ダヴァロス、セレッカの二人が調査し尽くしたハルツィナ樹海で、モンスターや亜人、人間から見つからない場所を見つけるのは容易い事だった。
湿地帯から迂回して陸珊瑚とジャングルの境界線を進み、濃い霧で包まれた木の根元に隠れ、治療が必要なダヴァロスの為に幸利達は現在ジャングルの中を探索している。
「ヤック、なんかあったらすぐに教えろよ?」
―――ゲエェェェッ、ケケケッ。
支配種のクルルヤックへと指示を出して、幸利は足元に生える青草とにらめっこする。
薬草を採ってこいと、一応の上司であるレイスに命令されたのはいいが……
(どれがその薬草なのか全くわからないんですけど!?)
彼は薬学に関してはド素人であり、医学的知識も高校生が習う保健体育で止まっていた。
普段から何十種類もの植物を採取するハンターであれば探し当てるのも容易かもしれないが…
(んな簡単に探せるか!!)
……と文句を言いたいが言えない。命令してきた
上官の命令に、部下は絶対服従。それが軍隊であれば猶更だ。
更に幸利は人間ということもあり、軍の上層部からまだ信用を得られていなかった。
行方不明となっていたダヴァロス達を捜索し、合流してガーランドに帰還するのが今回の目的。
それが達成されてようやく幸利は僅かだが信頼を得ることが出来るのだ。
彼も最初は内心どんな事でもやってみせると覚悟はしていたのだが……
「……はあ~……腰いてえ……」
予想もしなかった肉体労働を前に、ちょっとだけ挫けそうになっていた。
幸利は中腰の姿勢から立ち上がって、泥まみれの手の甲を使い腰を叩く。
絶えず霧が発生するこのジャングルでは基本的に地面や草木がジメジメしている。
今はまだ涼しいが、陽が昇り始めてからは熱帯雨林と化すこともあるらしい。
薬草探しが長引けば、もっと苦しい思いをすることになる。
「勘弁してくれよぉ」
一人虚しくボヤいても、この場には彼を補佐する副官のフラウは居ない。
彼女は治癒魔法の使い手であり、現在はダヴァロスの治療にあたっているのだ。
木々の隙間から覗く太陽の位置を確認して、もう少し頑張ろうと心の中で自分に檄を飛ばして幸利が移動しようとした次の瞬間――――――
バチッ!と足下で何かが光り、幸利の足裏に鋭い痛みが走る。
「あだっ!?……なんだこりゃ。―――――――――でっけぇ、虫」
一歩半後ろに下がって地面を見ると、野球ボールくらいの大きさはある虫がいた。
パっと見はカブトムシの雌に見えなくもないそれは、青白い光を尻の辺りから放っている。
ブーンと翅音を鳴らして飛び立った虫の翅の辺りから電流が迸った。
じっくりと観察は出来なかったが、幸利はそれの仕組みを即座に見抜く。
(放電する虫…たしか過去に支配した事のあるモンスターの本に書いてあったな。衝撃を与えると体内の発電器官を利用して獲物を襲う時や外敵から身を守る為に使うこともあるとか…)
この虫単体はモンスターと呼ばず、ハンター達の間では”雷光虫”と呼ばれているらしい。
その特性を利用して武器や防具に使用される他に罠の素材にもなったりするとか…
魔人族は雷光虫が異常成長を遂げて甲虫種のモンスターとなった時に支配した記録があった。
(次からは踏まないように気をつけないとな……っ)
飛び去って行く雷光虫を見送った幸利は、ここで周囲の異変に気付く。
時々遠くからモンスターの鳴き声が聞こえる程度だったのが、今は無数の翅音に支配されている。
そこら中で雷光虫が青白い電気を放ちながら飛び回っているのだ。
「……気味が悪ぃな……」
幸利は踏まないように気をつけるだけと思っていたが、このままだと立っていようが中腰でいようが飛んでくる雷光虫と何度もぶつかる事になりかねない。
確証は得られないが、嫌な予感がしてその場を離れようとする。
そして…虫たちが一点に向かって飛んでいく方から、大きな足音が近づいて来ることに気が付いた。
「――――――ヤック!」
―――グゥグゲエェッ!
