「シア、予定変更だ。川に向かうぞ」
「はいっ!」
「リーナ、斬竜の話と今の話をギルドに報告してくれ!」
「分かった!」
「アッシュは村に駐留してる帝国軍に同様の連絡を!」
「おう!」
シアを連れて、川の流れる方へと一目散に駆けて行った。
後ろから先生の呼び止める声がした気がするが、気にしている余裕なんて無かった。
嫌な予感ほどよく当たる。
この後、俺は何度も心で同じ事を呟くのだった。
お久しぶりです。
読者の方々にまずは謝罪を、二週間以上も更新を怠ってしまいました。
リアルが忙しかったというのも理由の一つですが、完成する度に「なんか違う…」と書き直してはプロットを作り直し、息抜きで単発作を量産したりと余計な時間の消費を繰り返している内に更新が滞ってしまい……本当にごめんなさい。
これから年末が近づくにつれて更に忙しくなるので、タグ一覧から週一更新を削除し不定期更新に切り替えようと思います。
未完のまま放置したくはないので更新は続けますが、またどれくらい掛かるかは分かりません。
更新に関係するかは分かりませんが作品内容に関するアンケートを用意しました。
お手間を取らせて申し訳ありませんが、回答を頂ければ幸いです。
感想、質問、ご指摘等お待ちしております。