「この莫迦者が!!!」
「…そんなにキレんなよジジィ。らしくねえだろ」
避難場所から戻ってきたアボクは開口一番アゥータを怒鳴りつけた。
その怒号は建物の外を通りかかった村人達にも聞こえている。
初めて村長の怒ったところを見た村の子供達は、半泣きでその場から離れる。
「誰がハジメ君を責めろと言った!?彼が何をした!?彼らが襲ってきた理由があの子達にあるとして、それで彼らを責めれば壊れた村が元通りになると思うか!?」
「―――何をしたって?国の法律を破っただろうが!ジジィてめぇもな!村の連中もみんなバカだ!亜人なんざ放っときゃいいものを!お人好しで助けた結果が村はこのザマだ!」
「彼らを助けた事と村が襲われた事は別問題だ!話をすり替えるな!!」
「いいやすり替えちゃいないね!そもそも亜人族も神の使徒も受け入れるべきじゃなかったんだ!村民の中には余所者が増えたことで治安の悪化を懸念する声もあった!アンタはもっと少数の声に耳を傾けるべきだった!慎重に事を運ぶべきだったんだよ!」
「助けを乞う者に手を差し伸べて何が悪い!自分だけ助かろうとするような者が村の歯車として機能すると思うか!?お前こそいい加減に視野を広く持てないのか!?何故そうまでして外の者を遠ざけようとする!?村の発展には外のものを取り入れることが不可欠だと理解出来ぬ!?」
「それが早すぎるって言ってるんだよ!!大体アンタは―――」
この後、二人の言い争いは昼になるまで続いた。
そしてこの怒鳴り合いも、同じ建物にいる神の使徒達に届いている。
「………」
全てが終わった後、去っていったハジメの背中を見ることしか出来なかった愛子は、自身の不甲斐なさと無力に腹を立てることすら出来ず、ただ自分が悪いのだと責め続けて「ごめんなさい、ごめんなさい…」と呟き部屋の隅で膝を抱えて蹲っていた。
神の使徒達は、殆どが徹夜で疲労が限界に達して眠ってはいるものの…時折目を覚ましては聞こえてくる怒号に表情を曇らせて罪悪感を抱えながら目を閉じてを繰り返すばかり。
ただ一人…優花だけはこっそり部屋を抜け出してハジメのところへいっていた。
(ハジメ……)
さっきのやり取りで、彼が胸の内に抱えた苦しみは相当なものだった。
それは本来、自分が負うべきものだと優花は思っていた。
だけどハジメは優しいから、彼女の身を案じて自分一人で抱えようとしたのだろう。
(アンタ…自分で言ってたでしょ…一人で抱えるなって…なのにどうして―――)
どうして優花に言ったことと真逆のことをしようとしているのか。
そこまで自分を追い詰めて、無事でいられると思っているのか?
人間の心は脆い…それを優花は自分と向き合って嫌というほど理解した。
ハジメは酷い目に遭い続けて、自分が強くなったと思い込んでいる。
だが、実際はその心についた傷が癒えている訳ではなく…
一度壊れかかった心を、別のもので縛って壊れてないように見せかけているだけだ。
「―――優花さん」
「っシア!…と、貴女は…」
「アルテナ=ハイピストと申します」
優花は初めて見る森人の姿に驚きながら、彼女らがハジメのマイハウスの前で突っ立ったまま俯いている様子から尋常じゃない雰囲気を感じ取った。
「…何があったの?ハジメは―――」
「家に入っていきました…でも…」
「暫く独りにさせて欲しいと…」
優花は嫌な予感がして、二人に「ついてきて」と言いマイハウスの扉を開けた。
扉を開けた先の光景に、三人は悲鳴を上げる事となる。
「――――――お前達が出ていって一時間もしない内に、奴らは襲ってきた」
アゥータさんが語る、俺達がいなかった間に起きたゲブルト村が襲撃された一夜。
いくつもの家屋が破壊され、畑の作物は踏み荒らされて、村の至るところに襲撃してきたモンスターや生き物の死骸が転がっている。
(―――俺のせいだ。俺が、あいつをあの場で捕まえるか追い返していたら、こんな事には―――なんで俺は、恩人に恩を返すどころか迷惑が掛かるようなことばかり―――)
胸の奥がズキズキと痛む…
言葉にならない感情を、息として吐き出すことすら今の俺には許されない。
彼が煙を深く吸い込んで吐き出す姿は、抑えた怒りを紛らわそうとしているように見えた。
「幸い死人は出ちゃいねえ。怪我人は山ほどいるが、二~三日もありゃ治るような怪我が殆どだ。……けどよ……
「………」
何も言えない。
弁明の余地すら俺には与えられなくて当然だ。
「―――何か、言いてえことはあるか南雲ハジメ」
「ッ………」
喉の奥が言葉を吐き出そうとして、見えない何かに引き止められる。
そんな言葉で本当にいいのか?この人が何を言って欲しいのか、ちゃんと俺は理解しているのか?
