赤と白を基準にした血盟騎士団のユニフォームを身に纏い、俺とアスナは25層の迷宮区へと足を運んでいた。
「ふんッ!!」
「ノーツくん、スイッチ!」
その声を合図に俺はバックステップをとると、背後からレイピアを構えたアスナがモンスターへと駆け出した。
白い毛を纏った割と大きなサルを模したモンスターに、アスナは臆することなく突っ込んでいく。そしてモンスターが両腕を振り下ろすよりも速く、彼女のレイピアはモンスターの身体へ吸い込まれていった。
一回、二回、三回…何度も、何度も、何度も。
決してこのモンスターが遅いわけでは無い。むしろ大型モンスターにしては動きが機敏な方であるが、それ以上にアスナの動きが速すぎるのだ。速すぎる故に、見劣ってしまう。
そのくらい、アスナの一突きのスピードが比べ物にならないくらいの代物だった。
「はああッ―!!」
モンスターの突かれた箇所が赤いホログラムで埋め尽くされたその瞬間、HPが0になった。
青いポリゴンへと変換されたモンスターは、粉々に砕けて消滅音と共にこの世界に溶けていく。
「ふぅ、これでクエスト完了ね」
モンスターを一掃するクエストを無事に完遂したことを確認すると、アスナは静かにレイピアを鞘にしまった。
ウィンドウを開いて報酬を確認し、満足そうに微笑む彼女の顔を、俺はただただぼーっと静かに眺める。
俺とアスナは現在、久しぶりにコンビを組んで行動していた。
こうなったいきさつとして、昨日俺の方から送ったメッセージの返信に、アスナからパーティーを組みたいと言う申し出があったのが始まりだ。
今まで散々メッセージやらアスナと会わないように徹底した生活をしてきた身として、再会するまでに時間はかかったものの、あっさりとパーティーへのお誘いを承諾していいものなのかと頭を悩ませたのだが、それを見越してか、送られたメッセージの内容にこう記載されていた。
[同じギルドに所属してるんだし、これからパーティー組む機会はもっと増えると思うの。そう考えたら、今のうちにある程度は連携取れてた方がいいでしょ?]
とのこと。
いいように丸め込まれたような気がするが、事実、同じギルドに身を置いていればアスナの言う通り、今以上に一緒に居ることが増えることが目に見えるので、俺は渋々腹を括ることに決めたのだ。
そんなわけで、かなり久しぶりに迷宮区に潜っているわけだが、ものの見事に己の悪い癖が出てしまっている。
第1層の時ほど、アスナに対する劣等感が強いわけでは無いが、残念なことに、女々しくも未だに彼女の才能に嫉妬している。
キリトとアスナから逃げ出したあの時よりかは、俺自身も強くはなっているかもしれない。だが、自分の理想からは程遠いことに変わりはない。だからこそ、俺はもっと高みを目指さなければいけない。
アスナを生きて返すと決めたあの時から、俺はどこか焦っている。
己が弱いゆえに、また大事な人を、大切な友人を守れないかもしれない。
そう思ったら、失ってしまったあの時の絶望感と罪悪感が大きな渦を巻いて、俺を飲み込もうとするのだ。
深く、重く、底なし沼に引きずり込まれていくような、そんな感覚になる。
ただ見ているだけで何もできなかった自分が許せなくて、憎くて。
そんな俺にもう一人の自分が、背後から囁いてくるのだ。
「弱いオマエに価値なんてない」と。
そんな思いと共に、己の逃げ道を塞いでコツコツと地道な努力を続けた。
いつか彼女の隣に立てるように、守れるように、ただただ、ひたすらに。
ストレージを開いてドロップ品やら報酬品を眺めている彼女の姿をぼーっと見ていると、俺の視線に気づいたのか、アスナはきょとんと小首を傾げてみせる。
「どうしたの?」
「あ、いや…なんでもねぇ…」
そして彼女に抱く複雑な感情は、劣等感やら嫉妬だけではないらしい。
つい昨日、ノリと勢いと、その他感情が高ぶってしまったがゆえに告白と捉えらえてもおかしくないような発言をしてしまい、俺が一方的に気まずさを感じている。
アスナはいたって普通で、それはもういつも通りに接してくれるのだが、生憎キザなセリフを言ってしまった俺の方が彼女に対して変に意識してしまっていたのだ。
何も言わずに失踪した理由は言わないくせに、生意気にも『アスナの隣に立たせてほしい』とわがままをいう自分。とことん、めんどくさい男ムーヴをかましてしまっているため、そろそろアスナのレイピアで刺されても文句は言えない。
自嘲するかのように乾いた笑いを浮かべつつ、彼女の懐の深さに、内心感謝するばかりである。
