アネモネの花は救われる   作:天パのまっさん

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前に書こうとしたオリジナル指揮官の話のリメイク版です。

調べながら書いてたら1話書くのに1ヶ月が経過してた、何を言ってるのか分からねぇと思うが私にも分からん()

あと、ロシア国内がだいたいは舞台となるお話ですが別にウクライナとかリアルの政治的事情を絡ませたお話では無いのであしからず。
というか侵攻前からずっと頭の隅で考えていたお話なので。



本編前
第1話 事件はランチの後に


西暦2061年、第三次世界大戦の終結から10年。

旧北大西洋条約機構と新ソビエト共和国連邦との全面衝突。両陣営合わせて1000発にも上る核の応報の後、数百万の(兵器)(兵士)がぶつかった大戦により、ヨーロッパは今なお生々しい死者の記憶に蝕まれていた。

 

それは払った犠牲の無益さ故に、流した血の大きさ故に、そして莫大なる犠牲を以てしても釣り合わない代償故に。

 

 

大戦によって引き起こされた核の冬は飢餓を引き起こし、拡大する汚染地域は居住可能地域の減少と産業の崩壊を引き起こした。

 

もはや政府に国家を維持するだけの力は無く、国民に国家の義務を全うするだけの余力はなく、増え続ける失業者と家なき難民、莫大な数の死者を出しながらも溢れる人口を賄うことが出来る土地や経済力はもはや地球上には存在しなかった。

そして、その状況は難民による暴動やテロ、そして東欧の軍需企業で発生した戦闘用自律人形の暴走事件によって悪化の一途を辿った。

 

かつて、旧コールドウォーの時代からフィクションと揶揄された人類の滅亡は眼前まで迫っていた。

 

 

私が生きているのはそんな時代で、第2の人生を歩んでいるこの21世紀は血塗られた恥の世紀だった。

荒れ狂う動乱、広がり続ける戦禍、カオスの時代を手段を選ばず生き延びた。そして、今はかつて思っていたのとは形は違えど自らを慕う仲間を従えてとある民間(P)軍事(M)会社(C)に身を置いていた。

 

そんな私の昔を知る部下達は皆、私のことを少尉と呼んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それはなんてことの無い、いつも通りの平穏で、それでいて少し刺激的な日々の中での事だった。

 

いつもの様に賑わう街。季節は冬本番前の11月で、気温は既に氷点下3℃を記録し、ヨーロッパ北部特有の曇り空からは淡々と雪が降っている。

 

時刻は午前7時30分を過ぎた頃だ。

新市街を挟んで対岸に位置する旧市街区の郊外にある私の自宅から愛車のUAZハンターを転がして既に十数分が経過していた。

 

5年前の旧EU、今の欧州統一国家である汎ヨーロッパ連合との国交正常化を受けて緩和された輸出入制限は、大戦によって廃れていた産業を再び活性化させ、そしてここから輸出される各資源や加工品はヨーロッパの経済を回復させていくこととなった。

 

北海に面するこの港町は、ヨーロッパとの主要貿易港ということもあってモスクワからここへと至る連邦道路M-8ホルモゴールイを通る大型のトレーラーやタンクローリーの往来が激しい。

しかも、この国の人間は気性が荒いこともあってか事故を起こしているのをよく見かける。

 

つい先日にも、海軍所管の重火器と弾薬を載せた装甲輸送車がガソリンやディーゼル燃料(軽油)を満載したタンクローリーと衝突して大火災となったばかりだ、なんと痛ましいことか。

 

だが、生憎事故は私の管轄内ではない。それを管轄して対処するのは人民警察(民警)の仕事だ。

 

 

 

古き街並みが残る旧市街を抜け、北ドヴィナ川を渡る橋に差し掛かるとトラックの交通量は更に増えた。そして最後には橋の上で渋滞に捕まることとなった。

 

ポツポツと雪が降る外、暖房のかかった車内から橋の下を見るとばら積み貨物船(バルクキャリア)や北部の林業が栄える地域から運ばれてきた丸太を載せた木材専用船などの小型船舶が往来するのが見えた。

 

