グレーに染る冬空の下、ゆったりと流れる風にコンコンと降る雪が延々と広がる葉の抜けた裸の木々を白く彩っていた。
葉の抜けた裸の並木道、薄らと雪が積もる石畳。
そして、脇へと広がる小道には、木々で囲われた墓碑が佇んでいる。
ここはモスクワ郊外にある広大な墓地の一角。
枝やツルにまみれる程の年月を経た墓石は、どれほど古くから国家に命を賭した若人達が居るのかを察せられる。
かつては帝政ロシアの時代から大祖国戦争、そして記憶に新しい第三次大戦を戦った戦士達が国家の手によって埋葬されているそうだ。
しかし、新ソ連の財政悪化に伴い、墓地の未使用区画は民間企業に競売へとかけられ、そして軍と深い繋がりを持つグリフォンが最終的には所有することとなった。
雪道を進んだ奥、真新しい墓石が並ぶ場所の一角には、黒い喪服に身を包んだ人々が肩を並べていた。
そして、人々の中央に立つ女性。彼女は杖をつきながらも地面に跪いた。
ブロンズの長い髪は、雪粒に彩られ、黒の礼服に合わせたコートのベルトは流れる風によって揺れている。
彼女が跪いた前には、棺が収められようとしている墓穴があった。
「君とは4年来の付き合いだった」
優しく彼女が棺に語りかける。
「人の一生を考えれば短な付き合いだったのかもしれない。だが」
彼女は言い淀んだ。そして、浅く息を吐き出した。
「その間の思い出は、10年、50年の付き合いをも超える記憶となるだろう。
君と過ごした時間は、皆の血肉そのものだ」
盛られた土を手に握り、彼女は続ける。
「この記憶が、君のヴァルハラへの長い長い旅路の手土産となる事を切に祈る。
ありがとう、私と共に居てくれて。戦友よ、安らかに眠れ」
握られた土が棺にかけられる。
そして立ち上がろうとした彼女を見て、思わず肩を貸そうとした副官の手を断り、不自由な足ながらも立ち上がった彼女は右手を左胸に置いた。
軍を退いた民間人が示せる最高位の敬礼である。
それに続いて、背後に立つ彼の仲間達が、盛土を手に取り、各々の言葉を棺に掛けてゆく。
そして最後に、クルーガーが彼の義務を労った後に、人々が胸に手を当てて亡き彼に敬礼を以てして敬意を示した。
「儀仗隊、気を付け!」
黒い儀礼服を着た5人の陸軍儀仗兵が、足元に自らと同じように垂直に立てたシモノフ・カービンを手に取る。
「
儀仗隊指揮官の号令と共に、儀仗銃の下部を墓に眠る彼に向けて、そして銃を胸の前に置く。
「用意!」
ボルト・キャリアを引き、固定弾倉にクリップ装填された空包を薬室に送り込む。
「狙え!」
銃を空に構え、そして。
「
指揮官の号令と共に、弔銃による空砲が寒空に響く。
そして同じ動作を繰り返し、合わせて3回の空砲は彼を悼み、やまびこのように空へ消えていった。
その後、葬儀は陸軍の将校も混じえて予定通りに執り行われた。
新ソビエト連邦は首都モスクワ。
クレムリンと赤の広場を中心に広がる広大な市街地。遠くには再開発が進む
そんな大都市モスクワの中心部から東に位置する東区。モスクワ3号環状道路の外側、カザンスキー駅が程近い洒落たホテルで盛大な食事会が開かれていた。
ロシアでは古くから、故人の葬儀の終わりには食事会を催し、死者の昔話に花を咲かせるそうだ。
グリフォンは新ソ連のPMCだ。それに戦死した彼、アダムも大戦を経て内務省からこの部隊に来た身だ。
戦中は肩を並べて銃火を共にし、戦後になって彼は
その事を考えれば、この一連の葬儀の様式は最適なものだったのだろう。
一個人の葬儀としては少し広めの会場にはターンテーブルが並べられ、礼服に身を包んだ人々がホテルが用意した料理に舌づつみしつつも酒を交わして笑っていた。
葬儀に参列し、食事会に参加した人々の中にはかつての軍関係者やクルーガーを筆頭にした何名かのグリフォンの役員が見られた。
彼らにとってこの場ですらも、ある種の社交儀礼的な物、コネクションを築く場であるのだろう。
それは無論、私にも該当する事ではあるが。
