アネモネの花は救われる   作:天パのまっさん

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暇な時にちょこちょこ書き足してたらいつの間にか出来上がってたのでどうぞ。


第2話 摘発

アルハンゲリスクの北西にあるルゴボイ地区の雑居ビル、その2階には看板も出さない料理店がある。

 

「はいどうぞ、ご注文のボルシチセット」

 

窓際の席に座る私たちに、店のオーナー兼コックである主人はトレーに載せた各種料理をテーブルの上に並べていく。

ビーツを煮込んだ際に色素が滲み出て赤くなったボルシチに付け合せとして添えられたサワークリームに似たスメタナ、豚の皮を煎って余計な脂肪分を落としてから揚げられたポーク・スクラッチングにウクライナの伝統料理であり、小さなパンを意味する揚げられたパンプーシュカ、そしてガラスコップに入った水。

 

「ありがとう、ご主人。それにしても美味しそうじゃないか」

 

皿を並べた店の主人に礼を言い、料理を見た。

最近は仕事が特に忙しく、昨日は朝昼を食べずに深夜過ぎの夜食のインスタント食のみ、今日の朝食はコップ一杯の牛乳にカロリーバーをかじっただけで済ましていた手前、食欲は旺盛だ。

 

今なら、Mのマークが特徴のファストフードチェーンのビックバーガーですら2つ3つはぺろりと平らげてしまいそうな、そんな勢い。

普段は適当な自炊や仕事帰りに買ったファストフードで済ませる私だが、副官に連れられて来たこの店もこれからの選択肢になりそうだ。

 

「いい店じゃないか、副官」

 

その言葉に彼女は嬉しそうに笑った。だが。

 

「もうそろそろ、副官じゃなくて名前で呼んでもらってもよろしいでしょうか?」

 

暗に怒りを感じさせるような歪んだ笑顔、そして声色。だが私はそんなものでは怯まない。

 

 

「ダメだ」

 

「どうしてです!もうこの仕事初めてから2年ですよ!?」

 

 

「・・・だからなに?」

 

パンプーシュカをちぎってボルシチに浸す。

色々な具材のエキスが溶けだし、塩漬けにされたキャベツやビーツが酸っぱいが、それがパンに合っていて食欲を誘う。

 

「あぁ、やっぱり美味いな」

 

次はパンを浸さずボルシチのみを戴く。スプーンでよく煮込まれたスープをすくい、口に運んだ。

 

テーブルビートを主とし、肉や骨から煮汁を取り、キャベツやニンジン、タマネギやジャガイモをソテーしたものを組み合わされるそれは複数の具材の溶けだした旨みが混ざり合っている。

 

美味い、感想がそれだけしか浮かばないほどに美味い。昼にこんなものが食べれるのは僥倖というものだ。

 

だから、そんな唯一の休息とも言える食事をまさか仕事に邪魔されるとは思ってもみなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・何があったんだこりゃ」

 

グレーのフィールドジャケットにウッドランド迷彩が施されたカーゴパンツの出で立ちの男が倉庫内を見渡した。

地面に散らばる薬莢、所々に飛び散った血飛沫に壁や柱、並べられたBTR-90の装甲板や防弾ガラスの至る所に小さく残った傷、そして倉庫中央で息絶えている4人の海兵たち。彼らの身体には幾多もの銃創が見て取れた。

 

小口径の短機関銃による一斉掃射だろうか。

男が地面に散らばっている薬莢を拾った。もう既に熱は失われており、微かに硝煙の香りが漂う。

 

銅でコーティングされた真鍮製の拳銃弾で、薬莢底部のヘッドスタンプにはバツマークが刻まれている。9mmパラベラムの亜音速弾だ。

 

第二次世界大戦中のドイツが開発した7.65mmルガー拳銃用実包を強化した代物で、世界各国の軍や警察、治安部隊が使用している実績ある弾丸だ。

威力は45口径弾には届かないが、時代と共に洗練されて小口径ながらもなかなかの殺傷力を誇っている。

そしてもうひとつ、この亜音速(サブソニック)弾と呼ばれる弾丸は、文字通り弾丸の飛翔速度を亜音速にし、通常の弾丸の弾速で生じる衝撃波を軽減し、それによって騒音を抑える効果がある。

 

「にしても、外の警衛はなにをしてたんだ?」

 

