「俺は、間違ってなかった……と思う」
この言葉を口にした事、彼は後にどれほど後悔した事か。
夕暮れの帝都グラディーウス郊外にある墓地。
そこにある大半の墓石の下に刻まれた名前の骸はない。
ある者は骨も残さずモンスターの腹に消えて、ある者は未開の地で土壌の養分と化しているか
此処は志半ばに散ったハンター達の最期を遺す場所だ。
赤髪のポニーテールを風で揺らしながら、青年は目の前で立ち尽くす一人の女に話しかける。
「あの人が居たから、俺も姐さんも助かったんだ。だから……」
「………………」
女の耳に彼の声は聞こえていても、その言葉が届くことはない。
思考を停止して、糸が切れた人形のように喜怒哀楽の表情を失った彼女は墓石を見つめたまま。
唯一彼女をヒトたらしめているのは、真っ赤に充血して泣き腫らした目と微かな吐息だけ。
「……姐さん」
「………………」
どんな言葉を掛けても届かない。
…いや、或いはこれを言葉にすれば彼女もきっと…
彼は心の中で決意を固くして、ゆっくりとそれを口にする。
「……アンタがずっとそのままじゃ、あの人だって安心して眠れ――――――!?」
ヒュと風を切る音がしたと彼の耳が認識した瞬間、視界は空を見ていた。
鈍い音がして後頭部、両肩、背中、腰から同時に痛みが襲ってくる。
「ガ、ハッ!?」
「黙れ…クソガキ…!…お前が、お前如きが
地の底から亡者が話しかけてきているような、冷たく掠れた彼女の声が彼の鼓膜を突く。
どろりと歪む視界の向こうに映る彼女は、目を大きく見開いて
「あ、ねさん…やめ――――――」
「死人が安心して眠る?笑わせるな骸はどう取り繕おうとも骸だ。眠りもしなければ目覚めることもない。魂なんて曖昧な概念で死者を偽ろうとするな。死ねばそいつは終わりだ、終わりなんだ解るか」
こんな状態の彼女を、彼は一度も見たことがない。
ただ怒り狂うだけなら何度も経験しているが、今の彼女はそれだけじゃない。
後悔自責憤怒殺意喪失感…あらゆる負の感情が彼女の内に溢れている。
「…ア…!?ガッ…ネ…さ…」
「あの人は死んだ?あの人はもう居ない?そんな事をお前に言われなくても、私自身がよく理解しているんだよ!
白目を剝いて気を失う寸前の彼から手を離して彼女は墓地を立ち去ろうとする。
彼女の空色の長髪は強く吹き荒れる風で乱れ舞い、握り締めた拳からは血が点々と滴っていた。
「――――――ごほっ、こほっ!姐…さん」
「…あの人が死んだ時点でクランは解散した。テメェにもあの娘にも叩き込めるだけの知識と技は叩き込んだ。後は好きな所で好き勝手にやれ、生きるも死ぬも自由だ。……私もそうさせて貰う」
どうしてこの時、彼女を止められないにしても彼女の後ろをついていかなかったのか。
もしついていく勇気が彼にあったなら、彼女が剣聖としての役目を終えることはなかったのに。
彼はまた大事だと思っていた事をおざなりにした。
何度悪夢に見ても、平静を装う為に彼は虚空に向けて延々と言い続けるしかない。
「それでも俺は、間違ってなかった」
「皆の者、既に伝わっていると思うが改めてワシから話す。ハルツィナ樹海で起こっている異変と、亜人族の国フェアベルゲンの危機についてだ―――――」
アボクさんのお陰で村中の人が夜でも素早く動いてくれた。
薬草、アオキノコ、ハチミツ、げどく草、ウチケシの実、サシミウオといった回復薬や状態異常回復の元となるアイテムが木箱いっぱいに詰まって集められる。
アボクさんが村人達に説明をしている間に俺はグリッドさん含め帝国兵の人達と協力して荷車に木箱を積んで運び役であるアプトノスを荷車の紐と結ぶ。
「―――よってワシらは皇帝の許しなく相互不可侵の条約を結んだ亜人族を助ける。処罰を受け入れられぬという者は遠慮せず家に戻ってよい。それを咎めたりはせん」
「まさか!ここまで話聞いて家に篭るってのは無しだぜ村長!」
「シアちゃんが危ないんだろ?助けるしかねえよ!」
「ここいらで亜人に恩を売っておくってのも悪くはないだろうしな!」
村人達の言葉を聞いて俺は目頭と胸の奥が熱くなる。
