ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~   作:ケ・セラ・セラ

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あれこれの設定は基本的にこの作品独自のものです。


13-8 赤いローブの老人

 イサミは夢を見ていた。

 本来睡眠を必要とせず夢も見ないはずの"ミストラに選ばれし者"が見る夢。

 

 どこか懐かしさを感じる、上も下も右も左もない空間。

 そこに、あの赤いローブの老人がいた。

 イサミの記憶と寸分違わぬ姿でパイプをくゆらせている。

 

「や、どうも」

「久しいな・・・とはいえ思ったよりも随分と早かったね」

「おかげさまで、色々死線をくぐりましたので」

 

 肩をすくめる。

 赤いローブの男が微笑んだ。

 

「それではあらためて自己紹介をしておこうか。

 私はシャドウデイルのエルミンスター。老賢者と呼ぶ者もいる」

「やっぱりか・・・」

 

 イサミがため息をついた。

 

 エルミンスター。

 D&Dでもっともメジャーな世界の一つ、フェイルーンにおける最強の善の守護者。

 

 魔法の女神ミストラに力を与えられた不老不死の大魔術師にして戦士、盗賊、司祭。

 英雄の後見人にして千年以上を生きた叡智の持ち主。

 そしてゲームデザイナー公認のチートチート&チート。

 

(つーかぶっちゃけ「ぼくのかんがえたさいきょうのしゅごしゃ」だよなこの人・・・まぁそれはともかく)

 

「時間もないでしょうし、単刀直入にお聞きしますが・・・俺は何のためにこの世界に送られたんですか?」

「一言で言えば、邪神の復活を阻止するためだな。タリズダンという名前に聞き覚えは・・・あるようだね」

「ええまあ」

 

 イサミはもう一度、今度は盛大にため息をついた。

 

 タリズダン。

 エントロピー、無秩序と腐敗、永遠の闇そのものである、彼方の領域より来たりし異貌の神。

 世界を原初の混沌に返さんとして、今ある世界を全て――文字通り一切合切消滅させようとした狂える神だ。

 

 あらゆる次元、あらゆる世界を破壊しようとするタリズダンの軍勢に、それらの世界に住まう善神や天使、それに仕える多くの種族はもちろん、死の神や虐殺の神など邪神と呼ばれる神々や邪悪なデヴィル、果てには混沌に属するデーモンまでがそこに加わり抵抗した。

 恐らく、長いD&Dの歴史でも唯一無二の出来事であったろう。

 

 もちろんいかにタリズダンとその軍勢が強大とはいえ、世界と宇宙の全てを敵に回しては勝ち目はなかった。

 とはいうものの集った神々や魔神、ドラゴン、人間やエルフやオークやゴブリンの勇者達の大半を返り討ちにしたというのだから凄まじい。

 

「死せるタリズダン、夢見るままに待ちいたり・・・ってか?

 この世界の次元の壁が強固なのは、タリズダンを封印するためだったんですか」

「その通り。当然外側から中を覗くことも至難の業でね。こうして世界の合の時を狙わないと話もできない」

「わざわざ俺みたいなのを送り込んだのも、そのために? 境界が強固で肉体を持ったままでは通過できないとか」

「少し違うな」

 

 エルミンスターはそこで言葉を切り、パイプをくゆらせた。

 吹き出した煙が無数の球体になって宙に浮かぶ。

 それらは一見ランダムに動き、近づいたり遠ざかったりする。

 

「知っているだろうが、それぞれの世界は独自の軌道を描いて虚空に浮かぶ玉のような物だ。一定のタイミングで接近し、また離れる。こちらから封印世界に干渉できるのもそのタイミングしかない。

 だからそちらの世界でタリズダンの封印が解けかけていると気付いた時も、我々はすぐには干渉できなかった。

 複数の次元界で連絡を取り合い、神格の力も借りて、次元界が接近するたびにそれぞれの世界から英雄を送り込んだのだが・・・実を言えば、こうして再度コンタクトを取れたのも君で二人目なのだ」

