「怪我してるひとーっ!他にいませんかー!!」
ドドドドド!と村中を駆けまわって復興作業中の人々に声をかけて回る香織、降り注ぐ雨の存在など気にも留めず、傷ついた人を見つけたら傷を治す。
人を助ける…その一点に於いて、彼女の懸命な姿に誰もが感激した。
「おぉ治癒師どの!ちょうどいいところに!」
「怪我!?病気!?」
足下が泥まみれになるのも厭わず、村の中を行ったり来たりしていた香織に兎人族の族長カムが声をかけると、彼女は発射された銃弾のような勢いで彼の前まで駆け寄った。
「は、はい!仲間がノコギリで足を―――」
「待ってて…えいっ!」
カムの背後で蹲る兎人族の青年、手で片方の足を抑え指の間から血が滲んでいた。
事情を説明するカムを素通りして香織は無詠唱の治癒を発動させる。
瞬く間に傷は塞がり、苦悶の表情を浮かべていた青年は先ほどまでの痛みが嘘のように傷が塞がった自分の足と香織を交互に見て、次の瞬間ぱぁっと明るい笑顔を浮かべた。
「あ、ありがとう御座います!」
「どういたしまして!他に怪我をしてる人はいる?」
「…い、いいえ…こちらの怪我人は彼だけで―――」
「そっか!じゃ私他を診て来るから、怪我に気を付けてねーっ!!!」
またドドドドド!と走り去っていく香織。その背を何やら熱いまなざしで見る兎人族の青年の肩をポンと叩いてカムは「仕事に戻るよ」と促す。
無詠唱で傷を癒す、救いの女神が帝国の村に現れた…そんな噂話がトータス中の人々に伝わるのはずっと先の話。
「香織ちゃん!流石にもう休んだ方がいい!」
「そうよ、貴女はもう十分働いたから!」
香織の爆走する様子を、アイテム夫婦が見るに見かねて雨具を着て外に出てきた。
しかし彼女は雨でビタビタに張り付いた治癒師の服のまま、うっすら下着が透けて見えてしまいそうな状況にも関わらず、ムン!と自信満々に胸を張って言い返す。
「大丈夫です!アイさん、テムさん!私、これくらいで疲れたりしないので!!」
「雨が酷くなってきたから作業はどこも一時中断だよ!」
「そんな恰好でいたら風邪ひいちゃうわ!ほら家に入って!」
「え?え、え、えぇ~っ!?まだ、動けるのに~っ」
アイに肩を掴まれて強引に家の中へと入れられる香織、力で振り解くことは容易だが、大人の言う事は意外と素直に従うのだった。
そのままタオルで髪を拭かれそうになって「そっそれくらい自分で出来ますから!」と自分の手で髪の水分を絞るのだが―――
「あれ…?南雲くんにアゥータさん…」
「えっ?」
「二人共姿が見えないと思ったけど…湿地の方にいっていたのか!?」
香織が声をあげて指差した方向、窓の外に見える南側の門を通って戻ってくる二人の姿があった。
アイとテムは顔を見合わせ、ハジメの様子がおかしかったことを思い出して不安になる。
「あの子…ひょっとして今回の騒ぎを自分のせいだと思い詰めて…?」
「そんな…!誰もあの子を責めたりなんかしないわ…」
(…南雲くん見るからに元気なさそうだな…クラスの皆と同じ雰囲気…うーん…こういう時ってどうするのが正解なのかな?励ます…うーん単純過ぎて効き目はなさそう。慰める…何をどう慰めればいいのか分からないし。…あっ!そうだ!!)
