ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~ 作:ケ・セラ・セラ
胸を貫通したアイズが、十数メートル先の地面に着地する。
融合精霊の胸に、ベートが立って通れるくらいの穴が、ぽっかりと空いていた。
巨体がぐらりと傾き・・・次の瞬間魔石を失った体が灰となる。
そのうず高くつもった灰の上に、赤銅色の何かがどさりと落ちる。
下半身を失った、グラシアだった。
「これは・・・どうにもならないわね。
まさかこれで負けるなんて。
あーあ、ちょっと見くびりすぎてたかしら」
「・・・?」
上半身だけの状態で、器用に肩をすくめる。
それを見たイサミの脳裏に違和感が走った。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
だがそれを言葉にするより前に、狂戦士状態のフィンが襲いかかる。
レベル6を越えた速度で襲いかかる双槍を、だが上半身だけのグラシアは余裕を持って、両手で柄を掴んで止めて見せた。
「ぐぐぐぐぐぐぐぐぐ・・・・・・・・・・!」
「だめだめ、ボウヤ。せっかちさんは嫌われるわよ?」
艶然と微笑むグラシア。
狂戦士状態の全力で押し込んでいるはずの槍が微動だにしない。
「っ!」
「うそ・・・! あの状態で団長のあれを・・・?!」
ティオネが驚愕の声を漏らし、グラシアはふっと表情をゆるめる。
「《勇者》・・・だったかしら? それにロキ・ファミリア。見事だったわね。私の負けよ」
「ま、待て!」
はっと気づいたイサミが声を上げるも、既に遅かった。
「だーめ。待たない。さっきのあなた、少し美しかったわよ――弟くんほどではないけどね」
グラシアの背中を中心にぴしり、と地面にヒビが入る。
それと同時に59階層全体が震動を始めた。
「!」
狂戦士化を解除したフィンが、5m程後ろに跳躍する。
直後、グラシアを中心とした一帯が陥没し、大穴が空く。
赤銅の影が暗い闇の底に落下していった。
大穴の周囲には更にヒビが広がり、冒険者達の顔が引きつる。
「みんな! こっち! 芋虫型が!」
「!」
アイズの声がイサミの意識を引き戻す。
大海嘯のごとき芋虫型の群れが、もう十数メートル、時間にして一秒余りの所まで迫ってきていた。
「全員出口まで走れ! イサミは開口部を塞ぐ壁を焼き切るんだ!
芋虫型は適当に相手をしろ! 足を止めるな!」
フィンの指示が飛ぶとさすがに第一級冒険者、たちどころに混乱から立ち戻り、条件反射的に武器を振るう。
イサミも詠唱を始め、ラウル達もそれぞれ弓や魔剣を構えた。
しかし、
「!? 待ちなさい、馬鹿ティオナ! あんたのそれ、不壊属性じゃないでしょ!」
「あっ」
と、思ったときにはもう遅かった。
一ヶ月前の情景を再現するかのように、芋虫を真っ二つにして胴体に食い込んだ大双刃の刃が消えている。
「あああああああああああああああ!?」
この日最後の悲鳴が59階層に響いた。
やや手間取ったものの、一行は無事58階層への脱出を果たした。
階下から響く轟音からすると、あの後59階層は完全に崩壊したのだろう。
ただし、心と懐に深い傷を残した者が約一名。
「あああああ、どうしようティオネぇ・・・私の二代目
「どうしようもないでしょ。まじめにお金稼いで借金返済しなさい」
片方の刀身がほとんど全部溶解して"大単刃"になってしまった愛用の武器の残骸を抱きしめて涙を流すティオナ。
姉は腕を組み、冷淡にそれをあしらう。
「お金貸してよぉ~」
「あんたね、お金は大事に使いなさいって何度も口酸っぱくして言ったでしょ! 自業自得よ!
