紅の十字架   作:そこら辺のめがね

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episode3:隠しログアウト

「こんなんでいいのか? ヒースクリフ」

「あぁ、初日にしては上出来だ。モンスターの動きを見極められるようになったな」

「アンタのおかげだ、夜中まで悪いな…」

 

モンスターを消滅させ、この世界へと還元させた俺は顔だけ向けると、そこには満足そうにうなずき、灰色の髪を揺らすヒースクリフがいた。

 

「しかし、飲み込みが早い。やはりギルドに勧誘したのは正解だったようだな」

 

曲刀を担いで一息つく俺を見て、ヒースクリフはそう呟く。

そんな我が団長の姿を見て、にやりと不敵に笑った。

 

「まぁ、どちらにしろアンタを倒すまで俺はストーカーのように追っていくつもりだったよ」

 

わざとらしくにやにやとヒースクリフを見ていると、呆れたように溜息をついて歩きだした。

 

「なかなかにいい性格をしているじゃないか」

「そう思うだろ、自分でもそこが強みだと思ってる」

 

あしらうように言いつつも、どことなく嬉しそうに感じるのは気のせいだろうか。

俺に対して背を向けているためよくわからなかったが、月明かりのわずかな光から見えるその顔は、まんざらでもないと言いたげな表情のヒースクリフを見て、少しばかり嬉しく感じたのだった。

 

そんな会話をしながら、今夜寝泊まりできる場所を確保するべく、俺たちは次の村まで移動していた。

移動している道中でも当たり前のようにモンスターはポップするので、レベルとバトル経験値を積むべく、次々と現れる青いイノシシみたいなモンスター《フレイジー・ボア》を狩ってレベリングをしていた。

 

《リトルぺネント》死線を潜り抜けたことや、ヒースクリフからのコツを聞くことで、ソードスキルと通常攻撃をよりスムーズな動きで倒せるようになり、自分が少しずつではあるが、強くなっていることを実感する。

 

ヒースクリフの背中を追って歩いていると、またもや《フレイジー・ボア》が三体ポップした。二体を自分に任せてくれと頼むと、ヒースクリフは鞘から剣を取り出しながら頷く。俺もスッと曲刀を肩に担ぎ《リーバー》のモーションを取りながら小さい声で呟いた。

 

「アンタは俺より強い。だから尊敬してるし、アンタを越したいって心から思ってる」

 

キィインと、曲刀からオレンジの光が放たれたのでコンピューターに体を委ねると、目の前にいた《フレイジー・ボア》を一瞬でポリゴン化させた。曲刀の硬直時間が訪れると、もう一体に目を向け状況を確認する。俺に向かって突進してきた青い色の猪は躊躇うことなく俺の命を削りくるが、こちらは硬直時間の調整をしていたため奴が攻撃してくるころには曲刀でその動きを止めていた。

 

そのまま《フレイジー・ボア》が突っ込んできた勢いを殺さず後方に受け流し背後を取ると、もう一度曲刀のソードスキルをモンスターの背中めがけて叩き込む。

 

「尊敬してるからこそ、俺はアンタの前ではヘラヘラなんてしないぜ。その余裕面が崩れるまではな」

 

ソードスキルの一連の流れが終わり、鞘に剣をしまうと《フレイジー・ボア》はその場で消失した。

これまでの戦闘の流れを、既にモンスターを倒し終えたヒースクリフは少し離れた位置からみていたらしく、顎に手を添え静かに観察していた。

 

「《フレイジー・ボア》よりも先に《リトルネペント》と戦ったからか、動きがいいな」

 

そっと囁くように、ヒースクリフが放った言霊は俺の耳にしっかりと届いた。

褒められて嬉しい気持ちもあるが、欲張りな自分は早くヒースクリフに追いつきたい気持ちで心が溢れている。

 

なぜそこまでヒースクリフに拘り、意識しているのか、正直わからない。

ただ、俺よりも圧倒的に強い。たったそれだけのこと。友人でもなければ、今日初めて会った程度の赤の他人と言っても過言ではない。

 

しかし、それでも俺の本能は告げている。

 

 

『コイツを倒せば、俺が最強である』と。

 

明確な根拠なんてないし、他にも強い奴なんて今後たくさん現れるだろう。

だとしても、デスゲームへと変貌したこの世界で、最初に出会ってしまった強い奴が、たまたまヒースクリフだった。ただ、それだけである。

 

たったそれだけで、俺はこんなにもアイツに固執していた。

 

これが偶然であっても、運命であっても、目標とする人物を超えていく。

 

「もう、弱い自分は捨てたんだ」

 

