ゲブルト村の村長宅から歩いて数分の所にあるハンターのマイハウス。
開けっ放しの扉の奥で、家の主は静かに武器の手入れを行っていた。
アイテムボックスの前に机を持ってきて、愛用の武器を上に置く。
白い鱗に深緑色が差した独特なカラーリングのヘビィボウガン。
カスタマイズで先端をロングバレルに改造したそれはある条件を満たすと、通常のヘビィボウガンにはない機能を解放する仕掛けが施されている。
「…こいつを眠らせて…どれだけの月日が経ったんだろうな」
男はそう呟いて、銃身下部についた傷を指でなぞる。
並のモンスターでは傷一つ付けられないこの武器に傷がついたのは、男が村に戻ってくるよりもずっと前のこと。
辺境最優と呼ばれるようになった
彼が視線を窓の外に移すと、丁度その時と同じような霧が樹海にかかっていた。
霧を見る度に男の四肢は疼いて、脳裏に激闘の光景が過ぎる。
根拠はない。だが百戦錬磨の彼が持つ第六感は新たな戦いの予兆を感じていた。
ゲブルト村に戻ってきて早々、俺は驚愕で言葉を失った。
辺境の村と呼ばれた場所が、ブルックの町と同じ活気に満ちている。
畑と草原の間に家が何件か建っているだけだった景色は、逆転して今や新品の建物や人々の間に草花が顔を覗かせている。
何よりも驚いたのは村を囲う木の壁だ。
以前は飼い慣らしている家畜や草食竜の脱走防止目的で柵を立てていた。
柵が消えた代わりに、立派な木の壁がゲブルト村全体を囲っている。
しかも村の中心部にしかなかった筈の櫓が四方に設置されていた。
南の湿地帯、西のハルツィナ樹海、東の荒野、そして俺達が今歩いている北側、ライセン大峡谷に通じる帝国街道を見渡せる。
「たった数週間でここまで変わるのか…!?」
「えへへっ♪驚きましたか?でも、ハジメさんのお陰なんですよ?」
「…どういう事だ?」
シアの説明によると、
兎人族は亜人族の文化や食事などを快く商人達に提供し、商人達はそれらを商売に利用する代価として彼らに人間族の文化を提供する。
こうした交流が盛んになったのと、ハルツィナ樹海でハンターが活動しやすくなったとの報告を受けたハンターズギルドにより、ゲブルト村の集会所が設立したことで現在の活気に至ったのだ。
「それなら俺のお陰というより、急な話にも関わらず皆を受け入れてくれた村長や話を通してくれたアゥータさんのお陰じゃないか?」
「勿論アボク村長にもアゥータさんにも感謝しています。でも、最初に私達を…私を助けてくれたのはハジメさんです!だから、私から見て今の幸せがあるのは全部ハジメさんのお陰なんです!」
両手を握り締めて力説するシアの言葉に思わず頬が緩みそうになる。
自分のしたことが、誰かの幸せに繋がっているのがこんなにも誇らしい。
言葉には出さずとも、表情筋が本心を曝け出しそうだ。
*
「ハジメ君!?もう帰ってきたのかい!」
「坊やじゃない、随分と早いお帰りだねぇ~!」
「おいハジメェ!帰って来るのが早いなら先に言いやがれ!」
村の中に入ると、村人達が次々に顔を出して声を掛けてくる。
雑貨屋のアイテム夫婦、夫のテムさんが驚きと喜びの入り混じった表情を浮かべ、農場長のニッカさんは元気な笑い声を上げ、俺の師匠こと鍛冶屋のヘファイさんは額に皺を寄せながら怒鳴った。
「あ、あはは…色々ありまして…とりあえずただいまです」
「ふむ…ブルックの町での一件*1は聞いてるよハジメ君。老山龍を相手に生き延びただけでなく、討伐に貢献したとは…凄いじゃないか」
「村長!…ありがとう御座います」
本当はあのラオシャンロン戦の功労者は自分以外の3人だと言いたかった。
だけど朗らかに笑みを浮かべて褒めてくれるアボク村長を前に、ちょっと見栄を張った。
貴方達が助けてくれた
さっきのシアが言う事を真似て…これも全て、貴方達のお陰だと心の中で呟いた。
「ようハジメ随分と早いお帰りだな?しかも随分と妙な連れがいるときた」
俺にとって最初の先輩ハンターにあたる人、アゥータさんが自分の家から顔を覗かせた。
アゥータさんの言葉に村の人達も俺から後ろにいるアレーティアと教授に注がれる。
特に見た目がとんでもない美少女なアレーティアは男衆から凝視されていた。
本人は涼し気な表情をしているが、隣にいるシアがあおりを食らってたじろいでしまう。
「これはこれは辺境最優の…お久しぶりです」
「アンタと会ったのは霞隠れの攻略を聞きにいった時以来か、信心深き狩人さんよ」
「??お二人は知り合いなんですか」
俺が口にしようとした疑問を、シアが先に言ってくれた。
アゥータさんと教授、二人の共通点は例外と呼ばれるハンターであること。
辺境最優がアゥータさんの称号だってのは聞いた事あるけど、信心深き狩人って教授のことだったのか…けどこれまで大迷宮で一緒にいる中で信心深そうな発言と振る舞いは一度も見なかったな…どうしてこの人にその呼び名がついたんだ?