 

 イサミが苦笑して肩をすくめた。

 

「つまり俺は、アプローチを変えてみた結果と言う事ですか」

「その通り。よその世界から既に出来上がった英雄を送り込むより同じ世界から、しかも1から育ててみたらどうか、とね」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ん? 今なんて?」

 

 目をしばたたかせるイサミ。

 エルミンスターは意外そうに片眉を上げて、ゆっくりと繰り返した。

 

「同じ世界から送り込んだ、と言ったのだよ。君が今いる世界は君がいた次元界の中の、そうだな、夢の領域とでも言うべき場所に作られた封印空間――疑似次元界だ」

 

 疑似次元界。神格やそれに準じる存在が作り出す人工的な次元空間である。

 混乱するイサミが目を白黒させた。

 

「でも俺の元の世界に魔法はありませんし、神様とかもいませんよ!? あ、いや・・・しかし・・・」

 

 疑問を呈しながらも何かに気づいたイサミに、エルミンスターが頷く。

 

「その通り。封印世界にいる神々は()()()()()神々だ。

 名前を聞いたことのある神がいたのではないかね?」

 

 ヘスティア。ヘファイストス。ウラノス、ロキ、フレイヤ、ガネーシャ、ミアハ、ソーマ、タケミカヅチ、ヘルメス・・・

 イサミの頭の中で、パズルのピースがカチリとはまった。

 

「あらゆる世界のあらゆる神々が手を組んでタリズダンを打倒した――打倒しはしたが、滅ぼす事は出来なかったのだ。

 かの神は始原の存在であり、司るのは必然たる滅び。君たちの世界の言葉で言えば"エントロピー"だったか。

 忌まわしきものではあるが、この宇宙に必要不可欠な法則の一部だ。権能ごと滅ぼす事はこの宇宙の歯車を狂わせることになる。

 さりとていずれかの神がその権能を受け継げば、それが第二のタリズダンになる可能性もあった」

「それで封印した・・・」

 

 イサミの言葉に、エルミンスターが厳粛な面持ちで頷く。

 

「むろん、なまなかの封印では容易く破られる恐れがあった。かの神を信奉する者どもも、全滅したわけではなかったからな。

 そこである世界の勇気ある神々が自らと、自らの世界を用いて奴を封印することを申し出た。

 その世界の全ての神が力を結集して作り上げた疑似次元界に奴の本質を自らもろともに封印し、外界との一切の接触を断ったのだ」

「じゃあ俺の元の世界で魔法が使えなかったのも・・・」

「封印を維持するために物質界の(ウィーヴ)、ええと、そちらの言葉では魔素(マナ)だったか?が消費されているからだ。

 それはどのような大魔導士と言えども、魔術の行使は難しいだろうよ」

 

 (ウィーヴ)魔素(マナ)も、魔法を使うために必要な要素である。

 それが薄いと言う事は、外の世界から魔法で干渉することもまた難しいと言う事になる。

 一つの世界の神々と魔法を犠牲にした、完璧な封印であった。

 

「まあ、その結果技術が発達して、あらゆる次元界の中でもトップクラスの文明を築き上げたのは皮肉と言うほかないがね。

 エベロンだったか、あの世界も大したものだが君たちの世界には遠く及ばない」

「色々欠点もありますがね」

 

 互いに苦笑するイサミとエルミンスター。

 

「まあそれはおいておこう。

 タリズダンが封印されたのが遙かな昔。私が生まれるよりもずっとずっと昔だ。

 そしてこちらの世界で200年ほど前に、"伝説に倣う者たち"が封印がほころびかけている事に気づいたのだ」

 

 「伝説に倣う者たち」。その起源はまさしく全次元世界を巻き込んだタリズダンとの戦いにまでさかのぼる。

 高次次元で神々がタリズダンその人との激しい戦いを繰り広げている間、物質界における彼の軍勢とそれに対抗する者達との最終的な、破滅的な戦いが起きた。

 

