「そうだ。この村の襲撃で受けた被害、村人の負傷……全ては不肖の娘が村の者に助けを求めたことが発端だ。親として、族長として私が罰を受ける」
村長宅の一室、つい先ほどまで怒鳴り合っていた2人が並んで座った先で、立ったまま荷物を机に置いて中身をぶちまけながらアイリスは樹海でのことを話していた。
荷物の中は殆ど彼女の私物である短剣や弓、矢の材料が大半だったが一部は彼女個人の資産である宝石や装飾品の類であり、売ればかなりの高値になることは素人でも分かる代物である。
「…これは私達に渡すよりも、皇帝陛下に献上するものでしょう。アイリス殿」
「否。これを売った金で村の壊れた物品の補填に充ててくれ。帝国皇帝への捧げものは……言うまでもなく私自身だ。奴隷として、実験体として、道具として好きに消費して貰って構わない」
「…奴隷制は既に廃止されております。そのように大切なお体を粗末に扱うようなことは、あまり褒められたことではありません。…貴女には娘もいるでしょうに…」
「それこそ否だアボク村長。あれと私との縁は既にあってないようなもの。私は亜人族の代表として、相互不可侵の条約を破った罰は私が裁かれることで罪を償う。…そしてこの宝石類を皇帝に献上したとて、罪の清算にはならんことくらい私でも分かる。…貴殿もそう思っているのだろう?」
声をかけられてアゥータは彼女の呼び方が変わっていることに少々違和感を感じながらも「まぁな」と返事だけして懐から煙草を銜え、さっと火を点けて一服する。
「ふぅ~……しかしアンタ正気か?アンタが、今の話そのまま皇帝に伝えたら、どんな目に遭わされると思う?とてもじゃないが、生きることより死ぬことを選ぶくらい散々な目に遭わされるぜアンタ」
脅しにも聞こえるその言葉を白煙と共に当てられたアイリスは嫌な顔一つせずに彼の目を見返して「それでも、罰は罰だ」と言い切った。アボクが咳払いをして話す。
「…彼奴の言葉が全てその通りとは思わんが、そもそも皇帝陛下にお目通しが叶うかどうか…貴女は知らないだろうが、いま帝国は村や町を自由に行き来出来ないのだよ」
三国会議で行われた
アイリスはそこで初めて衝撃を受けた表情で「そんな事が…」と考える素振りをしたが、それでも意思は変わらなかった。
どうしたものかと2人が困り果てていた次の瞬間、フッと部屋の中の明かりが消えた。
「「「っ!?」」」
「村長殿、辺境最優殿。其方は…森人の族長アイリス・ハイピスト殿とお見受けします」
「お三方、どうかお静かに」
「我ら皇女殿下の影。殿下の命により馳せ参じました」
突然、音もなく部屋の中に現れた黒衣を纏った3人組。
只の村長は仕方ないとはいえ、アゥータとアイリスは内心焦っていた。
(…参ったな。侵入を見逃すとはね…衰えたな)
(馬鹿な…扉に一番近い私が、入ってくる気配にすら気づかなかった…だと!?)