「それにしても…ノーツくん、本当に前線に出るのは久しぶりなの?」
アスナは俺の顔を覗くように、にこにこと上目遣いでそんなことを聞いてきた。
あまりにもあざといその動きに、どきりと心臓が跳ねるが、何かの勘違いだと自分に言い聞かせて平然を装う。
「あぁ、クエストをクリアするために何度か攻略済みの迷宮区に潜ったことはあるが、こうやって最前線で戦うのは第1層ぶりだな」
すると、彼女はどこか嬉しそうにその顔を綻ばせては話を続ける。
「今回は私もね、ギルドに入団したこともあってあんまり前線を走れてないけど…ノーツくんの実力は攻略組にも引けをとらないわ」
「…世辞ならいらねぇよ」
「ううん、お世辞じゃない。こう見えて私、つい最近までは攻略組の一人だったのよ?」
嬉しそうに微笑むその笑顔の意味を、俺は理解できなかった。
「アスナの活躍は俺も知ってるが…だからって、なんでそんなに嬉しそうなのかがわからねぇな」
「嬉しいわよ。だって君は、私たちの見えないところで頑張ってたってことでしょ?」
なんの恥ずかしげもなく満面の笑みで、そんなことを口にするアスナ。
唐突すぎるアスナのその言葉に、目を見開いた俺を眺めては満足そうに笑うと「じゃあ次、いこっか」と、俺を置いて先に進んでいく。誰が見ても上機嫌な彼女のその足取りは、とても軽やかだった。
「勝てねぇな…やっぱ」
見透かされたのか、はたまた偶然か。
華奢な背中に向かって小さく呟いてみる。
アスナと離れているときは素直に自分と向き合う時間が増えたおかげで、多少は強くなったと自負していた。
それはヒースクリフも認めていることであり、積み上げてきた経験ゆえの自信だ。
しかし、その自信も一時の感情にすぎず、アスナのあの動きをみて再び自己嫌悪に苛まれて、自信の芽は枯れるはずだった。なんなら枯れかけていた。
しかし、そうはならなかった。
彼女は脆くて繊細すぎる、その小さな小さな芽を、遠くから優しく見守ってくれている。その小さな芽が、どうやったら育つのか理解しようとしてくれている。
それがあまりにも温かくて、嬉しくて。
アスナと関わってからというもの、俺の感情は良くも悪くも、常にぐちゃぐちゃだ。
「ふぅ…」
息を吐く。ネガティブな感情と共に体外へと。
くよくよしていられない。いつまでも卑屈になる必要はない。
前を向き続けないれば、見据えていなければ、一生彼女に追いつけない。
「絶対に、追い越してやるから」
先に進む彼女に追いつくために、独り駆け出してみる。
遠くにいたはずのその背中が、なんだかとても近くに感じるのだった。
「そういえば…ノーツくんはいつ頃からこのギルドに入っていたの?」
もぐもぐと、持ってきた昼飯を口に含んでいる時にふと、アスナは質問してきた。
あの後も順調に攻略が進み、マップもある程度埋まってきたところで俺達は休むことにした。
俺としては久しぶりの迷宮区ということもあり、慎重に進んでいた。そのこともあり様々なトラップを無事に回避することができていたものの、執拗なほどに設置されている罠のせいで普段の何倍も神経を擦り減らされることとなる。
これにはさすがのアスナも少々疲れた顔を見せたので、息抜きすべく木陰に腰を下ろし、二人で休憩していた矢先、冒頭にもあったようにアスナにそんなことを問われたのだ。
含んでいたクエスト報酬のパンを喉に流し込んでから、彼女へ返答する。
「ん…っと、ゲームが始まった初っ端に勧誘された」
「そっ、そんなに早くから!?」
そして再びパンを口に放り込んだ。フランスパンのようなぱりぱりした食感に、歯ごたえのある硬さがなんともクセになる。ただ、味がしないのがもったいないところではあるが。
「ほう…んぐ、何でかは知らねぇーけどな」
まさかアスナからこのような話題が来るとは思ってもみなかったので少々意外であった。
同じギルドに所属していることもあって、ほぼ毎日顔を合わせてはいるものの、このような話をすることはほとんどなかったため、むしろいい機会なのかもしれない。
「まぁでも、おかげで俺には目標ができた。ヒースクリフをぶっ倒すって目標がな」
ソードアート・オンラインの正式サービスが始まった初日の出来事を思い出す。
あの時のヒースクリフの強さや、ゲームに関する圧倒的な知識量、そして自信からくる余裕な表情。
後の団長となったこの男の風格に、強者が放つ圧に、仮想空間で得られたかりそめの五感が、俺の本能を刺激した。
コイツを倒せば俺は最強になれる。
そう信じて、俺は今まで剣を振るってきた。