もう俺は何が正しいことなのか分からなくなってきた。
亜人族を助けたことが、友情を優先した俺の浅はかな行動が、こんな惨状を招いた。
たかが少し強くなったくらいで浮かれた結果がこの有様だ。
自分が何でもできるヒーローとでも思っていたのか…
オタクで、バカで、無能で…そんな風に罵倒されていた俺が何かを成そうなんて思い上がって、情に絆されて自己満足の正義に酔ったからこんなことに―――
「まっ…待って…ください」
突然、背後の建物から現れた畑山先生が震える足取りでアゥータと俺の間に割って入った。
…何を言おうとしてるのか大方の予想はついている。
だが、今の俺には先生の言葉を遮ることすら出来なかった。
「どうか、どうか南雲くんを責めないであげてください…!清水くんのしたことは、全部…全部私が悪いんです…村が滅茶苦茶になったのも、大勢の人が怪我をしたのも全部私の責任で…」
「―――そうだ、全部
「っ…わ、私を―――」
やめてくれ、先生…あんたが罰を受けてどうこうなるレベルの話じゃない。
そもそも俺がこの村に関わろうとさえしなければ良かったんだ。
俺が村を離れた時に関わりを絶っていたら、トレイシーさんがこの村に神の使徒を連れてこようなんて考えなかった筈なんだ。
「まさかあんたを罰した程度で済む話だと思ってるんじゃないよな?そもそも…だ。そんな話を俺にしたって意味ない。あんた等に罪があるかどうか、それを決めるのはこの国の法であり、この国を治める人達のすることだ」
「―――アゥータさんの言う通りです。先生、今回の件は貴女だけの責任で済む話じゃない―――アゥータさん。俺達が法に則って裁かれることは当然です。だけど…それとは別に…貴方の怒りをぶつけてください。貴方にはその権利がある……どんな事でも受け入れます」
「南雲くんっ…」
「―――いい覚悟だ」
その言葉と同時にアゥータさんは先生を片手で押しのけ、俺の前に立ち―――
―――ゴッ!
「―――が、ぁっ…ぐっ!」
鈍い痛み、防具を貫通してめり込んだ拳が頬を抉る。
殴られたと認識した時にその場で手をつくこともせず地面へと倒れ込んだ。
「今の一発は、村を滅茶苦茶にしたお前のダチにやる分だ」
「…はい」
立ち上がると、殴られた衝撃で鼻から血が滲んでいることに気がついた。
だが今の俺にはそれを拭う権利すら与えられない。
これは俺に対する罰であり、俺自身への戒めだ。
アゥータさんから放たれた二発目の拳は、顔ではなく鳩尾に突き刺さる。
―――ドグッ!
「うっ…!?」
「こいつはダチの為にと、村を巻き込んでバカやったお前に対してだ」
口の中に溜まった唾も喉奥にこみ上げた胃液も纏めて吐いてしまいたかった。
苦くて気持ちの悪い粘液を、啜った鼻血ごと無理やり飲み込んだ。
「―――もうやめてっ!!」
「…っ…ゆぅ…かっ」
また割って入ってきた…今度は優花だった。
震える足で、拳を振りかぶったアゥータさんの前に立って彼女は懇願する。
「ハジメだけの責任じゃないっ。殴られるなら、私をっ―――」
「悪いな嬢ちゃん。俺は女を殴る拳を持ち合わせちゃいない」
一瞬、本当に彼女が殴られるんじゃないかと焦ったがそうはならなかった。
…少しだけ安心して、俺は優花の肩を掴んで無理やり押しのけながら口を開く。
「優花、退いてくれ。…今回のことは俺が悪いんだ…いや今回のことだけじゃない。この村が襲われる前から…神の使徒が連れて来られる原因となったのは…俺だ」
…優花にも先生にも…これ以上、負担をかけさせてはいけない。
俺なら…いや俺こそが背負うべきなんだ。
もう散々苦しい目に遭ってきたから、これは俺が…
そう思っていても、優花は必死に首を横に振って俺を庇おうとする。
「分かってるっ!でもっ…元はと言えば私達が、アンタと清水のことを虐めたから…!」
「俺達の問題に、この村の人達は関係ない。……関係……なかったんだ。それなのに俺が…俺なんかが…村の人達に助けられて、優しくされて…勘違いしたから…」
俺が運ばれてきたことを百歩譲って仕方のないことだったとしても、優花と一緒に村を出る時点で関係を絶つべきだったんだ。
この人にとって俺は、俺達は……異世界から来た
「………」