倉庫の外に止めてあった海軍のジープに乗っていた見張り役と思しき2人組の海兵だが、ひとりは頸動脈を切りつけられ、もう1人は胸に深い刺し傷が残っている。

傷の深さから見るに、使用された刃物は5、6インチ(15cm)程のサバイバルナイフだろう。

 

「で、中尉さんよ。

見たところ、こいつらは認識票を身につけていないようだが、どこの所属かは分かったのか?」

 

死んだ海兵たちと同じグリーンタイプのデジタルフローラル迷彩のジャケットを羽織り、面倒くさそうに倉庫の鉄柱にもたれ掛かるようにして電子端末を操作しているのは新ソ連海軍の刑事捜査局の捜査官である。

 

「指紋と顔から所属の確認が取れた。

 

北方艦隊所属の補給部隊員と艤装部隊の工兵。死んだ6人は全員、ただの一兵卒だ」

 

そしてさらに、刑事捜査局の将校が話を続けた。

 

「武器庫に備蓄してる歩兵装備に弾薬、艦艇用の重機関銃、おまけに海兵旅団所有のタンデム式対戦車ロケット弾が紛失してるのが判明した。

 

話が上層部に上がる前に統制をかけた。我々としてはこの馬鹿どもがどこに幾らで売ったかは知らんが艦隊司令部に知られる訳にはいかん」

 

「つまりはあんたらお得意の隠蔽か?」

 

男の皮肉に刑事局の将校は一瞬だが、睨みつけるような表情を見せた。だが、男はそれを意に返さない。

 

「で、カメラ映像はどうだ、出たか?」

 

「はい。裏門より1時間前に該当車と思わしき3トントラックが1台、基地敷地外へと」

 

口笛を吹かし、憲兵のパソコンを覗き込むと「バッチリ映ってるな」と男が独りごちた。

 

「基地敷地への立ち入り許可は出ています。IDは装甲車のメンテナンス部品の製造を請け負っている自動車メーカーです」

 

「偽造じゃないのか?」

 

刑事局の将校が隊員に質問する。

 

「いえ、保安部より正式な許可が下りています」

 

その言葉を聞いた将校は不機嫌そうに舌打ちをした。それを見て男がまた、皮肉を叩いた。

 

「・・・・・・ご立派だな」

 

外部への武器の流失のみならず、IDの不正使用があった時点で許可申請を精査していなかった保安部の責任であり、事前にそのことを察知出来なかった刑事局の失態でもある。

 

更に、彼らの自業自得とはいえ海軍の隊員から死人まで出しているのだがらかなりの大事となるだろう。

 

ましてや、持ち出された銃火器を用いて反政府組織やテロリストが事件を起こせば事は軍部で済む話では無くなる。

内務省や国家安全委員会は責任を追求し、連邦保安庁はこれを機会に軍部内の腐敗にメスを入れるだろう。

権力拡大を図ろうとする彼らの事だ、軍部に対する加減や慈悲といったものは一切ない。

 

そうなれば、西部軍管区の将校らはタダでは済まない。何故なら彼らは部下達が装備品を欧州の物好きに横流ししているのを黙殺し、更にはお零れさえ受け取っている者も居るのだから。

 

そのような事が表に出れば、確実なる処罰を彼らは受けるだろう。

そして、ここで言う処罰というのは西側諸国に多い減給や降格などの懲戒処分ではなく、軍法会議を経ての強制労働を主とする懲役刑や銃殺である。

 

堂々たるトカゲの尻尾切りだ。だが、それ程までに軍部では未だ腐敗が耐えず、その悪臭は政府内にまで漂いつつある。

 

「こいつはうちのボスに相談させてもらう、いいな?」

 

男の問いかけに刑事局の将校は静かに「あぁ」と答え、男に聞こえないように悪態を口走った。

 

アメリカンスキー(американский)め・・・・・・」

 

 

 

副官の勧めで社外へと出て昼食を堪能していた彼女の携帯端末のコールが鳴るのは今から1分後のことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつもの仕事部屋。ビルの上層にある執務室のソファーに私は座っている。

 

対面には、如何にも軍属、もしくはそれに近いと匂わせる格好をしたアメリカ人が座っていた。

 

「ランチぐらいくつろがせてくれ」

 

「それはすまなかった。だが、ちょっとトラブルがな」

 

そう言ったのは、主に情報収集を担当するリーランドという男だ。

 

「海軍基地でちょっとした事件が起きてる」

 

彼はバックに仕舞っていたファイルを取り出し、机に置いた。私はその置かれたファイルを手に取り、中に挟まれている資料に目を通す。

 

