ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~   作:ケ・セラ・セラ

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2-3 魅了されたものたち

 

 エイナは難しい顔をした獣人のギルド職員と話していた。

 

「何かあったんですか、先輩?」

「それがよくわからなくてな・・・西ゲートの連中が腰を抜かして動けなくなってるらしいんだ。酒でも飲み過ぎたのかなんだか、とにかくこっちからも人手を出すから・・・」

「あのー。俺、治癒魔法が使えますから診ましょうか?」

 

 そこへイサミがひょいっ、と顔を出した。

 

「ん? なんだ、おまえさんは? 冒険者か?」

「あ、私が担当してる冒険者の子です。って、治癒魔法なんて使えるの? 聞いてないわよ?」

「ああ、すいません。発現したのがついこの間でして」

 

 手短に自己紹介をすると、獣人の男性職員は、がっはっは、と豪快に笑った。

 

「レベル1で二つも魔法が使えるたぁ有望株じゃねえか。よし、それじゃ手伝ってもらおうかね。クエスト発注だ」

「報酬は?」

「エイナとお茶を1時間」

「乗った!」

「ちょっとー!? 何勝手に人を売り飛ばしてるんですか!」

 

 イサミと職員の軽口の応酬に、エイナが顔を赤くして抗議する。

 すっとぼけた顔で答える獣人とイサミ。

 

「何って、こんなおっさんとお茶しても誰も喜ばんだろう?」

「クエストに報酬はつきものですしね」

 

 うんうんと頷くイサミを、きっ、と睨み付ける。

 そんなエイナを見て、獣人がまたがははと笑った。

 

「まぁ、それは冗談として」

「冗談でそんなことを言わない!」

 

 まだかすかに頬を染めながらエイナが怒る。

 

「すいません。で、治療の代わりに、ギルド職員の人たちに、さっきの子を見かけたかどうか聞いてくれないかな、なんて。どうでしょう?」

「なんだ、人捜しか? まぁいいぜ、それくらい」

「では交渉成立って事で」

 

 

 

 かつこつ、とテンポの速い足音が闘技場内部の通路に響く。

 未だにむっつりしているエイナをなだめながら、イサミは西ゲートに向かっていた。

 

「エイナさーん。ふざけすぎたのはあやまりますから、機嫌直してくださいよー」

「そうだぞエイナ。仕事一筋もいいがこう言うのも軽く流せるようでないといい女になれんぞ?」

「知りません!」

 

 今のは微妙にパワハラかなあ、と思いつつ、エイナをなだめ続けるイサミ。

 ただ、頭の中では別の事を考えている。

 ウェイトレスの奇怪な行方不明と、時を同じくして起こった奇怪な事件。

 

 関連がありそうには思えないが、何となく気になったのだ。

 むしろこれがシルにつながるのではないかという奇妙な予感があった。

 今からシルを探すとなると、どのみち聞き込み以外に方法がない、というのもある。

 

「ところで、倒れた人たちは、どこのへんの?」

「ああ、西ゲートの外側の・・・そうだな、そいつらも探し人を見てるかもだな」

「そういうことです」

 

 

 

 なだめ続けた甲斐あってエイナの機嫌が元に戻りかけた頃、三人は問題の西ゲートに到着した。

 その場の責任者らしい、ひげ面のドワーフの職員が彼らに気づく。

 

「おう、すまんなシンバ。そっちのでかいのは?」

「エイナの担当冒険者だ。毒抜きができるって話なんで来てもらった」

「そりゃありがたい、早速頼むわい。報酬はエイナの嬢ちゃんに酌をさせるのでいいかな?」

「アルヴィースさん!」

 

 再び赤くなってドワーフに詰め寄るエイナ。

 角や牙が見えそうだな、とはのんきに眺めるイサミの感想である。

 

「イサミ君もさっさと始める!」

「イエス、マム! ・・・で、へたった人たちはどこですか?」

「そっちの方に転がしてある。しかし、妙な具合でなあ。

 二日酔いにしては全く酒臭さを感じないし、今朝方は普通に仕事をしておったんじゃがのう」

 

 関係者用の通路、木箱の影に彼らはまとめられていた。

 ある者はへたり込み、ある者は壁にもたれかかり、誰もが目の焦点が合わず、口の端からよだれを垂らしている者もいる。

 かがみ込み、手早く診察を始めるイサミ。手慣れた様子にエイナは驚き、獣人とドワーフは素直に感心する。

 やがて、イサミが立ち上がり口を開く。

 

「これ、酒とか毒とかじゃないですよ。たぶん、強い精神的ショックを受けたんです」

「・・・?」

 

 職員三人が顔を見合わせる。

 代表してドワーフが質問した。

 

「精神的ショックというと・・・何が原因じゃ?」

「そこまでは。ただ、驚きとか、恐怖とか、そういうショックが強すぎると、こうして茫然自失してしまう事はたまにあります。

 それがなんなのか、となるとお手上げですけど・・・恐怖って感じではないですねえ」

「うーむ」

 

