この一日のせいで、私の人生が大きく変わるなんてこの時は考えてもいなかった。
これは私とあなたとその一等星のお話
「ねぇ君、ちょっといいかな?」
「……………誰?」
明かりもついてない暗闇の中を私はただ一人で走っていた。
向かい風が冷たいけどそんなことは気にしない、走れば結局暑くなるから。
昔からずっとひとりぼっちには慣れていた。
走る時も一人、遊ぶ時も一人。
でもそれで私は満足していたし、他の娘より速かったから文句も言われなかった。
しかしこのトレセン学園ではそうもいかない。
クラシック三冠ウマ娘や七冠ウマ娘はもちろん、それ以外にもとんでもない化け物共が大勢いる。
だからこの中で生き残るにはこうやって一人走るしか無い。
でも今日は違った。
遠くから聞こえる耳馴染みのない大きな声。
スマートフォンの明かりがぽつんと闇に浮かび上がって目立っている。
「君、いつもここで遅くまで練習してる娘だよね?」
「そうだけど、あなたは?」
「あ〜ごめん、自己紹介が遅れたね。」
彼の話を聞くとどうやら今年から入った新人トレーナーらしい。
確かに若く、爽やかな感じがする好青年と言った感じではある。
しかしそんな彼が何の用で私に………
「それで、何で私なんかに声をかけたの?」
「毎日ここを通る度に君の走りを見てたんだけどさ、少し気になるところがあったんだよ。」
「…………アドバイスってこと?」
「まぁ有り体に言うとそういう感じかな?」
どうやら彼は私が走ってるのを見て思わず声をかけてしまったらしい。
しかしそれは非常に理解しやすいこと。
今、私には自分が分からなかった。
周りには自分より速いウマ娘が大勢いて、彼女らに勝つためには何か特別なことをしなければいけなくて、でもその特別なことが何か分からない。
そんな状態で必死に練習してもいい結果が生まれるわけが無い。
自分でもさっきまでの走りはぐちゃぐちゃだったと分かってるのだ。
「大丈夫、少し今日は適当に走ってただけだから………」
「あ〜それは何となく分かってたよ、気だるそうに走ってたからさ。」
「……………」
彼がそう言ってヘラヘラと笑っているのを見て私は心底不快感を覚えた。
「何勝手に分かった気になってるんだ」と言いたい気分。
「あーごめんごめん、そういうことを言いたかったんじゃないんだ!少し走り方とかで教えたいことがあって………いいかな?」
不機嫌な雰囲気を感じ取ったのか、彼が下手に出て私にお願いしてきた。
本当は誰とも話したくない気分だが、行き詰まってるのは本当の話しだ。
「…………お願い。」
「ありがと!!それじゃあまず君の走法なんだけど…………」
こうして私はあなたと出会った、いや、出会ってしまった。
この一日のせいで、私の人生が大きく変わるなんてこの時は考えてもいなかった。
でも後悔はしてない、間違いもしてない。
ただ私が弱かっただけだから
~~~~~~~~
「アヤベ、今日も来てたのか。」
「えぇ、昼間の練習だけじゃ物足りないもの。」
「あの鬼教官にしごかれて、足りないとは末恐ろしいよ………」
「あら?あの人は見た目は怖いけど、教育者としてはあなたよりも優れてると思うけど?」
「そりゃおじいちゃん先生だもん、俺は適わんよ。」
あれから約一ヶ月、私と彼は夜になるとこそこそとターフに集まるようになった。
聞くところによると一度アドバイスをしたからには、選抜レースまでは面倒を見るらしい。
私にメリットしかない話だがどうやら彼は生粋の教育者、ほんとに善意だけのようだ。
そして今日も私は彼の指導の元、ターフを駆ける。
誰もいない2人だけの空間、澄んだ空気が肺に入って気持ちいい。
普段なら視線すら向けなかった満天の星空を眺めた。
そこには私たち二人を照らしている月明かりと、煌めいている星空。
「何見てるんだ?」
「あなた星って興味ある?」
「正直あんまり分かんないな……すまん。」
「いや、いいのよ別に。」
星、その中でも一際輝いている一等星。
私はそんな星が好きだった。
暗闇の中でも自らを光輝かせ、周りよりも目立っている。
普通の星なら少し雲が挿せば見えなくなるが、彼らはそんな邪魔にも負けずに発光し続けている。
そんな彼らに憧れた、誓った、絶対に私も輝いてみせるって。
余裕が無いとヒトもウマ娘も周りを見れなくなるのは同じだ。
目の前のことだけに集中して過去のこと、先のことが分からなくなる。
でももう大丈夫だ、今なら彼女との誓いも深く思い出せる。
「よしそれじゃあ1周走ってみるか。」
「えぇ、タイム宜しくね。」
「まかせとけ。」
その光を背に私は発走の準備をする。
出走前のこの静かな雰囲気、昼間には無い雰囲気は私を落ち着かせた。
「よーーーい、スタート!」
こうして着実に私たちの物語はスタートした
~~~~~~~~
かに思えた…………
だが現実はそうも上手くいかない。
目の前にたちはだかる大きな壁を見る。
彼女はその小さな身体と、内に秘めるパワーで全てを蹴散らした。
「やぁやぁアヤべさん、調子はどうかな?」
「何よ、レース前に何か用?」
「ライバルの調子を確かめにってところかな?