「初の顔合わせは10年以上前、王国での調査依頼の時だったか?アンタ昔から変わってねえなぁ」
「貴方はあの頃から更に狩りの腕が上達したとギルドの方で評判を聞いております。――――――それと…
「…ああ、アンタほどの人が気にかけてくれたんならあの人も本望だろうよ」
「…あの人?」
「ん―――あぁ、昔いた俺の先輩にあたるハンターのことだ。少し前に死んじまったけどな」
「………」
…一瞬だけど、アゥータさんの頬の口角が下がったのを俺は見逃さなかった。
アゥータさんの先輩と聞いてリンネさんが脳裏を過ぎるけど、死んだってことは違う人のようだ。
そして、
ルゥムさんの表情は変わらないけど、何処か寂しそうな眼をしているような気がした。
教授との会話を終えたアゥータさんは次にアレーティアへと話しかけた。
美少女と聞いてアゥータさんがダル絡みするかもと俺は警戒したが…
意外にもあっさり名乗って握手を交わすだけで二人の会話は終わった。
「さて、積もる話も大分あると思うが…まずお前らが行くべきはあそこ…だろ?」
アゥータさんが指さす方、そこには村で一番の大きさがある建造物があった。
ブルックの町で見たのと形は少し違うけれど、無数の煙突から煙を立ち昇らせて多くのハンターが出入りし、食器の音や賑やかな音楽を奏でる光景だけはどこでも変わらない。
俺はその言葉に頷いて集会所の方へ向かった。
話さなきゃいけない事が山ほどあって、どこから話すべきか…
ギルドの職員さんが頭を抱える未来が容易に想像出来てしまった。
「ハジメ君そしたら私達はクエスト達成の報告にいくから別行動だね」
「また後で面白い話聞かせろよ、あと金あるんなら一杯奢れ」
「あぁ、後で時間があったら話そうリーナ。あとアッシュ、偶然とはいえクエスト手伝ったんだから逆にお前が奢れよな」
「ハジメさん!私もお二人の方へいってきます、また後で!!」
「おう」
クエストカウンターの方へ向かうリーナ達3人に軽く手を振って見送る。
すると後ろからついてきたアレーティアが音もなくスッと俺の横に立って口を開いた。
「ハジメ、なんだか嬉しそう」
「…あぁ。この短時間で嬉しい事が起こりすぎてな…」
暗い大迷宮を抜けて久しぶりの地上に出られらたこと。シアがハンターとして立派にやっていけてること。リーナ、アッシュの二人と久しぶりに会えたこと。ゲブルト村がどんどん豊かになっていること。これだけ幸せが続くと、思わずニヤけてしまいそうだ。
「…フフ、ハジメの嬉しそうな顔…可愛い」
「っ…!?可愛いはやめろ…恥ずかしいから」
「恥ずかしがるところも可愛い」
「………(こくこく)
「ぐっ…!」
俺とアレーティアが話している間に教授がギルド職員を呼び止めた。
教授の名前を出した途端、驚愕で目を見開いた職員は脱兎の如く駆け出して、集会所の管理者であるギルドマネージャーを呼んで戻ってくる。
50代くらいの眼鏡を掛けた神経質そうなギルドマネージャーが口を開く。
「”シン・クロノワ”確か貴方はハイリヒ王国の宿場町ホルアド集会所で宿泊施設を利用して以降、半月前から消息不明との報告を受けていましたがどうやってここに?」
ギルドはハンター達が何処にいるか集会所の利用記録を調べて辿るらしい。
当然俺もホルアド集会所に数日前までいた事になっている。ギルドマネージャーは眼鏡の縁を親指と人差し指で摘まんで位置を直し、教授に返答を促す。
…しれっと教授の本名が出て来たんだが…シンって言うのか教授…
まぁそれを言ったら俺も牙突しそうな名前って言われそうな気がするけど。
「ホルアドにある大迷宮の調査。そちらがひと段落ついたのでご報告に参りました」
「大迷宮…ですか。調査記録と証拠になる物を提示して頂きます」