何人かの将校や役員と会話を交わし、グラスを片手に椅子に座って会場を見回す彼女には、彼らは一昔前の映画に登場した葬儀の場で礼服を身を包んでラッパを背景に整然と佇む、軍の飾りのように見えた。
しかし、彼らが敬意を払っていないとまでは言わない。
だが、昔からそういう事は嫌いであった。
かつて日本人として生前を過ごした感性故なのか、彼女にとって騒がしい雰囲気は合わなかった。それが故人を送り出す葬式の場となれば尚更だ。
何度も他者の葬儀を前世で経験した身として、その地の慣習だろうと騒がしい葬儀は落ち着かない。
それに、将校共がもうそろそろ退散する時間帯だろう。そうなれば、会場に残るのはグリフィン関係者だけだ。
そして、彼らが息抜き出来る場所に上司たる私が居ては気を遣わせるだろう。
部下達にとって、私が居ない場でしか咲かせない話、進む酒があるものだろう。
そう考えた彼女は揺れるウィスキーグラスを片手に、付き添いを連れずにひとり杖をついて会場を後にした。
遠くまで見渡せる澄んだ空気の冬の夜空。その下には、一千万もの人々の営みが夜景となって都市を照らす。
1世紀前に造られた近代的なスターリン様式のアパートの緑の屋根が連なり、高層建築が聳える都市中心部に向かって伸びていた。
時間はまだ夜更けと呼ぶには些か早い頃で、商業区には人の足が未だ途絶えず、大通りには家路に向かう人の車が列を成す。
生きている都市、平和な営みが織り成す都市の喧騒。普段なら煩わしく思える騒音は、今となっては心地の良いBGMとして聞こえる。
雪が薄らと欄干に積もり、薄明かりのムーディーな照明に照らされたウッディーテラスは手入れされてはいたが降り積もった雪で濡れていた。
私はそんなテラスのタープが張られた一区画の、まだ濡れていないベンチに腰を下ろした。
ツンと肌に刺すような寒気。しかし、酒は既に身体に回り暖めている。
古来から、酒は寒冷な地域程好まれた。
だが、現代科学では酒にそんな効果はなく、アルコールが血行を良くして暖まったと錯覚させるだけだという。
しかしだ、そんなことを気にするのは雪山で遭難した時ぐらいなもので、背後には暖房の効いたグレードの高いホテルのホールがある。
だからこそ、そんな錯覚に体を酔わせ、寒さとアルコールで思考を朧気に、ノスタルジックな思考に浸れるというものだ。
冷えきったグラスを傾け、手遊びの様に揺らした。
黄金色のウィスキーに石のように砕かれたひとつの丸い氷がカランと音を立てて浮かんでいた。
其れを眺めながら、私は彼を弔った。
彼には家族は居なかった。
軍人として生き、大戦後には傭兵として銃を手放せなかった故の悲劇だろうか。
本来、招かれるべき身内のものは居らず、プライベートの知人が数名に礼服に着飾った形ばかりの上級将校たちのみ。
国家に義務を果たし、そして兵役を退いて尚も戦った勇者の最期のそれでは無い。
刻一刻と暗くなる世相の中だが、あまりにも寂しい最期だ。
彼に家族でも居れば、遺族である誰かに一筆、手紙を送るべく探したが、肉親と呼べるものは誰も居なかった。
彼を弔い、記憶し続けられるのは仲間達だけだった。
あまりにも寂しい。彼に奥方でも居るのならばまた違ったのだろうが、それは私の部下達にとっても問題だった。
今の時代、男手の不足をしても未だに何時死ぬかもしれない軍人や
「嫌なものだな」
揺れていたグラスを傾け、口に附けた。
鼻腔を擽る麦の香り、喉元をかっと熱いものが通り過ぎる。酔いがまた心地よく身体を多幸感に包み、それを夜風がこれまた心地よく身体を撫でるのだ。
ほんのりと頬を赤く染め、しかし遠く夜空を睨む私は無表情のまま、キィキィと軋ませるベンチに深くもたれ込んだ。
時代が変わったのか、はたまた私達が古臭いだけなのか。
時が移ろい、政治が変わり、生活も変化し、そして戦争も変わると思っていた。
何十年も前にテレビの中に観た、中東での紛争を対岸から批評する専門家達。
