遠い過去、神代と呼ばれた時代。解放者”リューテリィス・ハルツィナ”は、悩みを抱えていた。
それは樹海に住む、神から見放された獣もどきと呼ばれた混ざり者達のことだった。彼らは個の生物として見れば決して弱くはないが、それはあくまで人間を基準にした場合である。
樹海には人間達も逃げ出すほど恐ろしいモンスターが数え切れないほど棲息しており、縄張りを持っていた。そこへ後からやってきた人間と姿形の変わらない者達が足を踏み入れれば当然、縄張りの主は怒りを以て侵入者に牙を剥く。
リューティリスは彼らが樹海の中で人間達から迫害されず安心して暮らせるようにと、何度もモンスター対策を立ててみたがどれも効果は薄かった。
満月の夜。巨大な樹の枝に腰掛けてリューティリスは混ざり者達の生活を見守っていた。
無邪気な子供達の姿を見てフッと笑みを零すが、目に見える生活を維持する為の方法を考えなければという思考に傾いてしまい、彼女は目を閉じて憂鬱な気分で溜息を吐く。
「――――――月夜の憂い顔も、普段の凛とした表情に負けぬ美しさよな。森人の乙女よ」
「ッ!?……また貴方ですか」
「またオレだ。クハハハッ!」
不意に月を雲が覆い樹海が暗くなった瞬間、リューティリスの隣に男が立っていた。
音もなく現れた彼の存在に気づかなかった彼女は驚き目を見開くが、彼が見知った顔であると分かった途端に安心して呆れた表情を浮かべる。
「…何度言われても、貴方と結婚する気はありませんし”導越の羅針盤”もお渡し出来ません」
目の前の男は自称「この世界で最も強い存在」であり、ある時リューティリスや他の解放者達の前に何の前触れもなく現れた。
女性陣全員から「結婚はお断り(胡散臭いし馴れ馴れしいから)」と言われているにも関わらず「ならば友として語り合おう」等と適当な理由をつけて唐突に会いに来るのだ。
リューティリスとて周囲の警戒を怠っていた訳ではないが、彼の神出鬼没ぶりはとにかく常軌を逸している。故に何時から傍にいたとか、どうやって現れたとか理由を考えるだけ無駄だった。
ただしつこいだけで強引には迫ってこない変なストーカーとしてあしらうしかない。
人並み外れた強さを内に秘めていることは確かで、”変成魔法”の担い手である解放者の仲間が「見た目は自分と同族だけど、こいつは
彼女が先手を打って口説き文句を封じても、彼は愉快そうに笑って返答する。
「クククッ!あの程度の玩具に興味はない。道具の力を借りずとも、望んだ場所へオレは行くことが出来る。―――この世の者達がまだ知らぬ夜空の先や異世界、何処へでも瞬きの間に…な」
リューティリスは自分の持っている物が馬鹿にされたことで少しムッとする。
導越の羅針盤は所持者が望んだ場所を指し示す。本来の目的は解放者の敵である者の住処を見つけ出す為に作りだされたものだが、彼女がそれを最後に使ったのは混ざり者達が安全に暮らしていける場所だった。それがこの樹海であり、今こうして彼らの生活を見守っている最中なのだが…ここに辿り着いた時、彼女は思わずアーティファクトの故障を疑いたくなった。
「では何の用ですか?生憎と今は貴方とお喋りする余裕も私にはありませんので」
そう言いながら内心彼女は「ちょっと言い過ぎたかも」と男の顔色を閉じかけた横目で窺う。
だがやはり彼はリューティリスの態度に怒る素振りすら見せず「その台詞も予想していた」と言わんばかりの得意げな笑みを浮かべる。
「フフン、安心しろ今日はお前を口説きに来たのではない。お前の悩みを解決しに来た」
「何を勝手に――――――ッ!」
彼女の悩みを解決する等と軽々しく宣言した彼に対し、流石の彼女も怒って立ち上がろうとしたが―――
―――グルォォォォ!!
樹海の中に轟くモンスターの咆哮を聞いて、リューティリスは硬直した。二人の眼下で混ざり者達がモンスターの接近に気づいて恐怖し、慌てふためいている。急いで彼らを安全な場所へ避難させようと立ち上がろうとするが、彼は手を上げて彼女を制止する。
「丁度良い。リューティリス、よく見ているがいい」
音も無くリューティリスの横から消えた男は、姿を現したモンスターの前に立っていた。
風属性と光属性の特殊な複合魔法か、或いは戦闘系に特化した天職持ちが有する身体能力を強化する類の技能―――そのどちらにも当てはまらない彼だけが使える瞬間移動だ。
モンスターは突如現れた彼に一瞬驚きはするが、すぐに敵意を抱いて彼を食い殺そうと顎を開く。
リューティリスの前で、モンスターの牙が男に刺さると思った次の瞬間――――――
―――ゴギャアァァッ!?
