モンスターハンター・トータス2   作:綴れば名無し

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 アルフレリックを始め、各種族の代表がこれからの事を話している間より少し前。
アイリスは目の前で立ったまま絶命しているイナガミに、死してなお威厳のあるその姿に強さだけでなく誇り高さまで負けてしまっているような気がした。

(こいつと刺し違えるくらいな或いは…)

「……いや無理だな……今の私には」

 心の内に生じた「負けたくない」という意識が作ろうとした()()()()を彼女は自分で一蹴する。
イナガミを追い詰めたのは人間族のハンター達であり、自分が出来たことはたった一本の矢を当てただけ。万全で挑んだとしても勝てなかっただろう。

 アイリスは既にイナガミと戦う前から、明らかにイナガミより格下のモンスター相手に敗北している。自在に竹を生やす能力や他を圧倒する素早い身のこなしに翻弄され、あっさり殺されてしまう自分の姿が鮮明に思い浮かぶ。

「――――――ではありませんか!?」
「だが、掟を――――――」

(この声は…)

 ふと彼女の尖った耳は、遠く離れた木々の上にある一室で言い争う父と娘の声を拾った。
何を話しているのかはアイリスにも想像がつく。あのハンター達と帝国の人間達を呼んだアルテナの行いに対し、長老としての立場から叱責するアルフレリックと、一方で今回のことをきっかけに人間族との付き合い方を変えていきたいと考えるアルテナが言い争っているのだろう。

(…初めてかもしれんな、あの娘が父に向かって反抗する姿など)

 元々古い亜人族の考え方に疑問を抱いていたアルテナが、前の騒動から樹海の外の世界に対する興味・感心を強く持っていたことはアイリスも気づいていた。それはアイリス達の世代が抱く敵意や悪意ではなく、純粋な好奇心だということも。

(アルテナ。私はお前に……何かしてやれるだろうか)

 蝶よ花よと過保護に育ててきた娘が、自らの意志で変わろうとしている。
族長として、フェアベルゲンの秩序を維持する為に止めなければならなかった。
だが……母親としては娘の好奇心を応援したい気持ちもある。

(自ら戦い、戦士を率いることしかしてこなかった私がお前にしてやれること…)

 このまま黙ってアルテナだけがフェアベルゲンの掟に則って裁かれる…それを族長として頭では理解しても、心の奥ではなんとかしてあげたいと思っている。だが、それで掟を無視して勝手な振る舞いをすれば、種族の者達に示しがつかない。
アイリスは「悩むなんて、いつ以来だろうな…」と苦笑しながら考えを巡らせる。
そして数分の後、遠くから聞こえてくる獣の小さな遠吠えに閃きを得た。

「……!おいそこのお前、聞きたいことがある」
「は、はいっ族長ご命令でしょうか!?」

 呼び止められた森人の青年はまだ戦士として経験の浅い者だった。
目上の人にいきなり話しかけられてビクビクしながらも質問に答える。

「あぁ。……戦士団団長ゴートは何処にいる」
「狼人族のゴート団長…ですか?それならあっちの病室で…」
「ご苦労」

 部下の肩をポンと叩いて感謝を口にし、指差された病室へと大股歩きで向かっていく。
彼女が病室へ入ると、狼人族のゴートは怪我をした部下の見舞いに来ているようだった。
入ってきた彼女の足音に狼耳をぴこっと立てて振り返った彼は低い声で言葉を返す。

「…アイリスか。お互い死に損なったようだな」
「そのようだな。…そちらの損害は?」
「部下に調べさせている途中の報告だが、俺達の集落は建物だけ殆ど無事だった。お前らのところで何時までも世話になるのも悪いしな、今日中にでも動ける者は集落に帰還させる。……戦士階級の者は三割が死んだ。負傷した者達は……あのシラサキ・カオリと名乗った人間の小娘のお陰で助かったよ」

 ゴートの話を聞いて、アイリスは自分もその人物に助けられた一人だったことをふと思い出す。
華奢な見た目からは想像も出来ない、肝の据わった少女は、ずっと休まず亜人族の者達に治癒魔法をかけて集落中走り回っていたという話を小耳にさんでいる。