ギルドマネージャーがそう言うと、教授は後ろを振り返ってアレーティアの方を向く。
指示を理解した彼女は自分の指に嵌めた宝物庫の指輪を抜いて教授に渡す。
彼から指輪を受け取ったギルドマネージャーは困惑の表情を浮かべる。
「…これは…アーティファクト…ですね」
「ご明察の通り。そこに調査記録と大迷宮内で採取した素材が入っています」
「ほう。ほうほう…全て…ときましたか」
此処から先の話は立ち話でするべきではないと判断したギルドマネージャーに促されて、俺達4人は普段ギルド職員しか足を踏み入れない専用通路を使って資料保管庫のような部屋に入る。
ツンと鼻を刺すインクと紙の臭いが、懐かしい母の職場を思い出させた。
ギルドマネージャーと向き合う形で適当な椅子に座ると、スッと指輪を返される。
「実際に使って危険はない事を証明してください」
「分かりました。ハジメ君、お願い出来ますか?」
「…はい。記録用紙と素材は何を出します?」
「最下層にいた
教授に言われて指輪を嵌めた俺は頭に指示されたものを一つずつイメージした。
羊皮紙数巻き、ゼノ・ジーヴァの鱗、スリンガーの現物と未完成の設計図。
何もないところから机の上にどさっと物が現れてギルドマネージャーが唖然とする。
「そ、そのアーティファクトは一体…」
「…俺も詳しいところまで調べた訳じゃないんですけど、使う時のイメージはアイテムボックスに近い感覚があると思います。こちらが教授の記録になります」
それから数分間、俺より先に大迷宮の表の最奥まで辿り着いた教授が話す。
モンスターが倒される度に湧き出る仕組みを話した時は流石に頭を抱えていた。
最初は誰だってそういう反応するよな。俺も未だに作った奴頭おかしいって思うし。
次に真のオルクス大迷宮と封印部屋にいたアレーティアについて。
彼女が吸血鬼と知ってギルドマネージャーが怯えたりしないか内心不安だったが、意外にもそこはあっさりと「そうですか。それは大変でしたね」の一言で納得する。
寧ろ封印部屋を守っていたゴウガルフとタイクンザムザを教授が一人で討伐したと聞いた時の方が「また異例の昇格措置を取るんですか…」と眉間に皺を寄せて呻き声を上げていた。
俺が来た経緯を知ると、ギルドマネージャーは「ああ、老山龍討伐の…」と言った。
表と違って、真のオルクス大迷宮に居たモンスターの名前を聞くたびに彼の表情は曇り、遂には「…例外の…また、書類地獄…デスマーチ…ぅぅ」と頭を抱えている。
多分俺らのハンターランクを上げなきゃいけないけど、手続きが面倒だと思ってるんだろうな…
中間管理職の苦労っていうのはどんな世界でも共通のものらしい。
けどこれまでの話が全部、オスカー・オルクスの屋敷で知った事に比べればマシな部類だった。
ギルドマネージャーの目が見開かれ、羊皮紙を持つ手が小刻みに震えている。
「……これは……どういう……?そんな、けど…まさか…」
「この件に関しては一度本部へ持ち帰った方が宜しいかと。情報が少なすぎるうえに、どう対処するべきか慎重に話し合う場を設けるべきでしょう」
「…そのようですね。これは私の手には余ります」
冷や汗を浮かべたギルドマネージャーが眼鏡を外してハンカチでレンズを拭いた。
それから新種の古龍を討伐した話を聞いて、とうとう彼は「ああ…さよなら私の平穏」と嘆く。
…なんか申し訳ないな…ルゥムさんはいつも通り無表情で首を傾げているけど。
「実は帝国内で移動が制限されていまして…王国革命の話はご存知ですか?」
「ええ、此処に来るまでに聞きました。大変な騒ぎのようですね」