第二次世界大戦時にドイツ軍Uボートが行った商船狩り(通商破壊)を避ける為に北海へと迂回した連合国輸送船団の陸揚げ港として栄えたこの街も、今では大戦を経て軍備が増強された新ソ連海軍北方艦隊の母港として機能している。

 

白海に面する外港には巨大なコンテナ船やタンカー、北方艦隊の旗艦である2隻の航空母艦が停泊し、防空システムを搭載したフリゲート、強襲揚陸艦や大陸間弾道弾を搭載する戦略原潜などの大型艦船が錨を下ろして佇んでいる。

 

そして、私が今居る橋の付近にも河川港が点在し、北海を渡ってくる比較的小さな船や北ドヴェナ川を下る河川水運の貨物や旅客船が行き来し、旧市街の対岸に位置する新市街とは反対側の内港にある海軍管轄の埠頭には小型の掃海艇やミサイル艇に、国境軍が保有する警備船艇が係留されている。

 

軍や民間、他にもその産業に関係する工場や造船所などもひしめき合っているので渋滞が耐えない。

 

大戦時にNATOの空爆によって落とされた橋を戦後になって新しく架け替えたが、それでも欧米への貿易再開後の交通量を考えれば橋の下を通る鉄道などの公共交通を利用するのも悪くは無いだろう。

 

まぁ、ドライブが好きな私はあまり乗りたくはないが。

 

 

少しすると、渋滞が動き始め、5分もしないうちに新市街に入った。

 

戦前は小さな村落だった旧市街の外れだが、今では都市の拡大に従って開発が行われ、8年前とは違うガラス張りの商社や貿易企業の高層ビルが建ち並ぶソ連国内でもかなりの大都市となった。

 

そんな都市のオフィス街であるルゴボイ地区。そのうちの何の変哲もない中層ビルが私の勤務先だ。

細かく言えば、私がスカウトされ、現在はこの街を含めた地区の指揮官として働いている民間軍事会社であるグリフィン&クルーガーの所有する建物である。

 

正面玄関には上半身と翼が鷲で下半身がライオンの伝説上の生き物であるグリフォンのシルエットにG&Kのロゴが入った紋章が掲げられ、その隣にはキリル文字で社名が書かれている。

 

玄関ホールがある正面は隣で地下への延びるスロープ手前で警備室から顔を見せる若い警備員に社員証を見せ、ゲートのバーが上がるのを待って車を発進させた。

そして、照明に照らされて一面コンクリートの味気ない地下駐車場のスロープを下る。

 

そして辿り着いた広々とした地下をフロントガラス越しに見渡せば、駐車スペースにはゴツゴツとしたジープやらセダンやらSUVやらが間隔を広く空けて停車していた。

 

もう既にスタッフや部下達の何名かが出勤しているのだろう。

 

 

そう思案しつつも、空いたスペースに大柄な車を停め、助手席に置いてあった歩行杖を取り出す。

ロフストランドクラッチと呼ばれるそうで、カフと呼ばれるU字型の輪の形をした固定具と体重を分散させるゴム製グリップが特徴的で、主に広くヨーロッパの医療現場で使われる杖だという。

 

10年ほど前から不自由な左脚だが、昔と比べれば何の苦にはならない。

 

仕事用手提げバッグを肩に引っ掛けて杖をつく私は、エレベーター手前で立番をしている警備人形に律儀にも”おはよう”と声をかけて到着したエレベーターに乗り込んだ。

 

だが、エレベーターには既に地下階から乗っていた先客が居た。

自動で開いたドアの向こうに立っていたのは、二本足で立ち上がったグリズリーの如き大男。

 

「おはよう、少尉殿」

 

「あぁ、おはよう」

 

彼の挨拶に私も返す。

地下のトレーニングフロアで一汗かいてからシャワーを浴びたのだろう。

彼の年老いた白髪混じりの髪の濡れ具合から察せられる。

 

「朝からトレーニングか?元気だな」

 

「いえ、これでも現役時代よりは体力が落ちたものです。ベンチプレスも、もう若いのには勝てなくなりましてな」

 

ハッハッハと笑う彼は、かつてはロシア連邦時代からの軍人である。

 