不意にアゥータさんの表情が歪んだ気がした、少しだけ悲しそうな風に。
――――――きっとそれは俺の見間違いだろう。
まだ何か言おうとする優花を先生の方へと押しのけてまっすぐ彼を見据える。
「…この村に連れてこられた神の使徒の数。…今回の騒動で怪我をした人の数。その合計分、俺を殴る蹴る締め上げる…どんな目に遭わせてもらっても構いません」
「南雲っ」「南雲くん…!」
「その必要はないよハジメ君。アゥータ、お前もそこまでだ」
―――突如響き渡った声はアボク村長のものだった。
振り返るとそこには…見た事ない怒りの形相を浮かべる村長がいた。
あの温和で誰に対しても優しかった村長が、アゥータさんに怒りを向けている。
「ハジメ君、樹海でのことは彼女達から聞いたよ。…よく頑張ったね。あとの事は私達に任せて、家に戻って少し休むといい」
「…村長…でも、俺は―――」
村長は俺に対して優しく微笑んでいるが、それをあっさり受け入れて良い筈がない。
この人だって、大事な村を滅茶苦茶にされて怒ってる筈なのに…
本当なら俺は今すぐ追い出されてもおかしくないのに…どうして村長は…
「―――ハジメ君。
「っ……はい」
有無を言わさない村長の言葉に頷いて、マイハウスに戻るしか選択肢はなかった。
去り際に建物の中から俺を見るクラスメイト達の不安そうな表情が気になった。
けれど…今はもう何も考えたくない…無言でその場から立ち去った。
「っ!!ハジメさん、その顔っ…」
「ハジメ様っ!?」
駆け寄ってきたシアとアルテナが心配そうに覗き込んでくるが、何も言いたくなかった。
…彼女達のせいじゃない。シアにその責任を負わせるつもりはないし、アルテナだって助かりたい一心で俺達を頼っただけだ。だから…
「ごめん二人とも…今は…一人にしてくれないか」
会話を無理やり遮ってマイハウスの扉を閉める。
鍵をかけようかとも思ったが、まだ外にいるアレーティアが入れなくなって困るだろうと思い止まり、防具を脱いで武器と一緒に無造作にアイテムボックスへと放り込む。
それから、言われた通りにベッドで横になろうとしたが駄目だった。
(…休む権利なんか…俺にあるのか…?建物を壊された人たちは眠る場所すらないのに…?彼らをそんな目に遭わせたのは――――――誰だ?)
俺の心が横になることを、休むことを許さないと言っている。
だけど村長の言ったことを守らないのも、許さないと言う。
ふらふらと覚束ない足取りで台所の水桶の前に立つ。
…最初は”錬成”で地面に穴でも掘って、その中で済ませようかと思った。
だが今の俺は”錬成”を発動させる気力すら起きない。
だから手っ取り早く、誰にも心配させないよう、聞かれぬよう―――
俺は桶の中に入った水へ顔を突っ込んで溜め込んでいたものを吐き出した。
「
(俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ!!)
清水が全て悪いなんて思わない。あいつの取った行動は許せないが、そもそもあいつがそうなったのはクラスの奴らが原因だ。
クラスの奴らに復讐をする権利が清水にはある。
それは理解出来る…だけど……今、この瞬間だけは……
商業都市であいつと再会した小一時間にも満たない会話の中で芽生えた奇妙な友情よりも―――
(次に会ったら…お前を捕まえるより先に殺すかもしれないな。……そうなったらその時は、お前ひとりで先に死なせたりはしねえよ……全部片づけて俺も―――)
――――――自分自身と、あいつに対する殺意が上回っていた。
数行で分かる、それぞれの心中
アゥータ兄貴「村が滅茶苦茶、よそ者絶許。とりま元凶殴らせろ(ブチギレ)」
村長「村長でもねえのに勝手なことすんなバカ孫(ガチギレ)」
先生「私のせいですごめんなさいもう殺して下さい(ガチ鬱)」
ハジメ「俺のせいだ。世界を救って清水を殺した後で俺も死ぬ(病み)」
ちなみに次回の内容を一行だけチラ見せ
バーサーカー治癒娘「ふぁ!?みんな落ち込んでるやんけ!慰めなきゃ…(使命感)」
色んな意味で強い(確信)
感想、質問、ご指摘等お待ちしております。
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