彼らは言ったのだ、次世代は無人兵器が主体となり、人的損害は驚く程に軽減されるであろうと。
遠くからもたらされた命を消費して得た情報と、ギーク共が推定したカタログスペックだけを見比べ、砂漠の熱気の中で銃把を握ることは無い彼らは断言した。
だが、現実は違った。
GPS誘導などという高性能技術は無用の長物と化し、地上では数kmにも満たない有視界で戦車と歩兵が泥沼の白兵戦を繰り広げ、50km先からミサイルを撃ち込んだ攻撃機は態々敵地まで潜り込んで爆撃し、戦闘機はドッグファイトの時代へと退行した。
そこにスマートなどという言葉はない。あるのは旧時代の人と人とがぶつかり合う過去の戦争。
しかし、知ったつもりで居るのと体験するのとではまるで違う。百聞は一見にしかずとはよく言ったものだ。
大陸反攻の起点であったオランダはハーグから始まり、
大戦の以前から、各地を転々としたあの時から知っていたそれは如何にちっぼけな事なのか、私はまるで頬を打たれるかのような衝撃を以て思い知らされた。
比喩では無い、文字通りの鉄の雨のような砲撃の後に地面を埋め尽くす勢いで進撃する新ソ連機械化機甲軍。
塹壕や蛸壺の上で炸裂し、破片を撒き散らす曳火榴弾。
獲物に群がる鷹のようにジェットの甲高い鳴き声を発して襲う攻撃機。
陣地を引き裂こうとする戦車と随伴歩兵、そして痛みを知らず死を恐れない無人兵器の数々。
人間を殺傷することに特化した兵器群がぶつかり合って、人間は挽肉機にかけるかの如くすり減っていった。
増援や人員補充はなく、補給は途切れ途切れとなり、じわじわと後退する戦線の中で見かけるのは、不幸にも攻撃機のパイロットに見つかってしまった味方部隊の残骸。
辿り着いた拠点には後送が追いつかない程の負傷者で溢れ、道端にはタープが掛けられ認識票が剥ぎ取られた骸が列を成す。
誰もが死を前にし、そして誰もが死と共にあった。
死神が嬉々として鎌を振るうその世界に命の価値はなく、まるでジャガイモを麻袋から撒き散らすかのように彼らは散って逝く。
今朝、言葉を交わした私の部下が、その日の夕方には認識表を剥ぎ取られてタープを覆い掛けられていた。
塹壕で隣に立っていた戦友は、声も挙げずに首から上を消し飛ばして物言わぬ骸と果てた。
道端に並ぶ彼ら。
まだ、誰だか分かるほどに綺麗に死ねただけ幸運かもしれない。
当然のように迎えられたはずのそれが幸運に分類される戦場には、車のタイヤに踏み潰され、誰かも分からず、そして気にもされずに地面のシミとなる虫ケラのような死が蔓延していた。
戦争とはそういうものだ。
そうして、あの日の混成大隊は摩耗していき、私のポケットに収められた布袋が、欠けたり曲がったり穴が空いたり、あるいは血濡れたりした
彼から遺し、託されたあの部隊は2ヶ月半の戦闘期間をして5分の1以下しか残っていなかったのだ。
そんな時代の戦場を亡命兵として生き、我々と共に肩を並べて銃把を握った男が死んだ。
男を慰めるものは居らず、弔う者は仲間を除いて存在しない。
遺体は引き取り手に余り、処理するかのように軍と会社の共用墓地へと葬られた。
何度も言うが、兵役を退いて尚も戦い続けた勇者に対する扱いのそれではなかった。
それでも尚、弔ってくれる仲間がいるだけ幸運なのか、はたまたそれ以外に居ないのが哀しいのか。
こんなことを考えるのは彼らへの冒涜かもしれない。部下の誰かが聞けば、必ず文句を言われるだろう。だが、それでも思わずには居られないのだ。
あれだけの男が、まるで前から準備されていたかのような淀みのない葬儀を経て、棺桶に収められる様を。
まるで処理だ。
そんな事実が、遣り切れない。
私はウィスキーを再び傾けた。
肚の底を炙るような感覚。まるで味のキツい水飲み干すかのような。それでも身体はアルコールを受け入れ、血流に乗って脳を誑かせる。
酒の力を借りなければならないなど・・・・・・
「私も歳をとったのかな」