幾多もの死線を掻い潜った古兵(ふるつわもの)で、ロシア革命時には白軍として抵抗し、最後にはドイツに亡命、その後は義勇兵として戦い、大戦時には欧州を転戦して生き延びた。

 

今では我が隊の4つある小隊のうちのひとつを指揮し、鎮圧作戦や正規軍兵士の訓練などを行っている優秀なベテラン隊員だ。

 

「朝が早いと気分が良いものです。それに、生活習慣が整うのは身体にとっても、良いことずくめなのです」

 

落ち着き払った、歳を重ねる事でしか得られない紳士然とした口調で再び彼は笑った。

 

「私も整えたいよ。生活習慣」

 

彼の笑いに私は天を仰いだ。

それは何故か。原因はここ3日の平均睡眠時間が3、4時間だということにある。

 

「民警の連中ですな?」

 

「あぁ、SWATもどきの代わりをしてやってるというのに奴らは・・・・・・」

 

犯罪の激化に伴い、今まで内務省や国内軍の部隊が対処していた事案を自力解決できるようにと設立されたアルハンゲリスク州人民警察の特殊対応部隊は、軍や内務省お抱えの部隊と同程度の装備品を運用していながらも練度に難を抱えていた。

 

「こっちが対応すると言っているのにまったく。餅は餅屋だろう」

 

「大方、民間(P)軍事(M)企業(C)が重犯罪の対処をしているのが気に入らないのでしょう」

 

「半世紀前ならいざ知らず、今のご時世にか・・・・・・」

 

大戦後の各国に国家の重要部位、工業都市や首都、人口過密な大都市以外の地方を統治し、防衛するだけの力は無い。

今や地方自治体の運営や治安維持は国ではなく、委託を受けた民間企業の仕事である。

 

新ソ連海軍の欧州方面主力が駐留するこの都市においてもその条件は当てはまり、普段から人形を動員しても人手が足りないな人民警察に代わって、グリフィン&クルーガーは重犯罪の抑止や容疑者の無力化を任務としている。

にも関わらず、彼らはそれが気に入らないようだ。

 

「正式な入札で得た仕事なんだがなぁ」

 

自律人形を導入して軽犯罪も取り締まれと難癖をつける彼ら。いい加減役割分担というのを理解して欲しいものだ。

 

狭いエレベーター内に、自然と出た私の嘆きが木霊したような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

落ち着いたツートンに木目調の家具で揃えられたオフィス。

座り心地の良いオフィスチェアーとL字の長いデスクが部屋の中央に置かれ、デスク上にはPCディスプレイとキーボードが置かれている。

 

その部屋の中央でひとりの女性がキーボードを叩いていた。

ワイシャツの上にサスペンダー、首元を緩めたストライプ柄のネクタイが無造作に垂れ下がっている。

部屋には他に誰もおらず、港湾地区や低層のビルが下に見える窓からは白のキャンバスに灰色の絵の具を薄く伸ばしたかのような曇り空から差し込んだ日光が暖かく、そして薄く、冷たくも照らしている。

 

キーボードを打つ彼女の手が止まった。壁掛け時計は既に午後0時を回っている。

 

その時計を見ずに、PC端末の液晶画面に表示されるデジタル時計をちらりと見た彼女は深くため息を吐いて凝り固まっていた背筋をグッと伸ばした。

 

低い位置で結われ、白いリボンのヘアアクセサリーで纏められたアッシュブラウンの髪がデスクチェアーに深く持たれ込んだ背もたれの後ろでゆさゆさと揺れている。

 

背筋を伸ばしきった彼女は首を傾けて肩を鳴らし、目の前のデスクの空いた空間に置いてあったケースから煙草を取り出した。

 

小さな、売店で販売されている有名ブランドのメーカーロゴが印刷されている箱から1本の紙巻きタバコを慣れた手つきで取り出した。

 

ちらちらと長い前髪が揺れ、ブラウンの左眼が見え隠れしている。

 

吸い慣れているのだろう煙草を軽く口にくわえた彼女は、ポケットから細長い真鍮の材質で出来たライターを取り出した。

 

今年の4月にドイツの旧首都ベルリンで催された第三次世界大戦終結10周年の記念式典の場で記念品として参列者に配布されたライター。

 