突然モンスターは横から殴りつけられた衝撃でバランスを崩して地面に倒れた。
驚愕で目を見開いたリューティリスは男の隣に奇妙な恰好をした者がいる事に気がつく。
手にした身の丈ほどの金槌と、モンスターの鱗や牙で出来た防具、そこにいたのは―――
「あれはっ……そんな、まさか……人間っ!?」
―――グルオォォォッ!!!
起き上がったモンスターが怒りの声を上げ、金槌を持った人間へと飛び掛かる。だが飛び掛かった先に人間の姿はなく、再び横殴りの衝撃がモンスターを襲う。
飛び掛かられる直前、人間は短い動作でモンスターの攻撃を躱したのだ。
素早い動きだったが辛うじてリューティリスは人間の動きを目で追えていた。
硬い金属の塊がモンスターの鱗を砕き、肉を潰し骨まで圧し折る嫌な音が響き渡る。
―――ゴ、オォォ…ッ
モンスターはたった数秒の間で瀕死に追い込まれて、状況が理解出来ずに混乱していた。
縄張りを長く守り抜いてきた強者の自分が、矮小な存在を前に手も足も出せない。
混乱と焦燥の中、また姿が金槌を持った人間はモンスターの視界から消えて…
―――グゴッ!?オオォォ…
顎の下に食らった一撃で眩暈を起こし、直後に頭蓋骨の砕ける音と共にモンスターは絶命した。
遠目にそれを見ていたリューティリスは金槌を持った人間にとてつもない恐怖心を抱く。
(あんな恐ろしい人間が、彼らを襲ったら…ひとたまりもないっ…!)
混ざり者達を襲うのが、モンスターから人間に代わっただけで危険は去っていないかに思われたが、リューティリスの恐れていたことは起こらなかった。
武器をしまってモンスターの素材を剥ぎ取っていた人間は、背後から自分を見つめる混ざり者達の存在に気づいても、特にリアクションもなく死骸へと向き直り、剥ぎ取りが終わった後は暢気に布切れで金槌の汚れを拭きとっていた。
唖然とする彼女の横に、また瞬間移動してきた男が現れて軽快に笑う。
「フゥーッハッハッハッハッハッ!どうだ驚いたかリューティリス?アレはヒトの身でありながらヒトの理を越えた存在、モンスターを狩る者だ。あの神の紛い物の傀儡でもなければ、そこらの凡愚とも異なる連中だ。―――フッ、心配せずとも、あいつ等が混ざり者達を襲うことは絶対にない。それはこのオレが保証しよう」
そう言って男が木の上から手を振ると、金槌を背負っていた人間が男に気づいて手を振り返す。
敵意がないを通り越して、まるで町中ですれ違う相手と挨拶を交わすような空気感を漂わせていた。彼女は暫く状況が飲み込めず混乱していたが、少し落ち着いてから彼に問いかける。
「…あの人間の動き…あれは何なの?私が目で追うのもやっとだった」
「うむ、あれは奴の中でも特に優れた力を持つ者だけが扱う”型”と呼ばれている」
聞いたこともない単語に首を傾げるリューティリスを見て、男は更に笑みを深める。
「”型”?」
「そう”型”だ。モンスターにトドメを刺したのは、その内の一つ”嵐ノ型”の技だな」
「…その”嵐の型”とか技とか、私にはよく分からないけれど…さっきの話―――」
さっきの事というのはリューティリスの悩みの解決である。
リューティリスの横にどっかりと腰掛けて、彼は樹海の奥へと進んでいく人間を指差し言った。
「あいつ等がいる間は、どれだけ強大なモンスターが集落を襲おうとも守り切れるだろう」
「―――人間が、混ざり者達を助けるですって?他でもない彼らが迫害している混ざり者を?」
解放者の仲間が聞いたら驚くか「笑えない冗談だ」と怒り半分に一蹴するだろう。
眉を顰めるリューティリスに、彼はフフンと自信ありげに鼻を鳴らす。
「奴らは当世の事情に疎い。狩る事、食う事、寝る事、拓く事以外に興味を持たん奴腹だ」
「―――貴方の言葉だけ聞いて、彼らを信じろと言うの?この私に―――」
「オレは嘘を好かん。―――惚れた女には嘘偽りなく本心で話すと世界に誓おう」
不意に男の口から出た口説き文句に、リューティリスは少しだけ頬を赤らめた。
そして「またいつもの冗談で口説いているの?」と彼の方に険しい視線を送るが―――
そこには普段のおちゃらけた態度とは反対に、真剣な表情で彼女を見つめる彼の姿があった。
「信じろリューティリス・ハルツィナ。混ざり者として生れ落ちながら、混ざり者達の母たる存在であろうとする気高き女よ。お前を信じるオレの愛に応えなくてもいい…
ガラにもなく少女の様な恋心を抱きかけて、彼女は彼から目を背けて瞑ってしまう。
そして何とか答えを出そうと彼の方に向き直るが、既に彼はその場からいなくなっていた。
彼女はそれまで頑なに呼ぼうとしなかった彼の名を呼ぶ。
「………アダム?」
雲が通り過ぎて、ひんやりとした月明りが彼女に降り注ぐ。
それはまるで胸の奥に燻る気の迷いの熱を冷まそうとしているかのように…
静寂の中、また彼女は混ざり者達の暮らしを見守りながらぽつりと呟いた。
「―――――――――勝手な
アイリス・ハイピストの放った一矢は、イナガミの揺れ動く尻尾を正確に捉えていた。
イナガミの尻尾が瞬く間に灰色の甲殻へと覆われて鈍重な動きへと変わる。
「これでっ―――――――」
「っ!?ダメです皆さん!
