紅の十字架   作:そこら辺のめがね

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第一章:幕開け
episode1:始まり


西暦2022年、世界初のVRMMORPGとしてフルダイブを可能とするVR技術を搭載した「ソードアート・オンライン」の正式サービスが開始された。

 

このVR技術は過去最高の技術であり、使用している者の脳へと直に接続することによって仮想空間を生成することができる。その際に仮想上のものではあるが使用者に五感情報を与えるため、より現実味のあるプレイを楽しむことができるのだ。

 

それこそが「ソードアート・オンライン」の醍醐味であり、最大の魅力となっている。

 

また、このような技術を可能にするのはヘルメット状のVRマシン、通称「ナーヴギア」による効果が大きい。顔と頭を覆い隠すくらいのサイズで、このナーヴギアを被ることによってはじめて仮想空間への切符をつかむことができるようになる。

 

VR技術を搭載したナーヴギアは前代未聞の開発により発売されたゲーム「ソードアート・オンライン」は驚異的な人気を誇り、夢のような現実に魅了された多くの人間は発売される前日から長蛇の列をつくるほどであった。

 

 

実際にその列に並び、幸運にもナーヴギアを手に入れたひとりの少年は、灰色の髪を靡かせた男と、このゲームの象徴といえる武器を互いに交じり合わせていた。

 

 

「くっ…!!」

 

紅に染まるフィールドに、キィンと、金属音が響き渡る。

 

 

少年はバックステップをすることで相手との距離を取ろうと試みるが、灰色の髪の男はそれを許さない。地面を強く蹴ることで容赦なく少年との間合いを詰めた。

すぐ目の前まで接近する男を視界に入れつつ、ちらりと現在のHPバーを少年は確認する。イエローゾーンまでかすり傷一つでも食らえばすぐさま到達する領域までHPが削られおり、少年は自分の弱さを痛感してはぎりっと歯を食いしばった。

 

男は更に距離を詰めると少年の懐にもぐりこみ、躊躇うことなく彼の幼さが残る顔めがけて剣を突き刺す。

 

「くそ、がっ…!!」

 

必死に首を傾けるが、その剣筋は少年の右頬を抉ると人工的に生成された白い肌を無残にもそぎ落とした。

 

その瞬間、少年のHPはイエローゾーンに到達したのだった。

 

 

 

 

―――――数時間前――――――

 

 

 

俺という存在は、最新技術のフルダイブ機能を経て「ソードアート・オンライン」の世界にて誕生した。

 

最初は楽しそうなゲームだと思って購入した矢先に、開発者である茅場晶彦がこの世界をデスゲームと化させ、事態を混乱させたことが全ての始まりである。

本来であれば搭載してあるはずのログアウトボタンが消去され、この世界で死ぬことは現実世界の死と直結してしまう。ただのゲームからデスゲームへと変貌したそんな世界で、現実を受け入れられないプレイヤーは少なくない。

 

あまりにも受け入れがたい事実に、数多の人間が発狂してしまった。

 

膝から崩れ落ちる人もいれば、泣き出す人間もいる。

そんな中、俺は奇妙なほどに落ち着いていた。

 

死を悟ったのか、それとも生き抜くことを諦めたのか、自分でもわかっていない。

 

しかし、気づいた時にはただただ走り出していた。どこにかに向かうという目的もなく、目標もなく、必死に目の前にポップするモンスターを左手で握りしめている剣でなぎ倒していた。

 

自暴自棄に陥って何時間経っただろうか。

もはや時間が経過しているという感覚はない。

 

ただ、我に返った今、絶体絶命な状況下に置かれてたことを理解する。

 

手前に三体、そして面倒なことに背後に二体、計五体の《リトルネペント》と言うモンスターが俺を取り囲んでいた。

特段マップを見ることなく思うがままに駆け回った結果、モンスターの群れに自ら身を投じてしまったようだ。

 

「今日始めたてのぴちぴちな初心者を囲むか普通…」

 

己の注意力の無さに苦笑いを浮かべるが、正直いって苦笑いしている余裕などまったくない。取り繕った表情の裏にあるのは、迫りくる「死」への恐怖を紛らわすための強がりに過ぎない。

冷静に考えても、ただでさえ囲まれてる最悪な状況で、かつモンスター五体から繰り出される同時攻撃を今日始めたばかりのビギナーが避けられるわけがない。

 

あまりにも絶望的すぎる状況に心が折れかけるが、震える脚に鞭を打ち、とにもかくにもポップしてしまったモンスター五体を倒すべく《リトルネペント》に接近する。

 

「まずは目の前の三体…それからだ」

 