アルプスや北フランス、東南アジアの戦地で実際にどこかの国の兵士が敵兵とするものに向けて射撃した際に排莢されたライフル弾の薬莢を回収して加工した真鍮製のトレンチライターと呼ばれる代物。

 

明確な敵意で、殺意を以てして引鉄を引き、誰かの命を奪ったかもしれない残り香のようなそれを終戦記念の品として配布するとはいささかセンスの悪さを感じるが、加工を依頼された企業が元々は第一次大戦以降、このような形態のライターを生産していた老舗メーカーだということもあって実用性も高く、日頃から常用している。

 

ふざけたセンスとプライドだけでは使い心地の良さや手入れのしやすさとは天秤が釣り合わないのだ。

 

使い方によっては底部(ボトム)の器具にぶら下げた革紐(レザー)を引っ張って芯を下げ、オープンと呼ばれるプリントカバーで風防を作り、ジッポのように火元に風が当たらないようにもできる。

そういった意味でもこのライターは使い心地が良いのだ。

 

だが、今は暖房のよく効いた建物の中、それも荒天とは無縁のオフィスだ。

外のように強風や雨、これからの寒さが一層と強まる厳冬期に多い吹雪などは気をつける必要が無い以上、そのような手間なことをするのは面倒だろう。

 

 

彼女はほどよく揃えられた程よく長い爪で細長いライターのカバーを跳ね上げ、親指の腹でフリント(火打ち石)を擦る。

プラ製のガスライターにはないオイルライター特有の勢いのない、それでいて暖かな火が灯る。

 

煙草の前で灯らせたそれはシルバーフレームの丸メガネに反射するように揺らめいていた。

 

煙草に火が点る。

ピンク色の柔らかな唇に咥えていたそれから紫煙が縦に伸びてゆく。

 

発ガン性物質の塊、ゲートウェイドラッグ(薬物依存の入口)、依存性に受動喫煙などなど。前世紀の終わりから叫ばれ始めたタバコ規制は、今世紀の前半から続く汚染事件や幾多もの戦災を以てしても尚も激化するばかりだ。

今更、煙草ひとつ辞めたところで世界の終わりなど止められないというのに。

そんなちっぽけな事が、結局のところは他者を盛大に巻き込み、スケープゴートとした自己満足だというのに当の本人たちは気づく素振りも見せない。

 

フィルター越しに煙を吸い込み、肺いっぱいに吸い込んだ彼女は肘をつきながら左手に煙がくゆるタバコを移して吐き出した。

 

朧気のような白い煙が空を舞って消える。

 

あぁ、仕事の合間に一服するタバコはなんと美味いことか。

 

何度かフィルターを吸い、吐いてを繰り返し、灰が長くなれば灰皿に落とすを繰り返していくうちに既にシガレットペーパーの中頃にまで火が来ていた。

 

惜しむかのように、一瞬目をつぶって煙を履いた彼女は未だ煙がくゆるシガーを鈍く光るシルバーのアルミ灰皿に落とした。

 

「さて、昼食(ランチ)でも取りますか」

 

そう独りごちた彼女は深く腰かけていたオフィスチェアーから立ち上がり、杖を片手に部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グリフィンのアルハンゲリスク管区司令部が入るビルの5階にはランチタイムならグリフィンに所属する者全てが利用することが出来る社員食堂がある。

 

内陸側に面し、川越しの旧市街区を一望できるガラス張りのフードコートには幾つもの協賛企業が出店しており、Mの字がトレードマークの欧米のファストフードチェーンや、国内にのみ展開する政府協賛のサンドイッチが有名なカフェ、地元のパン屋や伝統的なロシア料理店などの数店舗がこのフードコートに店を並べている。

 

負担は食材の一部を社員が直接支払い、その他をグリフィンが負担する一部負担制となっている。

その為、比較的に外食を行うより低価格でチェーン店の品々を提供することが出来るのだ。

 

 

このような社食に対する力の入れ具合の背景には、ソ連では昼食は1日の中で最も重い献立を食すというロシア伝統の食習慣があったことが由来する。

 

