紅の十字架   作:そこら辺のめがね

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前編です。


episode10:イルファング・ザ・コボルドロード

 

「俺からは以上だ、何か質問は?」

 

第一層のボス部屋の目の前で、ディアベルはそう問う。

 

 

俺達は難なく、むしろ順調すぎるくらいのスピードで迷宮区を突破し、残りは扉の向こうにいる《イルファング・ザ・コボルドロード》を倒すだけとなった。

 

禍々しく装飾されたボス部屋の扉を見るだけで、その場に緊張が走る。

 

「再確認で申し訳ないが、撤退の基準はどうする?」

 

スッと手を挙げて発言するのは、黒い肌にスキンへットの長身男、エギルである。

その厳つそうな見た目とは裏腹に、彼は論理的であり、非常に冷静な性格であった。

 

「A隊、B隊ともに総崩れし、死者が一人でも出た場合に俺から指示をだす」

 

ディアベルはエギルの発言を踏まえた上で、余裕そうな表情を崩すことなく続けた。

 

「事前のシミュレーションは完璧さ。誰も死なせやしない…さあ、行こう…!」

 

彼の一言で、全員が覚悟を決めた。ギギギィと、重い扉が開く。

扉の先に待ち構えていたのは、まるで俺達を待っていたかのように、一回り大きいコボルドの王が数百メートル先の玉座に腰を下ろしていた。

 

それは血のように赤く、骨斧を片手にゆったりと立ち上がる。

 

 

あまりの大きさと、迫力、そしてモンスターであるはずなのにビリビリと感じる殺気に、初めてボスに挑む人々は息を飲む。迷宮区で雑魚モンスターを狩っていた時と比にならないほどの恐怖を、全身で感じる。

 

「くっそ、武者震いが止まんねぇ…」

 

誰もが一歩も動けずにいる中、ディアベルだけが剣を片手に駆け出す。

 

「主武器は骨斧、副武器に湾刀(タルワール)! 番兵(センチネル)が三体! 情報通りだ、俺に続け!!」

 

その頼もしい背中を追うように、俺も左手で曲刀を握りしめる。

 

「雑魚敵が動き出した、二人とも行くぞ…!」

「おうよッ!!」

「…了解」

 

震える脚をに鞭を打ち、恐怖を紛らわせるべく俺は声を上げながらセンチネルに突っ込んだ。

 

「うおりゃああああ!!!」

 

振りかざす武器に己の曲刀を滑らせて攻撃を相殺させると、敵をノックバックさせる。

 

「スイッ――!?」

 

俺が言い終える前に、キリトは素早くセンチネルに斬撃を当てると一瞬で倒してしまった。

あまりにも滑らかに敵を抹殺するキリトの強さは、ここにいる人間の誰もが彼の動きに目を見開く。

 

それは俺もアスナも例外ではない。

 

見惚れるくらいの安定感に、無駄のない動き。たった一回の攻撃(パフォーマンス)で、ここにいる全員が目を奪われ、そして魅了される。「アイツは強い」そう、脳に刻まれるまで時間はかからなかった。

 

 

「ナイスだノーツ。次に来る第二波はレベルが高ぜ、フェンサーさん頼んだよ」

 

そんなキリトに敵意を隠さず、むき出して突っかかる人物が近づいてくる。

 

「あんま調子こくなよ…盾無しソードマン……」

 

集中しているキリトには届いていないのか、キバオウの言葉を無視して次の敵に目線を向ける。

目すら合わそうとしないキリトに、ふつふつと怒りを沸かせるキバオウ。今にも殴ってきそうな勢いでぶち切れているが、何とか理性を保っているようだ。

 

「まあまあキバオウ殿、アイツの実力は正真正銘本物だ。アンタの気持ちも理解できるが、俺達の敵はアイツだろ?」

 

ちょんちょんと怒りで震える肩を突き、俺はイルファングに指を指した。

 

そう、今ここで争うのはお門違いである。キリトもキバオウの怒りを買うような反応をしたのも悪いかもしれないが、今はそんなことをしている暇はない。ボス攻略会議でも言ったように、ここで“敵”を履き違えるのはただの馬鹿である。

 

俺の発言で湧き上がるその感情を抑え込むと「すまん」と一言残して自分の持ち場へと戻っていった。

 

一見、感情に振り回されている印象が強いキバオウだが、彼は意外と物分かりが良く、話せば理解してくれるところがある。しかし、彼も彼で臆することなく発言をするため、そう言った一面を知らない人間の方が多そうだが。

 