「今回の騒動。既に殿下のお耳に届いております」
「ですが詳細は未だ我らも知り得ません」
「故にお三方には事の全てを話して頂きます」
昼間とはいえ部屋の中はほぼ暗闇に近く、壁や天井の間から微かな外の光が差し込む程度。
その中に在って皇女の影達は口を開いている間以外、存在を認識出来るかギリギリの気配しか漂わせず、立ち姿に一切の隙がなかった。
「む、うむ……分かった。村での騒動は私から話そう」
「では樹海の一件を、アイリス・ハイピスト様に」
「…承知した」
それから数分、アボクはハジメから聞いていた話を基に襲撃が起きた当時のことを話した。アゥータも実際に戦った幸利と魔人族の少女の特徴を覚えている限り話した。
アイリスは樹海で起こった異変、その元凶たる古龍イナガミを討伐したハンター達の働きと、亜人族を助ける為に現れたゲブルト村の住民達の話を全て話した。
「ご協力に感謝致します」
「皆様の処遇は数日中に伝えられるでしょう」
「どうぞそれまでは村の中に留まりますよう」
「「「我ら影は、皆様を見ております故…」」」
―――消えていた部屋の明かりが点いて、冷え込んだ空気がぼうっと温かくなった。
アボクは緊張を解いて長く息を吐きながら椅子に深く寄り掛かる。
アゥータは煙草に再び火を点けようとしたが、中々うまくいかず「外に出る」と言い残して部屋を出ていった。
(…帝国にあれほどの者がいたのか…)
戦士としてアイリスの直感が告げていた。
あの3人と真正面から戦えば負けはしないが、苦戦は免れない。
そして…それ以外では、決して自分が勝てない相手だと。
*
(チッ…もう残りが…買い溜めしておかねえとな…)
アゥータの煙草は昔から吸っているものではなく、数年前から吸い始めたものだった。
ある事をきっかけに1人でハンターとして活動するようになってから、以前のような気持ちの整理がつけられない時に吸い始めたことがきっかけで、それ以来手放せなくなっていた。
「……っ?」
不意に話し合う声が聞こえて彼が足を止めると、そこは神の使徒達に村長が用意した居室の前だった。扉の前に立つと、中から1人の少女と他の者達が言い合う会話が聞こえた。
(…こんなガキ共、どこで殺されて死のうが知ったこっちゃねえよ…こっちは―――)
そう思っていると、今度は隣の部屋から微かにすすり泣く声がした。
アゥータが扉に手をかけて開けようとした次の瞬間――――――
「私は私の言っていることが間違ってないと、信じたいから…」
(っ!!!!)
過去の記憶がフラッシュバックする。
落陽の墓地で、あの人の最期に立ち会うことすら出来なかった彼が、あの人の死は自分のせいだと言い切った彼女の前で言った無責任な言葉と、突きつけられた憎悪にも似た声が頭に響いて、背筋がぞっとした。
「…ぅ、ぁっ…」
そして…奇しくも部屋の中で泣いている愛子の姿と、自分が重なったような気がして、アゥータは眉間に皺を寄せながら小走りでその場を立ち去った。
「――――――南雲ハジメ様とお見受けします」
「っ!!」
「どうかお静かに、我々は貴方の敵ではありません」
「我ら皇女殿下の影。殿下の命により馳せ参じました」
眠りから覚めてすぐに眼前に見知らぬ黒衣の3人組が立っていることに驚いたが、声を上げるより先に素早く動いた一人の手によって口を封じられる。
トレイシーさんの…?部下…なのだろうか…
警戒を解いて、彼女らの言葉に頷くと手が退かされた。
「此度、ハルツィナ樹海とこの村で起きた騒動について」
「我らが皇女殿下より調査を命じられております」
「つきましては、古龍を討伐したハンターの1人であり殿下とも既知の間柄である貴方にお話を伺いたく…」
「…分かりました。でも、俺が話せることはそんなに―――」
「どのような細かいことであれ、私情を交えたものであれ構いません」
「我らは貴方の言葉をそのまま殿下へとお伝えするだけ」
「それが我らの役目に御座いますれば…ご理解いただきたく」
「……それじゃあ、えっと――――――」
事の発端。
そもそもが湿地帯で魔人族と一緒にいた幸利に出会ったことが始まりだった。
それから村の近くで森人族の死体が見つかって、その調査のために俺はシアと樹海へ向かい、そこで森人族のアルテナと再会して、ハルツィナ樹海に起こった異変…後に古龍イナガミの仕業とされたフェアドレン水晶の力が失われたことでフェアベルゲンがモンスター達の襲撃を受けたこと、彼らを助けるためにシアが1人集落に残って奮闘している間に、俺が村の人達に協力を仰いでフェアベルゲンに向かい、その後イナガミと戦っていた教授達と合流してイナガミを倒すも、戻ってきたら村が幸利と魔人族によって襲撃を受けていたことを知った。
「…お願いがあります。トレイシーさんに伝えて下さい。今回の件、帝国とフェアベルゲンの相互不可侵条約を破ったのは俺の独断で、村の人達とシア、アルテナにも非はなかったと…。それと…幸利のことは、俺の甘さが招いたことだとも…伝えて下さい。…そのうえでどんな罰も受ける覚悟だと」
「…畏まりました。貴方のお言葉」
「必ずや殿下にお伝えいたしましょう」
「どうかそれまではこの村に留まっていただきたく…」
「分かりました…」
「「「我ら影は、貴方を見ております故…」」」
―――背筋に薄ら寒いものを感じながら、俺はどこか安心していた。
あの人達なら、必ず俺の言葉を一言一句漏らさずトレイシーさんに伝えてくれるだろうと。
それを聞いてあの人がどうするのかまでは分からない。
でも、人伝に正しく意思を伝えることは難しいと分かっているから。
あんな風に常識離れした人達くらいの方が、かえって安心する。
(…まだ昼か…)
眠ったのは時間にして3~4時間程度だったが、疲れは取れていた。
何もせず横になっていられる筈がない。
俺が部屋の外へ出ると、足早にシア達が廊下の向こうから駆け寄ってきた。
…まさか俺が起きるまでずっと部屋の外で待ってたのか…?