かつては朝夕は軽く、昼にパンやスープ、肉や魚にデザートといったコース料理を食べていたが、近代以降の工業作業などの重労働化による昼食時間の減少や旧ソ連成立後の食糧危機や経済の低迷などによって次第にその文化は失われることとなった。

 

旧ソ連が崩壊し、更にはその後に成立したロシア連邦の経済が安定する2010年代からは昼食を重く取る余裕が生まれたことから次第に文化は再生し、自律人形などによって作業効率が向上した今では流石にコース料理とまでは行かないがそれなりの物を昼に食べる文化が再び根付き始めている。

 

 

だが流石に上層部━━━主にクルーガー社長や上級代行官であるヘリアントス━━━に食堂の拡張を進言しなければならないのかもしれない。

 

むさ苦しい野郎ども。それもほとんどが軍歴あり、従軍歴あり、そして各国正規軍を退役したとはいえ現場では未だに現役なのである。

そのような男どもグリフィン付きの作業員らと共に各店舗のカウンターに列を成しているのだ、見ているだけで暑くなりそうである。そのうち外に飛び出して雪にダイブしそうだ。

 

併設している他部署に来客が来ているのもあって、幹部社員用の席まで埋まっている。滅多に来客が社員食堂へは来ないので忘れていた、というかこれは初めてだ。

 

どうしたものか。仕事はある程度片してあるし、喫煙所でもう一服して人が空いてからでもいいな。そんなことを考えていた時だった。

 

「司令、昼食ですか?」

 

背後から聞き慣れたティーンエイジャーのようにはつらつとした声が私を呼んだ。

振り返ると、私より少し若いだろう女性が立っていた。

 

杖をつく私より低い背丈に肩ほどに切り揃えられた真っ黒の髪、アジア人特有の整った顔立ちをした少女。

ピッチリと羨ましいほどの細い足がよく映えるデニムパンツ、白のカッターシャツにネクタイを結び、その上からブラウンのセーターという出で立ちの彼女は私の副官である。

 

 

「あぁ、そう思っていたんだけどもね」

 

そう言って私は各店舗の前に広がる光景を揶揄する。

 

「あぁ・・・━━━あはは・・・」

 

彼女は思わず苦笑いした。

それもそうだろう、かのような空間に如何にしてか弱い乙女が入り込めようか。

 

「早めに来て席を取っとくのが1番なんだがな、どうしたものか」

 

うむ、どうしたらいいものか。

やはりさっき考えていたように、空いてから来るのが得策か?

私が頭の中で思考していると、隣に立っていた副官がある提案をした。

 

「あの、新しいレストランがすぐ近くにオープンしたんですが、どうです?昼休憩の間にでも」

 

「レストラン?」

 

私はオウム返しのように聞き返す。

 

「隠れ家的な店でシチー(Щи)とかウハー(Уха)とか、スープものが評判でして、でも、肉料理とかのガッツリ系も美味しかったりして・・・・・・その・・・━━━」

 

副官が言い淀む。

どうやら昼休憩中に外に出たいらしい。

 

「いいんじゃないか」

 

「えっ、いいんですか!?」

 

たまには外で食べるのもいいものだ、普段は家で自炊するぐらいだし。

それに副官がわざわざ提案して来ているのだから断るのもなんだかな。

 

「さて、昼休みが終わる前に行こうじゃないか。善は急げだ」

 

その言葉に彼女は嬉しそうに頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

杖を突きながらしばらく歩いた私は、副官の案内で徒歩2分ほどの雑居ビルに来ていた。

大通りに面したその雑居ビルはグリフィン&クルーガーの司令部ビルから100メートル程の距離にあり、わざわざ車を持ち出さなくてよかったと思ったほどだ。

 

1階には木工工芸品の店が入るそのビルの2階にレストランはあるという。だが表には木工工芸品の店以外、なんの看板も立っていなかった。

 

「副官、看板が立ってないようだけど開いてるのか?」

 

心配になった私は副官に聞くが、彼女は「大丈夫ですよ」と笑いながら言うだけだ。

 

「ちゃんと営業してますから」

 

そう言って彼女は雑居ビルの細い通路へと入っていく。そうなれば、やはり彼女について行く他ないのだから。

 

