ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~   作:ケ・セラ・セラ

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12-8 犬死に気違ひ

「"奇跡(ミラクル)"――変換"加速(ヘイスト)"」

「《高速化》"奇跡(ミラクル)"――変換"加速(ヘイスト)"」

 

 イサミの右手から再び奇跡の力が迸る。途端、走る前衛の速度がぐんっと上がった。

 秒速にしてプラス6m。

 アイズやベートで二割増し、その他のもので三割から四割増しという所だ。

 

「おおっ!?」

「なにこれ、体が軽い!」

 

 "加速(ヘイスト)"。

 D&Dでもっとも基本的で、それでいてもっとも強力な強化魔法(バフ)の一つであるそれは、名前の通り対象の動きを加速する。

 速度は力だ。高速で動き、高速で斬りつけ、高速で回避する。

 

 もっとも第一級冒険者の圧倒的な敏捷度に比しては、命中回避への強化は微々たるものだが、それでも移動力の上昇は大きい。

 距離こそは最強の防壁であり、集団戦において位置取りほど重要な事はないのだから。

 

『【突風ノ力ヲ借リ世界ヲ閉ザセ燃エル空燃エル大地燃エル海燃エル泉燃エル山燃エル命全テヲ焦土ト変エ怒リト嘆キノ号砲ヲ我ガ愛セシ英雄ノ命ノ代償ヲ――】』

 

 堕ちた精霊の詠唱が続く中、魔法が完成する前に一撃を与えんと前衛達が走る。

 恐らく、詠唱の完成まで後数秒。

 加速によって強化された今の脚力なら――!

 

『"石を泥に(トランスミュート・ロック・トゥ・マッド)"』

 

 だが敵もそれを容易く許しはしない。ザナランタールの呪文が発動した瞬間、前衛達の足下が深さ3mの泥沼に変わる。

 幅24m、奥行き15mの巨大な泥沼だ。

 

「ふわっ?!」

「うおおっ!」

 

 さすがの第一級冒険者達もこれには対応できず、重装備のものは胸、軽装備のものでも腰まで泥に沈む。

 既に【エアリエル】を展開していたアイズを除いて。

 

 

 

「!」

 

 足下が泥に変わった瞬間、アイズは風の力だけで高く跳躍した。

 そのまま、融合精霊の右手のビホルダーに向けて突貫する。

 

(精霊の魔法はイサミさんが何とかしてくれる――なら、私は!)

『ぬうっ!』

 

 ビホルダーを撃破、少なくとも一定時間無力化しようと剣を振りかざすアイズに、下方から四本の触手が襲いかかる。

 アボレスの恐るべき変異の触手。

 アイズはそれらをことごとく切り払うものの、体勢が崩れた。

 

「っ?!」

 

 そこに飛来したのは無数のコウモリ。

 壁となってアイズがビホルダーに到達するのを阻み、勢いを殺そうとする。

 アイズは気づいていないが、左手のスウォームシフター・キャリオンクロウラーが変化したコウモリの群れ(バットスウォーム)だ。

 

 アイズの周囲を守る「風」に阻まれてその牙は届かないが、数が尋常ではない。

 あらん限りの速度で切り払うものの、剣で数万匹の群れを殺しきることはできない。

 コウモリの壁はアイズの突進を完全に受け止め、そして柔らかく弾き返した。

 

 だが当然だろう。

 体長7mに及ぶキャリオンクロウラーの変化したコウモリの群れだ。

 一匹一匹は軽くとも、その体重の合計は数十トンに達する。

 いかにアイズの突撃が強力であれ、それだけの質量をはじき飛ばすには純粋に運動力が足りない。

 くやしげに顔を歪めたアイズが着地すると同時に、コウモリの群れが左腕に集まり、大芋虫の姿に戻っていく。

 

『【代行者ノ名二オイテ命ジル与エラレシ我ガ名ハ火精霊炎ノ化身炎ノ女王――】 』

「っ!」

 

