紅の十字架   作:そこら辺のめがね

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episode4:鼠

地面にたたきつけられた私は、必死に頭を動かして自分のHPバーを確認する。自分の命の灯が消えるまで、ほんの数ミリ程度。小さいかすり傷一つだけでも私はこの世界と共に消滅してしまうほどに、絶体絶命のピンチに立たされている。

 

「っ!?なにこれ…動けない…」

 

自分はもうすぐ死ぬ。

 

そう思いつつ逃げようとするも。体がまったくいうことを聞いてくれない。聞かない。

このままだと本当に私は、たかがこのバーチャル世界で生涯を終えることとなる。

 

いやだ…こんな無様に死ぬなんて、絶対に…

 

自分の過去が、走馬灯のように記憶として濁流のごとくなだれ込んできた。

 

この15年間、母のプレッシャーに耐えて私はずっと、ずっと勉強して、勉強して…

 

いい大学行くために、自分の名を恥じないように、兄さんみたいに

 

必死に戦い続けた15年間をこんな、こんな…こんなところで、たかがゲームで…

 

今まで頑張って生きてきて、手に入れた私の人生はっ…!!!

 

 

 

嫌な思考ばかりが頭を駆け巡り、体を動かそうにも私の体は微動だに一つしない。

私の気持ちとは裏腹に、モンスターが右手に持っている棍棒を振りかざす。

 

 

 

もう、なにもかも、いいや…

 

 

 

死を悟り、諦めて目を閉じた瞬間。

来るはずの衝撃が訪れることはなく、代わりにパリィンと何かが散る音がした。

 

「な…なにが…?」

 

パラパラと舞った砂埃が視界をより濁していく。ぼやける世界の片隅に誰かの曲刀の刃がキラリと映りこんだ。

 

「おい、大丈夫か!?」

 

誰かが私に向かって話しかけている声が聞こえてきた。

その声色からは焦った感情が滲み出ており、何度も私に呼びかける。

 

私は話す体力すらなくなり、ぼんやりとした視界の中でただただ曲刀を見つめた。

 

きっと、通りすがりの人が助けてくれたんだ。

 

私は…助かったんだ…私はまだ、生きている。

 

そんなことを考えていると、死から免れた安心感からか、私はそこで記憶を手放してしまった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

「とりあえず、生きてはいるな」

 

息をしていることを確認して、ひとまず安堵した。

 

入口に足を踏み入れると同時に人が吹き飛ぶという、あまりにも衝撃的すぎた経験をしたが、モンスターを速やかに倒し、急いでポーションをプレイヤーに飲ませることに成功した。意識はないが、呼吸が落ち着いたのを確認すると、急な疲れがどっと押し寄せてきた。

 

本当に間一髪ってところだったようだ。

 

初めて、人の“死”を感じる瞬間だった。

自分以外に死にかけている人間に遭遇することが無かったので実感がなかったが、今日初めてその恐怖だったり焦りを痛感することとなった。

 

「この人も、『隠しログアウト』の噂を聞きつけたのかもな」

 

赤いフードをしているから顔は見えないが、ここにいるということが全てを物語っている。

 

ヒースクリフはこれを見越していたならば、やはり我らが団長が足を運べばいいのに。

絶対に自分が行くより宣伝になるうえ、いい人材をその目で確かめることができるのにトコトンめんどくさがりな団長だと、独りでボヤく。

 

「とりあえずこのままにしておくのも悪いし別の場所に移動してからだな」

 

倒れているプレイヤーを移動させるべく、とりあえず声をかけて意識を取り戻してもらう作戦を立ててみる。

 

「すみません、おきてますかー?」

 

何度か声を掛けながら軽くゆすってみるも、起きる気配が無いためこの方法は諦めることにした。

さすがにものの数秒で起き上がらないよなぁと、小さく頬を掻く。

 

次は持ち上げて場所を移動する作戦を行うことにした。

プレイヤーの身長や体格からして、筋力にそんなに振っていない俺のステータスでも頑張れば持ち上げられそうな雰囲気があった。

持ち上げるためには一度仰向けにさせる必要があったため心の中で謝罪しつつ、倒れているプレイヤーを仰向けしようとしたとき、背後から人の気配がした。

 

