山内くんに転生したのでBADEND回避を目指します! 作:あまざらし
2年BCチームは『龍園チーム』
7回裏時点 堀北5-4龍園
「綾小路殿が持ち前の俊足を活かしたでヤンス」
「じゃ、一点、追加、した……のか」
「うむ、まだ我らのチャンスでヤンスって、大丈夫でござるか?」
「ダイ、ジョ、ブ」
ゔっっと息が一瞬詰まったので、急いでオレはスポーツドリンクを口に含む。
未開封で受け取ったペットボトルの中身はほぼ空。それでも焼けそうな喉の乾きが一向に癒えない。
「……ダメそうでござるな。ゴホンッ、何か戦況が変化したら報告する。ターゲットは例の場所で変わらず。ではまた」
オレの返答も待たず博士からの通話は途切れた。
試合は8回表。
終盤になり両チーム1点でも追加点が欲しい、そんな場面。
博士によると、どうやら堀北チームに貴重な1点がもたらされた。らしい。
らしい、というのはオレは現在、グラウンドから離れているからだ。
じゃあどこにいるって?
学校の校舎近くだ。
風を全身で受けつつオレは校舎入口へと急ぐ。
体力は限界だ。でも試合終了まであと少し。時間が惜しい。だから駆け出した足だけは止めないよう慣性に従って走り続けていた。
ここの自販機を右に、右に。ショートカット、ショートカット。
オレは疲れでルートを間違えないように心の中でそんな呪文を唱える。
右に曲がって坂を少し登れば待望のガラス張りの連絡路が姿を表す。校舎は近い。オレは校舎に入ったあとの道筋を幾つか思い浮かべ、最も単純なルートに絞る。
(試合抜け出してまで走って、何やってんだろうなホント)
ちなみに博士から聞いた試合のハイライトはこうだ。
4番の健から始まった8回の攻撃。投手の龍園は迷うこと無く健には敬遠を選択。そして堀北先生にはデッドボールという、まるで6回の繰り返しの戦術だったらしい。
しかし二人は挑発的な龍園をいなしてチャンスに繋げる。
追加点となったのはチームが勢いづいたそんな場面。
本日4度目の打席に立つ、原作主人公の6番綾小路くん。
ノーアウト1、3塁の好機。健が盗塁したこともあり、打席に立つ綾小路くんのカウントは既に2ストライクと追い込まれ後がない状況。観客側ではそんな諦めていた矢先での得点だったらしい。
ミスが許されない場面で、綾小路くんは大胆にもスリーバントスクイズを決めたのだ。
本人は惜しくもアウトになったらしいが、得点直後は守備の意表を突いた彼への惜しみない声援が通話越しからも届いていた。
飄々としているけどなんだかんだ綾小路くんって見せ場作るんだよなぁ。
ふぅホント、味方で助かったぜ。
綾小路くんに感謝しつつ、校舎内を速歩きで移動していたオレに博士からの追加連絡が来る。
【残念、追加点には至らず 堀北6-4龍園】
今は8回裏龍園チームの攻撃か……急がないとな。
オレはある人物との接触を急いだ。
◇ ◇ ◇
少し時を遡って7回裏終了直後のこと。
裏でこっそり実行していた作戦の続報が届いた。
麻耶とみーちゃんによる、『高円寺を試合に勧誘しよう作戦』の結果である。
あの高円寺を懐柔するにはどうすればいいのか。
「諦めた方がいい」
綾小路くんならそう助言するだろう。
だがオレは閃いたのだ。みーちゃんなら言う事聞いてくれるかも! って。
そんな原作知識から推測した、願望混じりな雑な作戦だった。
しかし残念ながら結果は失敗。
二人の言葉をまとめると、二手に分かれての校内捜索中にみーちゃんは高円寺を発見。勇気を出して引き留めようとしたが「悪いがこれから用があるのでね」と彼はまるで意に介さなかったようだ。
みーちゃんは食らいついて麻耶と合流を図ろうとしたが、室内プールの男子更衣室にスタスタと入室されては、断念するしかなかったとのこと。
あんな内気な子が勇気を出したのに断るとは高円寺め……。
この失敗は手痛いな。
何が悪いって、高円寺を説得したのはみーちゃんなのに失敗したことだ。
やっぱ1年最後の闇洋介イベントが発生しなかったのが影響してるのか?
だから高円寺に、みーちゃんフラグが発生しない?
