レンズの中の星々-7つの神の世界-   作:クラインの壺

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起点-門矢士の世界-

誰も立ち入ることのないような廃墟、文字が掠れてほとんど読めない看板の先にある一室にぽつんと置かれた集合写真用の足の付いたカメラの周りには、少しホコリに埋もれた3種類の靴跡があった。

その場所は、何時までも稀人を待ち続けている。

 

 

 

カシャリ、シャッターを切る。ガリガリ、ダイヤルを巻く。指に馴染んだ感覚を確かめながら、道を行く。

いつもと変わらない、あの頃ともあまり代わり映えのしない、日銭を稼ぐための仕事。

天気や人の波の影響を受けやすい仕事柄、予感や予兆にも敏感になった。だからだろうか、ふといつかの旅を思い出したことも、偶然ではない気がした。

そうしてこの人通りの少ない道を進んでいる。

街を眺め、空を眺め、人とすれ違う。デジタルのカメラが手に馴染まず、結局こうしてアナログのカメラを構える自分が、部屋の隅の忘れられた置物のように思えるときもあるが、いざこうして撮った後で、現像するまで何が撮れたか、どう撮れたかがわからないのも、短いタイムカプセルのような気もして、些か子供じみた楽しみを持っている自分に嗤う。

歩いているうちに寂れた写真館の前に通りかかる。

 

なつかしいにおいがした。

 

いよいよもって感じた予感が外れることを願う自分がいる。

歩を進め、人が去って久しいスタジオへ立つ。

日が沈み、明かりの灯らぬこの部屋で、月の明かりだけがこの場所の輪郭を映している。

よかった、誰もいない。

知らぬ間に詰めていた息を吐き出し、踵を返すその瞬間だった。

子供が弾き出された。

あり得るはずのないこと、ではないことは自分自身がよく知っている。

だが、何故?

突然の出来事に混乱を隠せず、埃を吸ってむせる子供をよそに後ずさる。

このまま下がって外へ抜け出してしまえば自分は無関係だ。そう思う自分の脳裏に、かつて自分を見送り、自分が見送った顔が過る。あのとき自分はどうした?

一度思い出してしまうとあとは止まらない。後ろへ伸ばした足を引き戻し、そのまま前へ踏み切る。

 

「おい、大丈夫か」

 

声は掠れていないだろうか、顔は引きつっていないだろうか。そんなことが頭を駆け回る。

埃まみれの子供がこちらを向く。そして慌てたように辺りを見渡す。

 

「えっと...ここはどこですか?」

何だ、話せるじゃないか。と自分を落ち着かせる。

 

「さあな。それより、ひどい姿だぞ」

元々は白かったであろう衣装を指さして言う。

意味を理解した子供は慌てて服を叩き、ホコリを払う。

「随分変わった格好をしてるが、お前何者だ?」

服の意匠に見覚えはなく、ところどころにはめられているのであろう物体は淡い光を放っている。ひと目でこの世界の住人ではないことがわかる。

「えっとその...私達は旅をしてて、近くにある城に向かおうとしてたときに...どうしたんだっけ?」

思い出そうとしているのかうんうんと唸る子供を眺めながら、少なくとも悪意がないことを確かめ、対応を考える。

「あ、あれ?パイモン?パイモンってば」

何もない所をキョロキョロ見回しながら誰かの名前を呼ぶ。パイモンとは、どこかの悪魔の名前だっただろうか。

「そうだ!このカメラ!」

大きな声に驚きながら、子供の指差す方向を見る。そこには一台の、足の付いたカメラが立っている。

「それみたいなカメラを拾って、どう使うのかと思って覗き込んだらここに来たんです!」

その意味を察し、その予兆を感じ取った自分を恨みながら、口を開く。

「なら、この世界の住人じゃないんだな」

「そう...だと思います」

「なら、これからのあては?」

「無い...です」

何度も話を切り上げようとし続ける自分を押し込めて聞き出し、ついには逃げられなくなった自分にため息をついてから、所在なさげに、心細そうに立つ子供へ向き直り、心底嫌で、そのくせ欲して止まない思いを告げる。

「なら、ついてこい」

口に出してから、後悔する。今更求めて何になる。そう頭ではわかっているのに。

そんなキラキラした目で見ないでくれなどと言い出せるわけでもなく、視線から逃れるように背を向ける。

もう一度一歩を踏み出す。また歩が止まる。

子供の格好を思い出し、羽織っていたコートを投げ渡す。

「羽織っておけ、その格好じゃ目立つ」

笑顔を隠さずコートに袖を通す姿を見届けずに、今度こそ、外へ出る。

本当なら、あのまま元の世界に送り返してやればよかったものを。何度も自分の中で湧き上がる後悔をどうやり過ごしたものかと考えていると、きゅるるるる、と空腹を訴える音が耳に届く。振り返ると、子供は恥ずかしそうに、食料が尽きてから日が経っていることを告げる。どうやら、引き止めたのは正解だったようだと安心する。