リーナが一気呵成に畳みかけようと接近する前に、シアが大きな声でそう叫んだ。
俺も鬼人化で乱舞を食らわせようと思っていたが、彼女の指示を聞いて鬼人化を即座に解く。
―――グギャアアアアアアアアァァァ!!
突然イナガミは咆哮と共に後ろ脚で立ち上がり、それと同時に灰色の装甲が砕け散る。
奴を中心に広範囲へうっすらと青い灰色の煙…睡眠属性のガスが放出された。
シアが背を向ける形で地面へと飛び込むのに習って、俺も武器をしまって飛び込んだ。
俺達と教授は間に合ったが、弓の収納に手間取ったリーナだけがまともにガスを浴びてしまう。
襲ってくる強制的な睡魔に抗う間もなく、彼女は膝をついてその場で無防備に眠る。
(くっ、間一髪かっ…!?)
「うっ!?あ…れ…っ…しまっ…った…わ、たし―――ぐぅう」
「リーナさんっ!」
起き上がり振り返ると、イナガミは後ろ脚で立ち上がった状態から前のめりに倒れて藻掻く。
教授の言っていた弱点…これか…!イナガミはあの灰色の甲殻で身を守る代償として、いくつかの能力に制限がかかる。そして全ての部位に甲殻の制限がかかった状態を維持することは出来ず、体内に溜めたガスを放出すると同時に装甲は剥がれて反動で倒れた…!
「彼女を起こすのは後回しに!今は奴を―――――――」
「了解ッ!うおおぉぉぉぉらああぁぁぁぁっ!!」
「くっ―――やあぁぁぁぁっ!!」
教授の指示に頷き、俺は鬼人化から無数のステップを刻んで距離を詰めて乱舞を放つ。
シアは一瞬、足を止めたがすぐに空中へと跳躍して溜め動作からの振り下ろしを頭部へ当てる。
三人同時での攻撃は、体感で十秒近く続いた。
イナガミが起き上がろうとするのを見て教授が距離を取り、俺はシアに向かって叫ぶ。
「シア!リーナをかち上げで叩き起こせ!!」
「はいっ!!―――ごめんなさいリーナさん!てぇぃっ!」
「ぐぅ――――――ぶべっ!ぁああぁぁぅ!?」
ハンター同士の攻撃であれば大した怪我にはならないよう、俺達は訓練されている。
たとえそれが大剣の最大溜め振り下ろしであろうと、ガンランスの竜撃砲であろうと、ハンマーの分厚い鉄塊によるアッパーであろうと、血の一滴とて流れることはない。
リーナは女の子が出しちゃいけない間の抜けた悲鳴を上げながら宙を舞い、上半身が地面に突き刺さる。その姿はさながら犬神家の一族だが、そんな事で笑っていられる余裕はない。
体勢を立て直したイナガミは再び身軽になった。
もう一度、あるかは分からないが灰色の装甲を展開させて転倒を繰り返せば――――――!
