アスナと再会して一週間、未だに25層のボス部屋は見つかっていなかった。
新聞によるとこの25層はクオーターポイントと呼ばれており、難易度が格段に上がっている層だと記載されてあった。実際、この層のモンスターは他の層と比べてレベルも強さも全然違うことに、剣を握っている者であれば感じるのではないだろうか。俺でもそれを実感するくらいなので、攻略組は尚更慎重に攻略をしているのだろう。
前線の攻略状況を毎日チェックしてはいるものの、未だ現在、俺は前線に戻ってはいない。
では何をしているのかと言うと、ここ最近はずっとギルドハウスに籠っていた。
とある日、ヒースクリフがアスナという優秀すぎる攻略組の一人を連れてきたことが全ての始まりだ。
たった二人しかいなかった血盟騎士団に、初めての団員ということでアスナの入団が決定した。
彼女を必死に避けていた俺だが、彼女がギルドに参加してしまえば必然と毎日顔を合わせることになる。そのため、ヒースクリフに文句を言いたい気持ちに蓋をして、一度この状況を受け入れることにした。
アスナ自身も、俺が逃げたことに対しての言及をすることもなく、俺の気持ちを尊重してくれた。
大人の対応をしてくれたアスナのおかげで、初めて会った時と同じように接することができたのだ。
和解することができた俺とアスナは、我らが団長様から与えられたミッションをクリアするべく、毎日ギルトシュタインに足を運んでいた。そして本日、そのミッションは無事に終えることとなる。
「わあ~!!みてみてノーツくん!これすっごくかわいい!!」
ギルドハウスのメインホールにて、アスナは嬉々として自分の服を俺に見せびらかした。
「はいはい、かわいいかわいいー」
彼女が着ている服は何かというと、今後、血盟騎士団の象徴となるであろう制服である。全体的に白と赤で構成されているこのユニフォームはアスナと俺で制作したものだった。
白い生地を縁取るのは血のように鮮やかな赤色。それと同じ色のスカートは、アスナがくるりと回転することでひらひらと踊っている。また、襟と裾部分にはギルドのマークといえる十字架が付いていた。
「ねぇ、もっと感情を込めて言って」
ぷっくりと頬を膨らませるアスナだが、そんなことを言いつつも、新しくできたユニフォームにだいぶご満悦なお様子。その顔に再び笑顔が咲いている。今なら彼女に何を言っても許してくれそうなくらいには過去一機嫌がよく、このユニフォームがたいそう気に入っているようだ。
それもそのはず、この最高に凝っている制服を完成させるにあたって、俺達は妥協を許さなかった。
デザインを考えている時点で俺達にはそれぞれ譲れないモノがあって、それはもう凄まじい口論をした。
「服のセンスに関しては自信ないが、ちょっとこれは動きにくくないか?」
「んー、パンツスタイルもいいけど、やっぱり私はスカートがいいなぁ」
「いやいや、可愛さよりも露出無くした方いいだろ。防御力皆無じゃんか」
「ノーツくん、ここはゲームの世界なのよ? いくら脚がみえてても、耐久値も同じなんだし、防御力なんてたかが知れてるわ」
「そーゆー問題じゃないだろ」
「じゃあ、どういう問題なのよ」
といった具合で、アスナはユニフォームを製作する上でスカートをこれでもかと必死に推してきた。
確かにアスナの言うように、肌の露出度はこの世界ではステータスに直結しないうえに、服の防御力に変動はないのだが、俺はアスナの正論に対して唸りながらも抵抗を試みていた。
アスナは普段からスカートを履いて前線に出ているのを知っている。しかしそれは個人の趣向であり、ギルドとしてスカートを履かせるのはどうもいただけない。
どうしてもスカートを履きたいアスナに対抗すべく、俺は口を開いたのだが。
「ギルドとして、血盟騎士団のユニフォームとしてだな…」