使い捨てのHASIM RPG-32タンデム式対戦車ロケット弾が3基にNSV重機関銃が1挺、海軍の主力歩兵装備であるAK12自動小銃が10丁、各種弾薬が2000発程度。

 

箇条書きのように記された情報には丁寧に各銃器と弾薬の実包を撮した写真が貼られている。

 

「これはなに?また横流しでトラブル?」

 

「オマケに海兵が6人ほど死体袋に入ってる」

 

「そりゃまた」

 

難儀な事だ。事件が中央に上がれば確実に将校らは処罰を免れられないだろう。

 

「刑事局はどうすると?」

 

「自力で捜査するそうだがどの道、今回のコレを抑えない限り何かしらボロが出てしまうだろう」

 

刑事局は基本的に捜査だけを主とし武装部隊を持たない。必要とあらば内務省の部隊や国内軍に制圧を要請する。

そして、その要請先として我々PMCのグリフィンも挙げられる。

 

だが、今回の件は内務省が知れば黙って部隊を貸すとは思えない。

軍部の失態の尻拭きに何の利点もなく精鋭部隊の錬成隊員を危険に晒す訳にはいかないし、対立先にわざわざ失態を見せつける訳にはいかない。

それに叩けば埃が出ると分かっている以上は叩きに来るのは確実だ。

 

()の主計簿はネズミだらけだというのに・・・・・・」

 

彼らは派手に動き過ぎた。

ただの軍用レーションや小物類をギーク共に売り付けるのは日常茶飯事だが、軍用火器のそれも重機関銃や対戦車ロケットを金目当てに横流しするのは些か隙が大きすぎる。

 

そして、そのような代物の流れ着く先は物好きの物置の肥やしではなくテロリストや危険人物の道具である。

 

「マフィア共の抗争程度で済めばいいが、過激派に渡ると面倒だ」

 

「先に叩くべきだと思うが?」

 

「やってくれるか?」

 

質問に質問を返すような返答。だが、彼はその質問に「それが仕事だからな」と返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アルハンゲリスク旧市街港湾地区の一角。

 

ふと左手首に巻かれた時計に目をやる。時刻は日付が変わった午前1時、分針は30分を指している。

人の営みは既に落ち着き、人々は眠りに入っているのか建物に灯る電気も消えており、街路に等間隔で並べられた街頭だけが深々と降る雪を照らしている。

 

空気がツンと肌に刺す。

 

口からは白い吐息が出ており、それは僕が率いるチームの仲間達も同じだった。

 

港湾地区のフェンス前にSUVを先頭に停められた黒いバンの後部ドアからカタギには見えないライフルを持った男達が降りた。

部隊の各々が5.56mm口径で統一された自動小銃を持ち、当然のようにカスタマイズされた得物を構えて進んでいる。

 

 

部隊の情報屋であるリーランドと少尉が行なったオフィスでの会話から約12時間が経過していた。

 

その間、少尉は何時ものように副官を連れて北方艦隊司令部へと赴き、リーランドはご自慢の情報網を頼りに武器強奪犯を探した。

 

結果から言うと、リーランドは武器強奪犯のアジトを見つけ、少尉は青ざめた海軍警務局の局長を言いくるめて事態の主導権を握った。

 

『状況どうだ?』

 

司令部ビルの地下に設けられた戦術指揮所から通信が入る。相手は少尉だ。

 

「こちらアルファ1、MT(ミーティングポイント)に現着、接敵なし(ノーコンタクト)

 

『分かった、作戦を続行しろ』

 

「ラジャー」

 

彼女はオペレーターを兼任する副官と共に戦術指揮所から事態を見守っていることだろう。

 

そのために作戦前にはリーランドが上空監視用のドローンを飛ばすし、突入部隊である各隊員は着用するベストやヘルメットにボディーカムが取り付けられている。

 

『敵はなるべく生け捕りにしろ、交戦規定(ROE)を厳守』

 

オペレーターグローブ越しにSIG516自動小銃を握り、グリップやレーザーサイト、光学式照準器やサプレッサーを装着してカスタマイズされたそれのチャージングボルトを引いた。

 

ガチャりと音を立てて薬室に5.56mm弾が装填される。

 

ポリマー製のブラックライフル、それは僕自身が構えて引鉄を引くくせに時々、とてつもなく精巧な玩具に見えてしまう。

法律に基づき、実銃でないエアガンであることを示すために銃口に取り付けられたオレンジ色のキャップ。それがない、まるで本物のようなモデルガン。

 