俺は瞬時にプレイヤーから距離をとると、無意識のうちに岩陰に隠れた。

別に悪いことをしようとしてるわけでは無いのだが、つい反射的に隠れてしまった。なぜ隠れたのか自分でもわからないのだが、これはきっと人間の心理なんだな、と思うようにして俺は考えるのを放棄する。

 

コツコツと足音が近づいてきたので俺は影に身を潜め、息を最小限に抑えた。

 

「ここがその『隠しログアウト』がある場所だナ」

「モンスターがいてもおかしくないが、何もないし、やっぱりデマだったようだな」

「おっと、お目当てのものはなかったが、ここにビギナーらしきプレイヤーがいたゾ」

「なんでプレイヤーがこんなところに倒れてるんだ…モンスターを倒した後か?」

 

ひっそりと影から声のした人物をちらりと見ると、動物みたいなペイントを頬に塗っている女性プレイヤーと、中性的な顔をした、かわいらしい男性プレイヤーの二人がこの場に現れた。会話に聞き耳を立てていると、男性プレイヤーの方から「情報屋」という単語ができた辺り、女性プレイヤーの方は噂の「鼠」だと予想する。

 

この『ソードアート・オンライン』でのクエストだったりお得な情報をみんなに共有しているアインクラットの貴重な情報網だ。先日、ヒースクリフから第一層の攻略本とまではいかないが、それを見ればビギナーでも一発で理解できるようにとても丁寧に作成された本を渡されて、素直に感謝するくらいだ。

 

そんな情報通の鼠とかわいらしい男性達も、この噂が本当かどうか確認しに来たらしい。

 

そう考えると別に俺自身が動かなくても彼らがこの問題を解決してくれたのではないか。無駄足とまでは行かないが時間が経てば解決したのでは…と一人で悶々とした。

 

あの野郎…ぜってーに昼飯おごってもらうからな覚悟しとけよ。

 

そんなことをグチグチ思っていると、彼らは会話を続けたため、再度聞き耳を立てることにした。

 

「とりあえず何もなさそうだし、俺は他に用事があるから先に帰るよ。その人のこと頼んだぞ」

「あぁ、わかっタ。またなキー坊」

 

そんな会話が聞こえ、隠しログアウトもデマだったと確認する手間が省けたため、俺もこっそり帰ろうと、足音を立てないように動き出したのだが

 

「ちょっとまテ、どこにいくんダ?」

 

そう声を掛けられてしまい、驚きのあまり身体を震わせる。

 

一体どんなスキルを使えば見破られるんだと、1人思考を巡らせていると、女性プレイヤーは俺の心を読んだのか、岩越から再度話しかける。

 

「《索敵》スキルというスキルがあるんダ。君の存在はもうわかっているゾ」

 

そういえばヒースクリフからそんなスキルがあると聞いていたような、なかったような。

 

そんなのんきなことを考えていても、自分の正体がバレているとわかっている以上、隠れてもまったく意味はない。俺は小さくため息をついて、彼女の前に姿を現すことにした。

 

「ふーム、見ない顔だナ」

「初めましてだ。盗み聞きして悪るいが情報屋の鼠なんだろ?」

「そうだとモ、ちなみにこの情報は10コルだヨ」

「かなりのぼったくりじゃねーか!」

 

何ともまあ、ちゃっかりしてるプレイヤーだ。密かにそう思う。

 

「それじゃあ、俺はここで…」

「まあまテ、そう急ぐなヨ」

 

そそくさと帰ろうとした矢先、服の袖をグイッと引っ張られた。このまま返す気はさらさらないようである。

 

「名前はなんて言うんダ?」

「ノーツ。これ10コルな」

「ノーつん、なかなかに面白いヤツだナ!」

 

アルゴのツボに入ったのか、お腹を抱えて目に涙を浮かべながら彼女は笑う。

 

「情報屋のアルゴ、お金をくれれば情報を渡してやるヨ」

 

ある程度笑いが収まり、落ち着いたアルゴは俺に手を差し伸べた。

チラッと顔を見てみると、幼い顔の彼女はにっこりと笑顔を見せる。

 