思考がグルグルと回る脳の所為で、ふと口に出た呟き。
部下や副官が聞けばそんなことは無いと口を揃えるだろうが、自分がどのように衰え、変わったのかはやはり、私自身が1番理解している。
左脚は関節が言う事を聞かないおかげで使い物にならず、杖が無ければ移動もままならない。
そんな身体でも素人相手に喧嘩のひとつやふたつをこなす自身はあるが、彼等のように
平穏を望んだ日々は既に遠く、かつての仲間達と共に戦ったあの頃を懐かしく思う。
昔むかしに病床に積み上げた漫画本のひとつに、地雷を踏んで退役してから急に老け込んだ
フィクションの中の話だ。
しかし現実に例えるのならば、山の頂きに二度と立つことがなくなった登山家が、衰弱し最後には病床に果てるような。
今の私も、案外強がりを通しているだけで、似たようなものなのかもしれない。
そんな気持ちと共に、私は再び酒を傾けた。
カランと音を立てて氷が溶ける。グラスに入ったブランデーが底を尽きようとしていた。
それを私はただただ持つ手で揺らして眺めていた。
昼頃の雪の面影はもう既に無く、雲が少ない、そして冬空特有の澄んだ空気は北極星を筆頭に冬の大六角形とまではいかないが、それなりの数の星々がモスクワという大都市の光量を以てしても輝いていた。
人類が、あの星空に再び辿り着くまで10万年はかかるそうだ。
かつて月に旗を突き立て、太陽系外に探査機を送った人類だが、今やそのような事は夢物語となってしまった。
北蘭島事件によって成層圏上層に形成された厚いコーラップス粒子層は通り抜けようとする飛行体に損傷を与えて破壊する、目に見えない分厚い壁として進出を阻んでいる。
幾多もの国の政府や大手民間企業が突破を試みるが、金と時間、そして人命がただただ無意味に浪費されただけだった。
最新の技術を用いて造られた軍事衛星の通信電波すら遮断されるのだ、物理体であるロケットやスペースシャトル如きが通過出来る訳もなかった。
もう、人類というひとつの種が存続しているうちに
それにも関わらず、私達からは燦々と輝く彼らが見えるのだ。
「こんな所にいたのか、ブラウン指揮官」
ベンチで黄昏ていた私を、ウッドデッキの入り口から男が名前を呼んだ。
聞き覚えのある、低い声だ。私はその正体を見ようと視線を向かせた。
そこには普段の赤のグリフィン&クルーガーの制服では無い、黒い喪服に黒のジャケット姿の男がグラスを片手に立っていた。
整えられた白髪混じりのオールバックに、口周りを覆うような特徴的なラウンド髭、そして厚手のジャケットを着ていても分かる強靭な体躯。男は退役軍人であり、今は業界トップクラスにまで成長したPMC”グリフィン&クルーガー”を率いるCEO、ベレゾヴィッチ・クルーガーその人である。
「会場はもういいのか?」
「はい、少しばかり疲れました」
私はそう言って手に持っていたグラスを口に附けて煽った。
そして、岩のような氷だけがひとつ残ったそれをベンチ横のサイドテーブルに置いた。
「君がか?」
「そうです」
嘘は言っていない。実際、身内だけで語り合うならまだしも、見ず知らずの軍将校たちが居るのだから、肩身の狭いことこの上ない。
だが、そのような彼らとの関係が、今日の私と彼らの立場を築き上げたのも事実だ。
無闇に扱うような気は無い。だからこそ、わたしが蚊帳の外に逃げてきた訳だ
「だから、こんな冬空の下で1人酒か?」
男は笑いながら、テラスを歩いて私とサイドテーブルを挟んだ向こうのベンチに腰を下ろした。
木製のベンチが、男の体重にキィキィと軋んで抗議した。
「・・・・・・シャーロット」
突如、クルーガーは私を私のファーストネームで呼んだ。
「少し、呑まないか?」
そう言って、彼はウィスキーのボトルを不自然に膨らんでいたジャケットの中から取り出し、意味ありげに笑ってボトルを掲げた。
ラベルを見るに、会場の円卓に並べられていたホテルのボトルに見える。どうやらくすねてきたらしい。