「別にノーツくんが着るわけじゃないわ。それに、スカートタイプとパンツタイプの2種類作って、各々が選べるようにすればいいじゃない」
「ぐぅ…」
完封なまでに論破さた。
何も言えなくなった俺を見て、アスナは得意げに鼻を鳴らしては、俺の意見を完全に押し切ってスカートタイプのユニフォームを作製し、今に至るという訳だ。
「ふふ~ん」
鼻歌を奏で、満面の笑みを浮かべながらできあがった制服を着ているアスナ。
細部まで拘って作ったこのユニフォームの完成度の高さは、彼女の苦労の賜物である。
かくいう俺も男性プレイヤー用の制服を実際に着ているのだが、なかなかに気持ちが引き締まる。
ギルドの正式ユニフォームということで、これから血盟騎士団の活動をする際には、ギルドの象徴となる制服に身を包むことになる。それだけではなく、これを着ていることによって知名度が上がっていくのだ。
ヒースクリフ率いる【血盟騎士団】と言えば、あの制服。という認識が刷り込まれていくだろう。
いずれはDKBにも負けず劣らずの最強ギルドになる予定なのだ。このギルドに所属している者しか着ることができないという条件が付くことによって、より一層、この制服と血盟騎士団というギルドの価値が高まっていく。
その第一歩として、こうやって関わることができて、素直に嬉しい気持ちでいっぱいだ。
「あ、ノーツくんにこにこしてる」
「あんまり見んな…」
つい顔に出てしまっていたらしく、俺の顔を覗き込んだアスナに指摘されてしまった。
にやける口元を頬杖することでどうにか隠してみるも、アスナに見られてしまった事実は変わることはない。つまりは、彼女と同じように喜んでいるということがものの見事にバレたという訳だ。
「ふふ、頑張ったかいがあったね」
悪戯っぽく微笑むアスナと、彼女が着ている制服があまりにも似合っていて、誤魔化すように視線を逸らしてしまった。
「…そうだな」
何となく、むずがゆくも生暖かい雰囲気になった。
アスナのように素直に喜べばいいものを、変に強がってしまうから余計に自分の首を絞めてしまっている。椅子に座ってはいるものの、どこかソワソワして落ち着かないため、何か話題を探そうと頭をフル回転させた。
どんな話題なら会話が弾むだろうかと考えていると、ふと、アスナがこの静寂を破った。
「私ね…こんな風に、君とまた一緒に居れてすごく嬉しいの」
思いもよらぬ発言を繰り出す彼女の言葉に、俺は視線を向ける。
「な、なんだよ突然…」
あまりにも急すぎる展開に、情けない話だが困惑してしまった。
ほんのついさっきまで、できたての制服を着ては、何度も顔を綻ばせて喜んでいる姿を見ていたため、唐突にあんなことを言われてしまっては余計に身構えてしまう。
背筋が無意識に伸びてしまっている俺とは裏腹に、アスナはどこか、遠くを見つめている。しばみ色の瞳はどこか寂しそうに感じた。
瞼を落とし、彼女が歩んできた道のりを思い出すかのようにアスナは続ける。
「ノーツくんが居なくなって、独りになった私を気にかけてくれたキリトくんが、今までずっと一緒に居てくれたの」
その言葉に、俺はひっそりと安心する。
優しいキリトなら、そうしてくれると信じていた。
いきなりパートナーが消えても、アイツならアスナを見捨てないと確信を持っていたからだ。だからこそ、一方的かつ大変身勝手ではあるが、アルゴ伝えで彼にアスナを託した。
アルゴにその話を持ち掛けたとき、それはもうありえないくらいブーイングを頂いたのだが、どうしても譲ることができない事があるからと押し通して、渋々ではあるがその首を縦に振ってくれるよう説得した。
その際に「パーティーを組んだ時の貸しは返したからナ」と、苦虫を嚙み潰したような表情のアルゴに頭を下げたのも、今となっては懐かしい記憶の一部となっている。
あれから、わりと長い時間が経った。