だいたい9000万ヴァリスなんて、持ってる訳ないでしょ!」
「ティオネぇ~!」
大泣きであった。
フィンを始め、周囲の者は苦笑している。
「こりゃまた、見事に溶けちまったなあ・・・」
そこへぬっと現れたのは、イサミである。
椿も一緒に覗き込み、やれやれと首を振る。
「これはさすがに手前も修復できんなぁ・・・大剣に仕立て直せというなら引き受けなくもないが」
「ですよねえ」
「そんなこと言わないでよぉ! 《
どうにかならないの?!」
「ダメだよ、ティオナ。彼は共闘した仲ではあっても別のファミリアだ」
「・・・・」
苦笑しつつもフィンがティオナをたしなめる一方で、イサミはぐじゅぐじゅと鼻をすすり上げるティオナを見る。
一瞬、その顔が子供の頃のベルと重なった。
「しょうがねえなあ・・・貸し一つだぞ」
「!」
ティオナの顔がぱぁっと明るくなる。
苦笑して、その頭を撫でてやった。
イサミ・クラネルはやはり年下に弱い。
「"我願う――かの武器を元の姿に"」
呪文と共に、ティオナの溶けた大双刃が一瞬にして元の姿を取り戻す。
鍛冶師達が打ち上げたばかりの、まばゆい輝きだ。
「やったー! ありがと、《
「う、うん、よかったね・・・」
目を丸くしつつも、アイズが喜色満面のティオナに笑みを漏らす。
一方でフィン達年長組は再び苦笑。
ティオネも苦笑しつつイサミに抗議する。
「もう、甘やかさないで下さいよ。お馬鹿なんだから、痛い目見ないとわからないんですよ?」
「ごめんごめん。でもほら、俺って年下には甘いから」
そう言われるとティオネも苦笑を深くするよりほかない。
ありがとうございました、でも甘やかしすぎは良くないですよ、と釘を刺してから引き下がった。
そこにティオナが大双刃ごと飛びついてくる。
「《
「せいぜいちゃんと感謝しておきなさいよ、馬鹿ティオナ。
貸し一つどころか三つ四つでも足りないんだからね!」
「わかってるわかってる! わたし、《
女の子が軽々しくそういう事を言うのはどうかなあと、「女に夢見すぎ」と言われそうな感想を抱きつつイサミは苦笑した。
「はいはい、それじゃそのうち弟の特訓にでも付き合ってやってくれ」
「《アルゴノゥト》くんに? うんいいよー。するするー!」
二つ返事でティオナは首を縦に振った。
イサミが怪訝な顔をする。
「《アルゴノゥト》? ベルのことか? まあ《
「最初は英雄譚が好きだからそう呼んでたんだけどね。私もそう言うの好きだから、話が弾んじゃってさ。
・・・でも、今のあの子は"
ほんと、凄かったなあ・・・」
僅かに顔を赤らめて、ほおっ、とため息をつく。
「・・・」
答えず、イサミは顔を上に向けた。
ダンジョンの床と天井を透かして、そこにいるであろう弟の姿を捉えようとするかのように。
緊張から解放されて周囲が歓談するなか、ふうと息を吐いて座り込む。
気がつくと、隣にリヴェリアが立っていた。
「大丈夫か?」
「ええまあ。怪我は治ってますしね」
リヴェリアを見上げて笑ってみせるイサミに、だがエルフの王女は首を振る。
「そうじゃない。私が言っているのは魔法の後遺症だ――経験値を消費するなどという魔法は初めて聞いたが、
今まで我々が歩んできた人生そのものと言っていい。
そのような魔法を、それもあのように連発して・・・無事で済むわけがない」
「・・・」
実際その通りだ。
今のイサミは肉体的精神的と言う以上に、魂のレベルで消耗している。
経験値の消費と一口で言うが、それは自分の中にある未分化の可能性を消費する事に他ならない。
ロマンチックな言い方をするならば、目の前の現実を理を越えて改変するためには自らの未来の種を投じなくてはならない、と言うことだ。
生まれたての赤ん坊には無限の可能性がある。
だが成長していくにつれ、その無限の選択肢はどんどん狭まっていく。
体を鍛えた者は、その分の時間の勉学で得られたかも知れない学識を得る事はできない。
鍛冶師に弟子入りして鍛冶の技を身につけた者は、薬師に師事して調合の奥義を知る事はできない。
天才と呼ばれる者ならその双方を身につけることは可能だろうが、だとしても全ての可能性を極めることなどできない。
その有限の可能性を消費して、"
その様な事を語ったわけではないが、リヴェリアはかなりの所まで正確に察していた。
無言のイサミをよそに、エルフの王女は更に言葉を紡ぐ。
「今回、君の払った犠牲無しで勝つことはできなかった。もし、この後遺症で君が苦しむのであれば、我々は――」
「勝ったのは前衛も魔導士もサポーターも、みんながそれぞれの仕事をしたからですよ。
リヴェリアさんだけの力でも無いですし、アイズだけの力でもありません」
ふ、とリヴェリアの口元に笑みが浮かぶ。
「ならば私の感謝を受け取ってくれ。
ありがとう。君がいなければみんな死んでいた」
「どういたしまして」
にっ、と笑ったイサミが後ろに倒れ、大の字に寝転がる。
「それにね、今は凄くいい気持ちなんですよ」
「?」
「確かに随分と色々なものを失った・・・この損害は、もう取り返せないかも知れない。
でも、いい気持ちなんです。すごく、いい気持ちなんですよ」
そういってイサミは晴れやかに笑った。
完成~~~っ!
いや、難産でした。
D&Dのルール踏まえた上でメタ的な駆け引きまで考えると戦闘の組み立てが難しいのなんのって・・・今までで一番きつかった。
あ、できてるかどうかはまた別の話と言う事で(汗