まぁ君なら心配いらないとは思ったが……
さすがボクのライバル、闘志に磨きがかかってるね!」
「はぁ………ほんとうるさい。
今日は本番ってこと理解してる?」
「もちろんさ!そして今日がボクの伝説の1ページ目だということもね!」
この厚顔無恥、自分大好きなこのウマ娘はテイエムオペラオー。
私のことを勝手にライバルと言い、いつも話しかけてくる。
しかしそんな彼女の物言いはあながち間違いでもなかった。
毎日杯までの3連勝、圧倒的、暴力的な末脚、誇るに相応しいだけの実力が彼女にはあった。
そして彼もその強さに魅せられた1人。
「アヤべ………」
「あら、来てたのね?」
「おやおや、トレーナー君も来てたのかい。」
彼女のトレーナー、若手で人気がありいつだってウマ娘のことを一番に考えている人。
彼は私ではなくテイエムオペラオーを選んだ。
選抜レース、私は2着だった。
彼に教えてもらったことを精一杯発揮し、全力で駆け抜けた。
しかし3バ身差の圧勝。
届く夢すら見せてくれないその走りで彼を無理やり奪い去った。
最初からずっと担当してくれるなんて思ってなかったし、どこかで別れはあることも理解してた。
でも心の中では彼が私のトレーナーだって認識が、無意識に植え付けられていたらしい。
新人トレーナーは原則一人につき担当ウマ娘は一人までだ、私に順番が回ってくることは無い。
そして私にはチームを持つベテラントレーナーが付いた。
もちろん今のトレーナーさんにも満足はしてるし、不満なんて一切ない。
しかし彼女を見ているとなぜか胸がズキズキ痛む、目を逸らしてしまう。
でもこれはもうどうにもならないこと、私はただレースに勝つ、それだけでいい。
「まさかあの頃の君が皐月賞まで来るなんてね。」
「想像もしてなかった?」
「正直ね、でもあのデビュー戦を見れば納得だよ。」
「まぁ彼女には遠く及ばなったけどね?」
「……………」
「ふふっ、ごめんなさい。」
彼が複雑そうな顔をしているので、私もそろそろ意地悪をするのはやめておく。
きっとどこかでオペラオーを選んだことに対して負い目を感じているんだろう。
でもそんなことはもう関係ない、私は彼女を叩き潰すだけ。
「さぁトレーナー君、見ててくれよ?ボクたちの軌跡の第一歩を!!」
「あぁ、頼むぞオペラオー。」
「さてそれじゃあアヤべさん、先に失礼するよ。」
そう言うと彼女はパドックに向かい、マントを堂々と翻して歩いていく。
私もそれに続いてゆっくりと足を踏み出した。
~~~~~~~~
『外からテイエムオペラオー!!!!』
脚を火傷したのかと思うほどの熱さ、そして目の前でさんさんと輝いている太陽。
その太陽が指を1本突き上げた。
「世界よ、これがボクの覇王伝説の1ページ目だ!!」
高らかに歌うはテイエムオペラオー。
結局3強なんて言われてた私は6着。
もう一人のナリタトップロードは3着。
全員彼女に蹴散らされた。
そして彼女がトレーナーを肩車して大きく笑っていた。
「っ!!…………」
まただ、胸がぐっと苦しくなる。
絶対に負けないと思ってた、全員後ろから差して私が指を突き立てる番だと思ってた。
でも勝ったのは結局彼女。
次の舞台は1ヶ月後、日本ダービー。
それまでに彼女を超えるため私は…………
~~~~~~~~
日本ダービーとは数多くのウマ娘の屍の上に立つ栄光である。
かつてシンボリルドルフ会長が「全ウマ娘の幸せを願って」と言ったそうだ。
だが私からすれば会長は幸せを奪う側だ。
それほどダービーを取るというのは皆が望む願いであり、希望だ。
そのためなら全てを捨ててだって構わない。
『大外からアドマイヤベガ!!!内にナリタトップロード2人の一騎打ちだ!!!』
