週一投稿(日曜日)投稿できるように頑張ります。
《ウインドフルーレ》をアスナにプレゼントしてから早数週間が経った。細剣をプレゼントしたことで彼女との心の距離が少しばかり近づいた気がした。
事実、あの一件から以前よりも俺とアスナはよく行動を共にするようになった。
普段は独りでレベリングやらクエストを行っていだが、アスナの速さを習得したいという下心という名の向上心から、最初こそお誘いメッセージは俺から送っていたのだ。
しかし、ここ最近は彼女の方からメッセージをくれる。
例えば今みたいに。
[今どこにいるの?]
休憩している最中に送られたメッセ―ジを読んで、小さく笑う。
[迷宮区。レベリングしてた]
あの日からアスナの雰囲気がどことなく柔らかくなった。目を合わせるたびに睨んでいた姿から一変して、最近は彼女の視線から感じる警戒心が薄まり、睨みを効かせることが減った。それに伴って、言葉に含まれていた棘もしだいに少なくなっている。
最低限の信頼を獲得したことにより、モンスターとの戦闘時の連携も格段に取りやすくなった。この効果の恩恵は大きく、まだちぐはぐではあるが戦闘における意思疎通がだいぶ楽になったのだ。
最初に出会った頃と比べて、丸くなったアスナを思い出しひとりでに笑顔になる。
そして、お互いを知ることの大切さをしみじみと実感した。
[私も今迷宮区にいるから、せっかくだし合流しましょ]
[了解、俺がアスナの方に行くわ]
木陰で休んでいた身体を起こし固まった関節を解すべく、ぐぐっと大きく空へと伸びた。
爽やかなそよ風が肌を包み込む。その感覚に気持ちよさを覚え、同時に優しい日差しに目を細める。
「さて、ツンデレプリンセスの元に行きますかぁ~」
毎日飽きもせず、俺達は順調にレベリングをすることができるようになったおかげで、少しばかりだが強くなったような気もする。
アスナに至っては新調した細剣の性能と相性が良かったのか、光の速さで攻撃を繰り出すようになった。もともと正確性と足数の多さから、彼女の剣筋は流れる星と同等のスピードだったのだが、もはや今では彼女の攻撃を見よう見まねで再現でないほどに今のアスナは速い。
これが初めて1か月の人間とは思えない身のこなしに、俺は軽く嫉妬した。
現時点でこの領域に到達するのであれば、もしかすると彼女はこの世界で一番速いのではないだろうか。
そう思うくらいには、アスナの成長ぶりは凄まじく、目を張るものがある。
乾いたスポンジみたいに技術を吸収し、めきめきと強くなっていくアスナ。彼女に負けじと迷宮区に足を向けるが、一人でやるよりも迷宮区を二人で徘徊した方がお互い効率がいいことに気づいてからは、結局どこかで落ち合ってレベリングに励んでいたのだった。
_______________________
「んん~ッ!!」
蕩け落ちそうな頬を優しく掌で支え、美味しさを噛みしめている美少女。
その整った顔立ちは、誰が見ても満場一致で美しいと言わんばかりに端正である。そんな美少女は、目の前にあるパンケーキに瞳を輝かせては、それを夢中で頬張っていた。
ようやく見慣れた光景に、俺も同じようにパンケーキを口の中に放り込む。
一通りレベリングに区切りがついた俺たちは、街に戻って腹ごしらえするべく、ヒースクリフに教えてもらった穴場であるカフェでパンケーキを堪能していた。
ふっくらと分厚い生地に、様々なフルーツが盛り付けられており、その上からかけられているメープルシロップは大変滑らかで、ほんのりとした甘みがフルーツの酸味と溶け合い、口の中いっぱいに幸せが広がる。
一口食べた瞬間、脳みそまでもが一緒にとろけるのではないかと錯覚するくらいに、この店のメープルシロップは評判が良く、アスナも虜になっていた。
