ハジメとシアがハルツィナ樹海を進んでいる間。
アゥータは神の使徒を愛子に任せて、ギルドの集会所へと向かった。
3人の子供が森人の遺体を見つけてしまった事は、アボク経由で村の住人達に伝わっている。
村の外から来た者達には暫く外に出ないよう連絡を回し、駐屯兵に周辺調査を依頼済みだ。
「樹海を含む村周辺の探索、クエスト全てを一時的に制限ですか?」
「あぁ。最悪の場合を想定して…な」
集会所の奥、ギルド関係者以外は許可が下りなければ入れない部屋で彼は話を進める。
彼と話をしているギルドマネージャーは眼鏡の奥をキラリと光らせて言葉を返す。
「辺境最優と呼ばれた例外の貴方がそこまで言うのであれば、我々も此処にいるハンター達を守る立場として、言われた通りに動くつもりですが……原因の調査報告はいつ頃になりますか?」
「…ハジメとシア、先に調査へ向かった二人が戻ってこない事にはどうにもな…」
アゥータの返答に、ギルドマネージャーは眼鏡のずれを直しながら渋い顔をする。
亜人族から襲われる事はないと伝わってからというもの、ハルツィナ樹海のクエストはこの短期間で爆発的に増加した。
樹海には珍しい動植物が多く、それらを必要とする者は数え切れないほどいる。
帝国お抱えの学者達もこれまで止まっていた調査を進められると躍起になっていた。
「この村の住民や商人達を危険に晒す訳にはいかないと重々承知しています。…しかし先に調査へ向かったお二人がいつ戻ってくるか分からない以上、此方としても意見せざるを得ません」
「―――というと?」
「実は…昨夜、樹海を探索していた教授から、これが…」
苦虫を嚙み潰したような顔で、ギルドマネージャーは引き出しから一枚の羊皮紙を取り出すと、アゥータに内容を見せた。
黙ってそれを読み進めていく内に、彼は顔を顰めて奥歯を噛み締める。
「…最悪だ。よりによってこんな時に…」
教授はギルドから依頼を受けて、編纂者として活動している。
その中には古龍の生態調査も含まれていた。
アゥータが古龍を一人で討伐して例外の仲間入りを果たせたのも、教授が齎した調査結果に拠るものが大きい。
かつて彼がギルドに提出したある物が事の発端となる。
ハルツィナ樹海の奥深く、亜人族が神聖視する大樹ウーア・アルトに関する過去の文献。
太古の時代に樹海へと踏み込んた狩人の祖と言われる者達かが遺した文献に、このような事が書かれていた。
そして昨晩、教授はある虫の活動が活発化している姿を樹海で見たという。
それは
二つの出来事は、文献の記述と一致している。
これ以外でも教授は過去に起こった数々の現象と今起こっている異変を同一視していた。
トータス各地で起こっている異変がハルツィナ樹海でも起ころうとしている。
老山龍ラオシャンロンの予想よりも早いライセン大峡谷への侵攻、商業都市フューレンを襲った天彗龍バルファルクの出現、オルクス大迷宮の地下で発見された未知の古龍種ゼノ・ジーヴァ、その全てが何かと関係しているように思えてならない。
(…あの人が此処にいてくれたら…こんな時でも俺は、あの人のように余裕の笑みを浮かべて、サクッと解決出来たりしていたのかねぇ…)
ないものねだりをしても始まらない。
気持ちを切り替えようと、席を立って窓の外に目を向ける。
辺境最優の険しい表情は、暗闇に染まる樹海を凝視していた。
「ひとまず話は後で。お二人を集落までご案内しますわ」
アルテナにそう言われて俺とシアは彼女らについていく事となった。
前とは違い手を縛られたり、剣や弓を突きつけられはしなかったが、それでも俺達に対する視線…特にシアは忌み子と呼ばれていた事もあって嫌悪の念を向けられている。
それに気づく度、腹の底から怒りが湧いてしまい、俺はシアを庇う様に歩き、嫌な目で見てくる相手に対して睨み返した。
彼女は「気にしていませんよ」と苦笑いで誤魔化しているが、内心傷ついているのは明らかだ。
アルテナがそれを知って部下達に「お止めなさい」と怒られるまで空気は最悪だった。
「……お気を悪くしたのなら謝罪します。あれから私達亜人も樹海に入ってきた人間を襲う事がなくなったとはいえ、過去の遺恨が完全に無くなった訳ではないのです」
「これに関しては、アルテナが謝るような事じゃないだろ。会って話をすると決めた時点で、俺もある程度は覚悟していたさ……」
「……あの、本当に私は大丈夫ですから……」
帝国が亜人にしてきた仕打ちは俺も知っている。
帝国のハンターとして亜人族から認知されていた俺がその扱いを受けることは理解していた。
だがシアに対する彼らの感情は理解出来ない。彼女が他の亜人に危害を加えた訳でもないのに、ただ魔力を持って生まれただけで忌み子と罵り殺そうとするのは……
少し目の俺とクラスメイトの関係を見せられているみたいで気分が悪い。
以降は特に会話もなく、モンスターに遭遇することなく森人の集落に辿り着く。
集落の中に入ってすぐに気づいたが、空気が集落の外に広がる樹海と大差なかった。
常に気を張っていなければ、息をつく事も儘ならない緊張感。
後ろを歩くシアの耳が、周囲を警戒しているのが視界の端に映る。
行き交う森人達が戦士達の帰還に気づいて駆け寄ってくるが、同時に俺とシアの存在に気づいて驚愕で目を見開き、さっきと同様のやり取りが繰り返される。
アルテナは部下達に「此処で結構です。お前達は下がりなさい。以後は哨戒の者と合流して交替で休息を取るように」と告げ、一部の者はアルテナが俺達と三人だけで話すことに嫌な顔をしていたが彼女は毅然として有無を言わさず部下達を解散させた。