いやいや。高円寺の秘めた想いは原作でも明言はされてなかったはずだし。
それにあの差し入れイベントがあったのは二年生。この段階では断定は出来ない……よな。
ベンチ裏で揃って沈んだ顔した二人のフォローをしつつ、時間もないのでオレは次の行動に移す。
「櫛田ちゃん、悪いけど守備頼めないかな!」
オレは急遽、選手交代を櫛田に頼むことにした。
元々、櫛田はサポートとしてベンチ入りしていたのだ。当たり前だが急な交代に彼女は戸惑っているようだ。
「えっ、私なんかが出ても大丈夫……、なのかな」
遠回しな拒絶の態度をとる櫛田。しかし最後には折れてくれるだろう。
だってもうオレは疲労困憊なのだ。
本当はこの回まで登板する予定だった。でもこのヘトヘトな状態なら高円寺に直接出向くことを優先したい。
堀北先生もこちらを観察しながら無言で頷き承認。何やら一言ありそうではあるが。
「桔梗ちゃん出てくれんの!? なら気合入っちゃうなー。いざとなったら俺がカバーするから! なっ、なっ、健も賛成だろ」
「春樹は限界ってことだろ、ッたく、根性付けとけよな! オウよ、下手にAクラスの連中や本堂なんかと交代するよりゼッテー頼りになるだろうしな」
「えええー! ま、櫛田ちゃんなら喜んで譲っちゃうけどさっ」
健、寛治、あと本堂の発言。その後も連なる皆の後押しで櫛田の退路は、ほぼ断たれたと言っていいだろう。
彼女だって健たちの言葉を聞く前に理解してたはずだ。
『みんな』に頼まれたら断れない事を。
そして櫛田はゆっくりとオレのそばに歩み寄ってにこりと目を細める。満面の笑みだ。
流れるようにオレに向かって両手を差し出すその姿は、後光が差した女神様のようにも見える。
ああ、山内くんならこう勘違いしていたことだろう。
(ひょっとして、桔梗ちゃんってオレに気があるのか!?)
ってな。
でも残念だな山内くん。そうじゃない。
今の
(チッ、面倒なことを)
これに一票だ。
でも積み重ねてきた櫛田桔梗のイメージを彼女は今更崩せるはずもない。するはずもない。
「私でいいなら頑張ってみるね! 山内くんのグラブ、貸してくれるかな?」
そんな透き通った彼女の声に押され、オレはグラウンドを抜け出して高円寺の捜索を開始したのだった。
◇ ◇ ◇
【緊急、龍園軍追加点 堀北6-5龍園】
博士から試合の続報を受け取る。
今は8回の裏。打順は確か2番の小宮から。そして次の3番は龍園だ。
オレと投手交代したAクラスの鬼頭は龍園とすこぶる仲が悪い。荒れるとは思っていたがやっぱり荒れたか……。
だからオレがこの回まで投げたかったが、今となっては仕方がない。
龍園には申告敬遠する作戦、洋介は果たして実行できたのやら。
オレを気遣ってか、博士も簡潔な報告しか流れてこない。詳細は戻ってからになりそうだな。
さてと、やっと目的地だ。今いる場所は校内の閑散とした室内プール。
プールサイドに突入してすぐ、オレに向かって監視員が大声で「キミ!」と声を荒げる。きっと水着を着用していないからだろう。すかさず「すんません! 忘れ物です!」と手で輪っかを作りゴーグルを忘れたとアピールする。ひとまず見逃してもらったが長居は難しいかもな。
顔から流れる汗を袖で雑に拭きながら周囲を見渡すと、さして迷うことなくクラスメイトの高円寺を発見する。
泳いでるなら兎も角、デッキチェアで横になり寛ぐ彼の姿は誰がどう見ても休憩中だろう。オレは遠慮なく近づくことにした。
「高円寺、ちょっとお願いしたいことがある」
「断らせてもらおう。見ての通り私は多忙なのでね」
傍から見る分には、最も多忙が似合わない男ではある。
「ちなみに今、何をやってるんだ」
「ふっ、日光浴さ」
「それならグラウンドで皆と日光浴ってのはどうだ? 青春もプラスだぞ」
「悪いが興味ないね」
そのセリフ、一応金髪キャラではあるか……。
にしても未だにこちらに視線一つよこさない。ま、オレなんかじゃ動くわけないか。
やはりオレでは高円寺を動かせない。
それを確認出来ただけでも収穫か。
何故かこの前の試験で協力してくれたが、あれが例外ってことなのだろう。
「それが本来の君なのかい。ミスター山内」
「ん?」
高円寺がどこかオレの反応を試すように、こちらに鋭い視線を向ける。
「折角の学び舎。それなのに君はもう既に泥臭く働く、錆びついた社会の歯車のようじゃないか」
「えっ」
思わず心臓がドクリと跳ね、脈に合わせ息が詰まったように呼吸が浅くなった。
もしかして遠回しに社畜って言ってます?
なぜ分かった。恐ろしいな高円寺よ……。
「ま、私にとっては一生無縁の世界だがね。他に用がないなら帰ってくれないかな。汗がこちらまで飛んでも困るのでね」
オレは隠していた核心に触れられ次の言葉が出なかった。
結局、碌な追撃も出来ず、別れの言葉も無く、高円寺に急かされたオレは何の成果もなくプール場から離れるのだった。
高円寺を招集出来ず、失敗だ。
分かっていた、分かっていたがAクラスを目指す上での重要人物を頼れないのは辛いな。
室内プールを後にし、変わり映えしない廊下をトボトボと歩いていたが、左手に持っていたスマホの振動にオレはハッとなり急いで画面を確認する。
オレの秘密、あの高円寺の発言はひとまず保留だ。オレはそう割り切ろうとしたが、今回限りは簡単に切り替えられなかったのかもしれない。画面に表示された時刻は、思った以上に時間が過ぎていた。
ゴクリと唾を飲み、通知の詳細を開く。
【9回を両軍無得点 堀北6-5龍園 我らの勝利!】
勝った!! のか。
つまり今回の行動は無駄足!?