経験値と入手したコルを確認してからふぅーッと一息つくと、俺は後ろを振り返った。

 

「自分のために…乗り越えるためにアンタを利用して、そんで倒す」

 

その言葉にヒースクリフの表情がピクリと動いたのだった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

浮かない表情をする彼は、先程の負けず嫌いで生意気な子供じみた顔ではなく、今までの性格からはまるで想像できないほどの、むしろその表情が本来の顔なのではないかと、そう思わせるような姿を見せた。

 

見るからに思春期を迎えているような年ごろである彼は、本来これから心と身体が成長すると言う時期に、まるで何かを演じているような、そんな不安定な感覚をどことなく感じていた。

 

デュエルをたった一回やっただけで、ノーツという人間の人柄を把握する。それはヒースクリフだからこそできたこであり、彼だからこそ分かった。

 

 

この少年には、乗り越えるべき壁がある。と

 

 

過去に何かがあったのか、ヒースクリフには知る余地はない。

ただ、この壁を乗り越えた先に、なにか爆発的な成長が見込める。ノーツ少年の瞳がギラギラと輝く、まるで今にも目の前にいる獲物《ヒースクリフ》を飲み込んでしまいそうな庄がビリビリとこの作られた肌へと伝わってくるほどに。

 

だからこそ、この瞳に、期待をしてしまうのかもしれない。

 

 

「俺は、何倍も努力するだけだ。強くなるために」

 

仮想のものであるが、今となっては現実の肉体はこのバーチャル世界にある。この世界こそが現実なのだ。だからこそ本来の自分を捨て、ノーツは新しい自分になるために殻を破ろうともがいている。

 

ヒースクリフは、必死に前を向く、まだまだ小さなこの少年を見て優しく微笑んだ。

 

「強者を求め、強さを欲する者は必ず強くなる。私が保証しよう」

 

力強く輝く目を見てこの『ソードアート・オンライン』の創成者、茅場晶彦はそう確信したのだった。

 

 

_____________________

 

 

 

「ふんっ!」

 

あれから一週間が経った。

鋭い目を更に細くし敵を観察しながら、曲刀を滑らかに動かしモンスターに攻撃する。腕の動きはまるで生きている蛇のようにしなるように曲がり、何度も何度もモンスターにダメージを与え休む暇もなく、ただひたすら斬撃を食らわせる。

 

「遅いな」 

 

誰にも聞こえないくらいそう小さく呟き、モンスターの懐に突っ込んだ。モンスターの攻撃を避け、一気に距離を詰めることで、ソードスキルをより確実に、より正確に決めこむ。モンスターを見るその瞳は、はたから見れば背筋が凍るほどに冷たい。自分が生き抜くため、そこに躊躇いや迷いなどは一切ない。

 

あるのはただ一つ。

 

「改めて、ヒースクリフがバケモンなのがわかる…」 

 

強さを求める心であった。

 

 

ガラ空きになったモンスターの懐にソードスキルを叩き込み、モンスターを抹消させた。

 

「やっぱ対人戦が一番プレイヤースキル上がるな」

 

曲刀を鞘にしまうと、一息ついてドロップしたアイテムを確認する作業に入る。

 

俺はここ1週間、飽きもせず毎日ヒースクリフにデュエルを挑んでいた。

結果はわかりきってはいるものの、強くなるための一番の近道だと信じて望んでいるのだが、その度に毎回と言っていいほどボロボロに敗北し、何度も実力差を突きつけられた。

 

 

自分に絶望はするものの、それでも心は折れない。

 

 

 

自分より強いヒースクリフを倒すために。

 

自分がより強くなるために。

 

“諦め”という敗北を完全に認める行為は絶対にしない。

 

ヒースクリフという怪物を倒すために。

 

  

 

そのおかげか、俺は初心者の割には割と強くなったつもりでいる。自意識過剰かもしれないが、伊達に毎日怪物《ヒースクリフ》とデュエルしてるだけあって、日々動きなども精錬されていると信じたかった。

 

現実世界の頃から俺は比較的飲み込みが他者よりも早く、ただセンスがあったのか、運動神経がよかったのか、体に慣れさせるのが人より上手かった。少しずつではあるが、ヒースクリフからHPを削り取ることも増え、その早すぎる成長にヒースクリフ自身驚いていた。そして、どこか嬉しそうだった。

 

 

それでもまだまだ数ミリ程度しか削れていない。これからも精進しなくてはいけないな。

 

 

 

そんな俺は普段、ヒースクリフとは別行動を取っていた。各々クエストを進めたり、レベリングしたり、基本的にはソロと同じような動きをしている。しかし、難しいクエストがあった場合にはメッセージを送り合い共闘したり、いい情報があった場合はメッセージであったり実際に合って情報共有をしていた。

