空き箱にひらがなを書いたボタンを作ってストローをくっつけただけの簡単な装置。
それを利用して、モカは蘭をコントロールし、彼女のあんな姿やこんな姿を拝もうとする。
今、世紀の大実験が始まろうとしている……。



☆BDP14thにおいて「ぷむ」名義で無料配布した内容を若干手直ししてネット公開したものになります。

☆pixivにも同じものが投稿されています。

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元ネタはもちろん、某教育番組の某スイッチ。昔、某スイッチを工作を自作した人は自分だけではないはず。


蘭スイッチ

 とある日の放課後、モカは怪しげな紙箱を手にして、いつもの屋上に立っていた。

 

「授業中に先生の目を盗んでコツコツと作ったエモい発明品がようやく完成~」

 

 彼女が嬉々として操作する箱は『蘭スイッチ』。一見、ただのお菓子の空き箱を使った工作に見えるがただの箱ではない。

 ここに書かれている 5 つのひらがなが書かれたボタンを押すことで、ストロー製のアンテナから特殊な電波が発せられ、蘭に届く。電波を受信した蘭は、押した文字から始まる動作を自分の意思に反して取ってしまうのだ。

 ボタンを押した後の蘭の反応に関しては、事前に雇ったつぐみがこっそりと撮影している。

 つまり、モカは屋上から一歩も動かずに、自分のスマホで蘭のあんな姿やこんな姿が拝めるというわけだ。

 

「つぐから、撮影の準備ができたって連絡もきたし、早速、世紀の大実験を始めようじゃないですか。蘭スイッチ『あ』。アイスを食べる」

 

 小手調べに、モカが『あ』のボタンを押すと、蘭は吸い寄せられるように自販機の前に立ち、アイスを購入。実験は、大成功だ。

 しかし、こんな蘭の姿は幼少期から何度も見ている。今、モカが求めている彼女からは程遠い。

 

「それでは、次は少し攻めてみよう。蘭スイッチ『い』。板垣退助」

 

次のコマンドを入力した直後、モカは思わずにやけた。

スマホ越しの蘭は、突如右胸を抑えて倒れこみながら叫んでいるのだ。

 

「ぐわっ……!板垣死すとも自由は死せず……!」

 

 1882 年(明治 15 年)、板垣退助は自由民権運動の一環として岐阜に訪れた際、何者かに暗殺されかけた。

その、歴史的な事件が今、140 年の時を経て羽丘女子学園で蘭が全力で再現している。通りゆく人々の生暖かい視線をも気にせずに。

 普段の、クールで冷静な彼女なら絶対に見せない姿。これこそ、モカが求めていいたもの。

 そして、それがモカの好奇心といたずら心を刺激したのは言うまでもない。

 

「蘭スイッチ『う』。ウエスタンな蘭」

 

 ウエスタン、すなわち西部劇。

 真っ赤に燃える夕陽を背に、蘭は指で銃の形を作ると何もないところを睨んで「バキュン」と弾丸を放つ。そして、ふっと銃口に息を吹いた。

 

「蘭は、妄想の世界で一騎打ちをして悪党を倒したみたいだね~。そしたら次は……」

 

 調子に乗ったモカは『え』のボタンを押しながら、絵を書くことを命じた。

 蘭は校門を出るが否やその場にしゃがみこみ、カバンから鉛筆とルーズリーフを取り出した。

 

「今日の美術の時間で、蘭の芸術見たかったのに全然見せてもらえなかったからな~。さてと、お手並み拝見」

 

 モカは撮影役のつぐみに連絡して、カメラのピントを蘭が持つルーズリーフに合わせた。

 そして、それを見たモカは言葉を失った。まさしく芸術だった。黒影に染まりつつある、燃えるような街並みがモノクロで鮮やかに、力強く再現されているのだ。

 

「少しも隠す必要ないじゃん。蘭ったら、照れ屋さんなんだから~」

 

 モカは、まるで母親のように微笑む。

 しかし、一心不乱にペンを走らす本人的には納得がいかないようだ。

 

「あっ、ちょっと待って。ここの建物とここの建物、1ミリずれている。やり直し。これじゃ、千聖さん以下だ」

 