でも高円寺の力なしで勝てるとは……。
あのままだと戦力的には今日は負け試合かと思ったが。
皆の頑張りに感謝しつつ、少しあっけない結果に困惑しつつ、ポイントを失わなかったことに安堵したオレは心を鎮めるように皆の所へゆっくり帰るのだった。
◇ ◇ ◇
1時間前あれほど熱狂していた観客席はもぬけの殻。
正午を回ったばかりとあって学生の多くは今頃、ケヤキモールや寮で各々食事を楽しんでいる頃だろう。
「南雲。グラウンドの整備は完了だ」
「ああ桐山。問題ないようだな。解散でいいぞ」
グラウンドに残っているのは3年Bクラス生徒会副会長の桐山。そして、生徒会長である南雲のただ二人。
桐山は野球部と協力し整備がつつがなく終了したことを南雲へ報告する。
今日、生徒会が関わった任務は言ってしまえばボランティア。悪く言うなら無駄な仕事だろう。
桐山は試合が始まる前、今回は無意味な仕事。
実際そう思っていた。
しかし審判として新二年生の試合を間近で観察できたこと。
それは思わぬ幸運だったと今は認識を改めている。
別学年の力量。単純に数値化出来ないそれを特等席で触れられたからだ。
評判通りの須藤健の活躍。山内春樹の思わぬ力投。
龍園翔の豪胆な戦略。
そして両陣営のチーム練度や関係値。
「お前も認めるか桐山」
山内春樹のあの件のことだろう。だが桐山はすぐには答えなかった。
今日の試合の結果を南雲がそのまま評価しているのかが気がかりだったからだ。
「先程の試合、龍園チームは全力だったと思うか?」
「まさか。アイツらは結果はどうあれプライベートptの損は無いんだ。全力を出して手の内を晒したりはしないだろう。試合を真面目にこなしていたのは、勝利を収めた側だ」
今回の試合は、やはり生徒会長の南雲と龍園の二人が仕組んだことか。
南雲は事前にプライベートptを龍園に渡していた疑いがある。桐山にとってそれは望ましいことではない。だがこの試合はそれなりに有益だったことも事実で強く非難出来なかった。
そこまでして南雲は山内の実力を見たかったのか? それとも綾小路か?
しかし南雲の真意を探るには、桐山の持つ材料だけでは答えに辿り着けない。
「先程の質問は山内のことで合っているな」
「ああ」
「勿論、お前や堀北先輩と比較すれば遠く及ばない。だが、今日の内容なら特に落とす理由もないだろう。俺も認めよう──山内の生徒会入りを」
生徒会長である南雲はある日を境に、『山内の生徒会入り』を妙に固執していた。
しかし不思議だ。
なぜ山内春樹なのだろう。
桐山は今日の山内の活躍を見ても、まだ違和感が拭えなかった。
南雲が新二年生で最も警戒しているのは堀北先輩も贔屓していた『綾小路清隆』のはず。それに今日の試合では結局、綾小路のポテンシャルの高さは窺えど底が知れないまま。
終盤のスクイズは度胸もあり、南雲だって更に綾小路への警戒を強めても不思議ではない。
だが南雲が役員に推挙したのは、さほど南雲本人も脅威に思ってないだろう山内だ。
自分の駒にしやすいからか?
しかしそれも別に『山内』である必然はない。
それが桐山が不思議に思う理由だった。
余りにも顔に出ていたのだろうか。
「なぜ山内なのか不思議か桐山?」
「……ああ」
桐山は思わず下を向き、すぐに前を見据えた。
正面の南雲はすぐ口に出さない。そのまま何か答えを探るように空を見上げていた。
「それはな──俺もそうなんだ」
そう答えた南雲は曇り空を見上げ、ゆったり風に流れるおぼろ雲を見つめていた。
その表情はまるで掴み所がない。
だが誤魔化した素振りもない。
事実? とするとこの件は南雲でも範疇外な見えない力でも働いているか?
桐山はそう直感した。
ならば、それならばこの件は深追いしない方がいい。
確かに山内の生徒会推薦は不可解ではある。
しかし桐山たち三年生にとっての最重要事項はあの『切符』であり、それさえ無事ならば今回は些細な問題──いや、きっと考えるだけ無駄なのだ。
だからすぐに桐山は切り替えることにした。
遠くに見えるあの一つの小さな雲と同じだ。そんな些末なことに目を向けるなんて無意味なのだから。
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今回は高円寺が来るパターン、負けや引き分けオチ等々も考えつつ。結果、これに落ち着く。