重たく感じる剣を振り上げると同時に、体を半回転させモンスターの攻撃を間一髪で躱し、曲刀のソードスキル《リーバー》を発動させるべく身構えた。

 

走った勢いに任せて曲刀を肩に担ぐモーションを取ると、身体が俺の意志とは関係なく大きく踏み込むと、一気に駆け出す。

確かな手ごたえが掌に伝わったその瞬間には、俺の放ったソードスキルは上手く決まっており、モンスターを運よく二体消滅させることができた。

 

ただ、曲刀のソードスキルは硬直時間が長いことを当時の俺は知るよしもない。

 

 

「ぐあぁっ!!!」

 

硬直時間から解放される前に、倒しきれなかった《リトルネペント》の鞭のようにしなる触手攻撃をもろに食らいダメージを受けるとともに、その衝撃が全身に駆け巡った。それに伴ってHPバーも大きく減らされる。

 

七割あった自分のHPは大幅に削られ、一瞬にして目の前が赤く染まる。

 

あと一撃でも食らえば体はポリゴンのように粉々になり、俺の命はソードアート・オンラインというゲームの一部となって消えてしまうのだろう。

 

ピーピーピーと、けたましく響く警告音は今すぐ逃げろとでも言っているように騒がしい。

 

幸いなことに、先ほどのソードスキルを使用したことで、囲まれた状況から脱し《リトルネペント》と三体と向き合う形を取れたことはとても大きかった。三体であればどうにか俺でも対応できる。

 

そう思った直後、更に追い打ちをかけるかのようにこの美しく綺麗な剣の世界は、俺に地獄を垣間見せる。

 

残りの三体の背後から、新しくポップした《リトルネペント》がわらわらと周りに集まってきたのだ。

 

「くそ‥!!」

 

あまりの数に、俺は背筋が凍る。仮想空間で本当に冷や汗をかくのかは知らないが『死』と隣り合わせという事実だけで十分だった。

 

今になって心臓が死にたくないと騒ぎだす。

闘牛のように暴れ狂い、口から飛び出ててきそうなくらいに激しく、そして強く生きたいと主張する。

 

 

 

失敗すれば死ぬ。

 

 

当てなければ死ぬ。

 

 

倒さなければ死ぬ。

 

 

攻撃食らえば死ぬ。

 

 

 

 

俺は、死ぬ。

 

 

 

そして、剣を強く握っていた左手から、すっと力が抜けていくのを感じた。

 

「よくやったよ、俺」

 

そう呟くと、今まで生きてきた一つ一つの記憶が濁流のように鮮明に映し出された。

 

これが俗にいう走馬灯というやつなのだろうか。

 

のんきにそんなことを想っているが、自分自身でもこの不思議な感覚に戸惑いを隠せない。死を悟った自分の頭の中で、過去のできごとがまるで映画を上映しているのではないかと思うほどに、記憶が流れていく。

 

現実を少しでも忘れるために、購入したナーヴギア。

長蛇の列に何時間も立ち続け、ようやく手にしたゲームはデスゲームと姿を変えると、俺たちプレイヤーの喉元に鋭い牙を突き付けては、その時を静かに待っている。

 

開発者の茅場晶彦に対して、ある意味天才だと心から敬意を払った。

 

日本中の人間が彼の技術に魅了されたように、俺もまた、茅場晶彦の魅力の虜となった一人だ。

 

 

「死ぬ前にこの世界で、アンタと戦ってみたかった」

 

 

そう呟いてから、瞼を閉じてこの世界への想いを馳せ、ゆっくりと時を待つ。

もうすでに、俺の心から死への恐怖は消え去っていた。

 

何度も自分が生きていることに疑問を持ち、死んだところでどうにもならない。

 

そう考えていた俺にとって、デスゲームと化したこの素晴らしいゲームは

自分の死に場所に相応しいとすら感じていた。

 

 

後は攻撃を受け、静かに命を引き取るだけ。それだけである。

 

 

 

―――ただ、俺がスゴく捻くれていたことを除けば。

 

 

 

 

「…っんな奴に負けてたまるかっ!! やっぱりアイツをぶっ倒すまで俺は死なねぇ!!」

 

 

 

グワッと閉じていた目を見開き、剣を再び力強く握る。

ただでさえ既にモンスターは攻撃モーションを完了しており後は当てるだけとなった危機的状態だが、俺は諦めない。

 

否、諦めたくなかった。

 

「うおりぁあぁああ!!!」

 

剣を横に構え目の前にいるモンスターの攻撃を根性で防ぐ。

 

「最後まであらがってやるぜぇぇえ!!! かやばぁあああああああ!!!」

 

