アボクとアゥータ、2人が言い争っている間に村の人達は動き出していた。
「建物が壊れた人達は、近くの家に泊めてもらいな!外から来た人達はハンターの集会所に空き部屋があるか今、職員に調べさせてるから!そこを使って頂戴な!―――みんなーっ瓦礫の撤去は昼からやるよー!」
「はいはい男衆~倒れた家具を直して頂戴ー!」
「へーい」
「子供達はウチの雑貨屋で休みなさい。商品は殆ど外に出してあるから、邪魔なものはどんどん退かして構わないよ!」
「はーいっ」
「兎人族の者は全員がいるか確かめろー!それぞれの家長は私のところへ報告に来るんだ!」
「はい族長!」
「にゃーっぐるにゃあ!(ボクらは集落の中に散らばった死骸を片付けよー!)」
「にゃーぃ…(気が滅入るなぁ…)」
「ニャッ!フーッ!(コラ!村の為に働くんだから文句言うな!)」
「ぐぎゃぎゃ!ぎゃーっ!(オレ達が南側の見回りをしておくぞ!)」
「にゃーぉーん(
農場長のニッカが手を叩いて促すと、村民たちは各々の持ち場へ向かう。
外から来た商人や旅行者は彼らに悲壮感が漂っていない異様な光景に目を丸くしながらも、言われるがまま集会所へと無事だった荷物を抱えて歩き出す。
ハルツィナ樹海から騒動を知って駆け足で戻ってきた村人達も一斉に動く中、香織は村人達のタフさに感心しながらアレーティアとアイリスの三人で、これからどうするかを相談していた。
「うーん…見た感じ怪我人もたくさんいるみたいだし…私はとりあえず治療をして回ろうかな!その後は……あっ、そうだ!クラスの子達に会いにいかなきゃ!」
「私はひとまずハジメのところに行く。…アイリス、貴女は?」
「…私はこの村の村長に会って話す…助けてくれた礼もまだ言っていないからな」
「…さっき怒鳴り合ってたうちの1人が村長。…話が出来ると思う?」
「待つ間、話す内容を整理しておくつもりだ」
「それじゃあ2人とはここで一旦お別れだね!また後で!!」
村長宅で聞こえる怒鳴り合いの前で足を止めて静かに待つアイリス、ハジメのマイハウスに小走りで向かっていくアレーティア、二人を見送ってから香織は疲れの声を上げる自身の体に気合を入れようとバシン!と頬を叩く。
「よーし!頑張るぞーっ!!」
香織は真っ先にアイテム夫婦のところへ話を聞きにいった。
2人から話を聞いて、騒ぎの中で転んだりして怪我をした子供達がいたことを知り、彼女はその子達の下へいって治癒を施す。
アレーティアから教わった魔法の無詠唱発動を、しっかりと実践しながら。
「―――わぁ痛くない!ありがとうお姉ちゃん!」
「うん、よかった!…でもまだ無理に走り回ったりしちゃダメだからね?ニ、三日は安静にして。きちんとご飯を食べてよく寝ること!」
「はーい!」
膝を擦りむいた子供の治癒を最後に、香織はアイテム夫婦に怪我人のいる場所を聞く。
2人は子供が夜通し働いてることに心配していた。子供達と一緒に休んでいくことを提案したが、彼女は首を横に振ってそれを断る。
「これからお世話になる村の人達の為に、少しでも力になりたいんです!」
そう言い残して聞き出した怪我人のいる場所へと駆けていく香織。
樹海から戻って1時間程度、村の中を駆けまわって彼女は怪我人をほぼ完治に近い状態にまで持っていき、達成感で心中をいっぱいにしながらクラスメイトの待つ村長宅へ戻った。
「―――私が裁かれることで全て―――」
「アンタ正気か?どんな目に遭わされると―――」
「―――皇帝陛下にお目通しが叶うかどうか―――」
(あっ、アイリスさんと村長さん達が話してる…ただいまの挨拶は後にしようかな?)