私は苦笑いした。
「・・・手癖がお悪いようで」
「ハッ、言ってくれるな」
ニヤリと笑いながら、彼はボトルのキャップを外すと自らの空のグラスになみなみとウィスキーが注がれた。
「で、呑むのか呑まないのか、どっちだ?」
「いえ、宜しいのでしたら」
「・・・・・・あまり、畏まらないでくれ」
彼は、そう言いつつも私がテーブルの上に寄越した空のグラスを手に取る。
そして、「君ぐらいだ、私に酒をつがせる奴は」と憎まれ口を叩きながら、トクトクと私のグラスにウィスキーが注いだ。
コトン、と心地の良い音を立ててグラスを机に置いて、男はベンチにふんぞり返った。
それを見て、私は彼が注いだグラスを手に取り、口に附ける。その隣で、男は星を眺めていた。
「死んだ人間は星になって、現世に遺した家族や友人を星空から見守り、導くそうだ」
子供の頃からさんざ言われたその言い伝え。
「軍人時代、部下が言っていた話だ」
どこが起源で、どの国の神話や聖書に記された話なのか。
誰にも分からないが、それは古代から言い伝えられた一般伝承のひとつ。
私も、病床で担当医に、そして2度目には汚れる前の星空の下で父に教えられた。
「結局、奴も星になってしまったがな」
自嘲するかのように鼻で笑い、彼はウィスキーがなみなみ注がれたグラスを傾けた。
そして、ため息をついて呟いた。
「馬鹿野郎め」
目を細めて、珍しくぞんざいな言葉遣いと共に酒を口にする彼は、遠い所を眺めているような表情だった。
それを見て、私も不思議と言葉が紡がれる。
「部隊を創ってから」
アルコールに誑かされ、口が緩くなっているのだろうか?
「あの日から、12名が死にました」
またひとり、ひとりと死んでいく。
あの日の混成大隊、そして大戦を戦った盟友達の殆どは、この世にはいない。
「大戦で、戦った戦友たちを数えれば、200名以上」
私の命令と共に、彼らは銃を手に取り戦った。
命令と共に引鉄を引き、私の号令と共に玉砕覚悟の突撃を敢行した。
ケルンで停滞したNATOの反抗作戦の最中で編成された臨時の混成大隊。
最初は有利だった防衛戦も、補給の無い半包囲下では泥沼の様相を呈し、私と共に前線に立った仲間達はどんどん倒れていった。
医薬品などとうの昔に底をつき、敵の隙を見つけて行った無理な退却で、重傷を負った戦友はとうとう耐えきれずに息を引き取った。
そして、あの鉄の暴風を奇跡的に生き残れたのは僅か5分の1以下だった。
「彼らを死なせたのは、私の命令です」
退却し、後方から無理難題を投げつける司令部は度重なる敗退や高級将校の戦死でパニック状態だったのだろう。
しかし私は捨て駒の様に出されるその無理難題な命令を拒否し、私の指揮の下で彼らは独立大隊として孤軍奮戦した。
「敵補給路を遮断する為に、陽動を命じた。包囲を脱する為に、正面突破も命じた。占拠された空港に突入したこともあります。
何人かは死ぬだろう、そう確信しつつ作戦を練り、命令を下した」
最前線に立ち、あらゆる行動が彼らと共にあった。
彼から引き受けた愚連隊のような個性的な隊員が集う、名ばかりの混成大隊。
戦死した大隊長に連れられた当時23歳の新任士官を最初は怪訝な目で見つつも信頼した彼らと私の間に戦場での深い絆が育まれるのはそう時間のかからない事だった。
だから、私は祈ったのだ。無事で居てくれと。
しかし、そんな祈りは届かず、戦死者は出続けた。
神などやはり居ない。そんな考えと共に脳裏に浮かぶのは、無慈悲な鉄の暴力に刈り取られる戦友達の最期。
砲撃をもろに受けて全身を爆風で焼かれ、破片で蜂の巣にされても死ねずにうめき声を上げる奴。
市街地で歩兵の盾となり侵入する新ソ連軍のAPCの重機関砲を浴びて、冗談ばかり言っていた大隊一のお調子者は誰とも見分けがつかない挽肉になった。
人間がプリンのように形を崩して死ぬ。そんな戦場を戦った彼らに出した指示は正しかったのだろうか?