「安心しろ、後でたっぷりご馳走してやる」

もう少しは、自分を嫌わずに済むらしいと安堵していると、今度は何を思いついたのか、子供が速度を合わせて並んで歩き始める。

「そういえば、自己紹介がまだだったよね!私は蛍。あなたは?」

「俺は...門矢士だ。そら、着いたぞ」

相変わらず一人で暮らすには少々広い我が家へ帰り着く。

「詳しい話は飯を食べてからだ。いいな」

そう言い含めてキッチンへ向かう。

適当に食材をあさり視線を上げると、何やら手持ち無沙汰に突っ立っている蛍と目が合う。

「座ったらどうだ?」

「し、失礼します」

有り合わせだが質より量と作り上げ、テーブルに並べる。

「すごい!これ...食べていいの!?」

「何のために作ったと...まあいい、よく味わって食べろよ」

そう聞くやいなや、凄い勢いで食べ始める。

本当に腹が減っていたんだな...などと思いながら、幸せそうに料理を頬張る姿を眺める。

「がっつくと喉に詰まらせるぞ...そんなに腹が減ってたんだな」

俺の声に、ブンブンと頷いたと思えば、勢いよく飲み込み口を開く。

「でも、それだけじゃなくて、すっごく美味しいの!」

あの有り合わせがか?とも思ったが、こんなに幸せそうに食べているのだから、こいつにとってはそうなのだろう。

見ているこっちまで浮かれそうになり、深みにはまる前に思考を戻す。

出会ったときの第一声、自分が何故そこにいるかよりも自分がどこにいるかの確認をしようとした様子から察するに、こいつはそういった空間の転移を異常とは捉えていないか、もしくはその覚えがあるということなのだろう。そう考えた瞬間、あの豹変した茶色いコートの男のことが浮かぶ。彼女もああなってしまうのだろうか。それとも別の理屈で旅をしているのだろうか。わからないことばかりだ。だが、それもじきにはっきりする。直接問いただせばいい。