 はっと上を見上げたアイズの目に映ったのは、今まさに詠唱を完成させんとする堕ちた精霊の姿だった。

 

 

 

 泥の中で前進しようともがいている冒険者達に、フィンが指示を飛ばす。

 

「全員泥に潜れ! 万が一の場合でも、泥の中ならダメージを軽減できるはずだ!」

 

 

 

『と、思うのが下等生物の浅ましさよなあ――"泥を石に(トランスミュート・マッド・トゥ・ロック)"!』

 

 泥の中の全員が潜った瞬間、ザナランタールが呪文を発動する。

 先ほどとは逆に、泥を石にする呪文。

 

「フィン! ガレス!?」

「ティオネさん! ティオナさん!」

 

 つまり、泥の中に潜った冒険者達は全員石の中に封じ込められてしまったのだ。

 いかに第一級冒険者の怪力とはいえ、全身を石で固められてはどうしようもない。

 さらにザナランタールは"石の壁(ウォール・オブ・ストーン)"を発動し、冒険者達が埋まっている石床の上に新たに石の蓋を積み上げる。

 

『ファファファファ・・・!』

「ザナランタール、油断するな。あやつの呪文に備えろ」

 

 嘲笑するビホルダーに、魔姫の厳しい声が飛ぶ。

 グラシアもザナランタールも、無論ネヴェクディサシグも、この期に及んで油断はかけらもない。

 

『わかっておるとも、姫。同じ轍は踏まぬわ』

 

 その巨眼が睨むのは、数十m彼方の虎の男。

 これまで通りミラクルのスタッフを使ってくるか、それとも逆転を狙って何らかの高レベル呪文、おそらく"時間停止(タイムストップ)"を発動してくるか・・・。

 

 アイテムからの魔力発動はいかにビホルダー・メイジと言えども相殺はできない。

 だが"奇跡(ミラクル)"といえどできる事には限界がある。

 相殺を恐れて呪文を発動せぬのであれば、それはそれで押し切るだけだと、ザナランタールは考える。

 

 視界の中で虎の男が呪文詠唱を始めた。

 

(ファファファ、愚かな! 相殺されることはわかっておろうに、やはり人間は・・・)

 

『ぬう・・・!』

「どうしたザナランタール・・・むっ!」

 

 ザナランタールが僅かに驚愕の声を上げる。

 つられてグラシアがイサミの方を見やった瞬間、堕ちた精霊の呪文が完成した。

 

『【ファイアースト・・・】』

 

「"我願う! 彼の者の呪文を打ち消したまえ!"」

 

 地獄の業火が現出する寸前、ウィッシュの強大な生の魔力がそれとぶつかり合い、打ち消し合う。

 物理現象として噴出しない魔力の乱流に、魔力を感知できる人間が耳鳴りを覚える。

 

「ウィッシュで、魔法を相殺したですって!?」

 

 疑似呪文能力ではない。呪文として発動した"願い(ウィッシュ)"。

 ザナランタールは、それを何故打ち消さなかったか?

 

 "願い(ウィッシュ)"はほぼあらゆる願いを叶える現実改変の呪文。

 だがその代償として術者の魂の一部、端的に言えば未使用の経験値と引き替えにしなければならない。

 そして失う経験値の量は莫大なものだ――オラリオの冒険者でたとえれば、【恩恵】を受けたばかりの新米が、いきなりレベル1のトップクラスに躍り出るほどの。

 

 呪文相殺を行うには、相手と同じ呪文を発動しなければならない。

 つまり、同様に"願い(ウィッシュ)"を発動し、莫大な未使用経験値を消費せねばならないということだ。

 それができない故に、ザナランタールはイサミの"願い(ウィッシュ)"を相殺できなかったのだ。

 

『ちい、味な真似を・・・だが頼るべき前衛は・・・』

「《高速化》"願い(ウィッシュ)"! "我願う! 我が仲間たる戦士達を、敵の下へ!"」

『『なにいっ!?』』

 