あの時代を思い出せば、そう思わずにはいられない。
「命じなければならない、そうしなければ隊は全滅する。
そう自分に言い聞かせていました」
まるで命の天秤、選択だ。
再び、私はグラスを傾けてウィスキーを口に流し込んだ。
感情を酒で酔わせる。
「私も馬鹿だ」
酒の余韻に浸り、目を細めて私はぼんやりとグラスを傾けた。
隣では、酒をグラスを空けたクルーガーが机のボトルを手に酒を注いでいた。
「シャーロット、それは戦場で兵の上に立つ者の宿命だ」
年季の入った、落ち着いた声で彼は続けた。
「我々はあの場所で多くを失った、これからも失い続けるだろう」
だが、そう一度言い止めて、再び続ける。
「それでも得たものがある筈だ」
注いだグラスを手に、酒をひと口。
そして、と彼は口を開く。
「これはいち兵士としての感想だが、君の戦い方は敵にしてみればあれほど厄介なものはない」
「そうですか」
彼の言葉に、淡白に返した私にクルーガーは「世辞ではなく、本当の事だぞ」と笑った。
「君はあの地獄から自らの部下を生還させたのだ」
私やカーターではどう足掻こうと生きて帰れるとは思えない。彼はそう付け加えた。
敵方にあり、自らの軍の火力と優勢さを知っているからこそ、クルーガーは私を賞賛するのだろう。
「それに、最後の最後まで抵抗し続けていたな」
そう言って、男は肩の古傷をさすった。
「イタチの最後っ屁で手痛いものを貰ったものだ」
「それはお互い様です」
「あぁ、そうだったな。それでお互い得たものがあっただろう?」
クルーガーは、自分の立場を揶揄して私に目線を向けた。
あぁ、そうさ。得たものもある。
だからこそ、彼らともここに立ちたかったのだ。
「彼らの分まで、やらねばなりませんね」
私はそう呟いて、手で遊ばせていたグラスを掲げた。それを見て、クルーガーとグラスを掲げる。
「━━━━━彼らに」
私たちは、共にそう呟くとグラスの酒を一気に煽る。彼等にこのウィスキーを捧げる為に。
そうして、グラスの中身を飲み干すと、ゴトンと私たちは机にグラスを置いた。
「いい飲みっぷりだ」
相も変わらず野太い声で不敵に笑いながら揶揄う彼。それを見て私は思わず笑ってしまった。
さてと。
「あなたとこうして話せて良かった」
「なんだ、行くのか?」
「はい、彼らが待ってますので」
私がそう言うと、クルーガーは少し黙り込んで口を開く。
「あの時、君とこうして酒を酌み交わすとは思いもしなかった」
「えぇ、私も同じです」
「それでは失礼します」
私はグラスを置いて腰を上げた。
ステッキのカフに腕を通し、デッキを後にしようとすると、彼が後ろから声を上げた。
「頑張りなさい」
その言葉に私はふと笑い、ぶっきらぼうに右腕を掲げて応えた。
モスクワ市街を走る車の車内。
モスグリーンの礼装服に身を包んだ将校が、後部座席に座っていた。
胸には幾つもの勲章が下げられ、緑色の縦のラインが入ったその階級章から、大尉であるということが分かる。
「エゴール大尉、あの女、随分と失礼な奴でしたね」
助手席に座る部下のひとりが後部座席の主に言った。
あの女とは、パーティ会場に居たグリフィンの彼女の事だろう。
「彼女はいつも、ああいう態度で我々と接している」
軍人とPMC、ソ連軍人と旧NATOの元軍人。それは水と油の関係に等しい。
「そう言っても、あの態度は無いでしょう。
