紅の十字架   作:そこら辺のめがね

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episode11:ビーター

 

 

安心させるべく、ディアベルに笑顔を向けていると、背後からモンスターとは違う殺気を感じた。

 

「ねえ!! なんであんな無謀なことをしたのッ!?」

 

雑魚処理を終えたのか、前線から一時離脱したアスナは、俺の後ろに立つと怒りを露わにする。

 

「や…あーえぇ、っと…」

「ぷはッ――」

 

俺がアスナに気を取られている間に、手が緩んだことでポーションから口を離すことに成功するディアベル。この状況を察してひっそりと逃げようとするが、絶対に逃すまいと、ぎちぎちに彼の服の襟を握りしめる。オマエももれなく道連れだ。

 

俺に近寄るために歩き出すアスナ。一歩進むたびにグラグラと地面が揺れているが、これがイルファングによるものなのか、はたまた目の前のぶち切れている少女によるものなのか。とりあえず、誰がどう見ても彼女は心底お怒りのようである。

 

チラッとキリトに視線を向けると、バチっと目と目が重なるが「頑張れ」とでも言いたげな表情をするのみで、助け舟を出すこともなく、すぐさまイルファングへと顔を向き直した。

 

まあ、つまり。見捨てられたということである。

 

「はい、すみませんでした…」

 

抵抗することも、言い訳することもなく、アスナの目の前で正座して謝罪する。

 

「な、なんで俺まで…」

 

隣で一緒に正座しているディアベルはそんなことをポツリと零すが、聞かなかったことにした。

 

 

険しい顔で俺の顔をみた後、大きく息を吐くアスナ。俺の行動に呆れたからなのか、それとも諦めて受け入れたのか。真実は彼女しか知らないが、その顔からは怒気がみるみるうちに抜けていく。

 

「もう二度と、あんな無茶なことしないで…」

 

先ほどと打って変わり、自身を包み隠すローブの裾をぎゅっと握りしめ、弱々しく呟く。

 

思いもよらなかった一言を聞いて、そんな彼女を見て、小さな罪悪感の芽が育つ。

 

いつもみたく、冷たい目をすると思っていたのに、一発殴られる覚悟もしていたのに。

その悲しそうな表情に、握りしめている手が震えていることに。ここに来てくれたことに。

 

 

「なんで…そんなに心配してくれるんだ?」

 

疑問だった。

 

アスナからすれば俺はただのパーティーメンバーで、それ以上でもそれ以下でもない。

 

それはキリトも同様のことを言える。所詮俺たちは、一時的な関係であるのだ。

仮に俺がこの関係の継続を望んだとしても、キリトとアスナにはそれを拒否する権利がある。

だからこのレイドが終われば解散するかもしれないくらいの、薄い繋がりなのに。

 

なんでこんな俺に、命を簡単に預けられるんだろうか。

 

ただ、それだけの関係であるはずなのに。

 

 

イルファングの雄たけびと、金属と金属が奏でるその音が、アスナのまっすぐな声が触れる。

 

「あなたが、この世界から私を生きて返してくれるんでしょ?」

 

 

たった、それだけの関係であるはずだったのに。

 

 

「あぁ、そう、だったな…そうだよな…」

 

 

あまりにも捻くれた思考の自分自身に苦笑いすら浮かばないが、

 

どうしてこんなにも、俺は嬉しく感じてしまうのだろうか。

 

どうしてこんなにも、心が満たされるのだろうか。

 

 

温かい気持ちが広がると同時に、メラメラとやる気が燃え上がる。

アスナの言葉は、彼女の剣筋のようにただただまっすぐと、俺の心に届く。

たった一突き、たったそれだけで、どうしようもなく嬉しくて、俺のエンジンが動き出す。

 

「まったく、うちの相棒(プリンセス)は…」

 

 

俺はディアベルの襟から手を離すと、アスナの横に並んだ。

 

「100層まで走り切って、アスナを生きて返す」

「じゃあ、生きて帰れたら向こうでも何か食べましょ…もちろんノーツくんの奢りで」

「ちょ、それは聞いてねぇぞ…」

 

突然そんなことを言い出すアスナに異議を唱えるも、彼女は楽しそうに微笑むだけだった。

 

「はぁ…ったく、とりあえずアイツだな…よろしく頼むぜ、相棒」

 

そっと左手の拳をアスナに向けると、アスナも拳をコツンと当てた。

 

 

「んじゃまあ、とりあえず…ディアベル、LAの報酬は恨みっこナシで」

「なッ!?」

 