「……それで……先ほど仰っていた森人の事を話して頂けますか?」
「あぁ」
俺はアルテナに死んでいた森人の男について調べて分かった事と、ある程度の予想を話した。
すると彼女は「そういう事でしたか…」と呟いて悲しそうに目を伏せる。
慰めの言葉を掛けるべきだったが、先に彼女の方から口を開いた。
「事の発端は大樹ウーア・アルト周辺で起こった異変でした」
彼女はハルツィナ樹海の奥地、大樹ウーア・アルトで起こったことを話してくれた。
大樹ウーア・アルトが何なのか俺は知らなかったが、隣にいたシアが「ハルツィナ樹海に亜人族が国を築く前からある特別な樹だとお父さまから聞いたことがあります。私は見たことがありませんけど」と小声で教えてくれた。
また、これも前回俺がフェアベルゲンに連れてこられた時には気づかなかった事だが…フェアベルゲンがこれまでモンスターにあまり襲われず過ごせていた理由。
それはフェアベルゲンの周囲に置かれている”フェアドレン水晶”のお陰だという。
詳細は分かっていないが、フェアドレン水晶には生き物を寄せ付けない不思議な力があり、大抵のモンスターもこれのお陰で集落に近付く事はなかったらしい。
だがそれも少し前までの話。
大樹で異変が起きた直後、フェアドレン水晶の効力は失われ…フェアベルゲンは大混乱に陥った。
戦える亜人は集落に近付こうとするモンスターを追い払おうと奮戦してはいるものの、負傷者や犠牲者が増えるばかりで生活圏は徐々に縮まってきている。
俺達が川で見つけた森人は、恐らく行方不明になっている戦士の内の誰かだろうとのこと。
大樹ウーア・アルトの調査に向かった森人の戦士が数名、未だに行方不明になっているらしい。
分かっているのはモンスターに襲われたという生き残りの報告だけ。
(俺達が見つけた奴は致命傷を負いながら川に落ちてあそこまで流れ着いた。…残りの奴は…)
悲しんでいるアルテナを前にして、俺は頭の中で思った事を口には出せなかった。
恐らく彼女もそれは理解しているのだろう。…だがそれを心で受け止めきれるかはまた別だ。
「ハジメ様、シア様…どうか私達を、私達の国フェアベルゲンを…助けて下さいっ」
(人払いをしたのはこのためか…)
俺達に向き直り、涙を堪えたアルテナは深く頭を下げる。
…俺個人としては彼女の願いを叶えたいと思っていた。でも考え無しに答えを口には出来ない。
あまり触れたくはなかったが、俺は彼女に向かって問いかけた。
「アルテナ。助けを乞うお前の気持ちは理解出来る。……けど、それはお前の母親でもある族長とその父、長老からも同意を得ての発言なのか?」
「……いいえ。お母様―――族長は先の戦いで深手を負い、現在は床に臥せています。長老も今は心を痛め、責務をまっとう出来る状態にありません。…ので、これは私の…独断ですわ」
「――――――そうか。……それだと助けを呼ぶことは難しいな」
「っ!?ハジメさんっ――――――」
俺の返事にシアが耳をピンと立てて反論しようとするが、それを手で制して話を続ける。
「仮にこの場で俺が了承しても、必ず助けが来ると確約は出来ないんだ。…シア…お前も村の一員なら、それくらいの事は理解しているだろう?」
「……それは……そう、かもしれませんが……」
この国を助けるという事は、それなりに大掛かりな準備が必要となる。
フェアドレン水晶とやらが効力を取り戻すまでの間、集落に近付いて来るモンスターを追い払う為にハンターの力が必要不可欠だ。
ギルドが依頼という形で請け負えばこの問題は解決するが、受ける者が俺達以外にいるか怪しい。
次に負傷者の手当てに必要な薬や包帯、水や食べ物といった救援物資。
アイテムボックスでも設置出来れば大半の問題は解決するが、設置にはギルドの協力が必要不可欠な上に、使えるまでどれくらい時間が掛かるのか分からない。
荷車で運ぶにしても、まともな道のない樹海の中をどうやって運べというのか。
そして何よりも…それらを準備し実行に移す事で
物も人も易々と消費出来るものではない。小さな辺境の村であれば猶更だ。
以前より賑わっているとはいえ、まだまだ発展途上の村にそんな余力は残っていなかった。
「一先ずはアボク村長とアゥータさん、ギルドに今の話を伝えてから今後の対応を話し合う。……この人達だけで、決めきれる問題だと判断されたならまだ希望はあると思うが。…無理だろうな」
「……ええ、仰る通りです」
既に相互不可侵という条約を結んだ他国を助けるという行為に対し、決定権は自国の最高権力者…ガハルド皇帝やバイアス皇子、トレイシーさん達に委ねられる。
俺達が樹海から村に戻り、村の中で話を纏め、村から帝都まで日を跨いで謁見の許可を貰って…
「そんな悠長なことしていたらっ――――――」
「間違いなく、フェアベルゲンは崩壊する……確実にな」
俺の言葉で再びアルテナの顔がまた悲痛に歪む。
シアも頭で理解はしているものの、納得いかない表情で悔しそうに俯いていた。
気持ちは痛いほど分かるが、いくら考えても良い案は一つも出なかった。
読者の皆様お久しぶりで御座います。
数か月も更新を止めて失踪して申し訳ありません…orz
内容はかなり薄めになりますが、リハビリも兼ねて更新を再開しました。
外伝の更新、第一作目の補完も順次取り掛かっていこうと思います。
感想、質問、ご指摘等お待ちしております。