建物に入る前から怒鳴り声は聞こえてこなかったが、また別の話が始まっていた。
奥で何やら深刻そうな話をしていると空気を察して香織は部屋に向かう。
扉を開けて中に入ると何人かが起きていて、半数は眠りについている。
起きていた永山重吾が閉じかけていた目を開いて安心した表情を浮かべた。
「…っ白崎。無事に戻って来たんだな」
「うん。みんなは…えっと無事…だったのかな?」
「無事…とは言い難いな。……お前にどう説明したらいいんだろうな―――」
記憶が失っている香織は勿論、清水幸利のことを覚えていないし元々接点がなかった。
重吾は幸利がハジメ同様に虐められていたこと、それから魔人族の側についてクラスメイトに復讐しようとしていることを掻い摘んで説明した。
まだ起きている生徒…勇者パーティーの坂上龍太郎と谷口鈴、愛ちゃん護衛隊の玉井、相川、仁村の5人は暗い表情で俯く。
「あいつは――――――俺達を殺すつもりだった」
「…そっか」
どんな少年だったのか、香織の記憶には残っていないが彼の口ぶりからこの場にいるほとんどの者とも裏切る前から接点がなかったのだろう。
何かしら因縁があって恨まれているのなら、それを解消して彼に誠心誠意謝って納得するまで償えば許される可能性があったかもしれない。
だが既にその可能性は向こうから断ち切られ、残すのは黙って彼に殺されるか、或いは―――
「…ちょっとキツいこと言っちゃうかもしれないけれど…そうやって暗い顔しても誰も助けてなんてくれないよ?」
「っ…かおりん…」
「おい白崎、それはお前―――」
「待って、最後まで言わせて。……えっとさ、この間の生き物を殺した時の様子から思ってたことなんだけど。―――この世界は
「「「「っ……!」」」」」
香織の真っ直ぐな目は驚愕で目を見開いた全員の心を声音で優しく撫でるように、言葉で刺すような痛みを突きつけた。
「私達が動物を殺してお肉を食べる。違う国の人同士が理由をつけて争う。それって要は
「どうするって…まさか―――」
「殺せってのか…!?ダチじゃなくても、同じ学校に通ってた奴を―――」
「かおりん!そんなこと―――」
「違う違う!そうやって早合点しないで!?―――うーん、みんな殺されたくなかったら
彼女の言っていることはまさに正論だった。
殺意をもって襲ってくる相手に言葉は届かない。自分達に相手を殺す覚悟がないというのであれば、残された手段は生きるために逃げ隠れをするくらいしかないのだ。
「俺は……そんな簡単に割り切れねえよ……」
「……けど……確かにお前の言う通りだな」
「っ!………うぅ」
龍太郎は片方しかない腕で額に手を当て苦悶し、重吾は苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべながらも落ち込むことを止めようと決心し、鈴は何かを言おうとして言葉に詰まり黙って目を瞑る。
「―――私は私の言ってることが間違ってないと、信じたいから」
香織はそれぞれの反応を見ながら「あぁ…きっと皆の反応が普通で、私がおかしいんだろうな」と自覚しながらも、彼らがこのままではダメになると思ったから敢えて厳しい言葉を投げかけた。
「ぅ…ぁっ…うぅ……~っ!」
―――薄い木の壁越しに、会話を聞いていた愛子も嗚咽を押し殺して蹲る。
本来なら自分がその答えに辿り着かなければならない筈なのに、また彼女は自分が守るべき子供達に、何もしてあげられなかったことを悔いた。
「………」
その時、彼女の部屋の扉に手をかけて入ろうとしていた青年は先ほどまでの怒り荒ぶる様子から一転して、悲痛な面持ちで俯き、何も言わずにそっと扉から手を離して部屋から離れていった。
「………」
―――どれくらい、経ったのだろう。
桶の水に顔を突っ込んでから、ふっと力が抜ける瞬間まで叫び続けてから何秒、何十秒、何分経ったのか…時間の感覚が曖昧になっていた。
酸素を吸えない息苦しさは感じない。
水中での活動訓練を受けていたから、動き回らなければ20分程度は余裕だった。
(…少し、頭が冷えた。……冷静に物事を見れるようになった……気がする)
幸利はまだ生きている。クラスの奴らも誰一人として殺されていない。そして俺があいつの立場なら、誰も殺さずに一度失敗した程度で諦めるとは考えない。
すぐにではなく、時機を見定めて仕掛ける筈だ。
今度はより苛烈に、命を賭けて掛かってくるだろう。
「
口から吐いた泡の音に混じって何か聞こえた気がする…けど気のせいだろう。
襲ってくるとするなら、次はいつだ…?敵の数は?戦力は?どうやって?