不可抗力とはいえ、悪戯っぽくニヤニヤした表情を浮かべながら、これまでの一部始終を眺めていた不届き者にそう告げる。

 

 

LA(ラストアタック)、その名の通りボスを倒す際、最後に攻撃をした者にレアアイテムがドロップするという、ゲーマーがいかにも喜びそうなシステムのことを指す。

 

ディアベルの先ほどの動きを見るに、LAに拘っている節があった。

前日の話でも「俺がみんなを引っ張る」だとか、「息苦しい関係をどうにかしたい」などと言った、一見リーダーとしての悩みのような話しぶりだったかが、妙に引っかかる部分があった。

 

なので俺は一つの仮説を立てたのだ。

 

これはあくまでも、俺のただの勘でしかない。

 

しかし、ディアベルのあの反応を見て、小さな疑問が一つの確信へと変わる。

 

 

「ベータテスターごときが、一人でカッコつけんなよ」

 

ベーっと、物言いたげなディアベルに対して舌を見せてやった。

 

 

 

アスナとアイコンタクトを取り、俺達はイルファングへと駆け出す。キリトが身体を張って踏ん張ってくれたおかげで、イルファングのHPはそれなりに削れていた。

 

「ナイスすぎるぜキリト」

「やっと来たな、この貸しはいつか返してもらうぜ」

 

余裕なんてあるはずないのに、キリトの一言で俺のギアはまた一段上がっていく。

 

「オマエら!我らがリーダーがこっち来る前にボス倒しちまおうぜッ!!」

「いや、まてまてまてーッ!! 俺も混ぜろーッ!!!!!」

 

慌てたように剣を抜いて駆け寄ってくるディアベルに、全体の士気はグッと高まる。

我らがリーダーは己の剣を鞘から抜き出し、ポップするコボルドを切りつけながら思いの丈を精一杯に口にする。

 

「みんな、カッコ悪いところを見せてすまなかった!!」

 

イルファングがディアベルの声をかき消すくらいの雄たけびを上げるが、それでもディアベルは喉が引きちぎれるくらいの声量で想いを告げる。

 

「だが、みんなで勝ちたい気持ちに変わりはないッ!!!!」

 

攻撃モーションに移るイルファング、その手に持つ刀を振り下ろした。

 

「だから、俺に力を貸してくれッ!!!!!!!」

 

 

ガチンと、キリトがイルファングの攻撃をソードスキルで相殺する。

 

「スイッチ!!!」

「つっこめぇええええ!!!!」

 

キリトとディアベルの合図で俺達は駆け出したのだった。

 

 

 

 

_______________________________________

 

 

 

「結局、LAはキリトかぁ~くっそぉ~悔しいぜ……おめでとう」

「あはは…でも、これはみんなが頑張ってくれたおかげだし…俺はただ運が良かっただけだよ」

 

 

ボス戦も大詰めとなり、一致団結した俺たちはディアベルの指揮のもと、キリトを軸に攻撃を組み立てた。

さすがにキリトのあの動きを見て、ベータテスターだと全員にバレてしまうものの、彼がいたからこそ、最後の最後まで死者を出すことなく攻略できたといえよう。

 

ディアベルもキリトの実力を素直に認めたからこそ、自分から「彼をサポートしよう」と提案までしてきた。

最初こそ驚いたものの、ディアベルが身を引いて全体の“脳”として機能してくれたおかげである。

たまたま俺とアスナもキリトと同じパーティーだったこともあり、連携が一番取れると判断され、俺達も積極的にイルファングへの戦闘に参加させてもらった。

 

こうして俺たちは、イルファングの攻撃を受け止め、スイッチするという流れを見事に作り、その最後の一撃を決めたのはキリトだったという訳である。

 

わちゃわちゃとキリトの周りに人だかりができると、活躍に対して素直に称賛を送る声が彼の柔らかい笑顔を作った。素直に喜ぶキリトの表情が本当にうれしそうで、見ているこっちまでもが笑顔になる。

 

 

 

しかし、やはり俺は非常に捻くれていた。

 

キリトを称賛する自分以上に、何もできなかった悔しさが勝ってしまった。

今は彼の活躍ぶりに拍手を送るべきなのだろうが、それでもやっぱり、自分に嘘をつけなかった。

必死にパーティーメンバーが頑張っているなか、実力の差をひどく痛感した。情報量と現時点でのスキルの高さを持つキリトと、めきめきと成長していくアスナの横に並ぶ資格が俺にはないと、そう実感した。