「………どうやら、これ以上私達が攻撃する必要はなくなったみたいですね」
「っ教授!?何を…!言って……?」
突然構えていた盾を教授が下ろして焦ったが…その言葉の意味がすぐに理解出来た。
今、目の前で立ち上がった筈のイナガミは、天を見上げる姿でその場に立ったまま微動だにしない。先程まで闘争心を剥き出しにしていた目の前のモンスターから命の鼓動が失われていた。
「――――――こいつっ、死んでる…の?立ったまま?」
犬神家状態から解かれたリーナもイナガミの異変に気付いて矢を番えたまま様子を窺っている。
「ま、まさか…っ!?げ、ゲリョスみたいに死んだフリとかじゃ―――」
((っ!ありえるっ――――))
シアが何気なく呟いた一言に俺とリーナだけが緊張の面持ちで武器を向けようとするが―――
「…仮死状態…ではありませんね。こいつはたった今
おもむろに近づいた教授が剣を持った手で前脚に触れても、イナガミは何の反応も示さない。
―――あり得ないと思った。さっきまで俺が当てた攻撃には全く手応えを感じなかった。
普通のモンスターなら怯み、苦悶し、倒れ伏すほどの攻撃を、こいつはさっきまで涼しい顔で受けていた。…それがたった一度、転倒してフルボッコにされたから死んだって?
「…これは。…成程そういうことですか―――」
「教授…そいつは殆ど血を流していません。何が死因…トドメになったんですか…?」
「―――フフ、君の言うとおり。私の神封龍剣【絶一門】でいくら刻んでも、怯む素振りすら見せなかった。そんな相手が、どうして今この場で死んでしまったのか?それはですね――――――」
「「「そ、それは?(ごくり)」」」
俺、リーナ、シアの三人仲良く同時に同じ聞き返しをして緊張の面持ちで唾を飲み込んだ。
アーティア装備のヘルメットで覆われて表情までは見えないが、教授は肩を揺らして笑っていた。
「―――――――――
「「「………………huh?」」」
また三人揃って仲良く同じリアクションをしてしまう。コントやってんじゃねえんだぞ。
老衰?老衰ってアレだよな…年寄りが天国からのお迎えを感じてそのまま召されちゃうアレ…
確かにあれだよ。別名・雅翁龍だし、お年を召しているのはなんとなーく雰囲気からも分かるよ。だけど、これは無いだろ。うん、ないない。
だってよ、古龍なんだぜ?
俺達、特に俺は死ぬ覚悟でこいつとぶつかって何度も腹を竹でどつかれて意識を失いかけた。
さっきの睡眠ガスだってシアが叫んでいなけりゃ俺もリーナと仲良く地面とハグしてる。
それが、え、なに?老衰で死んだ?これで…終わり?
いやいやいやまさか!魑魅魍魎、モンスターの中でも常識外れの存在と恐れられる古龍だぜ?
今まで出会ってきたラオシャンロン、バルファルク、ベヒーモス、ゼノ・ジーヴァ。どいつもこいつも桁外れの強さで、しかもこの四体中、俺が独りで仕留められた奴は一体もいねえんだぞ。
「正確には老化したこの個体の急激な運動とダメージで内臓の一部に障害が発生して生命活動が停止したか、或いは脳に対するダメージが蓄積して機能が停止し、意識を失いそのまま―――」
もう教授の説明は俺達の耳に届いていなかった。
古龍が、このトータスで最も恐るべき敵と呼んで差し支えない筈の古龍がだぞ?
あり得ないって誰か言ってくれ、エヒトルジュエでも世界を滅ぼす厄災でも何でもいいから。
こんな、こんな――――――
「………え、えぇ~っと……か、狩ったぞー」
「…こんな…のって…」
俺の覚悟を返せイナガミ。
――――――暴走状態から覚醒したら敵が虫の息で、戦いに対する不完全燃焼みたいなジャンプの主人公が言ってそうな俺の叫び声が樹海に木霊する。まるで納得のいかない狩りの幕引きだった。
……というかよくよく考えたら、俺達は老衰で召される寸前の古龍に苦戦してたってのか?
死にかけでも古龍を倒した功績を誇ればいいのか、弱ってる相手に苦戦したことを恥じればいいのか、もう分かんねえよ……誰でもいいから、誰か教えてくれ。
明かされるなんか凄そうな過去!覚醒した主人公&ヒロインのスーパーパワー!
熱いバトルがいま始まる!―――筈でしたが、現実はそう上手くもいかない(※万策尽きた)
此処からハイテンポで帝国編とか王国編とか公国編とか戦争編とか書かなきゃ、完結があと何十年後になるか…下手すりゃありふれアニメのアフター編まで投稿続くかもしれませんよ(ありふれのアフターがアニメ化するかは別として)
感想、質問、ご指摘等お待ちしております。
立ち直ったついでに…
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本編の更新を鬼人化汁
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もっと投稿作品の数を増やして追い込め
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いっそリメイク
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イラストはどうした?