隣で木箱を持ち上げていたグリッドさん達がやれやれと呆れて笑っているのを見て、ふと気になったことを作業しながら訪ねた。
「グリッドさん達は、大丈夫なんですか?俺達よりも立場的に危ないと思うんですけど…」
「あぁん?そりゃハジメお前…ヤバいだろうな。超がつく軍記違反の見本市だ」
「連隊長殿から怒りの鉄拳が飛んできますかねぇ小隊長」
「鉄拳だけならまだ可愛いもんだ。減給なんざされた日にゃ俺は首括るね」
「…頼むからバイアス将軍直々ってのは勘弁して欲しいぜ。まだ死にたくない」
帝国軍の所属であるグリッド達が率先して条約を無視するなど軍法会議待ったなし。
死なないにしても死ぬほどつらい目に遭わされるんじゃないかと危惧してハジメは四人に「後は俺がやりますから、皆さんは表向き何もしなかったという事に―――」と言いかけたのだが…
「馬鹿だなお前。何もしなかったら余計に怒られるわ」
「胸倉掴まれてお決まりの兵卒からやり直せ!って言われるでしょうねぇ」
「もう手遅れだし、シアちゃんに死なれでもしたらそれこそ自決するわ」
「どうせ軍記破るならド派手に破った方が後腐れなくていいだろうしな」
四人の言葉でまた嬉しさと頼もしさが倍増する。
すると後ろの方でガヤガヤと、聞き慣れた(出来れば聞きたくない)クラスメイト達の声がした。
振り返ると白崎が畑山先生にフェアベルゲン救援隊への参加を反対されているようだった。
「ダメです白崎さん!貴女はいま記憶を失って危機感に欠けているんですから…!ハルツィナ樹海には危険なモンスターが居て危険ですし、ここは彼らに任せて――――――」
「お言葉ですが畑山先生!あそこに見える物資は、樹海の中を速く進む為の最小限に留めてあるんですよ!?仮に現地で物資が不足したら、村に戻ってまた物資を用意してと二度手間三度手間になるのは明白です!であるのなら、この場に一人しかいない治癒師の私が、向こうで治療にあたるのが物資の消費を最大限抑えられる良い方法だと思いませんか!?」
うわぁ…白崎の奴、あそこまで畑山先生に食って掛かるところ初めて見たわ。
畑山先生の言ってることは正しいんだけど、俺的には確かに白崎が居る方がありがたい。
彼女の言葉通り木箱の数と重さはアプトノスが走れる程度まで抑えてある。
それは道中モンスターに襲われても逃げ切れるだけの足を残す為の備えであり、最初から進んで救援に名乗り出た白崎を人数に加えての計算だった。
(というか白崎さんや。お前以外にも一応治癒師はいたと思ったんだが―――)
「あ、あの~白崎さん。私も一応、治癒師なんだよね~…アハハ…」
「えっ!そうだったの!?ごめんなさい、えっと――――――」
そうそう永山パーティーの辻だよ、俺も天職と名前が一致してなかったのはここだけの話な。
白崎の方は記憶を失ってから改めて全員の名前を聞いて回ったそうだが、それでもいざ話をすると頭の中で顔と名前が一致しないように見えた。
「”辻綾子”よ」
「ごめん辻さん!それじゃあ辻さんも一緒に来て貰えないかな?二人も居れば―――」
「ま、待てよ白崎さん!あy…辻さんは俺らのパーティーの一員なんだ。急にそんなことを頼まれてもはい、分かりましたって返事は出来ねえよ!っていうかハルツィナ樹海はオルクス大迷宮並みに危険なんだろ?猶更行かせられねえよ」
(今のは野村が正しい。…俺個人としては白崎と同意見なんだが…)
辻の手をギュっと握り、何かを期待しているような眼差しでじっと見つめる白崎。
そんな彼女の以前からは想像も出来ない変わり様に辻は少々面食らっている。
慌てて野村が間に割って入ろうとするが、先に白崎が「あっ」と口元に手を当てて気づいた。
「…そっか……そうだよね。これから行くところは危ない場所だし、急にこんな事をお願いするのは迷惑だったよね…辻さん、野村くんも…ごめんなさい」
「‥…え、えっ?いや、そんな謝らなくても」
「へっ?いや…えと、まぁ…うん」
(会話の勢いがマシンガンってレベルじゃねえぞ、前よりも押せ押せになってないかコイツ!?)