それに、彼女の最終階級は少尉なんでしょ?。ならば階級で黙らせ━━━」
「あまりわからん癖に馬鹿を言うな。彼女が少尉と呼ばれているのは精々仲間内からだけだ。だが、あの女の力は計り知れん。実力、策略、共にな」
軽口が過ぎる部下の言葉を、後部座席でエゴールの隣に座っていた副官が遮った。
退役軍人なら他国軍同士でも階級は格付けの基準になる。だが、彼女はそれに当てはまらないのだ。
「でなければアルハンゲリスクで軍関連の仕事を取れるわけが無い」
アルハンゲリスクは北方の重要拠点。汎欧州連合に対する戦略上の要であり、駐留する2個艦隊は原潜部隊含めて極めて重要な抑止力だ。
その様な場所に今や開かれた貿易都市であろうと、市内の治安維持に一端のPMCが介入出来るわけがない。
運転席でステアリングを握っていたエゴールの部下が、助手席の新米に口を挟んだ。
「いいか新人、俺たちは大尉含めて大戦中にあの女に痛い目に合わされている」
「あの女に、ですか?」
信じられない、といった表情で助手席から後部座席のエゴールに視線を向けた部下。
「ホントの話だ。もしお前があの杖付き程度片手で片付けられると考えているのなら悪い事は言わん、士官学校からやり直せ」
エゴールは、フンと鼻で笑った。
「コートの内側にはサスペンダーに吊るされたオートマチックが一丁、そして異常な程の射撃精度に早撃ち。だがやつの恐ろしい所はそこじゃない」
エゴールの話に、新米以外の部下達がああそうだと頷く。
「高い格闘能力と身体能力、そしてそれらが組み合わさった巧みな首狩り、ゲリラ戦術。
アレス部隊の指揮官、オレの上官でもあった前任者は奴によって殺されている」
ドイツ、フランクフルトで初めて対峙したあの姿、そして最後の戦い。今思い出してもあの戦いに俺は勝ったのでは無い、俺は運が良かっただけだ。とエゴールは内心呟いた。
「お前がその腰に下げてる拳銃を彼女の前で抜いたとして、お前が引き金を引く前に確実にのされるか逆に射殺されるさ」
全盛期の彼女は、敗残の兵を率いて新ソ連軍欧州侵攻軍主力を相手取った。
総勢200名にも満たない混成部隊は後退するNATO主力の殿を務め、半ば包囲されつつある状況下でライン川を超えたのだ。
時には誘引を意図する突出や新ソ連軍後方への浸透を繰り返し、挙句包囲下を突破し前線の向こうへと逃げ出した。
初めて戦場で彼女と対峙した時の悪寒、今思い出してもそれは鮮明に再生出来た。
「今が戦時で、彼女が現役じゃなくて良かったな」
言いながら、エゴールも内心安堵する。
現役の彼女と、もう二度と正面からやり合いたく無いものである。
無論、それは退いた彼女ともだ。
冒頭の儀仗隊・・・
一応、第154独立警備連隊という儀仗を任務とする部隊があるのですが、向こうのやり方が分からないorロシア語(当たり前)でわけわかめなので米製の洋画から引用。
シモノフ・カービン・・・
FPSゲームによく出てくるSKS君。
フルネームは開発者のセルゲイ・ガヴリロヴィチ・シモノフから取って、シモノフ自動装填カービン。
地雷を踏んで老け込んだ
某武器商人の部下の元FRDFの仇。
青天井に上がるオリ主の逸話。
戦闘描写に頭抱えそう・・・・・・。
未だにドルフロ本編の人形が1人も出てきませんが、次回から出ると思うのでよろしくお願いします。