「あのっ!!アイさん、テムさん食材と台所をお借りできますか?」
「へ?え、えぇ…いいけれど」
「どうしたんだい急に…?」
「私に良い考えがあるんです!ハジメ君とクラスの皆を元気づけられるかも!」
自信満々でムフーと鼻息を鳴らす香織の姿に、困惑しながらもアイテム夫婦は頷いた。
「それじゃあ俺は集会所で教授と話してくる。もう勝手に出ていったりするんじゃねえぞ」
「はい…」
―――さっきまでは何も感じなかった雨が、今はやけに冷たく感じる。
湿地帯でグラビモスを狩猟した報告をアゥータさんが代わりにやると言い、俺は何も言わず従った。
それから村に戻ってくると、外に出ていた人たちの姿が殆ど消えていた。
代わりにぽつりぽつりと無事な建物の中から、陽気に笑う人達の声が聞こえる。
村長の家に向かうまでの間にギルオスヘルムを外して、途中のアイテムボックスへと武器ごと格納する。
雨具に身を包み、村長の家へ着くと丁度アボクさんが扉を開けて待っていた。
「帰ってくる君とあ奴の姿を見たと近所の人が教えてくれてね。…ハジメくん、まだ気にしているようだったら私からアレに代わって謝罪を―――「いいえ村長、大丈夫です。…俺は平気です」―――」
雨具を脱いで壁にかけ、振り返るとアボクさんは悲しそうな表情を浮かべていた。
また俺は余計なことを言ったのかと不安になる。
「…子供を心配する親の心は…中々どうして伝わらないものだね」
「っ…そんな…ことは…」
暗に俺のことを子も同然に思ってくれているのだと、アボクさんの優しさが伝わってきた。
それでも素直に喜ぶことはできなかった…いや、
「―――そっ、それよりも村長。クラスの奴らは…部屋にいますか?」
「あぁ、彼らは部屋で休ませているよ。何人かは村の復興作業を手伝いたいと言ってきたが、あれだけ大変な目に遭ったんだ。…特に畑山くんは…」
(…当然だよな。責任感が強いあの人に俺が追い打ちかけて、そのうえ幸利の奴に殺されかけた…俺よりもずっと重症だ)
自分より危うい人がいると思えば、自然と落ち込んだままではいられなくなる。
両手で顔を覆うようにして、表情筋を摘んで滅茶苦茶にこねくり回す。
せめてあの人の前では気丈に振る舞わなきゃいけない。
(それが、追い打ちをかけた俺の責任だ…)
アボクさんは雨具を着て「村人達に進捗を聞いて来る」と言い残して外に出ていってしまった。
…気を遣わせてしまったようで申し訳なく思うが…今だけはその優しさに甘んじる。
「っ…ハジ―――南雲っ」
「南雲っ!お前、大丈夫だったか!?」
「なっ南雲くん!?」
部屋に入って真っ先に優花が俺と分かるや否や、弾かれたように立ち上がって駆け寄る。
…聞き間違えじゃなかったら下の名前で呼びそうになってた気が…
……そっ、そういえば俺も自殺未遂と勘違いされた時、咄嗟に優花のこと下の名前で呼んでなかったか……?いや、流石に勘違いだよな?ないない、うん。きっと気のせいだ気のせい。
あ、あとついでに反応して声をあげた永山と谷口。
坂上は…あぁうん…そりゃ目を合わせ辛いってか合わせたくないよな俺も同じだ。
そのまま何も言わないで小耳に挟む程度でいてくれればいいよお前は…
あと遠藤、ちゃんとお前が扉の脇に立ってることに気づいてるからな?
他の奴らは例の如く「遠藤くんいたの!?」「いたよ!」と漫才やってるけど。
「元気…じゃなさそうだな。話はアゥータさんから聞いたよ」
「「「「「………」」」」」
「あんまり傷に塩塗り込むみたいな真似したくないから簡潔に言うが、これで俺や清水がどんな感情をお前らに抱えてたか少しは分かってくれたか?俺は記憶から消したいレベルでどうでもいいと思ってるが、あいつにとっちゃ一生消えない恨みだ。…お前らに死んで欲しくもないし、あいつに死なれるのも寝覚めが悪い。だからどっちも死ぬ気で生き残れ…俺が言いたいのはそれだけだ」
自分の発言なのに、遠回しで不器用な言い方しか出来ないもんだと自分で呆れてしまう。
優花だけは最後の方の言葉を聞いてほっとした表情を浮かべているが、永山は苦虫を嚙み潰したような顔で「…難しいな…」と呟き、谷口は「そんな…」と愕然とした表情で目に涙を浮かべていた。
…その涙を浮かべるのが、俺達のいじめが苛烈になる前だったら少しは今の状況も違ってたかもしれないんだろうけどな…まさに覆水盆に返らずというかなんというか…
「~っ!くっ…」
(その握りこぶしが何を意味するかで、お前を見る目も変わるだろうよ坂上)
部屋の隅でベッドに腰掛けたまま、拳を握り締めて俯きながら歯噛みする坂上。
もし俺や幸利の言い分に納得いかないという意味での反応だったら、今度こそ見限る。たとえこいつが目の前で幸利に殺されそうになっていても助けようとはしないだろう。
だがそれとは別に、自分の非力さや過去に後悔をしているんだったら…少しだけお前を見直すよ。
そのことをわざわざ聞いたりはしないけどな。
「…まぁお前達のことはぶっちゃけ二の次だ。…ゆぅっ―――園部、先生は奥の部屋か?」
「うっ、うん…奥にいる…わよ」
(あっぶね!?さっき勘違いって思ってたけどマジで呼びそうになってんじゃん俺!)