と、こちらを見つめる視線とかち合う。

「ど、どうしたの?」

「別に、食べ終わったらお前の目的とか、そういうのを聞かせてもらおうと思っただけだ」

「そっか。もうちょっと待っててね。すぐ食べ終わるから」

そう言ってまた食べ始める。

しかし、こいつの美味しそうに食べる姿は、うまく言い表せないが、あいつに似ていると、思う。

そうしているとやがてあの量を平らげた蛍が満足そうに微笑む。

「ごちそうさまでした!」

「まったく、よく食う奴だよ。じゃあ本題だ、なぜ旅をしている」

単刀直入な問に少し話し辛そうにしながらゆっくりと口を開く

「えっと、私は元々兄弟で世界を旅していたんだけど、前の世界で白い神様みたいなのに襲われたときに離れ離れになっちゃって...」

「で、行方を探すためにその世界に留まっていたと」

「うん...どこだかわからない場所に流れ着いちゃったけど、ようやく調子も落ち着いて探しに行けると思った矢先にこうなっちゃって...」

「なるほどな。また災難だったな」

相槌を打ちながら、家族を失う苦しみに子供が背負うには些か重すぎるのではないかなどという感覚が襲う。

「そうだ、士はどうしてあの場所にいたの?」

「あの場所には俺も縁があってな。何となく近付いたんだが、まさか...な」

「じゃあ、あの場所にはそういう、場所との繋がりがあるの?」

「思っていたよりも察しが良いな。あの場所は世界から抜け出すための場所だ。あの時はそのまま送り返すこともどうかと思って連れてきたが」

「ううん、ありがとう。あのままだったら私、この服装のままでこの世界から出る方法を探すところだったから...それに!こんなに美味しいご飯まで!」

「まあ、こうして会ったのもなにかの縁だし、そのまま野垂れ死なれても寝覚めが悪いからな」

こう有難がれるとやはりくすぐったいが、何もせず恨まれるよりはマシと自分を切り替える。

「なら、また兄弟を探しに元の世界へ行くのか?」

「うん。でもあなたにこんなにお世話になって、お礼をしないわけにもいかないし...」

子供なのだからもっと自由に振る舞ってもいいだろうにとも思うが、これも旅で培った感性なのだろうと納得した。

「別にいい。ホイホイついてきたことも、変なものをいじってこの世界に来たことも含めて、危なっかしいしな」

むう、という顔をしながらこちらを睨むが、やはり迫力には欠ける。

「それよりも、だ。俺もその兄弟探しを手伝ってやる。光栄に思え」

「ええっ!?お世話になりっぱなしなんて悪いよ」

「お前のためだけというわけでもない。この世界の景色も嫌いじゃないが、そっちの世界にも興味があるからな。そのついでだ」

そう言われて何か言い返す内容を考えてるのか部屋を見回す蛍。やがてその視線が一つの写真に止まる。

「もしかして、写真が好きなの?」

「...まあな。それで稼いでる」

「この人達、すごく楽しそう。この人達とは?」

それはかつてこの家で過ごした三人で撮った写真だった。撮るつもりはなかったが、あいつに請われた上に悪乗りした奴がいた故に撮ることになった写真。

「さあな。元々勝手に居着いた連中だし、また自由気ままに出かけてるんだろ」

「そっか。でも、その人達を待ったりはしないの?」

「別にいい。俺は俺で撮りたいものを撮りに行くだけだ。あいつらだって自分の帰る場所くらい自分で決めるだろうさ」

一人は最期に俺達を選び、もう一人は笑顔でどこかへ去った。きっとそれでいいのだ。

「それにきっと、私の旅はとっても危険なものになると思う。あの世界は、この世界と違って昼も夜もモンスターがうろついていて大変だし...」

「安心しろ、俺にもそういった心得はある。四の五の言うだけ無駄だ、こう見えて大概のことができるしな」

「うう...」

「俺の勝ちだな。もう遅いし、今日は寝ろ。寝床なら貸してやるから」

あいつの部屋を貸すのは気が引けた。だが、この家で少女を寝かせられそうな部屋はここしかない。

意を決して部屋のドアを開く。あいつが姿を消して少ししか経っていないせいか、まだ気配がするようにも感じたが、頭を振って感覚を追い払う。あれから俺なりに掃除や片付けなどもできるようになった、これもいい機会だと軽く辺りのホコリを払い有無を言わせず少女を放り込む。

ドアを閉める前、何かを言いたそうにこちらを見ていたが知ったことか。

俺はやはり、あの部屋に長居したくない。せっかく前に進んだつもりなのに、また後戻りしてしまいそうになる。

「じゃあ、おやすみなさい」

ドアの向こうから聞こえる声で我に返る。ああ、とだけ返し、自分の部屋へ戻る。

床に就き、意識を沈める。ほんの数時間のことだというのに、随分と気疲れしてしまった。我ながら先が思いやられると自嘲する。

 

気が付けば日が昇っていた。撮影などの予定も特に無く、気兼ねなく旅に出られる。もっとも、この旅はさしてこの世界の時間とは関係ないのだが。

朝食を拵え、起きてこない少女を起こすべく部屋の戸の前に立つ。

まだこの部屋にいるのだろうか。

まだこの世界にいるのだろうか。

胸の奥に重く暗いイメージが渦を巻き、ノックしようと構えた手が止まる。

いないなら手間が減っていいじゃないか。その時は腹が膨れるほどの飯を平らげてまた写真を取りに外をふらつけばいいさ。何度も自分に言い聞かせて、戸を叩く。

返事がない。

いよいよ持って嫌な予感は現実となるのかと不安になりながら、ノブをひねり、ドアを開く。

布団からはみ出したここらでは見かけない明るい金髪を見て、やっと安心して息をつく。

「おい、朝だぞ」

安らかな寝息は聞こえるが、どうにも起きた気配はなく反応もない。

頬を軽く叩く、少し顔をしかめるが起きない。

「よし」

勢いよく布団をはぎ取る。

「ひゃあああ!なに!?なにごと!?」

突然の環境変化にさらされて、素っ頓狂な声を上げて蛍が起きる。

「朝だ。食べたら出るぞ」

素っ頓狂な声が耳に残り、笑いを堪えながら声をかける。

「も、もう。笑わないでよ」

顔を赤くしながらこちらを睨むも、やはり迫力には欠ける。

「ほら、メシが冷めるぞ」

新しい旅へ向けて、これまでの旅より長い旅へ向けて、気疲れなど起こせない。強い自分を演じることに早く慣れてしまおう。

胸の奥に強く刻みながら、笑いながら階下へ降りる。

しばらくすると蛍も格好を整え降りてくる。他愛のない話をしながら朝食を終え、もう一度世界を渡るための支度を整える。

 