クルルヤックが気配に気づくのと、彼が
嘴を鳴らして足の爪を地面へと突き立てたクルルヤックは臨戦態勢に入った。
だが幸利はクルルヤックの眼前に手を出して動かないよう命令を送った。
「此処から離れるぞ。…アレには構わず、極力音を立てずに全力でな…」
幸利に促されて、それを睨みながらクルルヤックは渋々後ろに下がる。
その後に続いて彼はゆっくりと濃い霧の中に姿を隠す。
彼らが見たもの、それは――――――放電する虫を従えた四足の牙竜の姿だった。
「これは……」
「……酷い」
村の子供達が来た道を辿ってすぐに俺達は森人の死体を見つけることが出来た。
流されないように死体の両脇へ手を回し、川から砂利の上へ引き上げる。
亜人の死体に触れるのは抵抗感があったけれど、シアにやらせるのも酷だと思い俺がやった。
うつ伏せの死体を一目見てすぐに分かったのは、背中に出来た火傷を伴う大きな裂傷。
恐らく死因はこれで間違いない。身に纏っている服に染みた血の汚れが黒々としてる事から、少なくとも負傷してから数時間以上経過している事は間違いない。
その他にも手足に擦り剝いた痕が幾つも見受けられる。
樹海からここまで川に流れ着くまでは僅かにだが息はあったのかもしれない。
(……もっと早くに見つけていられたらな……)
死因はざっとだが判明した。
重要なのはここからだ。何故、森人族の死体が川を伝ってここまで流れ着いたのか?
樹海の中で何かに襲われたとするなら、それは一体何なのか?
「モンスターにやられたのか、或いは魔人族にやられたのか…」
「モンスターであれば死体の損壊が少ないことが気になります。逆に湿地帯で私達が遭遇した魔人族の仕業だと仮定しても、彼らに森人族を襲うメリットはあるんでしょうか?」
シアの言う通りだ。
モンスターに襲われたと仮定するなら、体に食われた痕跡がないというのは引っ掛かる。
魔人族は、フェアベルゲンの亜人に対して攻撃をする理由がない。
わざわざ中立になった亜人を襲い、敵対するような行動を取るとは考えにくいが……
「……ダメだな。ハンターでしかない俺達の頭じゃ、結論まで辿り着けない」
「帝国軍の人達が来るのを待ちましょう」
――――――死体の周りを調べてから五分と経たない内に軍の人達が到着した。
「よぉハジメぇ。帰ってきたなら挨拶くらいしに来いよ」
「随分冷てえじゃねえか」
「俺達とは遊びの関係だったのかぁ?」
「勘弁してくれよ。俺にそっちのけはねえぞ」
来てくれたのはやはりというべきか、ゲブルト村では見知った顔の帝国軍の四人だった。
哨戒や警備を担当している分隊の隊長であるグリッドさん、アシルさん、ボット兄弟。
グリッドさんに言われて内心「あ、やべ」と顔を引きつらせる。
村に帰ってきた時に主な人達と言葉を交わしていて、四人のことをすっかり忘れていた。
「グリッドさん…すいません。色々ドタバタしちまって…」
「へっ、まぁ凡その事情は村長から聞いてっから。今回は大目に見てやるよ」
「許してやるから酒奢れ酒」
「どうせハンターになってがっぽり儲けてんだろ~」
「よぉ、シアちゃんも一緒だったか。どうだい?今夜あたり俺と呑みに―――」
「「「おい抜け駆けしてんじゃねえアシル!」」」
「あ、えぇっと…皆さん。おふざけはその辺で…」
シアに諫められて、グリッドさん達はおちゃらけた雰囲気を引っ込ませる。
それから引き上げた森人の死体について、俺が調べた限りの報告をした。
彼らも傷痕や周囲の状況から森人が殺されたのは樹海だと予想を立てる。
今のところモンスターに襲われたのが死因というのが有力説だった。
魔人族については湿地帯での一件をギルドから聞いてはいたらしく、近いうちに哨戒を行うつもりだったとアシルさんが話の最中に教えてくれた。
「何にせよ、こいつが此処にあるってのが問題だな」
「帝国の村に近い川で森人が死んでいたってのはなぁ…」
「ついこの間、協定を結んだばっかりだぜ?」
「弁明の余地なく、今にも木々の向こうから矢が飛んできそうだ」
アシルさんが何気なく言った言葉でシアが僅かに肩を震わせた。
俺が軽く咳払いをすると彼女のように気が付いて「冗談だよ」とアシルさんは訂正する。