その過程で、アスナというパートナーができて、キリトに追いつくという別の目標もできた。
アスナとキリト、二人の足枷にならないために強くなりたいと、思うようになった。
これは俺にとって、最も価値ある出来事でもある。
ただただ、毎日ひたすらにヒースクリフとデュエルしても強くはなれない。
どこかで、自分を見つめなおす機会が必要だった。だからこそ、アスナとキリトとの出会いはとても幸運なものであり、自分自身を奮い立たせるための目標となり得た。
ただ、あまりにも二人が強すぎて、自分のメンタルが不安定になったのは誤算だったが。
それを乗り越えてこそ、そう思うようにして、日々己と戦っているのだ。
パンを食すことによって口がやや乾燥し始めたが、それでもなお無味なパンを放る。
「団長を倒して、ノーツくんはどうしたいの?」
再びアスナの疑問が返ってくると同時に、咀嚼を終えてパンを飲み込んだ。
「どうするもなにも…ただ、せっかくゲームクリアするなら、この世界で一番になりたいだろ?」
二ッと笑う俺を見て、アスナもつられて微笑んだ。
そう、いつかはクリアされるであろうこのゲームは、ただのゲームではなくなってしまったが、それでもやるからには一番になりたい。
命を懸けて、生き残って、誰よりも強くなって、一番になって、それで。
その笑顔を守りたい。
「―っし、そろそろ行こうぜ」
変に熱くなる身体の熱を誤魔化すように立ち上がって、俺はアスナに手を差し伸べるのだった。
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結局俺達は、太陽が沈むまで丸一日アスナとコンビを組んで迷宮区へと潜っていた。
クオーターポイントということもあり、モンスターのステータスが強化されてはいたものの、前線を走り続けていたアスナの力もあり、何事もなく一日を終えることができた。
時おり、攻略組と遭遇しては「アスナさんの隣にいるやつ誰だ!?」「なんだあの服…カッコいいな」等々、いろんな話声と強烈な視線を浴びる思いはしたものの、血盟騎士団の宣伝にはなったと思われる。
また、俺はもれなく疲弊してしまったが、様々な感情が含まれた視線にアスナは慣れているのか、彼女は普段通りだった。強いて言うなら、久しぶりにコンビを組めたからと、終始楽しそうだったことが唯一の救いであり癒しでもあった。
「じゃ、俺はここで」
「うん、見送りありがとう。それじゃ、また明日もよろしくね」
夜の街並みは灯で照らされ、キラキラと輝いて見える。
そんな街中にあるアスナの拠点まで彼女を見送ってから、扉が閉まるまでひらひらと手を振った。
サラっと、明日“も”と言われた気がするが、今は考えることを放棄した。
「さて…と」
扉が閉まるのを確認してから、俺は別件を済ませるために少々早歩きで目的地へ向かう。
ある程度アスナの拠点から離れてから、ひっそりと路地裏へと足を運び、ウインドウを開いた。
装備している武器と服もろもろを全てを変えて、モンスターを倒した際にドロップした仮面をつける。
できる限り人の目を惹かないような恰好をするために、所持している装備のワンランク下の装備を身に纏い、顔を隠すための仮面と、万が一を考えて素早く身を守れるように短剣を腰に携え、俺は路地裏を駆ける。
表の通りと違って、薄暗く、闇に紛れた道をひたすら進み、やっとの思いで目的地へと到着すると、そこには一人の男が壁に寄りかかっているのが見えた。
「来たか、あまりに遅いからてっきりくたばったと思ってたぜ」
挨拶がてらに茶化してくる目の前の男だが、初めての邂逅から割と月日が経っているため、微塵もそんなことを思っていないことはよく知っている。
その証拠に、緑のポンチョを深く被った男が、低い声でククッと笑っていた。
「俺が簡単にくたばると思ってんのかよ、どうなんだ…PoH?」
背をつけていた壁から離れ、そのガタイの良い身体を起こした。
「んなこたぁ、どうでもいいんだよ…さっさといくぞ」
街灯に背を向け、PoHと呼ばれた男は、夜に紛れるように歩みを進める。
それに続くように、俺も彼の後をついていくのだった。
某馬を擬人化した女の子を育成するゲームにドはまりして更新が厳かになり申し訳ございません…過去一ハマってしまって自分でも困惑しています。
そしてやっと進展しました。長かったです。
思い出しながら執筆したので大幅な編集が入るかもしれませんし入らないかもしれないです。最低でも月1ペースで投稿したいですね…