 ヒゲをしごくドワーフ。

 実際、それは彼も感じていたのだ。酒を飲んで酩酊したというよりは、むしろ見事な細工物などを見て感動している状態に近い、と。

 彼の考えはかなりのところまで正解に近かったが、この場でそれを証明できるものはいない。

 

「とりあえず、一人二人元に戻してみましょうか。全員は魔力が足りなさそうですけど」

「うむ、頼むぞ坊主」

 

 壁にもたれかかる職員に左手をかざし詠唱を始める・・・が、これはただのポーズである。

 彼の左手に宿る治癒のドラゴンマークは呪文とは似て非なる能力だからだ。

 

「治癒」「嵐」「移動」など13種に分かれたそれは使用者の術師としての能力とは無関係に発動する能力であり、どんな術者でも術の強さは一定であるし、一日一回から三回ほどしか使えない。

 が、逆にイサミのような秘術使いであっても治癒呪文を使えるなどの利点がある。

 

 本来なら数秒集中するだけで詠唱もいらないが、この世界では強い魔法にはそれ相応の詠唱時間が必要なのが原則なので、そのあたりは取り繕う必要があった。

 

(炎で一つ、治癒で一つ。後おおっぴらにできる魔法は一つだけか・・・何にするかなあ。

 やっぱり壁の魔法か、それとも飛行とかにしておくか?)

 

 そんな事を考えながらごまかしの詠唱を続け、そろそろマークを起動しようとしたとき。

 西ゲートに悲鳴が響き渡った。

 

 

 

「!?」

「ちっ!」

 

 動揺してとっさに動けない三人をその場に残し、イサミは通路から走り出た。

 ゲートの周囲では悲鳴を上げて人々が逃げ惑っている。

 悲鳴の中心にいるのは、身の丈3mほどの、不格好な緑色の人型だった。

 

(・・・トロルかっ!)

 

 筋骨たくましいが手足はひょろりと長く、皮膚はゴムのような弾力があることが伺える。

 ぎょろつく瞳で逃げ惑う人々を無関心に眺めていたそいつが、ふとイサミと目を合わせた。

 

「るぐぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

「!」

 

 文字通り、その目が攻撃色に赤く染まった。

 緑色の巨人は一声咆哮をあげると、猛然とイサミに向かって突進してくる。

 

 周囲に響き渡る悲鳴が一段と高くなった。

 逃げ惑う人の流れに飲み込まれ、イサミは呪文を放つこともできず、押し流される――

 

 否。

 

 全速で走る人の流れに飲み込まれながらも、イサミはそれから何の影響も受けていない。

 ぶつかる肩、振り回される腕、そうしたものはガラスの表面を水が滑り落ちるように、何らイサミの障害となっていない。

 

 魔導具「自由移動の指輪(リング・オブ・フリーダム・ムーブメント)」。

 この指輪の魔力の影響下にある限り、茨の茂みであろうと、泥沼であろうと、あるいはロープのいましめや怪物の触手であろうとも、イサミの行動を制限したり束縛したりすることはできない。

 

 人の流れに逆行してイサミが走る。周囲を流れゆく人の波。その後ろから迫り来る緑色の山。

 50mほどもあった距離が瞬く間に詰まり、唐突に視界が開けた。

 人の壁を抜けたその目の前に、緑色の巨人。

 

 いや、目の前と言うには遠い。まだ3、4mの距離がある。

 しかしトロルにとっては間合いのうち。

 一歩踏み出し、長い右腕の先端から突き出した、ぞくぞくするような爪を振り下ろす。

 

 そのまま命中すればイサミの頭はザクロを砕いたように脳漿をまき散らしてはじけ飛ぶだろう。

 だが、一瞬遅い。

 

「《最大化(マキシマイズ)》《威力強化(エンパワー)》《二重化(ツイン)》《エネルギー(エナジー)上乗せ(アドミクスチャー)(ファイア)(エレクトリシティ)冷気(コールド)(アシッド)》《光線分枝化(スプリット)》"灼熱の光線(スコーチング・レイ)"!」

 

 イサミの足下に展開する赤の魔法円(マジックサークル)

 酸の異臭と稲妻と冷気を纏った極太の火線が八本、イサミの右手から放たれた。

 八本の火線はトロルの頭部から太ももにかけて、全て過たず突き刺さり――そしてあっけなく貫通する。

 

 どさどさっ、と二回音がした。

 トロルの両腕が地面に転がっている。

 それがつながるべき胴体は既に存在しない。

 

 闘技場の石床に、戸惑っていたように立ち尽くしていた二本の足――足だけ――が、思い出したように倒れ、地面に転がる前に、落ちた腕と共にチリとなって消えた。




正直エイナさん好みなんだけど最近原作で出番が少なくて悲しい。
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