 

自分が劣っているわけではない。ヒースクリフと戦って、それなりに実力は身についた。

でも、それでも、この二人の背中が眩しく見えて、怖くなってしまった。

このまま一緒に居ては、二人の足を、いつか引っ張ってしまうと。

二人の足枷になってしまう、と。

 

分かってしまった、気づいてしまった。

この二人に、背中を預けてしまえば、自分はそれで満足してしまうと。

 

 

己の弱さに、脆さに、酷く肩を落とす。

 

 

キリトのLA披露会が盛り上がっている中、醜い心を持つ自分に嫌気が差し、これ以上自分を嫌いにならないためにも、スルっとこの輪から抜け出すと、離れたところで地面に背をつけ、大の字に寝転がった。

 

逆さまではあるが、ボスを倒した際に空中に浮かんだ【congratulation】という文字を、俺は目に焼き付ける。

 

 

 

「ノーツ君」

「ディアベル…と、キバオウ」

 

近づく二人に気づいて、俺は身体を起こし二人に顔を向ける。

 

「君のおかげで、俺は死なずに済んだ。なんと礼を言ったらいいか…」

「あーあー、いらねぇいらねぇ…実際俺はなんもしてねぇよ…なにもできなくて逆に肩身が狭いくらいだ」

 

水臭いことを言おうとするディアベル。俺は当たり前のことをしただけに過ぎないので、彼の言葉を遮るように呟いた。すると今まで静かに見ていたキバオウは、何をいってるんだと言わんばかりに、その眉に皺を集める。

 

「ジブン、どれほど陰で活躍したかわかってないんか?」

 

首を横に振る俺を呆れたように、それもわざとらしく大きく息をつくキバオウ。その隣でディアベルは、困った表情を一つ浮かべてみせる。

 

「ノーツ君、きみは非常にストイックなんだな…それか単純に自己肯定感が低すぎるのか」

「残念だなディアベル、どっちもだ」

 

するとキバオウは、目線が同じくらいになるように俺の目の前で屈むと、視線を逸らしながらも小さく言葉を紡ぐ。

 

「アンタは…ディアベルはんを助けただけじゃなく、ビギナーとベータテスターを一つにまとめるキッカケを作った。その手柄は紛れもなくノーツ…はん、アンタなんや…」

 

ポリポリと頬を掻くキバオウ、普段そんなことを言わないからか、指先の頬は赤い。

続いてディアベルも同じように屈んで、俺の頭にポンっと手を置いた。

 

「キバオウにベータテスターのことを悪く言ったのは…実は俺なんだ。でも…君がその偏見を壊した。初めて聞いたよ。ベータテスターは貴重な存在だ!って、その言葉に救われたベータテスターはたくさんいると思う。俺も含めてね」

「…へッ?」

 

ディアベルの暴露にぎょっとするキバオウの顔は、非常に愉快であった。パクパクと口を開閉する様は、まるで金魚のようである。そんなキバオウ金魚に対して、おちゃめにウインクするディアベル。イケメンでなければ一発お見舞いされても何も文句は言えないだろう。

 

クシャッと俺の髪を乱暴に撫でた後、その名にふさわしい性格をした悪魔(ディアベル)は立ち上がり、キリトの人だかりに混ざっていった。

 

「まあ、その…なんだ、どんまい」

 

キバオウの肩に手を置いて、俺も立ち上がる。

 

ディアベルとキバオウが気を遣って慰めてくれたおかげで、少しばかり元気が出た。

2人に内心感謝しつつ、俺はチラッとアスナに目を向ける。

 

 

するとバチッと視線が交差した。

 

ワチャワチャしている人だかりから少し離れた位置にいるアスナは、俺の方に歩みを進める。

 

「ノーツくん、お疲れ様」

「あぁ…アスナもおつかれさん」

 

地面にあぐらをかいてボーッとみんなを眺めていると、アスナは俺の隣に立った。

特段会話することも無く、数秒ほど二人の間に静寂が走るも、それは破られる。

 

「俺…アスナが相棒でよかったよ」

「な、何よ急に…」

 

突拍子もなくそんなことを言ったせいか、アスナは驚いた顔で俺の方を見る。

彼女の顔を見て、俺はつい声を出して笑ってしまった。

 

「はは、わりぃ…でも、これは本心だ」

「…私も、あの時助けてくたのがノーツくんで、良かったって思ってるよ」

「そうか…ありがとな」

 

