空はどんよりと厚い雲が掛かっており、今にも雨が降ってきそうだった。
ハジメ達がマイハウスを出て村の中心に向かうと、もう復興作業が始まっている。
村長アボクは男衆に壊れた建物の修繕と瓦礫の撤去を任せた。
農場長ニッカが若い女達を半数に分けて簡易ベッドと着替えを作らせる組と、無事だった畑の農作物をアイルーの料理長ウマアジ指揮の下で調理する組に分ける。
怪我をした子供や老人はアイテム夫婦と、鍛冶屋のヘファイが面倒を見ていた。
兎人族も族長カムと共に荒れた畑の整地や逃げた家畜の捕獲に向かっている。
アレーティアは力仕事はあまり得意ではないと言いアイテム夫婦の下へ向かう。
シアは父の下へ合流し、村に来たばかりのアルテナは彼女の後ろをついていく。
優花はウマアジの下で存分に料理の腕を発揮しようと意気込んでいた。
1人残ったハジメは男衆のところへいって作業に加わろうとしたが――――――
「ハジメ君、こっちは大丈夫だから君は少し休んでなさい」
「えっ……」
「私達の村は私達で直すさ、心配いらないよ」
「で、でも俺にも何か―――――――」
「私の見たところ、君はまだ休めていない様子だね。もう少し休んできなさい」
「………」
男衆に心配されて、アボクからポンと肩を叩かれたハジメはすごすご退散する。
そして他のところで役に立とうと片端から声をかけていくが……
「大丈夫よハジメ君!この村の女たちは強いんだから!」
「ニャ、ハジメ様。こっちの手は足りてますニャー!」
「ハジメ君!君も休んでなきゃダメじゃないか!」
「ほら、子供達と一緒にこっちで…あっ!ハジメくん、どこに―――」
「……ハジメ、お前さん」
ニッカにも、ウマアジにも、アイテム夫婦にも協力を断られてしまった。
不意にハジメは、アゥータから殴られた時の光景が脳裏を過ぎってしまう。
(……役に立ちたいのに……俺は……)
自分の発言と行動が、悉く空回る。
否定されている訳ではない筈だと頭では分かっているのに…
(っ!)
気がつけばハジメは村を一周してマイハウスの前に戻ってきていた。
空は先ほどよりも暗く、今にも雨が降り出しそうな雰囲気だった。
村の復興作業には関われないからと、マイハウスで休む気にもなれない。
ハジメは俯いて何か出来る事はないかと考えた。
――――――そして思い出した。
(また魔人族が現れるかもしれない…)
幸利達が何処へ逃げたのか、その詳細までは聞かされていないハジメは、ただ彼と最後に会った湿地帯にまだ潜んでいるかもしれないという曖昧な予感だけで動き出した。
アイテムボックスを漁って、防具に身を包み、オーダーレイピアの対の鞘を背に引っかける。
村の中心を素通りして、壊れた南の門へ向かおうとした時だった―――
「何処へ行く狩人」
「……アンタか」
ハジメは呼び止められるんじゃないかと内心ヒヤヒヤしていたが、相手がアイリスだと分かるや否や安心したと同時に素っ気ない態度を取る。
以前のことを根に持たれてるのかと思いつつ彼女の質問に彼は答えた。
「南の湿地帯に行く。逃げた魔人族がまた攻めてくるかもしれないし、モンスターが襲って来ないとも限らないからな。…村の人達が俺を探してたら、そう伝えてくれ」
「…分かった。だがお前、その顔は―――」
質問に答えて、託すべき伝言も託した。
これ以上の会話は必要ないだろうとハジメはその場から脱兎の如く駆け出す。
アイリスは呆然と走り去る彼の背を見送っていたが…
「……私が指摘しても、意味はないか……」