再びパンケーキを食べようと開口するアスナに、俺は話を投げる。
「そういえば、今日の4時から第一層のボスの攻略会議があるらしいぞ」
「…ふーん」
「あんまし興味なさそうだな…」
もぐもぐと頬張るその表情は心底幸福に満ちているが、俺の話への食いつきは皆無に近い。
アルゴから得た情報で、二ヶ月という期間が経ち、とうとう第一層を本格的に攻略するという話を聞いた。俺もこの世界で強くなるために日々精進している身として、ボス討伐に関してはかなり興味をそそられている。
どれほど己が強くなったのか、ヒースクリフ以外の強いやつに実力を試したくて、その話を聞いた日からずっとうずうずしていた。
本当は独りでボスに乗り込むことも考えたが、さすがにそれは無謀すぎるため辞めた。それならばヒースクリフと二人でならと思い我らが団長にも嬉々として声をかけたのだが、「今回は見送らせてもらう」と言われ、無残に散ったという訳だ。
弾丸で乗り込むのは諦めるとして、今回の話相手も、ボス戦に関しては全くもって興味がなさそうである。
「あなたは参加するの?」
アスナはこきゅっとパンケーキを飲み込むと、ナイフとフォークを一度置いた。口元についたメープルシロップをナプキンで拭いながら俺の様子を伺うようにチラッと視線を飛ばす。
「今後の方針を決めるためにボス戦には顔を出しておきたい。それに…」
自分の手をぐっと握ったり開いたりしながら、言葉を紡ぐ。
「周りと比べてどれほど強くなったのか、知りたい」
「そう…じゃあ、あなたが参加するなら私も参加しようかな…」
「…えっ?」
予想していなかった一言だった。
アスナはボス戦なんて興味ないと思っていたため、つい素っ頓狂な声を漏らす。
「私も、この世界で私自身が生きていたんだって、証明したいの」
どこか、栗色のさらさらな髪を揺らして遠くを見つめるその瞳は、いったい何を見ているのだろうか。
まるで自分の死を受け入れる場所を探しているかのように、どこか悲しげだった。
なぜか、そんなアスナに腹が立った。
「なに自分が死ぬ前提で話を進めてんだよ」
冷たくなったカフェオレをグイッと一気に飲み干し、少々乱暴にテーブルに置く。
「オマエは俺のパーティーメンバーであり、俺のフレンドなの。ぜってぇ死なせてやらねぇ」
一通り食べ終えた皿を重ね、椅子から立ち上がる。ぽかーんとしているアスナを放っておいて、パパっと会計を済ませ、店を出た。
会計をしている間、慌てたように店を出る支度をしてアスナは俺を追いかける。
「ねえ…なんで怒ってるの?」
「……怒ってねぇよ」
「嘘、絶対怒ってる」
「…」
すぐ後ろを付いてくるアスナは、俺の機嫌が悪いことに気づき、疑問をぶつける。
自分でもよくわかっていない。このぐちょぐちょと混ざり合った負の感情の正体が、わからない。
ただ、自分が関わった人が、あっけなく死んでしまうことが、気に入らなかった。
自分から死に場所を選んでいるのが、気に食わなかった。
それで失った命は、もう二度と戻ってこない。
現実でも、この世界でも、命は平等であり、増えることなんてないのに。
歩みを止め、アスナに体を向けてまっすぐに伝える。
「例えオマエが死にたくても、俺が死なせねぇ。俺がこのゲームをクリアしてアスナを生きて返す」
この時、再び誓った。もう二度と同じ過ちを繰り返さないために。
もっともっと強くなる。大切な人を、自分の手で護りきれるように。
___________________________________
カフェを出てから、彼の様子は少し…いや、かなり変だった。
第一層のボス攻略会議に参加しているが、彼の一言が脳裏をぐるぐると廻ってしまい、正直あまり話が入ってこない。
チラッと彼の横顔を見てみると、その表情は普段の彼となんら変わらない。