観客席から聞こえる何万人もの大歓声も、実況の音も、何もかも聴こえない。
脚ももう感触がない。
ただ飛んでいた、7000人の望みを破壊しながら。
『アドマイヤベガ!!1着はアドマイヤベガです!!!!』
「はっ………はっ………はっ…………!!!」
視界が回っている、脚に力が入らない。
でも私は勝った、見返してやったんだ。
よろけて転びそうになるのを抑えて私は観客席を見つめる。
そこには表情を暗くしている彼の姿があった。
「ははっ………見てたか…………」
腕を突き上げて勝利を見せつけてやる。
オペラオーより強いことを、誰よりも強いことを証明した。
いい気味だ……見てた……か………トレー…な……
~~~~~~~~
「んっ………」
「起きたか!?」
「アヤべさん、動いちゃダメだ!!」
知らない天井、知らない部屋。
知っているのは隣から聞こえる声だけ。
そこには暑苦しい2人組がいた。
「私………何して………」
「アヤべさん、レースの後急に倒れちゃったんだよ、ほんとにビックリして………」
「それもそうだがアヤべ、まずはダービー制覇おめでとう。」
あの夢かと思ってた出来事が現実だとしり私の脳が震える。
私がダービーウマ娘、世代の頂点。
オペラオーよりも…………
そんなことを思った私がバカだった。
「トレーナー君、今日はすまなかったね。」
「オペラオーもよくやったよ、次勝てばいいさ。」
「傷無き王に民は着いてこず、確かにそれも一理ある!!」
「そんなこと誰が言ってんだよ…………」
「もちろんこのボクさ!」
あ、そっか………
ダービーをとったところで、何をしたところで、もう私には届かないんだ。
目の前目繰り広げられてる漫才のような楽しげな会話を聞きながら、私は涙を堪える。
彼が惚れたのはこんな称号じゃなく、あの夢のような走りだったのか。
じゃあもう何をやっても無駄じゃないか…………
残ったのは結果だけで、私が欲しかったものは何も得れていない。
そもそもダービーを取れば振り向いてくれるなんていう考え自体、子供じみていた。
薄々感じてはいるが脚も上手く動いていない。
これはきっとそういうことなんだろう。
死ぬ気で走った、いや、実際死にながら走った結果これを見せつけられている。
今にも震えそうな声で彼らに話しかけた。
「トレーナーさんからメールが来てたわ、起きたらすぐ連絡しろって。
今から電話するからあなた達も早く帰りなさい。」
「でもアヤべ………」
「いいから!!帰って………」
語気を強めて言うと彼が驚いたようにこちらを見ている。
彼からすればダービーを取ったのに喜んでない私を見て変に思ってるだろう。
でもそうじゃない………そうじゃないんだ………
「それじゃあトレーナーさんにもよろしく伝えておいて。」
「アヤべさん、またお見舞いに来るよ!」
「…………」
その扉が締められる。
私は携帯を思いっきり投げ捨てた。
「なんで………こんなに好きなのに…………」
とっくのとうにこの胸の痛みには気づいていた、目を逸らしたかっただけ。
でももう向き合って、ケジメをつける必要がある。
「もう私には振り向いてくれないのね………」
私は一人布団に潜り泣きじゃくる。
何が一等星だ、あなたの一等星になれなきゃなんの意味もない。
その日、私は初恋と失恋を同時に終えた
~~~~~~~~
恋愛感情とは不思議なもので、一度失恋をしたところでその熱は冷めることはない。
さらにその人のことを目で追うようになり、もっと好きになるだけだ。
「それでその時ボクは言ったんだ、トレーナー君、ボクの王道に着いてくる気はあるかい?ってね!」
「オペラオーさん、その話何回目ですか?アヤべさんも聞き飽きてますよ。」