それが玩具ではなく、4.5ポンド程のトリガーを引けば、軽量化プラスチックマガジンから給弾された5.56mm弾が撃発し、ライフリングが刻まれた長さ14インチのバレルを通って飛翔、標的の体内で弾丸をスピンさせ致命傷を与えることを僕は知っている。

 

今まで、何度も何度も、一瞬の躊躇いなどなく引鉄を引いてきた。まるでそこに義務があるかのような行い、だがそれはやらなければ殺られるという命の選択、ある種の儀式のようなものでもある。

 

 

軍に属し、大戦を経て部隊を離れ、故郷を捨てて尚続ける業が深い行いだ。

 

今作戦は敵の根城である倉庫を強襲し抵抗を排除、後に生け捕りにした犯人を軍刑事局に引き渡すという任務だが、相手が抵抗するのならば即時射殺しなければならない。

 

AR-15(アーマーライト)スタイルのライフルであるSIG516のセレクターはセミオートに設定され、ゼロインが合わせられたハイブリット式のホロサイトが赤く光り目標への照準をサポートする。

 

後ろ向きに被ったベースボールキャップの上から装着した可視光増幅式のナイトビジョンゴーグルは物体の輪郭を白く形取り、まるでティーンエイジャーの頃にプレイしたFPSゲームの画面のようだと錯覚しそうになる。

 

これが、今は無き生まれ故郷のニュー・グラスゴーで兄とよくプレイしたサバイバルゲームであったのならばどれほど良かったことか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

銃を構え、敷地内への突入準備をしていた僕らに無線が入る。

 

サーモ(熱探知)で確認しました、パッケージに動きはなし』

 

「了解した」

 

オペレーターである副官からの無線に応答し、僕は仲間に指示を出した。

 

「2は僕と来い、3と4は反対から、5と6は屋上からスタンと監視だ」

 

『『了解』』

 

監視カメラの死角となる部分のフェンスをワイヤーカッターでカットし、金網を押しのけて敷地に侵入する。

 

雨風に晒され、大型トラックの往来により劣化した砂利道のようなアスファルトをラバーで形取られた戦闘用ブーツで踏みしめ、先を急ぐ。

 

既に、仲間は埠頭側に回り込んでいるはずだ。

 

並べられたコンテナとトラックを遮蔽にしながら前進し、程なくして目標の倉庫に辿り着いた。

 

赤レンガにトタン屋根、古くからの港湾地区によくある官営時代の名残だ。だが、その倉庫に異差があるとすれば、それは深夜の1時半にもなって警備員でもない男達が鍵が閉められた筈の倉庫内で大きな笑い声を上げている事だろう。

 

 

『こちらA-4、屋上に到着した。建物内に男が3人、どうやら酒盛りの最中らしい』

 

「そうか、合図でディム(A‐4)がブレーカーを落とす。停電したらフラッシュバンを投げ入れてやれ」

 

『オーライ』

 

無線通信を終え、再び銃を構えながら僕らは進む。

角をクリアリングし、お互いをカバーする。

 

R(アール)、トラックだ」

 

クリアリングの為に先頭を進んだ1-1が指を指した。

 

シャッターが軒並み閉じられた荷受場にはトラックの荷台部分を向けてバックで停められている。

 

「ビンゴ・・・だな」

 

仲間がペンライトを照らしてナンバーを確認した。そうしているうちに僕は運転席をクリアリングする。

 

小銃のレールシステムに取り付けられたフラッシュライトが運転席を照らした。

 

中には何も無い。強いてゆえば、誰かの飲みかけと思しきプルの落とされた缶コーヒーがドリンクホルダーに置きっぱなしになっている事だろうか。

 

「人影は無い。クリアだ、行こう」

 

トラックを確認した僕らは、2メートルほど散開しつつ縦隊を組んで進む。

 

そして、入口に辿り着く。

 

「こちらアルファ1、ブリーチングポイントに到達した、合図を待て」

 

僕が無線で他の仲間に知らせる間、アルファー2がバックから何枚かのシートと電線を取り出した。

 

ブリーチングチャージと呼ばれる突入用器具だ。

成型したブラスチック爆弾を指向性を持たせたシートに張りつけ、雷管をセットして遠隔起爆する。

 

蝶番の辺りにシートをセットし、コードの先の金属端子を接続した。

 

「A-4、ブレーカーだ。やれ」

 