「…人間が亜人を助けるなど、考えたこともなかったな…」
「…俺はなアイリス…人間どころかあの忌み子にも、部下を含めて命救われてんだ」

 ゴートは森人族の集落に部下を連れて逃げる直前、山のような巨体を持つモンスターに襲われていたところをシアに助けられた話をアイリスにした。

「…処刑しようとした相手に命を救われる経験なんて初めてだぜ」
「…私はなゴート。これで()()()さ、亜人以外の誰かに救われるのは…」

 驚きの表情でアイリスをじっと見つめるゴートに、彼女は腰から短剣を取り出して見せつける。
鏃としてイナガミに放ったそれは彼女の手によって回収され血の汚れを拭きとってはいるものの、それとは別にかなり年季が入っていた。
亜人が使う武器ではないとゴートは一目見て気づく。

「…お前に話したいことがある。私の部屋に来い」
「………分かった」

(アルテナ、私は母親としてお前にしてやれることが思いつかない)

(だから…族長としてお前が背負う責任の重さを、私が出来るだけ取り去ろう)

 アイリスは今まで誰にも話したことのなかった己の過去をゴートに打ち明けた。
自分に族長として同朋達の上に立つ資格はないと語り、今回の一件を娘アルテナ一人の責任だけにはさせたくないという思いから、親として掟破りに相応しい追放の刑を自ら希望する。
ゴートは驚愕し、僅かな逡巡の後、子を思う親の愛情を理解し、後事を託された者として覚悟を決めて彼女の提案に頷いた。

―――これがハジメ達の前でアルフレリックによるアルテナの追放が言い渡される数分前の出来事である。祖父の説得の虚しく、アルテナとアイリス両名の追放が決まった。



戦士ではなく母として・大団円…とはいかず

 

「………」

「………」

「………」

 

 アプトノスの牽く荷馬車の集団が遠くフェアベルゲンを背にゲブルト村への道を進む。

荷物を置いてきて空っぽになった荷台には、疲れた様子の村人達が固まって休んでいた。

 

 帰りの先導も俺がするつもりだったが、アッシュと教授が先導を代わってくれた。

教授はあれだけ激しい戦いをした後だというのに、疲れの色をまったく見せず前を歩く。

アッシュは…集落で待機していただけで何もしていない―――誰もそんな風には思わないが、本人がそう思っているのだろう―――ことを気にして教授の後ろについていった。

 

 周囲の警戒はシグ達がやると言い、珍しくシグは文句の一つも言わずに黙々と動いている。

イナガミに敗れてから、どうにもアイツの様子が変だった。

いつものような憎まれ口を叩く元気もなく、ただ内にやりきれない怒りを抱えているように思えた。気持ちは分かるが、相手が古龍だったことを考えれば仕方のないことだろう。…なんて俺が言ってもキレられるだろうからな、そっとしておこう。

 

 そしてイナガミと戦った俺とシア、リーナの三人はというと…

 

(…ねぇハジメ君。気になって休めないんだけど…)

(言うな。俺だって気になって眠気も起きねえよ)

 

 リーナに突かれて肩越しにチラと後を向くと、そこには泣き腫らした顔で座り込むアルテナと彼女に寄り添うシア、そして…

 

「………」

 

 目を瞑り荷物を背に、堂々とした様子で座り込むアルテナの母親アイリスの姿があった。

追放された彼女も一先ずは事情を説明する為に村へと連れていく事となった。

 

 前みたく敵愾心を剥き出しにする様子はないが、こちらと馴れ合う様子もない。

或いは…一度つっけんどんな態度を取った相手に、どう接すればいいのか分からない…そんな風に内心困っているようにも見えた。

 

 だが俺達の緊張は杞憂だった。

休憩を終えて、全開とはいかないが動けるだけの体力を回復させた白崎が話しかける。

 

「アイリスさん…でしたっけ?改めてよろしくお願いしますね!」

「……ん、あ…あぁ…よろしく…シラサキ・カオリ」

「名前で呼んで貰って構いませんよ!私もアイリスさんのこと名前で呼びますし!」

「…そうか。では…カオリ」

「はいっ!アルテナちゃんもよろしくねっ!」

「は、はい…」

 

 アイリスさんもまさか話しかけてくるとは思っていなかったのか少し動揺していた。

更に白崎はアルテナにまで自己紹介をして友好の握手を交わそうとしてやがる。

空気を読まないのか、空気が読めないのか…どちらにせよ今までは俺にとって迷惑だった彼女の行動力が、ここにきて良い方向に使われていた。

 

(…白崎、お前マジですげぇよ…良い意味でも悪い意味でも、この重苦しい空気を一瞬で和らげやがった……お前本当の天職は”話術師”とかじゃないだろうな?)