「トップロード、こいつに何を言っても無駄よ。」
「確かにそうですね………」
結局私は骨折、全治半年の大怪我だった。
今はダービーから数週間経ってようやく大量の取材やら、インタビューが終わったところ。
そして病院には毎日誰かしらが来ている。
テイエムオペラオーはもちろんナリタトップロード、メイショウドトウ、他にも色んな友人が見舞いに来てくれた。
でも一番辛いのは彼が来た時。
オペラオーとの話を聞いてる時だ。
「それでその時オペラオーがさ、ボクの王道に着いてくる気はあるかい?なんて言うんだよ、なんだコイツって思ったよね。」
「その話オペラオーから100回聞いてる。」
「ほんと?あいつ今でも俺にこの話するもんなぁ………」
こんなたわいもない話ばかりしてくる彼、この時間は幸せでもあり地獄でもある。
大好きなあなたと会える嬉しさ、オペラオーとの話を聞く苦しさ。
それでも嬉しさの方が勝るのは惚れた弱みだろうか。
「あ、もうこんな時間。」
「そう、それじゃあオペラオーにもよろしく伝えておいて。」
「分かったよ、それじゃあお大事にね。」
ずっとこの時間が続けばいいのにと願うが、彼の担当ウマ娘は私じゃない。
そして今私がしなければいけないのはとにかくリハビリをして、いち早くレースに復帰することだ。
もう振り向いては貰えないけど、それでもあなたとの関わりまでは消したくないから…………
~~~~~~~~
あれから半年、私の脚は徐々に良くなった。
もう普通に歩くのは問題ない程度、退院もしてトレセン学園にも今では普通に通えてる。
結局菊花賞はナリタトップロードが取り、3強と言われた私たちが三冠を分け合う形となった。
しかしその時から感じてたのだろう、彼女のその兆しに。
そしてテイエムオペラオーは王となる
~~~~~~~~
天皇賞・春
破竹のG2連勝で望んだ3200mの長距離G1。
圧倒的一番人気、その実力に答えて彼女は堂々と他のシニア級ウマ娘をねじ伏せた。
抜き出た強さではない、でもオペラオーなら……
そう思わせる粘り強さ、最後には勝利をもぎ取る執念。
その突き上げた指は2本に増えていた。
宝塚記念
私の脚はほぼ完治、まずはG2、G3から出走して様子を見ることになった。
そして彼女はまた伝説を作る。
「ははっ!見てたかいトレーナー君!!」
そう言っている姿が目に浮かぶような自慢げな顔、そしてそれに引けを取らない強さ。
テレビで見たあなたは彼女と抱き合って涙を流していた。
そしてドトウはクビ差の2着。
今や彼女は私なんかでは到底届かない、トゥインクルシリーズの王と化していた。
夏
熱い砂浜の上を必死に走る。
無くなった体力を取り戻すために太陽に焼かれる。
私はこの頃からもうオペラオーに勝つことを諦めていた。
だってあんな化け物、誰も敵うはずがない。
今年に入ってまだ無敗、せいぜい食いつけてるのはドトウくらいだけ。
他の娘たちはオペラオーを怪物のように思っているだろう。
実際私も彼女の走りを見て絶望した。
「アヤべさんじゃないか、久しぶりに併走でもどうだい?」
そんなことを言われたが、もちろんまともにやって勝てるはずもない。
それほどまでに今の彼女は『最強』という名が相応しかった。
「ちょっとトレーナー君、いつまで走り続けるんだい!?」
「オペ、まだ始まって1時間だぞ。」
「こう毎日じゃフラストレーションも溜まってしまうよ。」
そんなことを言いながら、遠くの方でオペラオーと彼が楽しそうにトレーニングをしている。
彼らの仲はさらに深まり、オペラオーのことをオペと呼ぶようになった。
そして私の恋心はいまだ冷めることがない、この夏の暑さに当てられさらに加速している。