 

そしてヒースクリフは何かを試すように、俺に様々な情報を教える時がある。例えば今日みたいに。

 

 

「『隠しログアウト』というものがあるそうだ」

「あぁ? なんだそれ、興味ねぇ…」

 

ヒースクリフがいたって普通の顔で情報を提供したが、俺はまったくもって興味がなかった。現在、始まりの街にて俺とヒースクリフは待ち合わせ場所であったカフェにて合流し、椅子に座って対面していた。

 

「この情報が本当か、調べてくれないだろうか」

 

ヒースクリフが俺の顔をみて、軽く微笑みながらそんな話を持ち掛けてきた。その笑顔を見る限り、自分で動き出すつもりは全くなさそうである。面倒ごとはあくまで俺に押し付けるつもりらしい。

 

「なぁ、ヒースクリフさんよ。アンタ賢いからもう分かってんだろ? 普通に考えて、茅場晶彦がこのゲームのログアウトボタンを消して、しかも俺たちの本来の姿を、わざわざ、この世界に投影してきたんだぜ? ここまで徹底してここが“もう一つの現実”であることを突きつけてるのに隠しログアウトというバグを対処しないわけがない。だからデマの一択だ。俺は動かねぇぞ。」

 

今でもまだ閉じ込められていることに対して実感できない人だったり、死ぬことを恐れて前線に出られない人もいる。そんな人達がいることを知っているからこそ『隠しログアウト』という、あからさまにデマだと分かるような噂が、アインクラットで広まりつつあるのだろう。一番初めに茅場に告げられた「ゲームクリアまで出られない」という発言があるにも関わらず、やはりその類の噂は前線に行かない人達にとって魅力的すぎる話であることに違いはない。

 

死の恐怖が目に見えるこの世界で、引きこもりたくなるのも痛いほどわかるが、誰かが動かなきゃ一生クリアされることはないのだ。この世界でのんきに過ごしている今でも、本当の現実世界の俺たちの体は衰弱している。たとえ医療器具が充実している日本でさえも、俺たちの本来の体は永遠ではいのだ。

 

そこで、その噂が本当かどうか検証するべく、ヒースクリフは俺にあえて伝えたのだ。ここで俺が上手く立ち回り、噂がデマであると証明できれば、自分の立ちあげるギルドにもいい影響を与えられるだろうと思ったヒースクリフが、俺の力試しを含め派遣させたかったのだろう。

 

 

しかし、俺にもやらなきゃいけないクエストやレベリングだってある。

この案件に快く頭を縦に振る余裕はないし、時間もない。

 

 

「そもそもなんで俺なんだ。俺はレベリングしなきゃ行けねーの分かってるだろ」

「レベルを上げながら遂行すればいい。それ以外になにか理由でもあるのかね?」

「…正直に言うとすげーめんどくせぇ」

「行かないのなら、ギルドを抜けてもらう。そして今後のデュエルも禁止だ」

「なっ!? ……このクソ団長…」

 

 

明らかに脅しである。俺の目標である“打倒ヒースクリフ”を達成するためには本人の厚意がないとそもそも成立しない。それをわかったうえで、俺に拒否権が無いことを突き付けるためにあえて俺を呼び出し、こうして話をしているわけである。

 

「俺が言うのも何だが…アンタ性格が悪すぎるだろ…」

「なんのことやら…それで、この件は引き受けてくれるのかね?」

 

ニヤリと口角を釣り上げ、憎たらしい笑み浮かべるヒースクリフをみて、俺は渋々承諾した。

 

普段デュエルをしてもらっている身として、強者の言うことには逆らえない。また、団長という権限で俺を本気で脱退させることも可能であるため、俺はこのギルドに入る決断をしたその日から選択肢などなかった…という訳だ。

 

 

ソレを分かっていて直接命令を下すヒースクリフも、かなり意地の悪い人間である。

 

 

 

 

「マジでなんだよあの野郎……覚えとけよ、明日はデュエルでぼこぼこにしてやる…」

 

 

そして現在、噂の根源となっている場所へ、重たい足を引きずってやってきた。グチグチと文句を言いつつ、目の前にポップするモンスターを薙ぎ倒していく。数分間、プラプラしながら歩いていると、目的の場所に到着した。

 

 

「おーッとここか、さっさと確認して文句言って…っ!!!」

 

 

俺が入口に入った刹那、目の前で一人のプレイヤーが宙を舞ったのだった。

 

 




まさかの宙を舞うあの方。漫画版ではそうだったの許して。
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