言いかけた言葉を飲み込んで、目的の場所へと歩いていった。
その後暫くして、彼女はかつて自分が追放した兎人族の下へいき族長のカムに、彼の娘シアに自分が命を救われたこと、フェアベルゲンを守る為に戦ってくれたことを感謝を告げた。
突然、森人族の族長―――今はその立場を捨てている―――が現れて驚いたカムだったが、娘の奮闘ぶりを聞かされて男泣きをしながらアイリスの感謝を受け入れたのだった。
丁度その頃、ハジメの姿が見当たらないことに優花達が気づいたタイミングで、運悪く雨が降り始めた。雨は徐々に勢いを増して、集中豪雨となってその一帯に降り注いだという。
―――なんで俺は、いつも空回りばっかりなんだろう。
自分が嫌になる。
自分の弱さが、甘さが、大切な人達に不幸を齎した。
責められるべきなのに、償いをするべきなのに…
俺を責めようとはしてくれない。
償いを、させてもらえない。
零れない涙の代わりに、大粒の雨がギルオスヘルムの赤いゴーグルに無数の斑点を残しては流れ落ちていく。縫い合わされた防具の隙間から雨水が入り込み、体は徐々に冷たくなっていった。
「…成し遂げたことに、胸を張れ……か」
―――そう簡単に割り切れねえよ。
アレーティアの言葉は、ほんの僅かに罪悪感を和らげてくれた気がした。
だけど、起きてしまったことに嘆くことを俺は止められそうにない。
頭の中で何度も考えてしまう…
あの時、ああしていれば、こうしていれば、こうはならなかったんじゃないか?
もっと上手くやれた筈なんだ。
もっと出来ることがあった筈だ。
―――だから今は――――――
―――グオオオォォォォッ!
湿地帯の奥、ススキのような植物が生える開けた場所に
重厚な甲殻に身を纏い、周囲の草木を薙ぎ倒すほどの大きさを持つ飛竜。
本来なら火山地帯でしか遭遇しない筈だが、体内に宿す膨大な熱エネルギーを溜め込んだ結果、違う環境でも活動出来ることが最近の研究で判った。
「支配種…って感じじゃねえな。…どっちでもいいが」
かつて俺が見た火竜リオレウスを飛竜の
その頑丈さは飛竜種の中でも一、二を争う。
こんな奴を村に近づけさせるわけにはいかない。
たとえその気がなくても、今の俺にはこいつを狩る十分過ぎる理由がある。
(…こいつを狩って、その素材を売った金で…村を…)
オーダーレイピアの属性は水、こいつの弱点属性だ…
状態異常攻撃の睡眠属性と、噂のブレスにさえ当たらなけりゃ…
(イナガミ程の脅威はねえっ!!)
―――グルオオォォォッ!!
「ッッうおおおああああああぁぁーーーっ!!」
(鎧竜、黙って俺に殺されろ。…大人しく村の糧になれ!)
グラビモスの突進を紙一重で躱し、一気に距離を詰めて腹下に潜り込み足を狙って切りつける。
予想通り少し切りつけた程度では大した出血もなく、薄皮一枚裂くのがやっとだった。
だから次の攻撃がくるまで二度、三度と絶え間なく斬撃を見舞う。
「はっ、せいっ、ぜあぁっ!」
―――オオオォォッ!
「っ!」
唸り声をあげて、奴が姿勢を低くした。
岩のような肌に点在するフジツボのような穴。
それがヒクヒクと動き出したのを目の端で捉えて急いでその場から距離を取る。
直後、青白い睡眠属性のガスがグラビモスの体を包み込む。
(これが状態異常ガス…少しでも触れると厄介だな)
思考がクリアになっていくのを感じた。
目の前の戦いに集中しなければと、心身の息がピッタリと重なる感覚。
戦いの恐怖ではなく、強敵に挑む好奇心が苦しみを誤魔化してくれる。
―――クゥゥゥ…キエエェェェエエン!