目の前にいるアスナも、そう感じていることだろう。
思い出の引き出しを開けるように、アスナは丁寧な声色で言う。
「いろんなことがあったの。本当にいろんなことが…」
このデスゲームが始まってから、24層をクリアするまでに約4ヶ月。そこから逆算すると、アスナと再会するまでに3ヶ月弱はゆうに経っている。
俺自身も、アスナと会わなかった期間の生活を振り返ってみるが、中々に濃密な時間を過ごしている。
前線に出ていない俺ですらそう思うのだから、アスナからすればこの3ヶ月間は怒涛の毎日だったに違いない。
「どう、だった…?楽しかったか?」
「うん…苦しいこともあったけど、でも、すごく楽しかった」
柔らかく微笑みながら、ゆったりとした口調で、アスナは唇から溢れる言葉を紡いだ。
「でもね、たまに想像しちゃうの。もし、君が…ノーツくんが一緒に居たらって…」
しばらくして、彼女は少し俯くと太ももの上に乗せた手をぎゅっと握りしめる。だんだんと小さくなっていく彼女の声色から、寂しい気持ちが安易に汲み取れた。
ただ、伏し目がちのその視線がどこを見ているのか、俺にはわからなかった。
「どうしても、毎日を必死に生きてると、少しずつ君の存在が薄れていくの。それがどうしようもなく寂しくて…でも、会う手段が見つからなくて」
内に秘めた思いのたけを、一生懸命に伝えてくれるアスナの潤んだその瞳を、俺はただただ見つめることしかできなかった。
「だから、今こうして君と…ノーツくんと再会できて、お話できて本当に嬉しいの」
俯いた顔を上げて儚い笑顔を見せてくれる少女の声は、わずかに震えていた。
そんな彼女の姿を見ていると、どうしようもなく胸が締め付けられては心が苦しくなる。
そして、俺は結局のところ、自分のことしか考えていなかったのだと痛感した。
まさか、彼女がここまで自分のことを想ってくれていると思わなかった。
しかし、これは言い訳に過ぎない。お互いに相棒と呼び合って、背中を任せられるくらいの信頼を築いていたからこそ、俺の行動が彼女を傷つけた。
アスナの隣に立つためにとか言っておきながら、全然アスナの気持ちを考えていなかったのだ。
何か言おうとするも、アスナにかける言葉が見つからず、空気を飲み込む。
「ごめんね、しんみりしちゃった…」
俺の様子を見兼ねたアスナは、誤魔化すように小さく笑ってみせる。
その笑顔をみてから、拙くも、探るように、やっとの思いで俺は声帯を揺らした。
「いや、むしろ俺の方こそすまなかった…許して欲しいとは思ってない、けど…」
この気持ちを、ちゃんと伝えたい。
そう思った俺は無意識のうちに立ち上がって、アスナの方へと歩み進めては、彼女の目の前に移動した。
そっと右膝をついて視線を合わせると、少し見上げるようにしてまっすぐ、アスナの瞳を捉える。
「他の奴から見ても、君のパートナーに相応しいと思われるように、君の失った信頼を取り戻せるように、これから頑張るから…だから、図々しいかもしれないけれど、もう一度、俺をアスナの隣に立たせてほしい」
恥ずかしいとか、照れとか、怖いとか、苦しいとか。色んな感情が一つに凝縮して混ざりあう。
それでも、俺はこの気持ちを、言葉にしてアスナに伝えたかった。
もう、彼女の前からは逃げたりはしない。そんな決意を、再び胸に刻む。
俺の告白にも近しい決意を聞いたアスナの目が見開くが、すぐに優しく細めてみせる。
「君が生きて返すって言ってくれたあの日から、私の
アスナが俺のことをパートナーと思ってくれているうちは、彼女に負わせてしまった深い傷を癒すことができるのは、きっと俺しかいないのだろう。
だからこそ、そう言ってくれたアスナの一言を、俺はずっと忘れることはなかった。
__________________________________
「はあああああ…なんで私、あんなこと言っちゃったんだろ…」