その時俺はどうしたらっ――――――!?
「ハジメっ!ダメッ!!」
「ハジメさん!やめてくださいっ!」
「ハジメ様っ!!!」
「ぶふ、ぶ―――ぶぁっげほっ!?いっ…つっ……!?」
突然、肩と両腕を掴まれて水中から引き上げられた。
後ろに引っ張られる勢いのまま床に後頭部を打ちつけた痛みで目を瞑った。
それから水に濡れたままの視界にぼんやり映り込んだのは―――
「…優花?それにシア、アルテナ…」
「あんたっ…!
胸倉を掴まれて、ぐいっと顔を寄せてきた優花に涙目で怒られる。
桶から離れた両手をシアとアルテナがそれぞれ握っており、2人も泣いていた。
…突然のことで言葉を失ったが、彼女の言った一言で全てを把握した。
恐らく彼女達は俺が水桶に顔を突っ込んで入水自殺でもしようとしていたと勘違いしていたのだろう…流石にそんな事はしない。……多分、いやうん……可能性がないとは言い切れないけど……
「―――落ち着け3人とも。別に自殺しようとか思ってたわけじゃない。ただ、独りで色々やりたいことがあったから頭を冷やしただけだ」
「嘘ですっ!!私達に1人にしてくれと言ってからずっと物音は一つしませんでした!ハジメ様はずっと桶に顔を沈めていたのでしょう!?そんな長い時間、止めていたのだとしたら…それはっ―――!」
「いやそれくらい息止められるんだよ。シア、お前なら分かって―――」
「分かってますっ!!でもっ…でも今のハジメさんはっ……!」
…まずい、3人がマジ泣きする10秒前みたいな顔になってる。
幸利のことを考えていたかったが、とりあえずこの場を収めないと…!
「…ゆ、優花。その…本当に俺は―――」
「私…前に言ったよね?ハジメにもクラスの皆にも、清水にも、危ない目に遭って欲しくないって…!それなのにっ…」
その言葉で商業都市フューレンでのやりとりを思い出す。
思えばあの時、俺がぶん殴ってでも幸利を止めていれば…
そんなことを考えて表情が強張り、それを見た3人の顔が酷く歪んで慌てて取り繕う。
「いや、だから落ち着けって!俺は別に―――」
「そうやって私の前で平気なフリして、また1人になったら抱え込むんでしょう!?私みたいにっ…ううん、私よりもずっと重く…!」
なんとかしないと…そう思った俺の努力も虚しく3人の涙腺が決壊した。
胸元に顔を埋めて泣き出す優花、その場でへたり込んで声を上げながら泣くアルテナ、声を上げないが涙をボロボロ零すシア。3人の泣いている姿を見て、胸の奥がかつてないほど痛みを訴えた。
彼女達を泣かせるなと…心の中の自分が自分に憤っている。
(分かってる!!だけど、今の俺にはどうすることも……っ)
「ただいま。――――――ハジメ、この状況は…なに?」
マイハウスの玄関扉が開く音と共に入ってきたのはアレーティアだった。
この瞬間、俺は彼女に縋るしかないと思ってすぐに声をかけた。
「アレーティア頼む、3人に説明してくれ!俺がその…色々あって桶の水に顔を突っ込んでたら、3人とも俺が自殺しようとしてたって勘違いして―――」
「…ん、大体状況は把握できた。3人とも落ち着いて」
少々強引かもしれないが、俺にしがみ付いて泣く3人をアレーティアに引き剥がして貰うつもりでいた。だが彼女は倒れたままの俺は放置して、泣いている3人の近くでそっと屈み、3人の頭を順番に撫で始めた。
「大丈夫、大丈夫だから」
「うわあぁぁ~ん!アレーティアさぁん!」
「アレーティア様ぁ~!ハジメ様が~!」
「ひっぐっ!ぐすっ!ふええん!」
(……俺は何やってんだ。……数分前の俺の大馬鹿野郎)
それから暫くして、泣き止んだ3人はゆっくりと俺から離れていった。
3人を椅子に座らせて、お茶を淹れようとしたがアレーティアに止められる。
また俺が3人から離れて何かするんじゃないかと誤解されるのを防ぐ為だと言われて「そんな事はしない!」と言い返したかったが、説得力がないと自分でも思い、静かに彼女達と向き合う形で椅子に座った。
「――――――それで何があったの?」