自分の非を即座に理解して相手に対し躊躇いなく謝った。
本当に目の前の彼女が、俺に間接的トラウマを与えた少女なのか疑わしくなる。
というか畑山先生が猪突猛進ぶりに勢いで負けて話に入れていない件。
「うーん命の保障には代えられないし…仕方ないよね…うん。それなら私が治癒師として二人分頑張ればいいだけだし!――――――よしっ、それじゃあ皆は村に残ってて!南雲君、道中の護衛をお願いしていいかなっ!?」
「お、おう…言われずともそうするつもりだが…」
「っ…南雲君も行くつもりなんですか!?」
…なんか畑山先生の制止の勢いが俺の方に向けられそうな気が…
内心身構えたが、彼女は何やら言葉に詰まっている様子だった。
「……う、えっと……その――――――」
(……ああ~昼間の件で俺を止めるのが気まずいって感じか……)
俺の家での話し合いと、クラスメイト達に俺がキレたことで負い目を感じてるのか。
正直それを利用してこの場を勢いで押し切るのは、後で悔いることになりかねない。
さりとて無視するのもお互いに気分悪いし、出発まであまり時間がないし…どうするか。
「―――愛ちゃん。ここは村の人達と南雲を信じよう?」
俺が何か言うべきか迷っている間に、畑山先生の肩にぽんと手を置いた優花が説得してくれた。
畑山先生は縋るような目で優花の方を見て、優花はこくりと頷いて俺に視線を送る。
…俺に何か言って欲しいって目だな…まぁ此処は穏便に――――――
「畑山先生。あくまで俺の感覚ですが、樹海はオルクス大迷宮ほど命を落とす危険は少ないと思います。それに今回は戦闘が目的ではないので極力戦闘は避けられる筈です…そうなるよう俺が全力を尽くします」
「南雲君……」
「だから…虫が良すぎると分かっていますが…
あーあーあー口にすると内心すっげえ恥ずかしい台詞ぅ!
でも効果は覿面のようで、畑山先生の表情は心なしか緊張が解けている。
後ろでグリッドさん達が声を押し殺して笑っているけど、ここは我慢だ俺…我慢…!
「――――――分かりました…南雲君を信じます。必ず無事に帰ってきて下さい!」
「勿論です。―――白崎、荷台に乗れるか?」
「うん!それじゃ皆、いってくるね!!」
両手を合わせて祈るように目を閉じる畑山先生の横を駆け抜けた白崎が荷台によじ登る。
…前と来ている服が違う(前は尼僧服、今は村人と同じシャツと半ズボンスタイル)からって随分と登り方がわんぱくだな。
登った時に上の木箱が揺れたのを気にして咄嗟に手で抑えた。
「あ、ご…ごめんなさい」
「…平気だ。それよりもアレーティアは――――――」
「ん、私ならもう乗ってる」
荷台の隙間から音もなく顔を出したアレーティアに驚き心臓が飛び跳ねた。
俺よりも先に気づいていたらしく白崎は「ちょっと前から居たよ?」と首を傾げる。
「お前の魔法はモンスターの動きを止める有効打にはなる。俺ら護衛のハンターだけじゃ手に負えない時は……頼めるか?」
「問題ない。いざとなれば樹海丸ごと燃やすのも凍らせるのも可能」
それはそれでダイナミック過ぎる環境破壊だからハンター的に見過ごせない止めてくれ。
「…冗談」
「うわぁ…アレーティアさん、そんな凄い魔法使えるんだ!頼りになるね!」
「……ん、頼られるのは……悪い気はしない」
白崎に尊敬の眼差しを向けられて、アレーティアは照れて頬を朱に染める。
話している間に、他の荷車の準備も出来たらしくアボクさんから声が掛かった。
「ハジメくん!君が先導役として隊列の先頭にいってくれ!!」
「分かりました!―――二人とも、行くぞ!」
「うん!」「了解!」
*
「や、ハジメくん」
「此処に来て二度目の特別任務だな。それもこのメンバーで」
「リーナ、アッシュ!そうかお前らは受けてくれたのか…」
隊列の先頭で俺を待っていたのはアボクさん、カムさん、ギルドマネージャーの他に獣人族達。
そして昼間と変わらない装備のまま笑みを浮かべたリーナ、アッシュの二人だった。
「すまない。こんな事になって…」
「事情は依頼を受けた時に聞いたよ!早くいってシアちゃんを助けよう!」
「俺達以外のハンターは皆受けなかった。…ただシグ達は…」
「…?シグ達がどうかしたのか」
特別任務を受けたのは此処にいる三人。
他のハンター達の協力が得られなかったのは残念だが、二人が居てくれるだけでもありがたい。
アッシュが言い淀んだことが気になって俺が尋ねようとするとギルドマネージャーが答える。
「つい数分前、教授が三人組のハンターを連れて樹海の奥地、大樹ウーア・アルトへ向かいました。目的は今回の異変の元凶とされる古龍イナガミの討伐或いは撃退だと仰っていました」
「ッ…シグ達と教授が!?」
「念のためにギルド所属のアイルーをオトモとして同行させました。あの方なら早々やられるような事はないと思いたいのですが―――」
…シグ達は未だに一度も古龍と戦った事がない。
そんな駆け出しハンター三人を連れて古龍と戦うなんて、何を考えているんだ…?