昔のアスナだったら考えられないような発言に、胸が暖かくなる。

アスナも自分のことを、ちゃんと相棒だと思ってくれているのが伝わって、何となくこそばゆい。

 

そして、それと同時に俺は腹を決める覚悟もできた。

強くなるために必要な事、そして、選択しなければいけないことが。

 

「すまんアスナ、忘れもんしたから1回拠点に戻るわ」

「えっ?」

 

困惑するアスナを置いて、俺は立ち上がり駆け出す。

着いてくる前に、アスナに不審がられる前に。

俺は歯を食いしばって走る。

 

「わりぃな…今の弱い俺じゃ誰かを守る力もなければ、アスナの相棒になる資格もねぇ…でも必ず戻ってくる。だからそれまで…」

 

分かっている。これはあまりにも自分勝手であると。

彼女の信頼を裏切る行為であると、約束を破る行動であることを。

 

ずきずきと痛む心に蓋をして、息が詰まるくらい苦しい決断を振り切って、俺は駆け出す。

 

 

「生きていてくれ」

 

誰にも聞こえないくらい小さく呟いたのだった。

 

 

 

 

 

 

_______________________________________

 

 

 

「今回のボス戦にも《ビーター》は来なかったな」

「ほんとに《ビーター》なんているのか?」

「ってかそもそも《ビーター》ってなんだよ」

 

第24層のボス攻略を終えて、ほっと一息つくと、そんな会話が聞こえてきた。

 

「おまえ知らなかったのか! いいか《ビーター》ってのはな…」

 

 

 

 

「―――アスナ!」

 

ふと、キリトくんの声が会話内容をかき消した。

 

顔を上げると彼が走って駆け寄ってきたらしく、肩を上下させて隣に並ぶ。

 

「今回も、生き延びたな」

「そうね…」

 

心配するように私の顔を見るキリトくん。優しい彼は、私の様子を見て困った表情を浮かべた。

 

「次の層でなら、きっとアイツに会えるさ」

「それ…今回で23回目よ」

「うぐッ…」

 

精神的ダメージを受けたのか、キリトくんは大袈裟に胸を押さえるフリをする。

 

 

 

今回のボス戦にも、彼は来ることはなかった。

 

第一層攻略後、彼はそっと姿を消した。まるで最初からいなかったかのように。

誰にも、私にも、何も言わずに、その行方をくらました。

 

せめて私に一言、なにか言ってくれてもいいじゃない。

 

そんなメッセージを送ったのだが、一度も返信が返ってくることはなかった。

 

 

どこで何をしているのかすら分からないまま、彼の存在だけが噂として広がる。

 

第一層にて、バラバラだったビギナーとベータテスターを一つにした英雄。

今や大規模ギルドとして先頭を走っている【ドラゴンナイツ・ブリゲート】、通称DKBのギルドマスターを担っているディアベルと、忙しいギルマスを支えているキバオウによって、彼の噂は絶えることなく、むしろ伝説として話題によく上がるのだ。

 

 

「彼がいたから、俺は生きてここにいる。彼のために、俺達は走らなくてはいけない」

「せや、それに絶対…アイツは戻ってくる。そう信じて走り続けるしかないんや」

 

DKBのツートップがそんなことを口酸っぱく言うものだから、余計に神格化してしまった。

 

ビギナーとベータテスターの懸け橋になった人。

 

 

そんな意味を込めて、彼のことを《ビーター》と呼んでいた。

 

 

 

 

「《ビーター》って、すげぇムキムキマッチョらしいぜ」

「嘘つけ、俺は超絶美少女と聞いたぞ!!」

 

 

的外れな噂に、つい笑ってしまう。

 

同じ話声を聞いたのか、隣にいたキリト君も面白おかしく微笑んだ。

 

「アイツに会ったら報告しないとな」

「ノーツ君なんて、勝手に超絶美少女だと思われてればいいのよ」

 

 

そんなことを口にしながら、私は第25層へと足を進める。

すると突如、メッセージを知らせる通知音が鳴った。

 

 

[アスナ君、ぜひとも私の立ち上げるギルドへ入団してくれないだろうか]

 

 

たった一つのメッセージで私の物語が動き出すことを、この頃の私は知る由もない。

 

 

 

 




今後の展開をどうしていくか大変悩みましたが、彼の思うがままに執筆したところ、このような結果になりました。

さて、これからがこの作品の本番になります。
オリジナル展開が多くなりますので、引き続きよろしくお願いいたします。


P.S 25層ではなく24層です。修正しました。
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