『ラジャー』

 

建物の反対側に待機している仲間が大きなワイヤーカッターで電源を切断する。

一切の前触れもなく、音も鳴らずに倉庫は真っ暗になった。中からは男達の慌てふためく声が聞こえる。

 

『3、2・・・━━━フラッシュバン!』

 

無線で警告した屋上に布陣した仲間は、紐状に整形した少量の爆薬を窓に仕掛けて爆破した。

そして、ガラスだけが小さく割れた穴にピンを抜いたフラッシュバンを投げ込んだ。

 

安全ピンが抜かれ、レバーが外れたフラッシュバンは3秒という信管作動時間を経て、仲間の狙った効果範囲最大で起爆した。

 

マグネシウムを主体とする炸薬の炸裂により180ベシレルもの鼓膜を破らんばかりの大音量に800万カンデラという閃光が男達の視聴覚を麻痺させた。

 

突入(ブリーチ)!」

 

僕が無線に合図を発すると、僕の後ろで起爆装置を構えていた1-2がスイッチを押した。

 

シートに貼り付けられたコンポジション4は電気信号により問題なく起爆し、シートに仕組まれた指向性により厚さ2センチほどの鉄の扉を破壊する。

 

「GO!GO!GO!」

 

勢い付けに隊員が叫ぶ。

爆発の煙が立ち込める入口を銃を構えて通り抜け、男たちに銃口を向けた。

 

「海軍刑事局の執行部隊だ、投降しろ!」

 

ポイントマンとして先陣を切った僕の目の前で悶えていた男が、地面に伏しながらも何とか懐から拳銃を抜こうとした。

 

次の瞬間にはシャンパンのコルクが抜けたような銃声が倉庫内に鳴り響いた。

 

僕の構えていたライフルの銃口からは発砲の熱によって小さく白い煙が上がっている。

地面には細長く飛び散った血飛沫が残り、肩を撃ち抜かれた男は被弾の衝撃に拳銃を手元から遠くに吹き飛ばした。男は赤く染った肩を抑えていた。

 

「ッ━━━ダァッ!・・・・・・クソ野郎がッ!」

 

僕は地面に蹲った男の拳銃を拾い上げた。

地元のマフィア共やチンピラ共がよく使っている自動式拳銃であるグロックだ。

使用弾薬は一般的な9x19mm弾で、フレームからグロックの中で一番多く流通しているグロックのモデル17だと分かる。

 

「クリア、抵抗を排除」

 

仲間が倉庫内を一通り見渡し、隠れた敵などが居ない事を確認した。

 

「オールクリア」

 

突入開始から30秒も経過していない。お手本のような建物制圧であった。

 

「少尉、ターゲットを確保した。パッケージの捜索に入る」

 

『分かった。トラップに警戒しろ』

 

「ラジャー」

 

通信機のボタンを押して通話を終えると仲間は既にハンドカフで男達を縛り上げた後だった。

 

僕はライフルを、スリングで吊るように肩にぶら下げる。

 

「パッケージを探そう。僕はこいつらを尋問する」

 

そう言うと仲間は頷き倉庫内に散開する。

 

「さて君たち、楽しいお話しといこうか」

 

 

僕はヒップホルスターからブラックモデルのP320を取り出す。

 

「これは為にもならない豆知識だが、通常の9mmパラベラム弾の初速は360m/s*1程だ」

 

セーフティーを外したP320のスライドを半分ほど引き、薬室(チャンバー)内に弾丸が装填してある事を確認する。

 

「ホローポイントだと初速は落ちるが一切の防弾装備を装着していない人体、手先や内蔵なんかを効率的に破壊することが出来るし、貫通による二次被害を防ぐ効果もある」

 

拘束した3人のうちの拳銃を抜こうとした男に銃口を突きつけた。

 

「・・・・・・何が知りたい」

 

痛みに息絶えだえな男はボソリと掠れ消えそうな声でつぶやく。だが、僕はその声が聞こえないかのように話を続ける。

 

「この弾丸は人体に命中すると弾頭の先がまるで花が開花したみたいに広がるような仕組みになっている」

 

「なんなんだよ!クソっ!」

 

男は悪態をついて拘束を外そうと暴れる。

 

「ハンドカフってのは暴れれば暴れるほどくい込むようになってんだぜ」

 

仲間のひとりが男に軽口を叩く。

 

「ふざけんじゃねぇぞ!俺たちはこんな仕打ちくらう覚えはねぇ!」

 