 

「スイッチ!!」

 

キリトがそういうと、アスナは目にもとまらぬ速さでその一突きを繰り出した。センチネルのがら空きになった懐に、何度もその一閃を打ち込むと、HPが削れたセンチネルはポリゴンになって消滅した。

 

しかし、あまりのスピードに彼女の顔を覆い隠すフードがめくれて、その美しい素顔が露わになる。

 

無言で再びフードを被るが、もう手遅れのようだ。ざわざわとアスナの素顔を見た人間が騒ぎ出す。

 

「可愛い顔がバレちまったな」

「……」

 

そそくさと俺の背中に隠れては、フードを深く被って両手で抑えるアスナ。可愛いという単語がちょくちょく聞こえるたびに、その華奢な肩を震わせていた。

 

 

 

そんなこんなで、現時点で苦戦を強いられることもなく、ディアベル達は順当にボスのHPを削っている。

雑魚処理を命じられた俺達パーティーは、ボスの様子を伺いつつ、センチネルを倒していたが、ポップするまでに余裕と時間があるので、ポーションを咥えながらイルファングの行動パターンをインプットしてた。

 

「センチネルがポップした。いくぞフェンサーさん」

「…わかった」

 

二人が駆け出していくのを傍目に見ながら、俺は小さくため息をつく。

 

 

あの二人を見ていると、いかに自分が弱いのかを突き付けられて傷心していた。

キリトからセンスあると言われたときは非常に嬉しかったのだが、あいにく、俺の負けず嫌いはかなり歪んでいる。

 

現実世界では、常日頃、他者と比べらえれてはそのプレッシャーを乗り越えるために必死に努力していたつもりだった。しかし、その努力が必ずしも実を結ぶとは限らない。

 

自分が今欲しい時に手に入れられなければ、意味がないのだ。

そうじゃないと、簡単に見捨てられてしまうから。

 

過程が大切なのは理解できる。でも、いつだって現実は非常であり、結果が全てなのだ。

 

 

この世界だって、もれなくそうだ。

 

いくら頑張ってプレイヤースキルを磨いても、ヒースクリフにデュエルで勝てなければ意味がない。

もしこれが本当に命を懸けた戦いであれば、俺は何度も殺されていることになる。

 

そのくらい、俺の実力はまだまだということだ。

 

仮にキリトの強さがベータテスターの頃からだったとしても、俺は負けたくない。

これはアスナにだって同じことが言える。同じビギナーとして彼女の成長速度は計り知れない。

 

迷宮区に潜っている時、二人の背中が大きく見えてしまい、そんなことをするわけないとわかっていても、二人に置いていかれる。と、焦ることが何度もあった。これは俺の心の持ちの問題であり、二人は関係ない。そう何度も自分に言い聞かせるが、それでも、どうしても、俺の心は休まらなかった。

 

「強さを求めることが…逆に自分の首を絞める羽目になるとはな…」

 

この状況化でセンチメンタルになる自分に嫌気が差す。

 

自分の強さを確認するべく、ウキウキで今日という日を迎えたのにもかかわらず、モンスターよりも同じパーティーメンバーにこんな感情を抱くなんて、思いもよらなかった。

 

一番にならなきゃ、そんな焦りはいつか身を亡ぼす。

 

 

理解していても、やっぱり難しいのだ。

 

時間が解決してくれることを祈っては、静かに小さいため息を吐き出すのだった。

そして自分のほかに、同じような感情を抱えている人間が一人いることを、俺は知っている。

 

 

「副武器の湾刀(タルワール)が来るぞ!」

 

ディアベルが大声でそう叫ぶと、雰囲気がより引き締まる。

 

イルファングの瞳はギラギラと鋭く光らせては、その大きすぎる手を背後へと伸ばす。ここからが本番と言わんばかりに、手に持つ武器を構えるが、一つの違和感が俺の背筋を凍らせた。

 

「あれ…刀じゃね……?」

 

ゾクッと、小さく震える。

 

「次で決めるぞ!!C隊前へ!!!」

「ダメだ! 退くんだディアベルッ!!!!」

 

同じように気づいたキリトの声は、無情にも彼らに届くことはなかった。

 

 

ディアベルの片手剣にオレンジの光が纏いだす。攻撃モーションを完了させて、一思いに駆け出した。

 

「ディアベルッ!!!! 逃げろおおおおおおおお!!!!」

 

まっすぐ走り出すディアベルの顔面めがけて、イルファングは容赦なく一文字を描いた。

 

 