もうトレーナーになってもらう夢はとっくのとうに諦めた。
だからせめて女として隣に置いて欲しかった、それでも私は満足した。
でもそんな夢すら叶わないのが現実だ
「ほらトレーナーくん、もっとボクの目を見て。」
「まずいってオペ、こんなところ誰かに見られたら…………」
「夜中に誰がこんな場所まで来るのか教えて欲しいね。」
今ほど私は自分を恨んだことは無い。
何で夜中に散歩に来てしまったんだ、何でこっち方面に歩いてきてしまったんだ、何で………もっと早く告白しなかったんだ…………
「ほら、目を閉じて………」
「それって俺が言う役なんじゃ………」
「君じゃ役不足さ、ボクに任せたまえ。」
その言葉と同時に二人の唇が重なる。
私は咄嗟にそこにある岩場に隠れて物音を消した。
「んっ………//////初めてにしては悪くないね。」
「オペは初めてじゃないのか?」
「何を言ってるんだい君は?ボクがトレーナー君以外に唇を触らせるとでも?」
今すぐ逃げ出したかった、さっさと戻って現実逃避したかった。
でも動いたらバレてしまう、だからその音を聞き続けるだけ。
唾液を交換するような大人のキスを繰り返す、私の知らない世界。
気持ちよさそうな音がやけに響き、自分の耳を切り落としたくなる。
「はぁ………それじゃあ今日はここまでにしておこうか………」
「オペにはほんとに適わないよ。」
「ははっ!君は一生ボクの傍で仕えてればいいさ!」
オペラオー、私が欲しいものを全て持ってる娘。
彼の担当の座も、恋人の座も、全部全部取られてしまった。
もう私が適うところなんてひとつも無い。
彼女は現役最強の名さえ手に入れている。
どれか一つでも………たった一つでよかった。
だから私は決めた、2人の夢をぶち壊すって
だっておかしいじゃないか、私の欲しいもの全てを持ってる娘なんて、そんなのありえない。
だから一つくらい譲ってくれないと割に合わない。
2人が部屋に戻ったのを確認して私は砂浜に寝転がる。
その空にはあまたの星々と、煌めきを放つ一等星。
あの日のことを思い出す。
『ねぇ君、ちょっといいかな?』
初めて会った時は変な人だと思った。
『あ〜それは何となく分かってたよ、気だるそうに走ってたからさ。』
分かった気になるな、そんなこと思ってた。
短い時間だったが色んな思い出がある。
あなたとの記憶は1秒たりとも忘れることはない。
空に手を伸ばした
一等星を握りしめる
これは私のことじゃない
あなたにとっての一等星
それを握りつぶす
「負けない、もう絶対に………」
~~~~~~~~
年末の有馬記念はダービーと同じくらい特別なものだ。
クラシック最強を決めるのがダービーだとすれば、全ウマ娘の最強を決めるのが有馬記念。
天皇賞・秋、ジャパンカップ、結局どちらも勝ったのはテイエムオペラオー。
世間はテイエムオペラオーの「無敗の年間シニアG1完全制覇」という大記録を望んでいる。
しかしそんなことは私が絶対に許さない。
世間がどれだけ彼女を応援しても、私だけは絶対に許さない。
全てを奪われ、夢も希望も打ち砕かれた。
別に恨んでもいないし、彼女のことを嫌いにもなってない。
しかしそんな夢物語のツケは払ってもらわなければ。
「オペラオー、久しぶりね。」
「いい目じゃないか。それでこそ王道を阻むにふさわしい!」
結局私は有馬記念に目標を定め、他のレースには出なかった。
なので1年以上間隔が空いていることになる。
そんな状態で私の人気は12番、当然の結果だ。
だがしかし負けるつもりなんてない、この手で握り潰して粉々にしてやる。
「オペラオー、あなたは私のことをまだライバルだと思ってくれてる?」
今の彼女のライバルと言ったらもちろんメイショウドトウ、ナリタトップロード、私なんか舞台にすら立てていない。