ポストや空箱、ダンボール箱などで細くなった通路を進む。

副官くんには私の身体のことも考えて連れてきて欲しいものだ、特に脚のね。

 

色々な障害物を乗り越え、最後に清掃員が残していったであろうモップとバケツを跨げば、エレベーターが待っていた。

 

エレベーターの中には既に副官がドアを開けて待機しており、司令こっちですと言わんばかりにニコニコとこちらを見ている。

 

「ハァ・・・ハァ・・・」

 

少し身体を動かしただけで息が上がる、最近のデスクワークが身体をなまらせていたらしい。

 

「お疲れ様です」

 

「お前なぁ・・・ハァ・・・・・・」

 

憎たらしい限りの満面の笑みでぬけぬけと抜かした彼女はエレベーターの階層ボタンを押した。

 

メンナンスしているのか怪しいほどにエレベーターのつり上げ機が異音を立てている。

私が乗っている間に落下したりしないだろうかこれは、そう考えている内に2階に着く。

 

エレベーターが軽快なベルを鳴らして到着を伝えた。

扉が開くと、そこにはフロアひとつを使った落ち着いた空間があった。

 

「ほぉ、これは」

 

店内の内装はグリフィンでも採用されている黒いレンガタイルに木目調の暖かな雰囲気だがこの店のオーナーの采配なのか、古めかし、錆びついたアンティーク品が所々に置かれている。

 

ルート66の錆び付いた道路標識や隅っこに乱雑に置かれた釣竿に金属製バケツ、アコースティックギター、壁にクロス形に架けられた2丁の古ぼけた旧式のレバーアクションライフルと鹿の頭のオブジェクト、そしてテーブル席の向こうにでかでかと置かれたハーレーダビッドソン。

 

 

カウンター式の厨房の前には二十世紀を彩ったジャズやフォークのレジェンドたちのポスターが並び、更には前世紀のカフェやバーなどの娯楽場には必ずあったと言うジュークボックスが、これまた前時代の懐かしさを思い出させるジャズソングを流し続けている。

 

21世紀も後半に差し掛かりつつあると言うのに、このフロアは20世紀中頃のベトナムや公民権運動に揺れたあの時代に生きた、中西部街道にポツリと佇む、物好きが開いたレストランのようなアメリカンな雰囲気が醸し出されている。

 

なるほど、オーナーの趣味が凝り固まった空間なのか。

 

「雰囲気がいいな、ここは」

 

私は思わず感嘆の声を出した。

 

「しかも、オーナーひとりで切り盛りしてるんですよ。このお店は」

 

接客向けの自律人形ですら手頃な価格で購入できるこの時代に、まさかわざわざ1人で店を開けるとは。

余程、腕に自信があるのだろう。料理が楽しみになってきたじゃ無いか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

セベロドビンスクの軍港区画。それはオーロラ事件によりムルマンスクを代表とする白海西岸の海軍基地が使用不能となったことを受けて新ソ連海軍が第三次世界大戦後に新設した空母用ドッグを含む大規模な海軍基地。

 

旧ソ連邦の時代から潜水艦(S)発射(L)弾道(B)ミサイル(M)を運搬する戦略原潜の母港として存在するこの基地は、今では北方艦隊の本拠地となり排水量10万トンクラスの空母を中心とする主力2個艦隊、その他海軍隷下の歩兵旅団や潜水夫スペツナズ(フロッグマン部隊)などが駐屯している。

 

そんな海軍基地のとある一角に佇む古い車輌倉庫。前時代の、既に予備役となったBTR90装甲兵員輸送車が並ぶそこには緑のデジタルフローラル迷彩の作業服に身を包んだ4人の海兵がいた。

海軍基地だから海兵が居て当然だと考えるだろうが、彼らがいるのは旧ソ連時代からある人気のない予備役品の保管区画である。

 

そんな区画に本来は警備隊や憲兵しか基地内での携行が許されない海軍制式の自動拳銃(オートマチック)を、海兵たちは実戦の際に腰に吊るすホルスターではなくズボンの裾に挟んで携行していた。

 