情報屋であるアルゴがいれば、強くなる近道になるうえ、このゲームにおける必要な情報を得られる機会も増える。彼女と友好的な関係を築いておいても悪いことはなさそうと判断し、差し伸べられた手を優しく握り返した。

 

「それデ、ノーつんはなんでここにるんダ?」

 

先ほどからちゃっかりと『ノーつん』と呼ばれていることに少しむず痒い気持ちになるが、ここはあえてスルーすることにした。

 

「『隠しログアウト』を確認しようとしたら、そこのプレイヤーがやられてたんだ」

 

チラッと、未だにうつぶせ状態のままのプレイヤーに視線を向けるが、体へのダメージが相当大きかったのか、まったく起き上がる気配がしない。

 

「敵をぶっ倒してポーション飲ませて、そのままだと可哀そうだから運ぼうとして今に至る」

「それでとりあえず隠れたわけカ、話が繋がったナ」

 

それにしてもゲーム開始してわずか一週間前後で《索敵》スキルを会得して裏で暗躍しているアルゴの覚悟と、情報屋としてのプライドはさすがだな。俺ならそんなこと絶対にできないし、裏でみんなを支えるよりも、モンスターを切り刻んでいる方が個人的に楽である。

 

そう感心していると、目の前にアルゴからのフレンド申請のウィンドが表示された。

 

きょとんとした顔で、アルゴを見つめるとアルゴはかわいらしく「にゃはは」と笑いだした。フレンドを申請する意味も、笑う意味もまったくわからない俺は顔を顰める。顔を見て察したのか、アルゴは理由をしっかりと述べてくれた。

 

「危険性も高かったのにビギナーを助けタ。そんな人間に悪い奴はいないだロ?」

「そうかもしれないが、俺もビギナーだってことを忘れんじゃねぇ」

 

悪態をつきつつも、しっかりとフレンドを承認する。もっと素直になればいいのにと、情報屋アルゴは感じた。あんなことをいいつつも、フレンドが増えたのが嬉しいのか、顔には微かにではあるがたしかに笑顔が見えている。しかし、本人は笑顔であることに気づいていないのがこれまた面白い。アルゴは将来ノーツが有名になった時に、情報として売りつけてやろうと、心に決めたのだった。

 

 

ニコニコしていた当の本人は、フレンドリストが2人となったことを確認すると、更に笑顔を咲かせる。

 

自分を誘致した血盟騎士団の次期団長ヒースクリフと、アインクラットを網羅している鼠の情報屋アルゴ。なかなかに濃いメンバーであると感じるが、フレンドが増えて悪いことはない。そう前向きにとらえることにして、とりあえずノーツは、倒れているプレイヤーの方に歩んでいく。

 

さすがにずっと仰向けは可愛そうなので、そろそろ安全な場所に移動した方がいいと判断した。プレイヤーの体を仰向けにさせると、初めてそのプレイヤーが女性ということを知る。

 

ローブをしていたせいでわからなかったが、よくよく見てみると華奢な体をしていた。

 

 

「まさか女性プレイヤーだと思わなかったな…」

 

独り言のように呟いたはずが、アルゴはその一言を拾い上げあきれ顔を浮かべ口を開く。

 

「良かったナ、その子が起きてたら殴られてたゾ」

 

じとーっと俺を見るが、気づかない振りをする。物言いたげなアルゴの視線をかいくぐり、女性プレイヤーをスッと持ち上げると、打って変わって「おぉ~すごいナ!!」と一人歓声を上げてみせた。

それと同時に、女性プレイヤーを持ち上げたことにより、彼女のフードが重力に従って捲れてしまい、素顔が露わとなってしまったが。

 

彼女素顔を見て、アルゴはまたもや瞳をキラキラさせる。

 

「おおぉ~!! こりゃまた美人だネ!!」

 

黄色い声をあげてキャッキャッと再び歓喜するが、俺は急に起きないかハラハラしていた。この女性が途中で起きた時に、もしかすると平手打ちを食らいそうな気がして謎に緊張している。そのような心配がずっと頭の中でぐるぐる駆け巡っては、俺の脚を急がせるのだった。

 

 

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