ここ最近は、暇があれば彼と一緒に行動していた。
「効率よくレベル上げがしたい」という彼のお誘いが、全ての始まりだ。一人よりも二人でレベリングした方がいいことは私も知っていたため、断る理由がなかった。
だから、自然と同じ時間を共有することが増えたし、そこで彼の様々な一面を知った。
少々口が悪いが、それでも根はやさしいことを知った。なんやかんや、悪態をつきつつも気を遣ってくれる不器用なところや、意外と周囲のことを見ていること。そして変に律儀なところとか。
ここ数週間一緒に居て、いろんな彼を知った。
だからこそあの一言が、私の心を読んだみたいで。
「例えオマエが死にたくても、俺が死なせねぇ。俺がこのゲームをクリアしてアスナを生きて返す」
私はまた、彼の優しさに触れた気がした。
どうせ死ぬくらいならと考えていたこの気持ちを見透かされて、死に場所を探していた自分を、誰かが怒ってくれるとは思っていなかった。
だからその言葉が、すごく温かかったし、素直に嬉しかった。
「ちょお待ってんかナイトはん」
突如、独りの男性の声によって、私は意識をハッとさせる。
「仲間ごっこする前に、こいつだけは言わしてもらわんと気がすまん」
ずかずかと中央に歩みを進め、キバオウと名乗った男性は声を大にしてビリビリと叫ぶ。
「元ベータテスターの卑怯ども! 出てこい!!」
その一声でざわついていた劇場は一瞬にして静まり返った。
状況がいまいち理解できない私は隣に座っている彼の顔を再び覗いてみる。
「はあ、この時間がもったいねぇ…」
どうやら彼は、そこまでキバオウと名乗った男性の発言をよく思っていないようだった。
ガリガリと頭を掻いては、イライラした表情を包み隠すことなく露わにしている。
「死んでいった二千人にワビ入れぇや!」と、何かと大声で訴える男性を制するかのように彼はスッと立ち上がり、コツコツと階段を下りていく。
「へッ、ちょっと…!」
「あん、なんやおまえ…さてはベータテスターか」
彼は私の声を無視すると、キバオウの隣に並び一冊の本を取り出した。
「これ、誰が作ったと思う?」
「だ、誰って…」
「アンタが死ぬほど嫌ってるベータテスターさんだよ」
すると再び周囲の人間はざわざわと話を始める。
「いいか、圧倒的ビギナーが多いこの世界でベータテスターは貴重な存在であることを忘れるな。右も左もわからない状況でビギナーが先陣を切れると思うか? 無理だね。だって俺たちはあまりにもこの世界を知らなすぎる。ゲームとはいえ、死んだら本当にゲームオーバーの世界だ。それなのに動くことなんてできるわけないだろ」
彼の落ち着いた声が、劇場に響き渡る。
「そんなんあたりまえッ―」
「彼らが本気を出せば、俺達を見捨てるのなんて簡単なんだぜ」
突っかってきたキバオウに向かって、彼は鋭い目で睨みつけた。
彼の方が背は低いはずなのに、迷いのない言葉によって随分と大きく見える。
「だが、それをしなかった。彼らが命を懸けて手に入れた情報を、独り占めすることなく、うそ偽りなく、この本に記し無料配布した。それが答えだろ。それに、本当に独り占めしたかったら今頃第一層なんてクリアしてんだろうが」
誰もが真剣に、彼の声に耳を傾けている。私もそのうちの一人だ。
「二千人って数は確かに大きい。だが、この本が流通してから死者は減ったはずだろ。俺らが死なずに、ここでこうして話し合えるのはこの本のおかげだ。つまり、ベータテスターのおかげなんだよ」
ぐうの音も出ないとはまさにこのこと、キバオウは口をぎゅっと結ぶ。
キバオウの様子を見た彼は、先ほどとは違って表情を柔らかくして力強く叫ぶ。