男が喚くが関係ない。武器は倉庫を探せば見つかるだろうし、拘束した男たちを詳しく調べるのは保身の為なら平気で拷問━━表向きには合法的な強度の尋問━━すら行う海軍刑事局の保安要員たちだ。

 

R(アール)、武器を見つけた。AK12とペチャネグ、使い捨てのロケット弾だ」

 

『こちらでも確認した、基地からの流出品だろう』

 

無線越しに少尉の声が聞こえた。

 

「捕虜と共に回収する」

 

僕が少尉の声に応答すると、少尉は『よくやった、帰って身体を休めろ』と言った。

 

「ありがとう、少尉」

 

『あぁ』

 

少尉が僕の礼に答えて無線を終える。

 

 

「さて、お前ら。海軍がお話したがってる、覚悟しておけよ」

 

「そりゃねーぜ!俺は知らねぇーって」

 

騒ぐ男達にそう言って、後は仲間に任せた。

 

ライフルをスリングで保持したままに倉庫を出た。冬の夜風が緊張によって火照った身体を冷やしてくれる。

 

昔に比べれば楽な仕事だが、それでもこの時間帯にこれだけの集中力を使うのだ。歳をとったということもあるだろうが少し疲れた。

 

「・・・・・・ふぅ」

 

冷えた空気を肺いっぱいに吸って吐いた。後ろでは仲間達が仕事の後片付けに追われていた。

 

それを見た僕はまた、一息ついて仕事に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっさと運んで帰りましょう」

 

男共を後ろから押す仲間の1人がそう言った。

この後、海軍基地までこの男達を移送しなければならない。そういう海軍との契約だそうだ。

 

「俺たちはほんとに何も知らないんだって!なぁ!」

 

傷口を包帯で縛られた男が馬鹿の一つ覚えに騒ぐ。

 

「うるさいヤツらですよ」

 

「あぁ、だがお前はこいつらのお守りだ」

 

「そいつは楽しくなりそうだ」

 

ため息をつきなが皮肉を吐く仲間は、オートで監視られていたであろうゲートを解放させ、直接乗り入れたであろう黒のバンに男を押し込んでいく。

 

それを見届けて、同じく乗り入れて来たSUVの後部ドアを開けようとしたその時だった。

 

無線機にノイズが走り、少尉の声が聞こえた。

 

『狙われているぞ!』

 

「━━━━━ッ!」

 

少尉の言葉に驚きつつも、急いで車から離れようとする仲間。

だが、既に退避するには遅すぎた。

 

コンテナヤードの向かいに立つ商社ビル、その側面にかけられた非常階段の一角が光った。

そして、一瞬だが小さく光る飛翔体が見えた気がした。

 

直後に隣に止まっていた黒のバンが爆炎を上げて大きくひしゃげた。

 

6kgの弾体に詰め込まれた。爆発(E)反応(R)装甲(A)を無効にし、その下の車体装甲を穿つためのタンデムHEAT弾頭はそのメタルジェットに変換すべき爆発力を空中へと放出した。

 

5メートルにも満たない距離でバンを吹き飛ばした爆風はSUVの防弾ガラスに蜘蛛の巣のようなヒビを作り、開いていたドアは最悪な事に反対側も同じで、呼び込まれた爆風は僕を吹き飛ばした。

 

コンクリートブロックに背中を強く打ち付け、肺の中の空気は衝撃によって限界まで吐き出された。

 

呼吸は浅くなり、ボンヤリとする視界と共に頭の中は霧がかったかのような感覚に襲われたが、身体の節々から、特に左腕から発する強い痛みによって現実への引き戻された。

 

脳震盪で意識を失わなかったのは幸いだろう。

 

 

『アルファチーム、何があった?応答せよ!』

 

地面に転がったヘッドセットはベストの無線機とのコードが切れていなかったのか、指揮所で叫ぶ少尉の声が聞こえた。

 

痛みを押しやり、口の中に鉄の味と共にざらつく砂を吐き出し僕は呟いた。

 

「・・・・・・畜生(ファック)

 

吹き飛ばされた今を思えば、あれはロケット弾の反動を相殺する為の後方噴射(バックブラスト)だったと理解した。

 

起き上がろうとして、また左腕に酷い痛みが走る。

呻き声を漏らしつつ、痛みの場所を長袖のパーカーの上から撫でると、尋常ではない腫れと鈍い皮膚の感覚。

 