「―――なっ!?くっ―――!」
突如、此方を向いたグラビモスが甲高い声を上げた。
その瞬間、肌に伝わる微かな熱気で嫌な予感がした俺は咄嗟に横へ跳んだ。
俺が立っていた場所を、極太の熱線が通り抜けていった。
周囲の地面を抉り、木々を瞬く間に焼き尽くして…巨大な岩すら粉々に吹き飛ばす。
(体内のガスを高圧縮して吐き出すブレス…文字通りの
「は、ははっ…!面白ぇ…」
受ければ確実に死ぬであろう攻撃を目の当たりにして、思わず口元に笑みを浮かべた。
奴の強さは今ので十分に理解出来た。
同時にこいつをどうすれば倒せるのか、なんとなく少し未来の自分はどう立ち回るべきか姿が見えてくる。
(――――――鬼人化)
全身の血が沸騰しているような感覚に浸り、目に映る全てを脳に伝達するまでの時間が加速する。
次にグラビモスが取る行動が読めた。
距離の空いた俺に目掛けて、その巨体をぶつけようと走り出す。
普段なら鬼人化を解除、飛び込んでの回避に専念する。
けれど―――あぁ、今は
「キ…ィィィッ!」
歯を剥き出しのまま強く噛み締め、喉奥からひり出した声と共にギリギリでステップを踏む。
二度、三度と姿勢を低く保ったまま巨体の間を潜り抜けて、背後へと回り込みがら空きの下腹部へ鬼人乱舞を食らわせる。血のシャワーが降り注ぐたび、生暖かいそれに生の実感を得られる。
「ッッッ~ア"ア"ァッ!」
荒々しい唸り声をあげて、無双乱舞の締めとなる刃を振り下ろす。
攻撃を受けた箇所は表面の鱗や鎧が切り落とされて、赤い肉が露出していた。
グラビモスは苦しそうに呻きながら、尻尾を振り回して俺を殴り飛ばそうとするが、それすらも切り刻んでいる最中に先読みしたお陰でスタミナの消耗を少なくして回避する。
―――グオオォォン!
「チッ…!」
(これは、避けられねえか…)
チクリと肌を刺す熱気を感じた時には、グラビモスの体内から高温のガスが噴き出していた。
痛みに覚悟して表情を歪ませた次の瞬間…全身が焼け付く痛みと共に体が宙を舞う。
「が、あぁっ…ぐっ…ぉ!」
降り注ぐ雨のお陰で火属性やられにはならずに済んだが、焼け付く肌に当たる雨粒は気持ち良さとは真逆のジクジクとした痛みを感じさせてくる。結果的には痛みで気を失わずに済んだが…
(上等だ…このくらいの傷で…俺が止まると思うかよ…!)
「お、っるぁああぁぁぁぁ!!!」
解除された鬼人化を再び発動させて、再び突進の構えを取ったグラビモスへ飛び掛かる。
地面の凹凸を利用し、宙へ跳び上がった状態から灰色の甲殻目掛けて双剣の切っ先を突き立てた。
―――グルオォゥッ!?
「つ、かまえ…ったぁあああああ!!」
首と翼(前腕)の付け根に位置する甲殻の隙間へと刃が深々刺さっている。
グラビモスは予想外の攻撃と弱点突きに驚き、痛みで苦悶の声を上げた。
一方俺は、してやったりと言わんばかりの笑みをマスクの中で浮かべている。
「死んでも離してやるもんかよ!テメエが死ぬまで、離れねえぞ!」
―――ギャアオオオゴオォォォッ!