「なぜ人間同士で争う必要があるんだ。ビギナーだろうがベータテスターだろうが関係ねぇ、俺達は今、協力し合ってこのデスゲームをクリアしないといけねぇんだよ。キバオウの気持ちも理解できるが、いいか“敵”を履き違えるな。100層を本気でクリアしないと俺たちは生きて帰れねぇんだ。そうだろオマエら!?」
彼の鼓舞するような呼びかけに、集まった人々は声を上げて肯定する。
「こんなところで意味のない争いをしてる暇はねぇよな? パパっと第一層をクリアして、俺達をこんな目に合わせた茅場晶彦の顔面にドカンと一発喰らわそうぜ!!」
するとどうだろうか、先ほどまで暗い雰囲気に包まれたこの劇場は彼の熱弁により、やる気に満ちている。
そんな彼は、納得はしていないが、この状況に対して理解をしてくれたであろうキバオウと握手を交わしていた。和解したことによって打ち解けたのか、彼は周りの人達に囲まれて揉みくちゃにされている。
その輪の中には、この会議を仕切っていたディアベルと名乗ってたい男性もいた。
また彼の、意外な一面を見ることができた。
そんなことを思いながら、私はどこか楽しそうに微笑んでいる彼を、遠い存在のように感じるのだった。
一通り会議が終了し、やる気ボルテージが上昇したところでパーティーを組むようにとディアベルからの指示がでる。
そこでふと、私は独りであることにようやく気づく。
結局彼は、あの後会議終了まで劇場の中央にて発言したり、情報共有をしたり、この会議の中核を握るような立ち位置に加わっていた。
そのこともあり、彼は今、ディアベルから声を掛けられて楽しそうに話している。
「…」
きっとあなたは、そっちに行ってしまうのだろう。
そう思ったとき、なぜか私は、寂しく感じてしまった。
寂しい…? 私が…??
自分の感情に疑問を持つ。今私、なんて思ったの?
そう、自問自答して、余計に感情がぐちゃぐちゃになる。
今まで一緒に行動していたからか?
実は自分の中で彼を勝手に相棒だと思っていたからか?
それとも、いつの間にか彼のことを好きに…?
まさか、そんなはずがない。あり得るわけないじゃない。
余計な思考を振り払う。
いったん落ち着くために、とりあえずパーティーを組む相手を探さないと。
「―ってことで、俺達に加えてキリトの三人パーティーでいいよな」
「あぁ、すまない…助かるよ」
「オマエもそれで異論はないよな?」
ふと、どこからともなく彼から声を掛けられた。
「え…っと…ええ…」
「なにぼーっとしてんだ。珍し…」
「誰のせいで」という言葉をぐっと飲み込む。
話をほとんど聞いていなかったのは私の責任であることには変わりはないのだが、あなたのせいで、私はこんなことになってるの。と、言ってやりたかった。もちろん言わないが。
「俺はキリト、短期間だけどよろしくな」
「短期間っていうなよ、ここで出会ったのも何かの縁だ。仲良くしよーぜ」
明らかに私の時と違ってキリトと呼ばれた黒髪の男の子にべったりな彼。
ふーん。
「つまり、私とあなた達でパーティーを組むってことでいいのよね?」
「そういうことッ…な、なんだよ足踏むなって…痛い…ゴリラなんだから踏むならもっと優しくッ!?」
「キリトくん、これから色々とよろしくね」
物言いたげな彼をひと睨みして黙らせると、踵のヒールをうまく利用して更にぐりぐりと誰かさんの足をすり潰す。「痛い」と連呼する彼を無視し、止めることなく真っ黒い彼に笑顔を向けた。
「あはは、二人とも仲がいいんだな」
そんなことを言われて否定するべく、ぎゃあぎゃあ騒いでいるノーツくん。
私は、遠く感じたその背中を手放すまいと、ばれないようにそっと手を伸ばし、静かに触れるのだった。
「そういえば、ディアベルから誘われてたのに断ってよかったのか?」
「あぁ、そっち行くと、うちの
「いまなんて?」
「さあな」