「あッ―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから言っただろ、焦んなって」

 

息の根を止めてやると言わんばかりの攻撃に合わせて、俺はディアベルの元へと飛び込む。

ソードスキルを強制終了させられたディアベルは、飛び込んだ勢いに耐えられず、回転しながら二人で地面へ転がり込んだ。刹那、イルファングの斬撃が空を切る。

 

あと少し反応が遅れていれば、HPが半分しかないディアベルはそのまま死んでいただろう。

 

「死に急ぐんじゃねぇ。お前にはもっと働いてもらわねぇと困るんだよッ!」

「ノーツ君…」

 

なにか言いたげな表情をするディアベルだが、ここで無駄口をたたく余裕はない。

すぐさま状況を確認しキリトに目配せすると、彼の揺らいだ瞳が再び覚悟を据える。

 

「A隊!!! 壁を作れ!!! ディアベル達が回復する時間を確保するんだ!」

 

キリトの指示によりみんなは意識を何とか取り戻す。

 

あまりにも絶望的だった状況化で、ディアベルというリーダー(精神的支柱)を失うという最悪の事態は脱した。もしこれが現実になっていたらと想像するだけで、非常に頭が痛くなるのでここでは考えないことにする。

 

キリトが指揮を執ることで何とか状況を維持を試みる。もし彼がいなければ今この瞬間でさえも犠牲者が出ていただろう。A隊が俺とディアベルに注意が向かないよう、必死にターゲットを引いて逃げ道を確保してくれた。また、キリト本人はイルファングの攻撃を全てキャンセルするという驚異の神業を披露する。あまりの対応力とその技術の高さに、周囲の人間は唖然としていた。

 

ローブで身を隠しているアスナも、キリトとうまく連携しつつイルファングの周りにポップした雑魚モンスターの処理をしたり、直接イルファングにダメージを与えたりと、俺のパーティ―メンバーはこのボス戦にて大活躍している。誇れる二人と同じパーティーであることに鼻を高くする反面、二人と違って何もできていない自分の非力さに歯を食いしばるが、今はそれどころではないので、とりあえず嫌な思考を追い払うことにした。

 

仲間が頑張ってくれているその隙に、そそくさと起き上がると、未だ動けずにいるディアベルの手を引っ張って身体を起こし、その場から一度離れる。

 

ある程度前線から距離を取ると、放心状態のディアベルをその場に座らせ、俺も目の前で腰を落とした。ディアベルの首を固定するべく服の襟元をしっかり掴むと、開いた口めがけて具現化したポーションを思いっきりぶち込んだ。

 

「おら飲め。テメェが考えてるくだらないこと全部のみこんじまえ」

「んんッ!? ん、んんんーッ!!!」

 

自分の意思に反して、喉に流れてくる苦みを無理やり飲み込みながら、鼻穴を広げ、ふがふがと必死に酸素を取り入れようとするディアベル。そんな彼の姿は、今もなお、回復して戻ってくることを信じて耐え忍び、モンスターと戦っているここの人間の誰よりも醜く悲惨な面である。

 

ざまあみろ。とでも言ってやりたいところであるが、それは全てが終わってから、直接本人に言おうと心に決めた。

 

度々咽るディアベルを傍目に、俺は力強く、言葉を繋ぐ。

 

「俺達は仲間なんだろ、テメェが一人で背負うつもりだったもん、俺達にも背負わせろ」

「ん、んーんん…」

 

咥えた状態のまま、抵抗することなくディアベルは俺の話に耳を傾ける。

俺が何を言おうとしているのか、次に発する言葉を、ただただ静かに待っていた。

 

「ディアベル…お前がいれば、ビギナーとベータテスターはわかり合える。だから、焦るんじゃねぇ。使える人間全員巻き込んで、お前だけじゃない、少しずつでいいんだ、俺達でその環境を…懸け橋を、作っていこうぜ」

 

俺を映している水面に沈んだ瞳孔が、ひゅっと小さくなる。同時に、ガリっとポーションの飲み口に歯を立てた。

 

それでいて、どこか解放されたような、スッキリとしたような。

爽やかなディアベルによく似合う、そんな安堵の表情を咲かせてみせる。

 

悪魔(ディアベル)のくせにそんな顔すんじゃねーよ」

 

 

そんなディアベルに、くしゃっと笑って見せるのだった。

 

 

 




バトルシーンを楽しみにしていた方には申し訳ありませんが、バトルの様子よりも、心理描写を多めにしています。
その理由は後編に繋がる伏線になりますのでご了承ください。
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