恐らくは骨が折れているのだろう。

セラミックのボディーアーマーの上からモジュラーシステムで取り付けられたポーチを開き、簡易治療キットが束ねられたケースを取り出した。

そして、その中に収められたペンタイプの注射器を取りだして左肩に突き刺した。

 

自動的に注入される鎮痛剤。モルヒネや、その他軍用の鎮痛剤に比べれば効力や依存性も段違いで低いが、民間軍事会社が使えるだけの1等は品だけあって、痛みが鈍くなると共に頭がボーとし始めた。

 

ホッと、一息吐いて僕は立ち上がった。そして、周りを見回した。

 

乗り込もうとしたSUVは爆風によって灰と土煙を被り、ガラスは蜘蛛の巣のようにヒビ割れている。流石は防弾ガラスという訳だ、割れていれば、今頃僕は全身をガラスの破片で蜂の巣にされていただろう。

 

だが、肝心の直撃を受けたバンは違った。

 

銃撃戦に備え、車体各部にEN-B5相当の防弾板を装備しているが、流石に対戦車戦闘を想定したタンデム式成形炸薬弾頭の直撃までは考慮していない。

 

ましてや、元となったのは軍用や警察用でもなければただの民間車両だ。限度がある。

 

それを示すかのように、黒の北米メーカー製のバンは爆風によって車体崩壊を起こし、完全に大破、証拠品の武器弾薬に誘爆して炎上している。

 

中に両手を縛られて乗せられていた男たちがどうなったかは想像に難くない。

 

「━━こちらアルファ1、アンブッシュに遭遇、パッケージロスト。損害不明」

 

『分かった、市内の医療チームが向かってる。待機しろ』

 

少尉との通信を終えた僕の肺から震えるように息が吐き出された。

ドス黒い黒炎が轟々と立ち込め、燃え尽きた車の可燃素材が灰となって宙を舞った。

 

R(アール)、こいつは一体どういう事だ?」

 

仲間のひとりが僕に声をかけた。

ふと、目をやると吹き飛ばされたバンのドアの隣に仲間が倒れていた。

 

境遇は違うが少尉を信じて付き従い、部隊に身を寄せた新ソ連内務省出身の男。

黒字にマルチカム迷彩の戦術ヘルメットは爆風の衝撃で凹み、奴の女ウケの良い顔は血に染っていた。

 

「爆風で気管が焼けちまってるし、出血も止まらない!」

 

煤にまみれながらも応急処置を行っている仲間が叫んだ。

まるで下手な笛のような吐息を立てて地面に横たわる彼は、右脚を爆風によって持っていかれ、重度の出血状態にあった。

 

「救急車を呼べ、早くッ!」

 

仲間が叫ぶ中、彼の虚ろな目がこちらを向く。

 

ベルト状の止血帯を傷口近くに巻き付け、ロッドを捻りあげてベルトを縛るが血は止まらない。

 

おまけに運悪くメタルジェットの射線上に今のが運の尽きか、プレートキャリアの上から腹を横一文字に切り裂かれ、ソーセージのような臓物が飛び出している。

それも携行しているガーゼの殆どを使って圧迫止血を試みてはいるが、成功するとは思えない。

 

地面は炎に照らされて、彼から流れ出た尋常ではない量の出血は常人が見れば失神する程の血溜まりを作っていた。

 

それを見て、直感が告げた。到底、助からないと。

 

遮蔽物に隠れていた仲間たちが続々と姿を現した。

 

「・・・・・・なんだってんだこりゃ」

 

仲間のひとりがつぶやく。

遠くから、少尉が呼んだであろう救急車のサイレンが聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日付のかわった午前1時、私は司令部ビル地下の戦術司令部に居た。

 

味気なく打ちっぱなしで放置されたコンクリート壁に囲まれ、オペレーターを兼任する副官と私だけのふたりだけの密室で、副官の後ろに設けられた指揮官用の椅子に腰掛けていた。

 

洒落たインテリアなどというものはなく、天井から吊り下げられたプロジェクターの作動音と、副官が叩くキーボードと無線に支配された空間。

 

現場に出した小隊の仕事は既に片付けの段階に入っており、口を出すこともない私は後ろで映写された暗視映像をぼんやりと眺めていた。

 

白く、アリのように車の周りを動く隊員たち。

彼らは赤外線を増幅させるタイプの暗視装置により、白く映し出され、肩に装備したストロボの信号がチカチカと点滅している、

 

 

