オレンジの空を覆いこむように、闇が広がり始める頃。
俺を助けてくれた男性は、初期装備を身にまとっていたが剣だけが異様に浮いて目立っていた。服装や靴などの装備に関しては、ほとんど俺となんら変わらない。だが、手に持っている剣だけは誰がどう見ても初期装備のものではなかった。デスゲームに変貌する前に、俺はショップにて剣をいくつか拝見していたが、そこで売っていた物ともまた違う、どこか特別感が漂うようなデザインそのものだった。
クエストの報酬だろうか?それともモンスターのドロップなのか?
剣を凝視し頭を働かせながら考察を続ける。
先程の見たことの無い強そうな武器と、何度も経験したかような精錬された動き。
ビギナーとは思えない滑らかなその動きは、才能の一言で片づけられるようなものではなかった。
男の外見から得られる情報を元に、俺が導き出した答えは一つだった。
「βテスターって奴ですよね? アナタは初心者にしては強すぎる」
30代前半くらいの身長と、どことなく感じる余裕を持った男は、グレーの髪の毛をオールバックにしており、余ったぶんの髪を後ろで束ねていた。前髪は左側だけ流しており、左頬くらいの長さまで垂らしている。
「あながち間違いではない。簡単に言えば、βテスターに近い存在だ」
俺の導き出した答えが意外だったのか、フッと男は笑う。その表情からは、まるでよくわかったなと言わんばかりの感情が垣間見え、厳格そうな顔立ちに合ったその細長い目が俺を捉える。
「なんで助けた?」
軽く警戒しつつそう言うと、男は再度小さく笑った。
「君が諦めなかったからだ」
その言葉に、俺は何も言わずに自然と口を紡ぐ。言葉を発することなく、ただ男性を観察した。
頭から、つま先まで、じっくりと観察する。顔に目を向けると目の前にいる男性と視線が交わった。
男性の目を見たその瞬間、ゾクッと背筋に鳥肌が立ち、よく分からない悪寒が俺を襲った。
──こいつに逆らったら、殺される
そう思わせるような、圧倒的な強さの裏にある『何か』を雰囲気で感じたのだ。
自分がウサギだと例えるなら、目の前にいるのは兎なんてなんとも思わない恐竜のような存在。
自分との力差を突きつけられ、戦う気力すらも与えない勢いだ。
しかし、とてつもなく大きい恐竜は、小さな小さなウサギの瞳をじっと見つめる。
何かを試すように、じっと。
心を見透かされるような不快感を俺は味わった。
そして、察した。
今、目の前にいる男が、この世界で一番強いと。そう、直感した。
この男を倒したら、俺はこの世界で一番強くなれる。
そう思うと、次への行動は意識せずとも自然と行動へと移せた。
「もし、よければ…俺と戦ってくれ」
不思議と抱いていた恐怖心は消え、それらは全て興味へと変換される。
逃げ出すなんて選択は、もうすでになくなっていた。ただ、自分より何十倍も強い相手に、今の自分がどれほど通用するのか。今の自分の強さがどの程度のものなのか、この素晴らしく美しい世界で生き残るための、俺に足りないものが何なのか、そんな興味が湧き上がるばかりだ。
そんな弱すぎるウサギは、今日初めて出会った恐竜に向かって、挑発するように剣を向けた。
―――――――――――――――――――――――――
【デュエル】
それは、ソードアート・オンライン内のシステムにあるプレイヤー同士の決闘のことを指す。
基本的に接近戦闘が多いこの世界ではプレイヤーのレベルに限らず、プレイヤーがもつ純粋な技術も必要となるため、腕試しとして使用する者もいれば、考えようで、物事の決着がつかないときにデュエルをすることで決定権を得るなど、用途は様々な場面で使用されるだろう。
一通りデュエルについて私の方から3種類の決闘方法の説明をすると、彼は幼さが残る顔を顰めた。3種類ある中の一つのルールに、相手のHPを0にしたら勝利できる、というモードがあったことに彼は違和感を抱いたのだろう。このモードから連想させる出来事を頭の中で思い描いたのか、ふと私に顔を向けて話す。
「なぁ、なんで茅場は完全決着モードなんてものを作ったんだ?」
ふむ、自分が造り上げたこの剣の世界で、こうも早く私の名を聞ける日が来るとは思わなかった。
勘が鋭いのか、ただの偶然か、彼にしかわからないが、私が返事を返す前に彼は続る。
「最悪人殺しだって起きるかもしれねーじゃねぇか」
心底嫌そうな顔を浮かべる彼だが、その表情の裏に小さな影が差す。人殺しという単語を発した瞬間に何か嫌な思い出があるのか、どこか悔しそうに下唇を噛みしめた。彼が人を殺そうが、今の現実は私が造ったこの世界である。過去に何があったのか、私は知る由もない。
それに、この世界での死と、現実世界での死に対して、何ら変わりはないと私は考える。
銃の所持が違法とされていない世界で、無防備に寝ていれば名も知らぬ人間に撃ち殺られる可能性が0%ではないように、この世界でもある程度のリスクを考えて生きていくべきである。
「プレイヤーキルは起きるかもしれないな。だが…」
もし、仮に人殺しに関して現実世界でとやかく言われるのであれば、私は大量殺人犯として世にレッテルを張られるだろう。既にこの世界では何人もの死者が出てしまっているのは紛れもない事実。しかし、この世界を完璧なものにするためにも、ある程度の人数は必要不可欠である。私のエゴで、多くの人間を巻き込んだが、まったくと言っていいほど悔いは残っていない。
弱々しく世界を照らす太陽が、水平線へ差し掛かる。もうそろそろ夜へと時刻は変化しようとしている。
陽が失われていく世界と同じように、彼は暗い雰囲気のままであったが、気にすることもなく私は自分の想いを言霊にした。
「彼は見たいのかもしれない。システムを超越する奇跡を」
水平線に落ちていく太陽を見ていたら、自然と口から言葉が溢れた。
私自身、なぜ目の前の少年にこのことを言ったのかわからない。ただ、考えるとするならば、柄にもなく、己の感情を誰かと共有したかったのかもしれない。あまりにも非合理的すぎる思考に、自嘲する。
私の言葉を聞いた彼に目を向けると、片方の眉を下げて、怪訝そうに私を凝視した。
出会ってまだ数分しか経っていないのにも関わらず、こんなことをいうのはさすがに失態だったと後悔するが、言ってしまったものはどうしようもない。このままやり通すしかないだろう。
「全然答えになってねぇ…ってか、まるで茅場本人の言葉みたいだ」
「そうかもしれないな」
「まて、それはどういう…」
言葉の意味が理解できなかった彼は私に聞き返そうとするが、それを遮るようにデュエル申請を送る。
「さあ、せっかくのお誘いだ、やるとしよう」
早速いい人材が目の前にいるのだ、将来を据えてここで見極めるのも悪くない。
私は、何か言いたげな表情を浮かべる彼に軽く微笑むと、彼はムッと顔を強張らせ私を見つめる。眉一つピクリと微動しない私の意志を汲み取り、小さく溜息をつくと、「つかめない男だ」と静かに呟いては、承認ボタンを静かに押した。
―――――――――――――――――――――――――
あっけなく、わずか数分程度で決着はついた。
ガチャン!!!