だけど四人の思っている事が現実に起きてしまう可能性は否定できない。
森人族が帝国の村の近くで死んでいた…殺したのは帝国の人間かもしれないと向こうは疑う。
報復を考えた森人達によって樹海内のハンターや冒険者が襲われる最悪の状況。
これでは依然と何も変わっていない事になってしまう。
(……まず俺達の方から向こうに接触するのがよさそうだな……)
森人族が樹海から出てくる可能性は限りなくゼロに近いが、行方が分からなくなった仲間の跡を追ってこの川にまで来る可能性もあった。
そうなるより先にこっちから川を遡って森人族と接触し、探している森人がモンスターに襲われて既に亡くなっている事を告げる。
その後は彼の遺体を回収或いは調べたいと向こうが言ってくる事を想定して川まで案内する。
「…これ以上、遺体に触れるのは止めておきましょうか。―――グリッドさん、俺はこのままハルツィナ樹海に向かって、この遺体を探しているかもしれない森人族と接触してみようと思います」
「…悪くない案だが、下手すりゃお前…殺されるぞ?」
「他の方法を考えている余裕もなさそうですし、此処は俺に任せて下さい」
「えらく自信たっぷりじゃねえか。何か考えがあるのか?」
「この間の件で森人族は俺の顔を覚えている。俺の言葉ならある程度は耳を傾けてくれます」
俺はこの時、咄嗟にアルテナの名前を出すべきか迷った。
長老アルフレリックの孫、族長アイリスの娘である彼女から寄せられる信頼を利用して、この件を丸く収めようと狡い考えが脳裏を過ぎったからだ。
絶対とは言い切れないが、アルテナは森人でありながら俺に対して信頼を置いている。
そんな彼女の心を…悪く言えば私欲のために利用するなんて事は出来ればしたくない。
村の人達や
全てにおいて確証が持てない以上、俺個人の価値を賭けて事態の収拾にあたるしかないだろう。
あとは…もし話をする余地もなく殺されそうになったとしても、前よりは頑丈な防具が、森人の矢から俺を守って逃げ切れるだろう………多分。
そんな事を考えていると―――――――――
「ハジメさんだけじゃありません。その時は私も同行します」
「っ!?シア、お前それは―――――――――」
一度は森人達に命を狙われた彼女が、再び彼らと会うのは危険だ。
そう言いかけた俺に対してシアは毅然とした態度で告げる。
「森人族は思慮深く、礼節を重んじる種族です。此方が誠意を以て嘘偽りなく話をすれば、向こうも必ず問答無用で矢を射かけたりすることはありません」
(……思慮深い?礼節を……重んじる??)
俺が知っている森人族はそういう認識がまったくないんだが?
ワザとらしく顎に手を当てて考える素振りをみせた俺に向けて、シアは申し訳なさそうに苦笑する。…まぁ、とりあえずこの場では
「………分かった。この件に関しては俺からギルドと村の連中に伝えておく。万が一に備えて救難信号はいつでも撃てるようにしておいてくれ」
「「ありがとう御座います」」
*
森人族の遺体が他の動物に食べられたりしないよう、グリッドさん達に後を任せて俺とシアは川を逆行して樹海の入り口にまで向かった。
道中小型モンスターに襲われるなかったのはあの斬竜が暴れてくれたお陰だろう。
だが、ここから先は違う。
ハルツィナ樹海の巨木が、俺達を見下ろす様はまるで門番のようだ。
以前と違うのはシアが守られるだけの存在じゃないこと。
あの時の俺はアゥータさんに頼る側だったが、それが今度は俺が頼られる側になる。
「シア。先導は任せたぞ」
「……はいっ」
樹海の中を進むのであれば、此処が生まれ故郷である兎人族のシアを頼る他ない。
俺の中途半端な経験と記憶だけではこの樹海を進むことは困難だと知っている。
今、俺がしなければならない事は―――目の前にいる
私事ですがwacomのペンタブを購入しました。
まともに絵を描くのは学生以来なので暫くはトレスで練習を重ね、オリジナルを書けるようになってから挿絵にしようと思います。
(モチベ上げる一環でキャラメーカー等を使った原作キャラ、オリキャラを作ってました。まだ女の子だけですが…野郎共も気が向いたら作ろうかな)
リンネさんが何気に一番早く完成するかも?
感想、質問、ご指摘等お待ちしております。