新しく25層に置いた拠点に戻って早々、ふかふかの枕に顔を埋めてそんなことを呟いてみる。
団長に誘われて血盟騎士団に入団してからというもの、今まで会うことが叶わなかった彼とほぼ毎日顔を合わせていることが未だに信じられない自分がいる。
会えなかった3ヶ月弱もの間、再開したらとりあえず一発お見舞いしようと意気込んでいたにも関わらず、久しぶりに彼の顔を見たら懐かしさと嬉しさが込み上げてきてしまったのだ。
不思議と怒りは感じなかったし、どちらかというと安心が勝った。
彼はちゃんと生きていた。
もしかしたら、もうすでに…そう、嫌な思考も何度もよぎった。
でも私には、黒鉄宮へと確認しに行く勇気なんてなくて、彼はどこかで生きている。そう思い込むために、前線を走り続けることで毎日を忙しなくしては不安をかき消した。そして自分を信じ込ませるために、返ってこないとわかりきっていたメッセージを何度も送った。
そんなレベルで、彼とはもう二度と会えないと思っていたのに。
同じギルドに所属してる関係もあって、今ではあっさりと会えてしまうし、返信が来ないとムキになっていた昔の自分が馬鹿馬鹿しく思えるくらい、簡単に連絡もとれるようになった。
だからこそ、今日のあの発言は失態だったと心底思う。
再会できた喜びを、本人に伝えるつもりなんて毛頭なかったのに。
彼と二人で協力して作り上げた血盟騎士団のユニフォームを見て、つい、溢れてしまった。
「ううぅ…ノーツくんもノーツくんだよぉ‥」
もとあといえば、全ての始まりは私が原因である。
それはそうなのだが、まさか彼の口から『隣に立たせてほしい』と言われるとは思わなかった。
未だに彼の発言を思い出すと、胸が高鳴って、そしてきゅっと締め付けられる。
ぶっきらぼうなところは変わってなくて、不器用で、でもちゃんと優しくて。
少し落ち着いたブラウンのサラサラした髪の毛に、キリっとした目元。少し高い鼻と薄い唇。初めて会った時は少し幼いと思っていた顔つきも、久しぶりに見たらちょっとカッコよく見えて、でも笑った顔は変わってなくて。
考えれば考えるほど、彼の顔だったり、言動だったりがこびりついて離れてくれない。
「…これじゃまるで、私…彼のこと…」
少なからず私は、ノーツくんのことを好いている。
私の命を救ってくれて、見つけてくれて、なによりも生きて返すって言ってくれた。
独りぼっちだった私を、死に場所を探していた私を、暗闇から引っ張り出してくれたのは紛れもなく彼であり、この世界での初めての友達で、パートナーで。
確かに私は彼のことを信じているし、彼からも信じてもらいたいと思っている。
だから、この場合の“好き”は一人の友人兼相棒としての好意であることに間違いはない。
それに、この感情に名前をつけるには、彼との間にある空白の時間があまりにも広がりすぎている。
経った3ヶ月、されど3ヶ月。私が抱いてしまっているこの気持ちの答えを出すのは、もう少し後でもいいのだ。
一度立ち止まることで彼との関係性を再確認する。
そしてこの気持ちが何なのか、会えなかった分の穴を埋めながら探ればいいのだ。
すると突然、メッセージを知らせる通知音が鳴る。
相手を確認するべく、そのメッセージの差出人を見ると、つい先ほどまで考えていた彼の名前が載ってあるのを確認する。
彼からのメッセージだと気づき、無意識に身体を起こしてはベッドで正座し、ドキドキしながらそれを開いた。
[今日はありがとう。明日もまたよろしくな、相棒]
彼から連絡が来た。
その事実がどうしようもないくらい、嬉しく感じたのだった。
活動報告にミトに関することを載せております。
彼女に関して皆様の意見を集いたいと思いますので、お時間があるときにでも目を通していただけると幸いです。