 ザナランタールとネヴェクディサシグ、両者の驚愕の声が同期するのと、生き埋めになったフィン達が融合精霊の周囲を取り囲むように出現したのとがほぼ同時。

 

「ネヴェクディサシグ! 移動を!」

『わ、わかっ・・・』

「やぁぁらせるかぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」

 

 動揺したネヴェクディサシグを叱咤するグラシアの声を、階層自体を震わせる大音声がかき消す。

 転移した瞬間、唯一即座に動いたのはドワーフの大戦士ガレス。

 100kgを超える重装甲をものともせず数mを跳躍するや、アボレスの口元に愛用の大戦斧を叩き込む。

 

『グァギィガァァァァァァアァッ?!』

 

 肉に根元まで食い込む大戦斧。

 骨に達したか、ネヴェクディサシグが苦悶の声を上げる。

 

「ひるむな! 包囲網を抜けなさい!」

「させんと言っておる!」

 

 そのまま飛び降りるドワーフの大戦士。

 左手の、不壊属性の大戦斧の柄から繋がっているのは超硬金属(アダマンタイト)製の鎖。

 そのもう一方は、アボレスの口元に食い込んだ大戦斧の柄頭に繋がっている。

 

「どっせいっ!」

 

 そのまま着地して、自らの体重で不壊属性の大戦斧を石床に打ち込むのと、アボレスが全力移動を始めるのがほぼ同時。

 鎖がぴんと張る。

 ガリガリガリガリ、と、凄まじい音を立てて引きずられた大戦斧が石床を砕く。

 

 それはまるで錨を引きずって走る船のようで、だが大怪魚は苦痛にもだえ苦しみ、錨たる大戦斧の上にはガレスが渾身の体重を込めて踏ん張っている。

 骨と骨の隙間に食い込んでしまったか、口元の大戦斧はびくともしない。

 釣り針にかかった魚のように暴れるネヴェクディサシグだが、超重量の錨は決して地から離れず、それどころかますます大地に食い込んでいく。

 

「ザナランタール! "物質分解"であの鎖を破壊しなさい!」

『無理だ! こう動きが激しくては・・・!』

 

 その瞬間、ビホルダーの11の目は、周囲から一斉に襲いかかる冒険者達を見た。

 動きがにぶくなった瞬間を見逃さず、"加速"で増強された跳躍力をもって、残りの八人が一斉に飛びかかったのだ。

 

 ティオナの大双刃が、ティオネのハルバードが、ベートの銀靴が、椿の大太刀が、シャーナの大剣が、レーテーの双大戦斧が大怪魚の腹を裂き、ヒレを落とし、エラを吹き飛ばす。

 

『ガァァァァァァアァッ!』

『ネヴェクディサ・・・はっ!』

 

 苦鳴を上げる怪魚の名前を呼ぼうとしたザナランタールの「目」の前にはフィン。

 次の瞬間、中央の巨大単眼に長槍が突き刺さり、黒い血が噴き出した。

 同時に飛びかかったアイズが、眼柄のうち三本を切り落としている。

 

「おのれっ!」

 

 グラシアが舌打ちすると共に、堕ちた精霊の体から数十本のイバラの触手が射出される。

 

「ぐわぁっ!」

「くっ!」

 

 融合精霊に群がっていた冒険者達がたたき落とされ、あるいは後退を余儀なくされる。

 だが、最優先の目標であるガレスが動かない。

 十数本のイバラに打ち据えられながら、"重傑(エルガルム)"はびくともしない。

 

「ちっ・・・」

 

 グラシアが舌打ちする。

 そして同時に堕ちた精霊が魔法円を展開し、詠唱を開始した。

 

『【突キ進メ雷鳴ノ槍代行者タル我ガ名ハ雷精霊(トニトルス)雷ノ化身雷ノ女王――】』

 

