ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~ 作:ケ・セラ・セラ
適当な結跏趺坐の姿勢のまま、イサミは目を開いた。
飾り気のない木作りの天井と壁、それなりに清潔で掃除の行き届いた室内。
昨夜、アスフィと共に飲み明かした一室である。
窓の板戸の隙間から漏れる光は、時刻が夜明け直後くらいであることを示していた。
ホームでは今頃、ベル達が朝の特訓を始めているだろう。
「ん・・・」
吐息が耳をくすぐる。
アスフィは体を丸め、イサミのマントの端を固く掴んだまま眠っていた。
美女の寝顔とは眼福の光景ではあるが、息が酒臭いのがはなはだしいマイナスである。
「・・・"
アスフィの額に伸ばした左手にドラゴンマークの複雑な紋様が浮かび上がり、一瞬光を放つ。
ほぼあらゆる状態異常を癒す魔力が"万能者"の体に染み渡り、寝息が安らかなものになった。
「・・・」
「・・・・んん・・・」
そのまま役得とばかりにアスフィの寝顔を眺めていると、額に触れたことがきっかけになったか、目を開いた。
ぱちぱち、とまばたきをして目の前のイサミと目を合わせる。
そう言えば"
「どうも、おはようございます。ご気分はいかがですか」
「・・・いさみ・・・くん?」
次の瞬間、早朝の酒場に悲鳴が響いた。
「どどどどどういう事ですかこれは!? 私に何をしたんですか! 見損ないましたよイサミ君! あなたはそんな事をするような子じゃないと思ってたのに・・・!」
「お叱りは後で聞きますが、とりあえず俺のマントを返して貰えませんか」
「・・・え?」
そこで初めて、アスフィは自分がイサミのマントを握って離さないでいるのに気づいたらしい。
自分の手を信じられないように見下ろした後、しゅんとうなだれてしまった。
(かわいいなあ)
ちょっと鼻の下を伸ばすイサミであった。
扉の外に人の気配を感じ、再び"変装帽子"を起動する。
イサミが冴えない中年男の姿になるとほぼ同時に、部屋のドアがノックされた。
しかめ面で部屋の中を覗き込む主人に謝罪し、千ヴァリス金貨を二枚ほど握らせる。
主人は手の中を確認した後ため息をつき、それ以上は何も言わずに引っ込んだ。
「・・・・・・」
戻るとアスフィがベッドに腰掛けて、それはもうわかりやすく落ち込んでいた。
「すみませんイサミ君・・・何から何まで・・・」
「気にしないで下さい。いつもお世話になってますし」
イサミが言うと、アスフィがほろ苦く笑った。
「逆ですよ。私のほうがいつもお世話になっています。
24階層の時の事ももちろんですし、七番街でもあなたのくれた魔道具がなければ、いえ、あなたがいてくれなければあの二人に全滅させられていたでしょう。
それなのに、私はあなたにろくに借りを返せていない。昨日だって・・・」
はっと何かに気づいたようにアスフィが口をつぐむ。
気づかないふりをしてイサミが言葉をつないだ。
「それより体調はどうです? 昨日は随分飲んでらしたようなので毒消しの術をかけましたが。なんでしたらホームまでお送りしますよ」
「・・・っ!」
にやにやするイサミに、アスフィの顔が再び紅潮する。
「勘弁してください! 派閥の長たる私が、仕事でもないのに朝帰りなんて・・・! ましてやイサミ君と一緒だなんて、示しが付きません!」
「いや・・・送るのはともかく、別にいいじゃありませんか。大人の女性なんだから、一晩飲み明かすくらい」
「それはっ・・・そう、ですが・・・」
うう、とうなだれるアスフィ。
不意に、この女性がものすごく気の毒になってイサミは目をすがめた。
(ずっとまじめに生きてきたんだろうなあ、この人)
噂によればアスフィは元々とある海国の姫であり、それをヘルメスがさらっていったとのことだが・・・それが本当だとすれば、籠の鳥が決意した一世一代の大冒険だったのだろう。
あれだけ振り回されてなおアスフィがヘルメスに忠誠を尽くす理由も、何となくわかるような気がした。
ふと思い立ち、懐から予備の"
持ち主が互いにメッセージを送りあえるマジック・アイテムだ。
「イサミ君、これは?」
「メッセージを送る魔道具です。何かの連絡なり、お酒のお誘いなりお好きに使ってください。
ただの愚痴でもいいですよ」
一瞬意表を突かれた顔になったアスフィがクスリと笑った。
「あら、私を口説いているつもりですか? 生意気ですよイサミ君」
「何言ってるんです、アスフィさんだって俺と大して違わない年齢でしょうに」
「ふふ・・・」
「ははっ」
早朝の酒場に、今度は和やかな笑い声が響いた。
結局二人はそのまま酒場で別れた。
イサミはヘスティア・ファミリアのホームへ。
アスフィは朝帰りなんて初めてです、と笑いながらヘルメス・ファミリアのホームへ。
(・・・少しは役に立てたかな)
そう思いつつ、イサミは"
不可視の気体となったイサミは廃教会の崩れた壁から入り込み、朝の特訓を行う三人を尻目に地下に下りる。
その後、一時間ほどしてから自分の部屋から何食わぬ顔で出てきた。
「おはよう、イサミ君!」
「おはようございます、イサミ様」
「おはようございます、神様、リリ」
珍しく早起きしていたヘスティアとテーブルの上に道具を並べて点検していたリリに挨拶し、ソファに座って呪文書をめくり始める。
ややあって朝の特訓を終えたベル達が降りて来た。
「おはよう、にいさん、リリ」
「おはー」
「おはようございます、ベル様、シャーナ様、レーテー様」
「おはよう。それじゃ朝食の準備するかね・・・レーテー?」
普段なら朝の挨拶をした後、大型犬のようにじゃれついてくるレーテーが、じーっとこちらを睨んでいる。
「な、何だ?」
「・・・イサミちゃんから女の人の匂いがする」
「ブーッ?!」
「ええええええええええ!? に、兄さん?」
思わず吹き出すイサミ。ショックを受けるベル。
レーテーがさらにイサミの匂いをくんくんとかぐ。
「お酒の匂いもする・・・」
「そ、それは昨夜は酒場を廻って情報収集を・・・」
「情報収集して、アスフィちゃんの匂いが付くんだ、へー」
「んぐっ?!」
呪文で消臭しておくべきだったと後悔するがもう遅い。
そしてジト目のレーテーが最後の爆弾を投下した。
「そう言えば今朝、部屋からイサミちゃんの匂いがしなかったけど・・・ 昨 晩 ど こ に い た の か な ?」
「「「「?!」」」」
他の四人の視線が一斉にイサミに集まる。
この時点でイサミは死を覚悟した。