ザシュ!ザシュ!と両方の刃を交互に付け根の奥へ、刺しては抜きを繰り返す。
絶叫するグラビモスは、俺を引き剥がそうと体を左右に振るが、並みの飛竜種ならまだしも、重厚な甲殻で覆われた鈍重なグラビモスの振り回しに負けるほど俺は弱くない。
「オオオオォォォアアアァァァァ!!!」
片方の剣を絶対に抜けないと確信出来るほどの位置まで深く突き刺し、もう片方の剣で鬼人乱舞擬きを翼膜目掛けて叩き込んだ。徐々にグラビモスの振り払おうとする力が弱まってきている。
最後にフィニッシュの振り下ろし…ではなく切っ先を背骨のある方向へと突き刺す。
―――ゴォッ、グルボォォォッ…
口からブレスの代わりに、赤い血をドバドバと吐き出しながらグラビモスはふらついた。
瀕死であることを確信した俺は両方の剣を勢いよく引き抜いて体から離れる。
しがみ付いていた時にスタミナは殆ど消耗しているが、トドメの一撃が放てる余力は残していた。
「―――ラセンザン!…これで終わりだ」
甲殻で覆われていない首下へ回転させた刃を突き立て、抉った肉を切り開くように左右へ振り抜く。
血が半円を描いて飛び散り、ススキのような植物の上に血化粧を施す。
黄色い目から徐々に光を失っていき…ズンと鎧竜の巨体が地面へと倒れて動かなくなった。
グラビモスの死亡を確認して、オーダーレイピアにこびりついた血を振り払う。
背中の鞘へと剣を収めて鬼人化が解かれた瞬間――――
それまで我慢していた痛みの代償が全身を駆け抜けた。
「……ッげほ、ごほっ……!?」
(想定よりもダメージ食らったな。…だが、これで…村の安全は少しでも確保出来た…)
もはや自己満足の域であると自覚しながらも、俺は胸の内に達成感を感じずにはいられなかった。
誰に言っても信じないだろう。
あのオタクで怠け者の南雲ハジメが、たった一人で飛竜種を仕留めた等と…
「…く、くく…はははっ…バカだな俺…誰が褒めてくれるんだよ?」
亡骸を無駄にするつもりはなく、淡々と剥ぎ取りを進めながら今度は一人で悪態をついた。
この程度で怪我して苦しんでるようじゃ、古龍と戦って勝つのなんか夢のまた夢だ。
もっと強くならなきゃいけねえんだ俺は…
そのためにもっと、もっと強い奴と戦って、戦って、狩って、勝って、狩って――――――
――――――その果てに世界を救えるだって?
心の中で、制服姿の自分がほの暗い笑みを浮かべて俺を嘲笑う。
―――そんな自分勝手なエゴイストに、世界を救う権利があると思うのかい。
…そうだ…俺はたとえ何十匹何百匹のモンスターを犠牲にしてでも守りたい世界が…
助けたい人がいるんだ…守らなきゃいけない人たちが…
―――いつ、彼らが君に助けを求めたんだい?
ッ…それ…は…
―――君が助けなくたって、彼らは自分達で生きようとしているじゃないか。
ほんの少し前の記憶がフラッシュバックする。
壊れた村の中で、みんながそれぞれ役割をもって働いていた。
誰かに必要とされ、誰かを必要としていた。
……それなのに……俺は……?
―――くっ、ふふふっ!あ~ぁ…気づいちゃったねえ?
(……俺は……俺は、あの村にとって―――)
「おい」
「っ!」
瞬間、自分との対話にのめり込んでいた俺は背後から声をかけられたことでビクッと肩を竦める。それは、嫌いな人じゃない筈なのに…今だけは
「―――ハジメ、お前なにやってんだ」
振り返るとそこにはアゥータさんが立っていた。
彼は先ほどと変わらない氷の様な冷たい瞳で俺を見下ろしていた。
ほぼ八つ当たりみたいな理由で殺されるモンスターの心情や如何に…
グラビモス「訴訟も辞さない」
ハジメ君のもう一人のボク(ネガティブな悪意の塊)と問答からの弱鬱状態(通称メンヘラモード)精神的な奈落落ちしなかった弊害が…これもう先生、優花と並んで要介護だろ…
でも主人公なら乗り切って、役目でしょ(非リア充の嫉妬)
感想、質問、ご指摘等お待ちしております。
立ち直ったついでに…
-
本編の更新を鬼人化汁
-
もっと投稿作品の数を増やして追い込め
-
いっそリメイク
-
イラストはどうした?