ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~ 作:ケ・セラ・セラ
「がっ! ぐっ! がぁっ!」
「ホラ、ホラ、ホラァ! この程度でイっちゃヤあよ! もっとアタシを楽しませなさいっ!」
面白いように命中する赤い爪が、ベルの鎧と肉体を削る。
なぶっているのだ。この肉の塊は。
必死で避ける。
必死で防ぐ。
アイズ・ヴァレンシュタインに教わった戦闘技術をフルに駆使する。
相手から目を逸らさず、集中力を途切れさせず、常に動き回り、三手先を考えて動く。
だが圧倒的なステイタスの差がそれを無視する。
面白半分に振り回しているだけの赤い爪が、体に次々と傷を刻み込んでいく。
魔法を使う暇すらない。
「・・・!」
それでも倒れず、ベルはナイフと短剣を構える。
パエリリオンの目がすっと細まった。
「ホント、ナマイキねえ。そうね、次はその目を・・・っ?!」
数分前のベルのように、何かを感じ取ったパエリリオンの体が硬直する。
目の前のベルを完全に無視して、後ろの「何か」に振り向く。
恥も外聞もなく前方に逃げた少年との、そこが違い。
そして、それが両者の運命を分けた。
「ひぃっ?!」
振り向いたパエリリオンが最後に見たのは、おのれの脳天に食い込む鋼のきらめき。
そしてそれを一瞬に足下まで切り下ろした、偉丈夫の
「あ・・・」
ぽかん、とベルが口を開けた。
両断されたパエリリオンの残骸がどさどさ、と一拍遅れて地に伏せる。
たった今、パエリリオンを頭から股下まで一刀のもとに切り捨てた男は、無言で大剣を振り、青黒い血を剣から払った。
その無骨な相貌にベルは見覚えがあった。
否、オラリオに住まう者で、この男の顔と名を知らぬ者はいないだろう。
生ける偉烈。
オラリオ唯一のLv.7。
英雄豪傑が綺羅星のごとくひしめくオラリオでなお頂天に輝くその名。
"
(フレイヤ様の御懸念が正しかったと言う事か)
唖然とするベルを見下ろしてオッタルは思う。
ここ数日ベルの周辺に怪しげな影があると見たフレイヤは、オッタルに命じてベルの周囲を張らせていたのだ。
「あ、あの・・・」
「構えろ。来るぞ」
おずおずと言いかけるベルにハイポーションを投げ渡し、ずい、とオッタルが前に出る。
先ほどのパエリリオンすら上回る、隣を山が通り過ぎるような感覚。
圧倒されながらも、ベルは慌ただしくガラス管の中身を飲み干して振り向く。
「!」
街路を埋め尽くす食人花がいた。
無差別に暴れるのではなく、明らかにベル達を狙っている。
「奴らの魔石は花の中央、口の中にある。斬撃と火炎が効くから、お前ならやれるはずだ」
「は、はいっ!」
頷く暇もなく、食人花が襲ってきた。
「"ファイアーボール"ッ!」
ベルの手から小さな光球が放たれた。
迫る食人花達の間をすり抜けたかと思うと、二列目の食人花に命中し、次の瞬間半径6mの爆発が起きる。
だが紅蓮の炎に焼かれつつも、食人花達は突進してくる。
単純に、ベルの魔力では威力が足りないのだ。
「"ファイアーボール"ッ!」
「"ファイアーボール"ッ!」
「"ファイアーボール"ッ!」
「"ファイアーボール"ッ!」
「"ファイアーボール"ッ!」
「"ファイアーボール"ッ!」
「"ファイアーボール"ッ!」
「"ファイアーボール"ッ!」
「"ファイアーボール"ッ!」
「"ファイアーボール"ッ!」
「ほう」
が、威力が足りないなら連射で補えるのがベルの速攻魔法だ。
右手から乱射される光球が次々に炸裂し、焼かれた食人花達が一体また一体と倒れていく。
それを横目で眺め、オッタルが軽い感嘆の声を上げた。
もっとも、そのオッタルのほうは一体また一体どころではない。
無造作に大剣を振るたびに数体の食人花がバラバラになり、あるいは魔石を砕かれて灰となる。
精神力の限りに放つベルの火球が焼くそれより、竜巻のように振るわれる大剣の倒す数の方が遥かに多い。
(うわっ・・・)
横目でちらりと見たベルが、冷や汗をかく。
彼には、振り回される大剣の影を追うことすらできない。
「よそ見をしているな。死ぬぞ」
「は、はいっ!」
正面に向き直り、精神力の限り火球を放ちながら、それでも接敵してくる食人花をナイフと【牛若丸】でなぎ払う。
相性的に有利とはいえ、根本的に食人花のスペックはベルのそれを上回る。
時折オッタルのフォローが入るとは言え、ベルにとっては辛い戦いだった。
「はあ・・・はあっ・・・」
だが思ったよりも早く、食人花の群れは途切れた。
大多数がベル達にではなく、屋敷に向かって行ったせいだ。
精神力の大量消費にベルが汗を流す。
「・・・・・・・・!」
屋敷の方を向くと、三階建ての屋敷と広い敷地がまるごと隠れるほどの食人花が群がっていた。その高さは優に10mを超える。
時折内部から空に向けて炎が吹き上がり、百体を超す食人花が灰になるが、すぐに周囲の食人花が群がり、穴を塞いでしまう。
イサミの魔法は強力だが、しかし視界の外、壁の向こうに放つことは出来ない。
先ほど使った"冷気の円錐"のように術者を基点に効果が貫通する魔法もあるが住宅街の中、しかも周りに仲間がいて、屋敷の中にもひょっとしたら生き残りがいるかも知れないと考えると、少しずつ丁寧に焼いていくしかない。
こんな場所で"風制御"など使おうものなら、甚大な被害が出るだろう。
その直前、オッタルは食人花の塊から二つの人影が飛び出していったのを見ていた。
Lv.7の鋭い視覚はそれが赤髪の女と白い仮面の男であるのも確認している。
だが追いはしない。彼の使命はあくまでベルを守ることだからだ。
「兄さん!」
走り出そうとしたベルの肩をオッタルが掴む。
「やめておけ。今のお前では死ぬだけだ」
「で、ですけど!」
「お前の兄が噂通りの男なら、あの程度では死ぬまい。足手まといにはならないことだ」
くちびるを噛んでうつむくベル。
それを見下ろすオッタルの口元がかすかに、ほんのかすかにゆるんだ。
ベルとミノタウロスとの死闘を、フレイヤのそばに控えていた彼も見ていた。
だからわかる。この少年は悔しいのだ。兄を助ける力のない自分が不甲斐ないのだ。
もう一度何か鍛えてやろうか。そんな事を考えている自分に驚きを感じる。
ふっ、と今度ははっきり苦笑を表に出して――オッタルは後ろを振り向いた。
ヒルディスヴィーニは女神フレイヤの持つ猪。
一説には愛人であるオッタルが変化した姿とも。