「ハジメさん!もうお体は平気なんですか?」
「まだ無理をなさいませぬよう…」
「お腹空いてない?あ、それとも何か飲む?」
「……3人とも気遣ってくれてありがとな。でも、もう大丈夫だ」
言葉では安心させられないと思って、嫌がられるかもしれないと思いつつ、アレーティアが俺にしてくれた時の感触を思い出して3人の頭を順に撫でていく。
「…ハジメさん」
「~~~!」
「…ハジメ…」
(…良かった…キモッとか言われたらどうしようかと思ったけど…)
そんな事をしているとアレーティアも自室から出てきた。
彼女も起きたばかりのようで、眠そうに目を擦っている。
とてもついさっき母性的な雰囲気を醸し出して俺達4人を慰めてくれた人と、同一人物とは思えない様子に妙なドキドキを感じてしまう。
「…ハジメ、どうかした?」
「っ!あ、ぁいや…なんでもない…その…よく眠れたかアレーティア?」
「ん、こっちの台詞…ハジメは大丈夫?」
「あぁ俺はもう大丈夫だよ。疲れも取れた」
だが俺の言葉に反して、アレーティアはまだどこか疑いの目を向けていた。
…本当に疲れてなんかいないんだけどな…
……心の整理はまだついてないけど……それは仕方がない。
「……重症」
「えっ、なんか言ったか?」
「んん、何でもない。…ハジメこれからどうする?」
これからやるべき事……決まってる。
アゥータさんとは暫く口を利かない方がいいだろう。
けど村の人達の建物を治したり、瓦礫や死骸を片付けたり、やる事はある筈だ。
俺がそれを言うとアレーティアはこくりと頷いた。
「ん、じゃあ私も手伝う」
「わっ私も手伝いますぅ!」
「私もですわ!…食器より重い物を持ったことは御座いませんが…」
「私もやるわハジメ。…愛ちゃん達は…暫くそっとしておきましょう。後で私から…アレーティアが言ってくれたみたいになんとか元気づけてみるから!」
「…みんな、ありがとな。それと優花、その時は俺も同席させてくれ。―――もう過去に縛られて言い訳出来る状況じゃない。俺からも話をしようと思う」
「南雲…ありがとう」
落ち込んでばかりいられない。
眠って、起きて、頭を少し回せば今の俺に余裕がないことくらい分かり切っていた。
ハルツィナ樹海の異変が関係しているか断言は出来ないが、オスカー・オルクスの屋敷で知った世界の滅びに、今回のことが関係しているのかもしれない。村の再建と、先生他クラスの奴らのケア…
このくらいの事を解決出来なくて、世界の滅びを防ぐことが出来るか…!
*
ハジメは私が思っていたよりも強く…脆い…
昔、叔父様が話してくれたトータスの外から来た片刃の曲刀みたい。
美しく、気高く、鋭い切れ味を持っているのに…横からの衝撃で簡単に折れてしまう。
ハジメの周りにも同じような子が集まってくる。
…傷の舐め合いなんて言い方はしない。
ただ、お互いがお互いを支え合う関係になれるなら、それはもう……
……私が少し手を回す必要があるのかもしれない。
ハジメが、私達の特別でいられるように…私達も、ハジメの特別になりたいから…
トレイシー…貴女の影に私の本心は伝えた。
貴女がそれをどう思うかは勝手だけど、私は私の思いのままに生きると決めたから。
協力をしてとは言わないから、彼を貴女の覇道の礎にはしないで。
ちょっとしたオマケ設定
影さん達の実力…作中でも上の方だったり
感想、質問、ご指摘等お待ちしております。
立ち直ったついでに…
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本編の更新を鬼人化汁
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イラストはどうした?