「大変なんてものじゃありませんよ…我々はこの争いに関して一切の手出しをしない事を条件に軍の行動を黙認していたのですから。それなのに皇帝陛下からの王命でサー・ミッドガルを帝国軍に配置しろとかで上は大騒ぎですよ」
ミッドガルさんの名前を聞いて俺は弾かれたように席から立ち上がる。
ホルアドで出会い、オルクス大迷宮でクラスの連中を助ける手伝いをして貰った。
ハンター達の頂点に位置する人で、英雄狩人と呼ばれている。
そんな人が軍に移動するって…
「ミッドガルさんが…どうしてそんな急に…!?」
「私にも分かりませんよ。ただ、皇女殿下が新たな部隊を新設されるとかでそこにハンター経験のある者を数人入れて魔人族の支配種に対抗する必要があるとかで。ハァ…こっちとしては彼の引退だけは避けて欲しかったんですけど…ハァ」
「彼の力は、災いの象徴たる古龍を抑止するのに適していましたからね」
「そうなんですよ。辿異種や二つ名を狩れるのなんて、例外の貴方達くらいしかいない。ここ最近は各地でモンスターの動きが活発化しているとの報告もあって、出来ることならハンターの数を増やして対処に宛てるつもりだったんですが…」
「…こうなっては、貴女が頂点の存在になってしまいますね。雷光剣鬼」
「………?」
ミッドガルさんと並ぶハンターランク999のルゥムさん、話の内容を理解していないのか或いは理解するつもりがないのか教授達に見つめられても変わらず無表情で首を傾げる。
ギルドマネージャーが深い溜息をついて「よいっしょ」と席を立った。
「報告ありがとう御座います。ハンター3名へのギルドからの報酬とハンターランクの件については時間を頂けますか?それと、そちらのアーティファクトはギルドで保管しても構いませんね?」
「ええ、構いませんよ」
「………(こくこく)」
「………はい」
…本当は次の大迷宮を調べるのに必要な指輪だけは持っていたかった。
けどこればっかりはどうする事も出来ない個人的な我儘だ。我慢するしかない。
ギルドマネージャーへと頭を下げて、俺達は集会所の外へ出た。
「さて、これで報告の義務は済みましたが…これからどうしますか?」
「…俺はウルに向かうつもりですが、さっきの話を聞く限り王国まで行くのに時間が掛かります。一先ずは伝書鳥でウルに居るノイント達に状況を知らせて、この村に暫く留まって先を考えます」
「成程。…ルゥムさん貴方は――――――」
「………」
「ん、ルゥムはすぐに発つって言ってる」
言葉を発さないルゥムさんの代わりにアレーティアが話す。
ルゥムさんは俺や教授とは別件でホルアドに滞在しており、次に向かうのはアンカジ公国だった。
踵を返して村の出口に向かう彼女に改めてお礼を言った。
「ルゥムさん、大迷宮であいつ等を助けてくれた事、その後何度も俺を助けてくれた事…本当に、ありがとう御座いました!この御恩はいつか必ず…」
「………(こくっ)」
頷いて、ルゥムさんは二、三歩進んで俺の方へと向かってきた。
スッと伸ばした手は俺の頭に乗せられて、優しい手つきで撫でられる。
人前で恥ずかしいとは思うが、彼女なりの別れの挨拶なのだろう。
それに…こうして人に頭を撫でられるのは、内心悪い気はしないと思っていた。
小さい頃は親にこうやって褒められたりしたけれど、大きくなったらそれが無くなる。
当たり前のことだが…それでも時々、こうして誰かに褒められるのが嬉しいと感じてしまうのは…まだまだ俺が子どもなのかもしれないな。
これまでのゲブルト村の規模がモンハンで云うところのココット村くらいの規模だったのが調査拠点アステラ並の進化を遂げてましたとさ。
ルゥム姉貴は此処でいったん離脱、暫くは出て来なくなるかな…?
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