覚悟を決めて再訪した寫眞館は、あの頃と変わらず人気のないまま、すぐにでも崩れそうな外観を保っていた。

「ここ、こんな場所だったんだ」

物珍しげに建物を眺める蛍をよそに建物へ入る。

「ああ!ちょっと待ってよ!」

狭い建物、見失うことはあるまい。ずんずんと奥へ踏み込み、スタジオへ入る。

ここまで来て、一抹の不安が首をもたげる。これまでこの場所を用いた旅は俺に引きずられる形で他の二人が転移していたが、この場合俺が関わることで余計な世界に飛ばされやしないだろうか。覗き込む順番が変われば適用されるのだろうか。蛍を望む世界へ運べるのだろうか。

「どうしたの?」

気が付けば覗き込んだ蛍と目が合う。

「別に、心配されるようなことじゃない」

目を逸らし部屋の中央に立つカメラを見る。こうなればなるように任せるしかあるまい。

俺が弱気になってどうする。せめて少女の目のない場所で立ち止まれと己を鼓舞する。

「このカメラをどうすればいいの?」

お前が来たときと同じだ。と言おうとして、位置関係で思いとどまり移動する。

「このカメラのファインダー...まあここを覗き込め」

一瞬頭にハテナを浮かべてそうな顔になったのを察し言い方を変える。

言葉に従い、蛍がカメラの後ろへ立つ。ファインダーに被せられた布をめくり、覗き込む。その背中越しに続いて覗き込む。

向こう側には、これまで旅してきた世界とは違いすぎる、あまりにも広い大空と同じだけ広大な草原が広がっていた。

 

 

景色を理解した頃には世界はあり方を変え、大自然の中に自分が立っている。

「戻ってこれたー!」

隣の少女の声を聞きながら、首から下げたカメラのシャッターを切る。焼き付けられたフィルムがレンズの下から排出される。

落とさないように引き抜き、そっとポケットへ仕舞う。

「ああー!お前!心配したんだぞ!」

知らない声が隣で騒ぎ出し、声の主を見てぎょっとする。

「あはは、ごめん。心配かけちゃって...」

「全く、これまで一体どこに行ってたんだよ!」

「うーんと...別の世界?」

「よく戻ってこれたな!?」

「そこは何とか。この人のお陰で...士?」

こちらの様子を伺い、あーそっかと何か理解したのか声の主を示しながら話を続ける。

「この子がパイモン。ちょっと前に釣り上げちゃった旅の仲間だよ!」

状況をなんとか整理しつつ、混乱する頭を落ち着かせながら口を開く。

「この世界では浮遊する人間は普通なのか」

何に困惑してるのかをようやく理解した蛍が答える。

「さあ?」

「「おい!」」

知らない声の主たる存在は、たしかに人間の、幼児の姿のようだが、まずその頭に輝く冠はどこかに固定されるでもなく浮いている。それだけならばまだいい。多少変ではあるが物を浮かせる力という類のモノはこれまでの旅でもそう一般的ではないにしろあった。だが特筆すべきは、その体自体が地面から1m以上浮いているのだ。まるで宇宙遊泳をするようにその場所にふわふわと飛んでいる。

「えぇっとパイモン?この人は門矢士、向こうで私を助けてくれた人だよ」

「そんなやつがなんでここにいるんだよ!?」

「悪いかチビスケ、俺が何処に居ようと勝手だろ」

あまりにもとんでもない状況に混乱していた頭が落ち着き、目の前の自分をにらみつける小さい生き物に目を向ける。

「こいつがあまりにも危なっかしいんでお守りを買って出てやっただけだが?」

「なにをーぅ」

その額を人差し指で押し返し、羽織ったジャケットを翻しながら大仰に礼をする。

「うわっ。何するんだよ!」

「まあ、言ったからには手伝うが、基本的には俺も好きに動かせてもらうさ」

「ぐぬぬぬぬ。おい!こんなやつ本当に連れて行くのか!?」

「うん。旅は道連れって言うし、きっとこうしてついてきてくれたのも何かの縁だもの」

「だそうだぞ。で、これからどうするんだ?アテはあるんだろう?」

いつまでもここにいても仕方がないと思い、話題を変える。

「うーん、とりあえず昨日パイモンが言ってた通り、近くのお城を目指してみようと思う」

「昨日?言ったのはついさっきだぞ」

「あれ?でも確かに昨日一晩寝て...」

「まあ世界毎に流れる時間なんて違うもんだろう。そうと決まれば行くぞ」

明らかにこれまでの世界と違う世界。見たことのない景色。少なからず、冷静になったはずの俺はこの新しい旅に心を躍らせていた。




思い立ったが吉日と始めたもの故今後の評価やコメント次第で調整しながら続きを書こうかなと考えております。一応このあとの展開も考えてはいるんですけどね...拙作ということで

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