 長文詠唱をしている暇はないと見たか、短文詠唱。

 その余りの詠唱速度ゆえに、実質の詠唱時間は超短文かそれよりも短い。

 にもかかわらず、恐らくその威力はレフィーヤの全力にも匹敵しよう。

 対応できないままフィン達が雷撃を受けるかと思われた瞬間――

 

「"我願う! 彼の者の呪文を打ち消したまえ!"」

「なぁぁぁッッッ!?」

 

 今度こそ、心底魔姫が驚愕する。

 イサミの三回目の"願い(ウィッシュ)"が堕ちた精霊の【サンダー・レイ】をかき消したのだ。

 

『馬鹿な! 貴様正気か!』

 

 ザナランタールでさえ冷静さをかなぐり捨てて、驚愕に全ての目を見開く。

 

「まさか! 貴方、堕ちた精霊の詠唱を全てウィッシュで相殺するつもりだとでも言うの?!」

「それ以外に何がある!」

 

 イサミが気を吐く。

 その覚悟を決めたまなざしに。

 一瞬、確かにグラシアは気圧された。

 

「こちとらレベルキャップがかかってな! 使えない経験値(エクセリア)が山ほど溜まってるんだよ!

 俺の経験値が尽きるのが先か、お前らがくたばるのが先か! いっちょ試してみようじゃないか!」

『だからといって・・・有り得ん! 貴様、未来を捨てる気か?! それだけの経験値、再び得られるとは限らんのだぞ!』

 

 眼柄から呪文を放つ事も忘れ、ザナランタールが叫ぶ。

 通常のモンスターと違い、彼は冒険者同様に経験値を稼いでレベルアップを重ねて来たビホルダー・メイジだ。

 それゆえにこそ信じられないのだろう。このような、経験値をどぶに捨てるような戦い方が。

 フィンやアイズ、レフィーヤやリヴェリアの顔にも驚愕がありありと現れている。

 

「んなもん、死んだら元も子もねえだろうが! 俺をここで殺す気まんまんなくせに、馬鹿言ってるんじゃねえよ!」

『ぐっ・・・!』

 

 そのくらいのことはザナランタールやグラシアとてわかる。

 だが、わかってはいても普通はできない。

 命を救うために自分の腕や脚を躊躇無く落とすような真似は、常人には決してできない。

 

 ピュロスの勝利という言葉が脳裏をよぎりもする。

 失うものの大きい勝利、得る物の何ら無い勝利。

 

(否・・・得る物はある!)

 

 ここでひるめば、もはや前には進めない。

 ピンチのたびに後ずさりし続けるだろう。

 世界の果てから足を踏み外すその日まで。

 そしてそれは、イサミにとって兄たる資格を失う事を意味する。

 

「追い詰められた人間が何をするか、とくと見るが良いぜ!

 "我願う・・・我らが傷を癒したまえ!"」

 

 《高速化》された再びの"願い(ウィッシュ)"。

 イバラの触手に打ち据えられた全員の傷がすっと消える。

 

「くっ・・・!」

 

 堕ちた精霊が後ろを振り向く。

 その視覚に同調したグラシアは、60階層への開口部から現れた芋虫型がすぐ近くまで来ているのを確認し、僅かに安堵する。

 

(こいつらを盾に使って・・・いや、溶解液で鎖を溶かせば・・・)

 

 だがその希望は、グラシアの目の前で儚くも砕け散る。

 

「【ヒュゼレイド・ファラーリカ!】」

「【レア・ラーヴァテイン!】」

 

 炎の雨が何十匹もの芋虫型を焼き尽くし、ラグナロクの業火が更に多くの芋虫型を蒸発させる。

 魔法を発動した二人の周囲にラウル達が控え、とっかえひっかえでマジックポーションを飲ませる。

 芋虫型はいまだに出現し続けているが、この二人を前にして一匹でも自分の元にたどり着けるとはグラシアも思えなかった。

 

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