ストロボの反応がない男3人が、部下達によって引き摺られて行く。あとは海軍基地まで移送するだけだ。

 

 

その段階で、不審に動く影をドローンが捉えた。

 

作戦区域の外とは言え、コンテナヤードを見渡せる高さのオフィスビル、それもとっくに終業時間を過ぎて閉館しているはずのビルの非常階段を昇る人影が見えた。

 

ツンと首筋に悪寒が走る。今まで何度も私を助けた第六感のようなもの。だが、現場に居ない時に現れるそれは大抵が嫌な結末になる。

 

「副官、商社ビルの非常階段をズームしてくれ」

 

私がそう言うとオペレーターを兼任する副官はキーボードを操作してモニターの分割画面のひとつにズームした非常階段を映し出させた。

 

「随分大きなバックですね」

 

男が背負う荷物を見ての副官の感想だ。私も同じくそう思った。

 

日付も変わった深夜に、終業時間を過ぎて閉館したはずのオフィスビルの非常階段で大きなカバンを抱えた男。

 

普通ならば、空き巣や不法侵入者を考えるだろうが、男が侵入した建物の目の前では非公式な作戦を遂行するPMCの部隊が展開している。

 

最悪の事態を考慮しなければならない。

 

しかし、ドローンのカメラで追っていた男は、丁度屋上の室外機の陰に隠れてしまい、カメラの死角へと行ってしまった。

 

「怪しいな。そいつをカメラで追い続けろ」

 

そう言って私がマイクを握り、部隊と通信を開こうとした時だった。

室外機の影から現れた男は、到底工具とは思えない大きさの筒を肩に構えて立っていた。

 

プリントに写真付きで詳細が綴られたハシム対戦車ロケット弾。

昼間のリーランドの報告書が脳裏を掠めた。

 

「━━━狙われているぞ!」

 

私は咄嗟に叫んだ。

 

『・・・え?』

 

部隊員の1人の声だろうマイクに入った驚きの声だが、精鋭である彼らはそれを一瞬で理解して行動に移した。

 

現場を上から見下ろすモニターには、白いアリのような人影が、止められた2台の車両から大急ぎで離れたり、遮蔽物に隠れる姿があった。

 

 

直後にオフィスビルの非常階段でロケットランチャーを構えていた男から小さな閃光と煙が見えた。発射炎とバックブラストだ。

 

赤外線方式のサーマルカメラには燃焼による圧縮ガスで飛翔する対戦車ロケット弾が横切る姿が映し出された。

 

そして爆発。

 

直撃したキャラバンからは大きな煙と炎、破片が吹き飛ぶ様子が見える。

 

副官は唖然とした様子でモニターを見えおり、私と現場でしか対処出来ない事態をモニターを睨んで見守った。

 

 

「副官、州立病院に連絡。救急隊を要請しろ」

 

「りょ、了解しました!」

 

 

モニターには音声もなく淡々と推移する惨事が映し出されており、それを背景に副官は州立病院に救急要請の連絡を行っている。

 

「司令!医療チームを乗せた緊急車両が病院を出たとの事です」

 

副官の報告を受け、体制を立て直しつつある部隊に連絡すべく、私はマイクを握った。

 

「アルファチーム、何があった?応答せよ!」

 

呼び掛けには雑音しか答えない。

そして、少し間が開いてから聞き慣れた声が答えた。

 

『・・・・・・こちらアルファ1、アンブッシュに遭遇。パッケージロスト。損害不明』

 

ハァハァと荒い息使いの声、第一班の班長を務めるレイモンだ。

 

「分かった、市内の医療チームが向かってる。待機しろ」

 

私がそう言うとレイモンは返答の余裕もないのか、荒い息のままで通信を終えた。

 

前のめりにマイクを握っていた身体を椅子に深く持たれかけさせた。

モニターに目をやると燃え盛る車の周りにストロボでマーキングされた味方ユニットが屯している。

 

『爆風で気管が焼けちまってる。出血も止まらない』

 

オープンに開かれたままの無線は、救護にあたる部下の悲痛な叫びを垂れ流していた。

 

『救急車を呼べ、早くッ!』

 

最悪の事態だ。まだ分からないが恐らくは罠だったのであろう。

 

「副官、現場はリーランドとレイモンに任せる。他班の各要員に待機命令、非常呼集を」

 

「了解です」

 

私の指示に副官はキーボードを叩きながらも、歪みのない返答で答えた。

 

*1
メートル毎秒

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