風が旧校舎の周りに立ち並ぶ木を揺らす。気持ちよさそうに空を舞っている葉が月光に照らされ、地面に落ちる。
暁音は舞っている葉を掴もうと手を伸ばしたが、ひらりと避けられ交わされる。追いかけようとはせず、去ってしまった葉を見送る。
「久しぶりに来たかも」
再度旧校舎を見上げ、暁音は歩き出した。
外れている南京錠を取り、古く壊れてしまいそうなドアを開け中に入る。ギシギシと音が鳴り今にも崩れそう。そんな廊下を難なく進み、階段を上る。
風が窓をガタガタと揺らし、月明りが旧校舎の廊下を照らしていた。埃が光に照らされ、幻想的に舞っているように見える。
廊下の機材や段ボールは暁音が行かなくなってから何も変わっていない。端に寄せられているため、歩くには特に障害はない。
月海の所に通っていた時のように、慣れた足取りで廊下を進む。すると、”3―B”と書かれているプレートが見えてきた。そこが暁音の目的の場所。
前まで放課後は必ず通っており、おにぎりを届けていた。やる気のない悩み相談所を開設し、何とか人見知りを改善させようとした場所。いつも月海が窓側にある椅子に座り、夜空を見上げていた場所。
暁音は目の前にあるドアに手を伸ばし添えた。緊張しているらしく、手汗がにじみ出ている。息が少し荒くなり、唇が震える。手も震えており、ドアを開けることができない。
中に目的の人がいるのかわからない恐怖と、開けてもいいのかという疑問。
色んな思考が暁音の頭を駆け回り体を拘束してしまう。添えたまま動かすことができない手はカタカタと震え、力が入らない。
白い息を吐き、自身の手を見下ろす。
「…………っ!!!」
ここで引き返せば必ず後悔する。そう考え、暁音は意を決して右手に力を込め勢いよくドアを開いた。
「…………月海さん」
教室の中に入り窓側を見る。そこには、月明りに照らされている月海の姿があった。
「…………何で来たの。ニュース見てないわけ? それとも、殺されに来たの?」
窓から目を離さず、月海は淡々と問いかける。赤い布を揺らし、腕を組んだ。足を組み直し、月を見上げ続ける。
暁音は教室の出入り口から歩き出し、月海に近付いていく。でも、なぜか月海がその歩みを止めさせた。
「止まって」
「…………なんで」
「これ以上近づいたら、間違えて殺しちゃうかもしれないよ」
「私は構わないですよ。怖くないので」
「…………ハハッ。そっか、君はやっぱり変わらないんだね」
から笑いを零し、月海は一度顔を俯かせる。だが、すぐに顔を上げ暁音に向けた。その顔は優し気に微笑まれており、逆にそれが不気味に感じる。今の月海は何をするかわからない。そんな空気を纏っており、暁音も迂闊に動く事ができない。
「る、月海さん。今まで、何をしていたんですか?」
「そうだね。まぁ、ニュースを見ていたらわかるんじゃない?」
「やっぱり。今世間を騒がせている”大量殺人失踪事件”。犯人は貴方なんですか? 月海さん」
暁音は確認の意も込めて、緊張を滲ませながらも問いかけた。
「君がそう思うならそうかもね。僕かもしれないし、違うかもしれない。真実は自分の目で確認しないと、人間は心から信用しない。人の言葉は儚くて崩れやすい。簡単に消えてしまう。だから、君も人の言葉に惑わされないで、これからの人生歩んだ方がいいよ。僕なんかに関わらないで、誰にも縛られないで。君はもう、前みたいに縛られていないんだから」
「それは貴方のおかげですよ、月海さん。貴方が私を助けてくれた。貴方が私を家族という名の地獄から救い出してくれた。手を差し伸べてくれた。私はずっと縛られてた。親は完璧主義さで、ほんの少しの失敗も許してはくれなかった。テストでは満点じゃなければご飯は抜き、運動も一位じゃなければ部屋に監禁され、一日のスケジュールはすべて分刻み。もう我慢の限界で、何もかもどうでも良くなった私の手を救いあげてくれた。だがら、今度は私があなたを助けたいの。これは親から言われていた事をやろうとしているんじゃない。私の意思で、貴方を助けたいと思ったんです」
抑揚がなく、淡々としている口調のだが、月海を見る瞳には力が込められており簡単には引かないだろう。月海も見えない視界で感じ取り、口を閉ざす。
静かな空気の中、二人の息遣いだけが静かな空間に聞こえる。
静かな空間を壊したのは、月海の荒々しい言葉だった。
「はぁ。お前、いい加減にしろよ?」
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