「それは―――「待ってハジメ。村にいたのはアタシだけだから、アタシが話す」優花…」
優花は俺達がいない間にゲブルト村で起こっていたことを話し始めた。
それはアゥータさんから聞いていたことと殆ど同じだが、幸利が言っていたことや畑山先生を狙ったこと等、細かいことが優花の口から語られる。
頭の中にその場面が浮かび上がる度に、罪悪感で押し潰されそうだった。
「…私が…シア様とハジメ様に助けを求めなければ…」
「っ!そんなっ、アルテナさんは悪くありませんっ!それなら私が我儘言って、村の人達まで巻き込んだから…!魔人族のことだって、もしかしたら私が―――」
「…2人とも悪くない。元はと言えば俺が全ての元凶だと―――」
「そんな訳ないでしょ!?ハジメはシアさんとアルテナさんを助けようとしただけで村が襲われた原因は私達よ!…そもそも私がこの村に運ばれてこなければこんな事には―――」
「……4人とも過剰な自責思考に陥ってる。一旦冷静になって」
アレーティアに言われて、それぞれが顔を見合わせてまた黙り込んだ。
過剰な自責思考…か…言われれば確かにそうかもしれないが、そうしなければ心の平静を保てない。
「ハジメ、それは平静を保ってるとは言わない。ただ平静を保とうとして自分を余計に追いつめてるだけ。それは止めた方がいい。心を壊すだけ」
「…っ分かって―――「分かってない。今、自分が冷静じゃないって自覚して」っ!」
考えてることを読まれて、いつもなら軽く「心を読むな~!」と返すのに、カッとなって言い返そうとしたことに気がついてますます自分が嫌になる。
アレーティアの赤い目が、心の奥底まで見通しているような気がして怖かった。
「…悪い。冷静じゃ…なかった」
「ん、大丈夫。謝れるなら、まだハジメは大丈夫…」
「アレーティア…」
彼女の小さな手が、俺の髪を優しく撫でる。
泣いていた3人を泣き止ませた時と同じように、ゆっくりと…ゆっくりと…
その声音は小柄な姿からは想像も出来ないほど母性的な優しさに満ちていた。
「―――なぁ、アレーティア。…今回の一件は…誰が悪いんだ」
……卑怯だと我ながら思った。
自分を責める理由がないアレーティアに、問題の答えを尋ねた自分が。
本当に少し冷静になってから考えて…俺を含めシア達は正しい答えを口には出せないと思った。だから彼女なら答えられるだろうと俺は問いかけた。
「…誰も悪くない」
「……それは―――」
「自分が悪いと思うのは疚しい行いをしたから。…ハジメはアルテナ達を助けたことが間違ってたと思う?シアはアルテナ達を助けなければ良かったと思う?アルテナと優花は自分が助かりたくなかった?」
「「「「っ…!!!」」」」
アレーティアの聞き方は、少し狡いかもしれないがストンと胸に落ちる言葉だった。
俺はアルテナを助けたことが間違いだったとは思わない。
シアは首を横に振っていた。
アルテナと優花も同じ反応をして、アレーティアは満足そうに微笑む。
「なら、それが答え。起きてしまった事に嘆くよりも、自分が成し遂げたことに胸を張って」
―――まだ心の中が完全に拭い切れたわけじゃない。
けれども、アレーティアの言葉に俺達はどこか…救われたような気がした。
それから今度こそ俺は4人を説得して自室へと戻った。
また1人になると、罪悪感がどっと押し寄せて来るが…
(…休もう…村長の言ったとおり…少し………少しだけ……疲れた)
同時に睡魔が襲ってきて、瞼が落ちると同時に意識は夢の中へと旅立っていた。
そりゃあ目の前で好きな男の子が水に顔突っ込んだまま微動だにしない立ち姿とか完全にそっち(自殺)を考えちゃうよね……
鬱クラッシャーと化した記憶喪失系ガールこと覚悟ガンギマリ白崎さんと、300年以上の孤独体験は伊達じゃない年長者の貫禄アレーティアさん…
メンタルズタボロメンバーを救えるのはお前達しかいない!
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