 蘭はルーズリーフをちぎって丸めると、バッグに突っ込む。

 それと同時に、彼女は背後に殺気を感じた。

 恐る恐る振り返ると、そこには満面の笑みの千聖が立っていたではないか。

 緊急事態発生。実験の中止もやむを得ないか。つぐみは、カメラを回しながらモカに現場の状況を克明に伝える。

 しかし、モカに実験を中止する気は微塵もない。

 

「羽沢研究員。今こそクールな蘭の中に秘めた、本当の蘭を見るチャンスですぞ。蘭スイッチ『お』。お説教をされる」

 

 その瞬間、千聖のどす黒いオーラが嵐になって吹き荒れ、蘭を飲み込んだ。

 彼女は、千聖を前に俯き、黙り込む。

 それをひとしきり楽しんだモカは、反撃の狼煙をあげた。

 

「蘭スイッチ『え』。エラそうな態度をとる」

 

 そのコマンドが入力された途端、蘭は千聖のお説教をぶった切って胸を張った。

 

「千聖さん、芸能人だからって調子に乗りすぎじゃないですか? あたしは強い、あたしは賢い、あたしは美しい、あたしは正しい……。誰よりも、誰よりも!」

 

 上から目線で、千聖をあざ笑う蘭。

 あたりの空気が絶対零度で凍ったのは言うまでもない。

 その後、両者の間でどんな修羅場が始まったのかは、ご想像にお任せしよう。

 

 

 

 

 

             ☆           ☆

 

 

 

 

 

 千聖と蘭の競り合いが繰り広げられる中でも、モカは蘭スイッチを操作し、思い思いの蘭を作り出しては楽しんだ。そして、修羅場を加速させて混沌に誘った。

 しかし、何回目かもわからない操作の直後、前触れもなくスマホが暗転した。

 

「およ? 故障かな?」

 

 現場の状況を知るべく、つぐみに連絡を入れたが、こちらもうんともすんとも応答がない。

 不意の怪奇現象に頭を抱えるモカ。

 その時、勢いよく屋上と階段を繋ぐ階段の扉が開いた。

 見れば、そこには顔を真っ赤にしてモカを睨む蘭と、申し訳なさそうに笑うつぐみが立っていた。

どうやら、実験がバレたらしい。

 

「つぐみから実験のこと、全部聞いたよ。よくも、あたしを恥ずかしい目に合わせてくれたね?」

 

 蘭は、怖い顔で一歩一歩モカをフェンスに追い詰める。

 まさに、絶体絶命。万事休すか。

 しかし、救いの神はドタバタと階段を上ってきた。

 

「蘭~、聞いてよ~。巴が~!」

 

 ひまりだ。

 彼女は蘭に跳びつくと同時に泣きじゃくる。

 少し遅れて、元凶であると思われる巴が昇ってきて「まぁまぁ」というも、効き目はゼロ。

 

「モカ、これでうやむやになったと思わないでね。この借りは必ず――ちょっ、ひまり!離れて!」

 

 賑やかな渦にとらわれた蘭は、捨て台詞すらまともに言わせてもらえない。

 そんな、彼女の瞳をモカは見た。

 

「わかっているよ~。負けず嫌いな蘭が、このままで終わるわけないもんね。だからモカちゃんは、ずっと君の挑戦を待っているよ~」

 

 幼少期からずっと側にいる蘭。でも、過ごせば過ごすほど彼女は新しい顔を次々と見せてくる。

 だからこそ、今回の実験でもっと沢山の彼女を見ようと思った。

 今日は少々欲張りすぎたようだが。

 それならば、ゆっくりと時間をかけて、幼馴染という特等席で見ていこうじゃないか。

 だから、夕陽で紡がれた蘭との友情――いや、Afterglow の絆は大切にしたい。

 たとえそれが、宣戦布告だとしても。

 新たに生まれた繋がりに胸を躍らせたモカは、蘭スイッチを操作しながら仲間の輪に飛び込んだ。

 

「蘭スイッチ『い』。いつも通りのあたし達で、ずっといようね」

 

 


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