(…いまハジメ、アタシのこと…名前で呼ぼうとしたよね。…さっき家にいったとき、アタシも咄嗟に名前で呼んじゃってたけど…気づいてないのかしら。……別に下の名前で呼んでくれてもいいのに……アレーティアさんとシアちゃんは名前呼びなのに、なんでアタシだけ…)
妙にどぎまぎしながら優花に案内されて部屋の中を進んでいく。
突き当りの扉を開けると、そこには一つだけ置かれたベッドに腰掛けたまま虚ろな表情の先生がいた。
「…畑山先生…」
「…南雲くん…さっきは…ごめんなさい…私また…生徒を守れなくて…先生失格どころか大人として失格ですね…ハハ、ハハッ」
掠れた声で絞り出した笑い声、表情は口だけで不器用な笑みを浮かべ視線が虚空を見つめている。
「先生が謝ることじゃないですよ。そもそもこの村に皆が連れてこられたきっかけを作ったのは俺です。だから先生は何も悪くありません。幸利のことも…俺が言えたことじゃないのは承知のうえで言わせて頂きますが、あまり気に病まないでください。あいつはあいつの生き方を選んだ。―――ただ、それだけなんです」
これは嘘偽りない俺の本心だ。
アゥータさんに殴れた時、先生が代わりになるなんて毛ほども考えなかった。
原因が俺にある以上、そこまで先生に罪の意識を感じてもらう必要はない。
幸利の考えを全て把握出来るわけじゃないが、俺があいつの立場だったら復讐や恨みという言葉で自分を飾ろうとは思わない。ただ生き方として選んだ道が、先生やクラスの奴らを殺す過程を踏むものになった…それだけの話だ。
「生き方を…選んだ…?いえ、それは違います南雲くん…私が清水くんに
「愛ちゃんそんな風に自分を責めないで!聖教教会の言いなりになってなかったら、アタシ達は殺されてたかもしれないんだよ!?あの時の結果に後悔しても、絶対に責任を愛ちゃん一人に背負わせたりなんかしないから!」
優花はぐいっと先生の両肩を掴んで自分の胸へと抱き寄せる。
本来なら大人と子供で立場が逆の筈なのに、先生は呆然とされるがままだった。
優しくその頭を撫でて、優花は慰めの言葉を口にする。
「愛ちゃん…っ!一人で抱え込まないで…っ!みんな、みんな同じだから…!アタシも南雲も、クラスの皆も愛ちゃんも…みんな一人で悩んだって解決なんかしないんだよっ…!だから…頼ろうよ愛ちゃん…!大人とか子供とか、先生とか生徒とか関係なく…!アタシ達を…頼ってよ…!」
「わ、わたし…は…っ―――」
…あと一押し…俺が何かを言うべきなんだろうか…
だが咄嗟に優花以上の説得力ある言葉を思いつかない。
背後で聞いているクラスの奴らも、こんな時に限って優花の言葉に感極まって泣きそうになってやがる。お前らがそうやって流されてっから優花とか八重樫みたいなタイプの人間が―――
そんな不満を浮かべた次の瞬間、勢いよく入ってきた部屋の扉が再び開かれた。
全員の視線がそちらへと向けられて……
「みんなー!お腹空いてるよね?そうだよね!?ご飯つくってきたから一緒に食べよーっ!」
(白崎ぃ…お前空気読めよ…いやこの場合は寧ろ結果オーライなのか…?)
両手に大鍋を抱えて頭に頭巾を巻いた白崎が鼻息を荒くしてそこに立っていた。
いわゆる躁鬱状態に近いハジメ(本人自覚なし)
鬱がしばらく続いたから今は躁の時間だったり…
現状唯一の鬱クラッシャーと化した白崎さん一作目で邪険にしてごめんよ、今や貴女がこの重苦しい状況を打破出来る希望だ…
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