暁音は旧校舎を出て、街灯が照らす夜道を一人で歩いていた。
彼女の家から学校までは、長い住宅街を歩かなければならない。今は暗いため、街灯の光と、ポツポツと点いている住宅の灯りしかない。
風が吹き、地面に落ちている葉やコンビニの袋などが舞いあがる。暁音の髪も揺らし、邪魔に思ったらしく耳にかけた。その時、前方から人影が見え始める。
まだ、夜八時なため人が歩いていてもあまり不思議ではない。仕事帰りの人や、学校の部活帰りの生徒の可能性だってある。そのため、暁音は気にせず歩き続けた。
前方から来る人とすれ違った時、何故か急に右手首を捕まれてしまった。
「っ、なんですか……って、
「やぁ、暁音。こんな夜にどうしたの?」
いきなり掴まれた事により、暁音は驚きの声と共に不機嫌そうな声色でその人を見る。その時、口から飛び出した文句が止まり見上げる形となった。なぜなら、その人は暁音の知っている人だったから。
漆黒の瞳を彼女に向けながらボストンバックを片手に持ち、ジャージを身にまとった青年。名前は
瑠爾と暁音は、中学生まで一緒の学校に通っていた幼馴染。
黒髪を耳の辺りで切りそろえ、優し気に微笑むやわらかい口元。端正な顔立ちをしており、小さな頃から人気者だった。
「夜に女性が一人でこんな所歩いていたら危ないよ?」
男性にしては少し高めな声。口調も優しげなため耳にスゥっと入ってくるため心地よい。ずっと聞いていたくなる声だ。
「平気よ。いつもこんな感じだもの」
「それはそれで危険だよ。もし良かったら送っていくよ?」
「あともう少しだし大丈夫」
「俺が心配なんだよ。仮にこのままほっといて、もし幼馴染に何かあったら……。考えただけで怖いよ」
わざとらしく両手で自身の体を包み込み、ガタガタと震わせる。そんな彼を見て、暁音はこれ以上断ってもめんどくさいだけと悟り、深い溜息を吐き「わかった」と了承。それを聞いた瑠爾は、小さくガッツポーズをした。
「そんなに喜ぶ事?」
「最近お話もできていなかった訳だしね」
「学校が違うし、仕方がないよ」
「そうだけどさぁ」
「ぶー」っと、子供のように不貞腐れている彼に対し暁音は特に何も言わない。二人の足音だけが聞こえる中、静かに二人は帰路を進む。
風が二人の髪を揺らし、頬を撫でていた。その時、暁音は右手で横髪を耳にかけ、おもむろに口を開いた。
「瑠爾、何か変わった?」
「え?」
「なんか、昔と違う気がする」
「そりゃ、もう何年もあってなかったし、変わるでしょ?」
「見た目とかではないんだけど」
「どういう事?」
「いや……、何でもない」
不思議に思いつつ、暁音はこれ以上追及しようとはしないで口を閉ざした。その時、前方から千鳥足で、四十台くらいのおじさんが手に酒瓶を持ちながら歩いてきた。茶色のスーツなため、闇に溶け込んでいる。
二人は話に夢中になっていたため、気づかない。そのまま、瑠爾と肩がぶつかってしまう。
「おいおいぃ~。らりぶつかってきてるんれすかぁ?? しゃざいもらひに~、さろうとしてなぁいれすか????」
目を付けられた瑠爾は、苦笑を浮かべながら謝っている。口からは強いアルコールの匂いが漂い、瑠爾だけではなく暁音も薄く眉間を寄せる。鼻を掴みたい衝動を抑え、何とか暁音に近付かれないように瑠爾は制止しながら謝っていた。
「本当にすいません。前を見ておらず」
「これだからいまどきのわかいもんはれいぎがなってないんだ。ここでじょうしきをわからせて――――」
酔っ払いが酒瓶を持っていない手で瑠爾の肩に置こうとした時、いきなり血しぶきが舞った。
「――――え?」
「っ…………!!」
酔っ払いは上を見上げ、暁音は目を見開き驚く。血しぶきは空中を飛んでいる
何が起きたのか理解できず、酔っ払いは瑠爾に伸ばしていた手を見た。そこには、肘から下がない。赤い液体があふれ出ており、ボタボタと地面を赤く染めていく。
「ぎ、ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!!!」
やっと状況を理解できた酔っ払いは崩れ落ち、自身の腕を掴む。その際、手に持っていた酒瓶が地面に落ち大きな音を立て割れる。
今唯一平然としている瑠爾は、目の前で痛みに苦しんでいる酔っ払いを細められた瞳で見下ろす。軽蔑しているような、氷のような瞳。冷たくて、人をなんとも思っていない。
後から見ていた暁音は今だ動く事ができず、体を硬直させる。今動いてしまえば、次のターゲットは彼女になる。
今死ぬ訳にはいかない暁音は、ただただ見ているしか出来なかった。
「る、に?」
困惑の声。暁音の言葉など気にせず、瑠爾は目の前で苦しんでいる酔っ払いを見続ける。
「まったく。そんな汚い手で触らないでほしいのぉ。汚らわしい」
今まで暁音と会話していた瑠爾とは思えないほど別人になっていた。声は地を這うほど低く、凍るように冷たい。そんな彼の左手は、赤く染まっており。爪は鋭く染まっていた。
「
地面で蹲っている酔っ払いを、今度は蹴り上げた。
「がは!?」
腹部を蹴り上げられた事により、口から唾液と共に吐血。だが、気にせず蹴り続ける。
腹部や顔を殴り、残っている片腕を踏み折る。鈍い音が響き、酔っ払いの叫びが路上を埋め尽くす。それでも瑠爾はやめない。暁音も止めることができず、立ち尽くすのみ。
瑠爾が攻撃をやめた時には、酔っ払いは動かなくなっていた。左手は変な方向に折れ曲がり、顔はもう誰かわからない程崩れている。まだ右手からは血が流れ出ており、血だまりを作り出す。
「…………」
こと切れている酔っ払いを見下ろし、瑠爾は左手についた血を舐めた。
「さて。ごめんね、暁音」
自身についた血など気にせず、後ろで動けずにいた暁音を振り返り笑顔を向ける。その笑顔が狂気的で、思わず後ずさってしまう。
「なんで逃げるの? 怖くないから、こっち来て」
「…………貴方、だれ?」
絞り出した暁音の声を耳にし、瑠爾は焦ることなく、にんまりと笑った。
空気が一変する。冷たい風が二人を撫で、月明りが照らす。街灯が点滅し、なぜか消えてしまった。
辺りが暗くなり、視界を遮断する。暁音は暗闇に目が慣れておらず、前に立っている瑠爾を見失わないため目を細める。数回瞬きをし、いつ動こうかタイミングを計っていた時。
「――――っ!?」
「君はまだ、使えそうだから殺さんよ」
瞬きをした一瞬。暁音の視界から瑠爾が消えた。
気づいた時には遅く、背後に回られ腰と顔を固定される。
「君はまだ利用できるからのぉ。
耳元で囁かれ、暁音の体に悪寒が走る。
目線だけを後ろにいる瑠爾を見た。
「…………あ」
暁音の視界が、赤色で埋められた。
「今はまだ――……」
赤色で埋め尽くされた視界を最後に、暁音は意識を失った。
「にしても。人の感情にここまで敏感な人がいるとはのぉ。本人は無自覚らしいが」
妖しく笑い、夜空を見上げた。月が彼の瞳に映り輝いていた。
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