そして、彼らの隣に4、5箱ほど積まれた軍用のコンテナケースは本来、強化鉄筋コンクリート製の耐爆バンカーに収められた弾薬庫で歩哨が警戒する中、厳重に保管されなければならない代物である。

 

「おい、何時になったら業者は来るんだ?」

 

頭役であろう迷彩の作業服に支給品の防寒着を羽織った先任の海兵は苛立っていた。それを彼に付き従う若い海兵が諌めようとする。

 

「あともう少しで来るって連絡が入ってるんで大丈夫だと思いますよ」

 

「ケっ、ほんとに大丈夫かよ。こっちはバレちゃ横領で収容所送りだってのによ」

 

「馬鹿な奴らですよ。金さえ払えば楽に軍用品が手に入ると思ってやがる」

 

倉庫の重い自動式の金属扉が開いた。

埃をかぶった古いLED照明だけで照らされていた倉庫に光が入る。

 

「やっと来たみたいです」

 

重厚なエンジン音が鳴り響いている。

入口から倉庫の中に入って来るのは海軍のジープを先頭に並んだ民間の6輪トラックだ。

 

入口の脇に止まったジープを尻目にそのまま進入したトラックは広々とした倉庫の中で切り返し、積み上げられたコンテナケースを後ろに停車する。

そして、運転席と助手席から男が降りて来た。

彼らは海兵たちの前に立つのでもなくトラックの後ろに回り、 後部ドアを開いた。

 

中からは更に3人の男が降りてくる。彼らの手にはVz61のバリエーションのひとつであり、銃口にサウンド・サプレッサーが装着され、ストックが畳まれたVz85短機関銃(スコーピオン)が握られている。

 

5人の男たちの中にリーダー格の男がいた。

よれよれのジャケットにボサボサの髪の毛、そして手入れのされていない無精髭。

男の顔には爬虫類のような眼光が宿っていた。

 

「ブツは?」

 

男が一言だけ喋る。

だが、男が言ったことに反応せず、取り引きに遅刻した事に苛立つ海兵が男に激昂する。

 

「おい、お前の部下が鉄砲持って来てるなんて聞いてねぇぞ」

 

「海軍基地の中なんだ、身構えるのは当然だ」

 

「それにだ、どうして約束の時間通りに来ないんだ?」

 

苛立っていた海兵は男に指を指して激昂する。

 

「俺らがコレを横流ししてるなんてバレたらどうなるのか?アンタらも分かるだろ!?」

 

男達への怒りからか、海兵の拳は震えるほど強く握られている。

それもその筈だ。新ソ連の軍刑法では軍の管理する装備品の横流しは重労働奉仕(強制労働刑)、もしくは銃殺刑と定められている。

 

ましてや、武装した部外者を基地内に招き入れたなどと知れた時には重罪は避けられないだろう。

 

「そんなことは知らんな。買い手を求めたのはお前らだろ?俺は金を払うだけだ、お前らは約束通りに動けばいい」

 

ニヤリと男が笑った。背後に短機関銃を持った男達を従えて。

それを不気味がった海兵は話を戻す。

 

「悪いが3度目の取り引きは無しにさせてもらう。それで、金は持ってきたんだろうな?」

 

あぁ、当然。そう言ってリーダー格の男は背後に立っていた男達に合図する。

 

一斉に男達が手に持っていた短機関銃を海兵に向ける。

その行動に驚いた海兵たちは、ズボンの裾に挟んで保持していた自動拳銃に手をかけ咄嗟に抜こうとする。

だが、既に構えられた状態のフルオート射撃が可能な短機関銃相手に最低限の射撃訓練しか受けていない海軍の補給部隊員がセーフティーのかかった拳銃を抜いて撃つというこの2アクションはあまりにも遅すぎた。

 

「傷はつけるなよ」

 

男が一言呟く。

そして、サプレッサー越しにVz85短機関銃が火を吹いた。




1話だけ書きましたが多分、次の話が出来上がるのに1ヶ月2ヶ月かかるかもしれません。
専門学校の受験とかもあるので。
最悪は来年の年越しになるかもしれませんが、亀の更新速度で良いという方はご愛好よろしくお願いします。
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