 

「???私は治癒師だよ南雲くん」

 

 うん、知ってる。

そのお陰でフェアベルゲンの怪我人はかなり助けられたし、感謝している。

持ってきた回復薬と薬草を余らせて、使い方だけ教えて残りを森人の集落に置いてきたことも良い意味で予想外だった……それはそれとして―――

 

「…しれっと人の心読むんじゃねえよ!?」

「ハジメは思ってることがすぐ顔に出る。私でも今のは分かる」

 

 アレーティアまでそんなことを言ってきた。

なんで俺の関わった女性の心を読む率がこんなに高いんだ。

俺が天文学的な偶然の確率で読心術を持つ女性とばかり出会ってるの?

それとも俺の表情か、表情が誰でも分かるくらい超単純なのか?

つーか、そもそもな……

 

「分かられて堪るか。こっちは防具つけて顔隠してんだぞ」

「…隠してても分かる」

「ねっ!分かるよね?」

 

 やだ、この二人怖い妖怪?…とか思うだけでもマジでバレるし、怒られそうだから黙っておこうとそっぽを向いて誤魔化す。片方は妖怪ってか吸血鬼だけどなワハハ!

 

「…ごめん二人とも、私には分からないかな~」

「…分からんな」

 

 まともな答えを返してくれるのはリーナとアイリスさんだけか…

それが普通の反応なのに、なんか俺内心すげえホッとしてるんだけど。

 

「わ、私はなんとなくですが…」

「わっ私もですぅ」

 

 アルテナ、シア…お前ら分からないものを意地にでも分かろうとしてるだろ。

いや、普通に分からなくていいからね?俺の心読まないでお願いだから…

そんなやり取りをしていると、空が明るくなってきた。

まだ完全には見えないが遠くに樹海の出口が見えてくる。

微かにだが、村の中に設置された松明の匂いが漂って………

 

………いや、待て。

おかしくないか?

この距離で松明の…何かが焦げるような匂いがするのは…いくらなんでも変だぞ。

 

 俺の感じた違和感。

隣に座るリーナも困惑の表情を浮かべ、そして…先導していたアッシュが叫んだ。

 

「大変だ!!村で煙が上がってるっ!!」

 

「な…!?」

「どっ、どうしてっ」

「一体何が―――」

 

 考えるまでもなかった。

この騒動が起きる前に、湿地帯で誰と会ったのかを思い出せば、自然とその可能性が脳裏を過ぎる。

荷台から転げ落ちるように飛び降りて、一目散に先導していたアッシュを抜かして先へ走った。

 

(…清水…お前、まさかっ…)

 

 可能性は十分にあった。

だが、俺の甘さが…あいつでもそこまではしないだろう等という浅はかな決めつけが…

眼前に広がる荒れた村の姿が、最悪の事態が起こったことを物語る。

後ろから速度を上げて追いついてきた荷台の村の人達も、言葉が出なかった。

たった一夜の間に、あの賑わっていたゲブルト村は滅茶苦茶に荒らされていた。

 

 それから包帯を巻いた帝国兵のグリッドさん達に案内されて村長の家にまで向かった。

家の前で煙草を銜え、見た事のない威圧的なデザインのヘビィボウガンを背負い、赤いポニーテルの髪を朝の風に揺らめかせながら、アゥータさんが立っていた。

 

「よう。ハジメ」

「……アゥータさん、これは……」

()()()()()…なんだってな?あの魔人族と一緒にいた坊主は…」

 

 ()()()()()()()()()―――その一言だけで、地面に両膝をついてしまう。

 

(あいつが…こんな事を…………俺の…せいで…っ)

 

 ハルツィナ樹海の騒動が終わっても、一件落着の大団円とはいかなかった。

頭上に広がるのは青空ではなく……今の俺の心を映すような曇天が広がっていた。

 

 




 ハジメ君曇らせタイムよーいスタート

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