(――――――だけど、あの三人ならもしかしたら?)
昼間に見た光景を思い出し、あの三人の実力は確実に俺より上だと思い知らされる。
希望的観測かもしれないが、教授達がイナガミを何とかしてくれる事を願いたい。
「…分かりました。人数の規則上、応援にいくことは難しいかもしれませんがこっちの問題が解決次第そっちの確認にも向かいます」
「お願いできますか。…情けない話、あの方は一見理知的に見えますが、自分の中で結論を下して行動に移したら、ギルドの誰も止められないのですよ…」
何の考えもなしに動く人じゃないという事はオルクス大迷宮でよく理解していた。
此処で懸念すべきは彼らの通った後、他のモンスター達にどう影響するのか…
俺がそれを考えようとして足下で何かがちょこちょこ動き回る。
「……うん?」
―――
―――
村に住む獣人族達がここぞとばかりに武器を手に整列していた。
離れた荷台の上で白崎とアレーティアが「毛玉の天国」とか喜んでいるが無視しよう。
……いや俺もぶっちゃけ今が急ぎじゃなきゃこの毛玉の群れに飛び込みたいけどね!?
「お前達が囮に?それは…ありがたいが危険だぞ?やれるのか」
―――
―――
―――
「…いいんですか、村長」
「彼らも話を聞いて生まれ故郷を守りたいと協力を申し出た。存分に活用してくれ」
「ギルド的には抜擢された4匹のアイルーをオトモとして仮登録させておきますので」
アボクさんが了承したのなら、俺から言う事はないな。
ただ全員欠けることなく無事に村まで戻ってくることは前提条件にしてくれ。
改めてフェアベルゲン救援隊(仮称)結成か……一刻の猶予もない。
俺に号令を求めるようにアボクさんが目線で合図を送る。
傍らで拳を握るカムさんの口に出さない言葉が見ただけで伝わってきた。
彼らがフェアベルゲンに行けばまた別の問題が生じるからだ。
彼ら全員、思っている事はカムさんと同じだろう。
(シアも、貴方たちの生まれ故郷も守ってみせます……必ず……!)
「――――――任務開始だ、いくぞっ!!」
「「「「「「「「「「「「おおぉっ!」」」」」」」」」」」」」
補足ですが救援隊の大雑把な構成メンバー・役割
・ハジメ、アッシュ、リーナ(モンスター討伐、撃退がメイン)
・4体のオトモアイルー(囮部隊は別扱い、ハンターのサポート)
・村人男衆が約10人(物資の運搬と応急手当等がメイン)
・アレーティア(魔法による荷車の防衛)
・白崎香織(重傷者の治療等がメイン、その他雑用も本人希望)
畑山先生他神の使徒達はお留守番、アゥータさんも多分今頃ふて寝してます。
教授と三馬鹿は初見フロンティア古龍討伐の緊急クエストやってます。
感想、質問、ご指摘等お待ちしております。
勢いで書いていますが、このままで大丈夫でしょうか?
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狩れ、この生きる大地と共に!
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大丈夫だ、問題しかない
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尻尾切って、役目でしょ
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絵の練習は…?