そう叫びながら、瞬時にモンスター同士の隙間を見つけると勢いよく走り出し《リトルネペント》の攻撃を間一髪避けながら、体を地面に滑らせる。この行動は賭けに近かったが、奇跡的にダメージを食らうことなく回避することができた。

 

モンスターの囲いから脱出すると、自然とニヤリと笑みが浮かぶ。

どうやらこの世界は、まだ俺を見捨てていないらしい。

 

モンスターに向かって再び走る。身を守ることなんて知らない、己がやるべきことは攻撃に全神経を尖らせることだけだ。

 

走って逃げる選択肢も浮かんだが、今の俺はあまりにも無謀で、この状況を打破するための方法しか考えていなかった。弱かった過去の自分と別れを告げるために、閉じこもっていた自分の殻を破るためにも俺は嬉々として、モンスターに向かっていく。

 

死ぬことを恐れない野獣のように。

 

「はあぁっ!!!」

 

モンスターの懐に突っ込み、同じようにソードスキル《リーバー》を叩き込んだ。体がマリオネットみたいに操られ、鋭い一線を描くように攻撃を繰り出す。《リトルネペント》は現時点で六体おり、まばらではあるが直線に並んでいる。

 

《リーバー》は一直線に踏み込んで進むソードスキルであるため、都合がいい。硬直時間が長いのが難点であるが今のように直線上にモンスターが複数いれば、もれなく巻き込んで倒すことが可能な使い勝手がいいソードスキルだ。

 

ただ、HPが少ない時に距離感だったりタイミングを間違えてしまうと硬直時間により身動きが取れずモンスターにリンチされ、お陀仏になること間違いなし。特に今の俺のような状態で無理やり敵を倒すよりも、逃げる選択を取ったほうが賢い。

 

 

しかし、俺はこの世界に囚われている。

 

一瞬でも死を覚悟し、受け入れた身ではあるが

この世界に束縛され、デスゲームと化させた茅場晶彦に

過去の自分を捨て、新しい自分を見つけられそうなこの世界に

自分で勝手に諦めて、抗うことをしなかった自分に腹がたった。

 

「今の俺は弱いかもしれない…でも!!」

 

放ったソードスキルは的中し、モンスターを再び三体狩ることができた。

そして訪れる硬直時間で瞬時に敵の状況を把握し、避けるための道筋を作り上げる。

 

 

「てめぇの顔面を一発ぶん殴って!!!」

 

 

2…1…硬直が解除された刹那、体を半回転させ頭を少し右下におろすと頭上を《リトルネペント》の草鞭がシュッと通り過ぎた。《リーバー》のクールタイムが終えるまでバックステップをとって距離を確保し、クールタイムが終わった後に再び《リーバー》を炸裂するべく足を踏み出す。

 

 

「俺はこのゲームをクリアす、るッ―!?」

 

しかし、俺の脚は動かなかった。

 

『死』と隣り合わせの状況が続き、緊張からくる疲労が蓄積されていたようだ。思うように動かなかった脚は、無様にもガクン崩れ落ちて地面に膝をつく。目の前にいた《リトルネペント》は視界から消えて、冷たい地面に倒れてしまった。

 

 

「やべ、ミスっ…」

 

状況を確認するために顔を上げるが、そこにいたのは紛れもない『死』だ。

どうあがいても、いくら考えても、この攻撃を避けることができないという現実があり、抗えない運命でもあった。

 

「死ぬッ…!!」

 

 

 

目を閉じて体を強張らせるが、想像した衝撃がいつまで経っても訪れない。

 

すると、頭上からパリィンと、聞こえる筈のない音が鼓膜に響きわたる。

恐る恐る、閉じた瞼を上げてみると、最後の一体がいた場所には既にモンスターの姿はなく、人の後ろ姿だけが佇んでいた。

 

この人は、瞬きをするのと同じくらいのスピードで《リトルネペント》を倒したのだ。

 

細身であるが、自分の瞳に映るその背中は、とても大きくて、大きくて。

感謝の気持ちを抱くその裏側では、圧倒的な強さを目の前で見せつけられて、己の弱さと、悔しさと、焦りと…様々な感情がぐるぐると大きな渦となっていった。

 

どうしようもないこの気持ちを、吐き出したかった。

子供のように、八つ当たりするかのように、強がるための文句を口にする。

 

 

「ありがとう、ございます…ただ、さっきのは俺の獲物だ」

 

そういい放つと、男は振り向き、おもむろに口を開いた。

 

 

「すまないな…ただ、名を呼ばれた気がしてね」

 

 

それが後に、ソードアート・オンラインの内で最強と謳われるギルドを率いる団長

──ヒースクリフとの初めての出会いだった。

 

 

 

 

 

 

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