俺の持っていた剣が、大きく宙を舞う。
それと同時に自分のHPが黄色のバーまで突入し、デュエルの決着がついた。
それから先は言うまでもなく、面白いくらいに俺は惨敗した。
男は圧倒的な強さで俺の剣を捌き、攻撃させる猶予すら与えられなかった。
「君の負けだ」
灰色の髪の男性は剣を仕舞い、俺にそう告げる。
その一言は、冷たく俺の心に突き刺さる。悔しさで剣を握りしめるだけで、何も言えなかった。
何も言えなくらい、俺の剣は歯が立たなかった。「敗北した」という事実に下唇を強く噛む。
「あぁ!! クソっ!!」
やけくそになって、俺はその場で大の字に寝転がった。
先程のデュエルの結果で、自分の弱さを改めて実感する。目の前にいる怪物にかすり傷一つすら攻撃を当てることが出来なかった。俺の大ぶりの攻撃をうまい具合に避け、がら空きになった懐に向かって距離を詰めると、下から自分の剣を振り上げた。基本的にはこれの繰り返しだった。少しずつ修正を繰り返したがコツをつかむまでに時間がかかりすぎたのが敗因だった。
最期の攻撃に関しては、先ほどと同様に攻められ、体制が崩れた俺の顔面に素早い斬撃が襲い、必死に首を傾けるも男は攻撃を命中させることによってこのデュエルを終了させた。
「せめて一撃でも当てたかった……」
日も落ち始め、オレンジ色の太陽を闇が包み込み始める。そんな空に向かって小さく呟いた。
ゲーム内であることは分かってはいるが、そう思わせない様な空の綺麗さに、更に悔しさが増す。
「流石にこれはマジで悔しい……くそっ」
そんな俺を興味深くみて、目の前の男性は口を開ける。
「君は、どうなりたい?」
突然の質問に驚きチラリと男性に視線を向けるが、すぐに空へと戻した。
少し間を開けてから口を開く。
「俺は、強くなりたい。自分を変えられるように。大切な人を守れるように……強く」
「それが君の答えか?」
「おう」
力強く目を光らせて、地面で大の字になったまま、自分を見下ろしている男に向かって力強く言った。
その返答に男性は満足そうに頷き、微笑む。
「私はギルドを立ち上げたいと考えている。そのギルドに君が欲しいのだが、入団する気はないかね?」
一瞬、豆鉄砲を食らったような顔を浮かべるが、数分後に言葉の意味を理解し面白そうに笑う。
「俺は強くなりたい。だから、入るなら最強になるギルドにしか入団しないぞ」
挑発的に言うが、表情すら変えずに男は続ける。
「心配は無用だ。私のギルドは一番になる。私が居ればそれは現実になるのだよ」
目の前にいる男性は、さもあたり前のように答えた。自信に満ち溢れた目は嘘を言っているわけでも、未来を想像している訳でもない。本当に自分の立ち上げたギルドが一番になる事を知っているような言い方だった。
「それに君はセンスがある。必ず前線で活躍し強くなるだろう。ただ、私のギルドに入ればの話だか」
どこから溢れているのかわからない自信と、誰もが着いていこうと思えるような強さと、それに伴って言葉に籠る熱意と人を動かす力、いわばカリスマ性を持つ目の前の男に、俺は口元を緩めて微笑んだ。
「あぁ、わーったよ。アンタはココで一番強い。だから俺は着いていく。最強のアンタを倒すために……これからよろしくな、……えぇ、っと…」
「ヒースクリフだ」
俺はその場に立ち上がり、ヒースクリフと同じ目線に立つ。
目の前にいる最強の味方であり俺が超えるべき男、ヒースクリフに対して宣戦布告を贈る。
「改めて俺はノーツだ。俺は必ずヒースクリフ、アンタを倒す」
その気持ちは団長の元に届いたのか、ヒースクリフは挑発するように細く笑ってみせる。
「─―─いつでも挑戦するといい。ノーツ君」
それは『ソードアート・オンライン』が正式に始まって、まだ一日も経っていない夜だった。