しかし彼女だけは違う、私のことを見てくれている。
「当たり前さ!ドトウもトップロードも、最高のライバルだよ。
でも君には勝ち逃げされたままだからね……
ボクにとって1番のライバルは君だよ。」
「そう、ありがとね。」
「礼はいらないよ、今日はいい勝負をしようじゃないか。それじゃあお先に失礼するよ。」
「あら、あなたトレーナーを待たなくてもいいの?」
彼女が早足で地下道を駆ける。
きっと彼もここに来ると思ったのに………
「いいさ、だって君は彼のためにここまで来たんだろ?」
「…………あなたってほんとに変ね。」
「ははっ!いつだって王は孤独、他人から理解されようとは思ってないさ!」
そう言うと彼女がそのマントを堂々と翻した。
まるで皐月賞のときのような感覚に背筋が震える。
「待ってるよ、ボクの最高のライバル。」
「えぇ、すぐに行くわ。」
無言で彼女が歩き出す。
『1番人気、伝説を残すのか現役最強テイエムオペラオーーー!!!!』
10万人を越す大歓声が彼女を祝福する。
私も直ぐに行きたいくらいだが、その前にやることがある。
「アヤべ………」
「あら、来てたのね?」
「オペは……もう行ったか。」
私が目の前にいてもオペラオーのことばかり気にする彼に嫉妬しつつ、一歩彼に向かい歩を進める。
あなたは私のこんな気持ち、全く気づいてないんでしょうね。
それは私があまりアピールしてないのもあるけど………
でもそんな私も今日でおしまい。
弱い私は全部投げ捨てる。
選抜レースで負けた弱い私も
恋に負けた弱い私も
王に絶望した弱い私も
全部全部今日でおしまい
「ねぇ、少し話をしてもいいかしら?」
「ん?どうしたアヤ……」
「んっ………」
彼に一歩近づき、その襟を掴んで無理やり唇を重ねた。
私の最初で最後のファースキス、あなたに捧げる最初で最後のキス。
彼が動揺を打ちけし、冷ややかな顔で私の方を見る。
「なんのつもりだ?」
「好きよ。」
真っ直ぐにその目を見つめて自分の気持ちを伝えた。
1年以上貯め続けたこの思いをなんの恥じらいもなく伝える。
「こんな大切な時に………何を言って……」
「だから好きって言ったの、あなたのことが。」
「……………」
彼が絶句している。
それはそうだろう、あと数刻で有馬記念が始まるんだ、こんなことをしている奴は世界で私だけだろう。
でもそれでいい、これでいいんだ。
「それで返事は?」
「……………そんなの無理に決まってるだろ。」
一瞬、私の1年以上の想いがその一言で全て無に還る。
だがこれで満足した、後はあいつを倒すだけだ。
「ありがとう、私のことを見つけてくれて。」
そう言って私は彼に背を向ける。
涙なんか見せない、絶対に…………
「私はあなたにとっての一等星にはなれなかった…………」
でも、それでも………
目元を拭いて彼の方に顔を向けた
世界で1番の笑顔を見せて
「それでもあなたの一等星を打ち砕くくらいはしてみせるわ。」
もう未練はない、あとは走るだけ。
私はターフに向かって歩き始める、彼に背を向けながら。
段々と歓声が大きくなってくる。
それは彼女を称える賛美歌、私に対する応援歌なんて指の先ほどもない。
それでもいい、私は私のために走る。
あの一等星を打ち砕くために
「待たせたわね、私のライバル!」
「遅かったじゃないか、随分待たされたよ。
さぁ始めようか、ボクたちの王道を!」
さぁ、夢を潰しに出かけよう
『君の一等星を打ち砕く』
どうもabです、はじめまして。
普段はpixivであげているのですが、友人につられてこちらの方でも垢を作ってみました。
感想などくれたら嬉しいのでよろしくお願いします。