 善悪秩序混沌のあらゆる属性、モンスターも含めたあらゆる種族の、数千とも数万とも言われる、いずれも一騎当千の勇者達。

 彼らが挑んだのがタリズダンを信奉する者達の最後の砦、元素邪霊寺院。

 

 戦塵が晴れたとき、そこで生き残っていた六人の英雄達が"影より帰りし六者(ザ・シックス・フロム・シャドウ)"。

 「伝説に倣う者達」とは彼らの衣鉢を継ぐ集団なのである。

 

「"伝説に倣う者たち"って、そう言う団体だったんですね。"六者"を崇める英雄育成機関だと思ってましたよ」

「こういう事態になるまでは私も知らなかったがね。英雄候補を育成していたのも、タリズダン復活に備えてのことだったのだろう。

 ともかく、破滅の大戦終結直後から彼らは各次元界に支部を作り、連絡を取り合っていたらしい。

 そして次元の壁のほころびに気づき、私や他の次元界における同様の人物にコンタクトを取ったと言うわけだ」

 

 頷き、重要な事を思い出す。

 

「そう言えば、向こうで明らかに封印世界の外から来た人間と出会ったんですよ。

 オアース世界のロード・ロビラーとアークデヴィル・グラシアの分体(アスペクト)。彼らは、明らかに俺たちと敵対していました。

 モルデンカイネンさんあたりから何か聞いていませんか?」

「なんだと?!」

 

 エルミンスターの目が見開かれた。

 モルデンカイネンとはフェイルーンとは別の世界オアース(グレイホーク)において、世界の守護者を任じる大魔術師だ。

 

 ただし善の勢力であるエルミンスターと異なり、善悪のバランスを重視してそれを保つためにどちらの勢力にも力を貸す危険人物でもある。

 しかしその目的はあくまで世界の存続であり、世界そのものの崩壊を願うタリズダンに手を貸すことだけはないはずであった。

 

「・・・わかった、なるべく早くモルデンカイネンと接触してみよう。

 彼の仕込みだと思いたくはないが・・・」

「俺も違うとは思うし、違っていて欲しいとは思いますが・・・

 奴らが恐るべき敵として俺たちの前に立ちはだかってきたのは確かです。

 何らかの情報があるなら是非欲しい」

 

 真剣な顔でエルミンスターが頷いた。

 ふう、とイサミが何度目かの息をつく。

 

「しかし、これでいろいろ疑問が解けましたよ。

 俺みたいなのより、どうせなら《ハーパー》とか《八者の円》とか《門を護る者達》とか、集団で送り込めばいいんじゃないかとずっと思ってたんです。

 というか、いないんですか、そう言う助っ人」

「んー・・・今すぐ呼べてある程度戦力が期待できる所・・・」

 

 沈思黙考する赤いマントの老人。

 

「シルヴァーフレイム教会?」

「すいません、無理です、ほんと無理」

 

 イサミが速攻全力でドゲザした。

 

 シルヴァーフレイム教会はエベロン(D&DのMMO「ストームリーチ」の舞台世界だ)に存在する宗派だ。

 間違いなく善の勢力なのだがリアル宗教団体の如く内部がかなり腐敗してたり(まぁこれはシルヴァーフレイム教会に限った話でもない)、「獣人は邪悪なので浄化しましょうね♪」とばかりに虐殺かましたりする危険集団でもあるのだ。

 

(この世界に組織ごと呼び入れた日には、何をしでかしてくれることか・・・!

 いや、個人個人としては信頼できる善人が大多数なんだけどねえ・・・)

 

 ゆらり、と世界が揺れた。

 エルミンスターが顔をしかめる。

 

「いかんな、思ったよりも早く世界が離れるようだ。もっと色々伝えねばならないが、時間がない。

 モルデンカイネンのことは確かめておく。それと最後に・・・神々には気をつけろ。必ずしも味方とは限らん」

 

 それはどういう、と言おうとして、世界がぐにゃりとゆがむ。

 目を開けると、そこは酒場の二階の一室だった。

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