ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~ 作:ケ・セラ・セラ
「えっ・・・っ!?」
オッタルの様子に気づいたベルがワンテンポ遅れて振り向く。
その視線の先に悠然と立つのは、灰色の戦闘衣を着た黒髪黒ひげの巨漢。
体格はオッタルに僅かに劣るが、放つ威圧感は都市の頂天たる彼をも凌ぐかと思われるほどだ。
「・・・・・・・・・」
「あーあ、殺っちまいやんの。たく、こっちゃ使える手駒が少ないってのによ」
オッタルの放つプレッシャー、余波でベルが動けなくなるレベルのそれを、軽く受け流して軽口を叩く巨漢。
「えっ?」
すらりと剣を抜き、黒い刀身を唐竹割されたパエリリオンの胸元に無造作に突き刺す。
魔石を破壊されたモンスターと同じく、パエリリオンの体が灰になった。
ぴくり、とオッタルの目元が動く。
「貴様は・・・」
「ん? 俺を知ってるのか? ああ、あの時のぞき見してた奴か?」
飄々とした調子を崩さないロビラーに対し、オッタルは無言。
ヒゲの戦士はにやりと笑って顔をベルの方に向けた。
「よう、ひさしぶりだな。レベルアップしたか? 随分と強くなったじゃねえか」
「え、ええと・・・?」
少年の反応に、ロビラーが怪訝な顔になる。
「ありゃ? 俺の事覚えてないのかい。まあしょうがないか、あん時ゃお前さん一杯一杯だったからな」
「す、すいません!」
きまじめに頭を下げるベルに、吠えるような笑いが喉を突いて出た。
「わはははは! まあ気にするな! レベル1でミノタウロスと、それもあんなろくでもない怪物と戦ったんだ!
俺の事なんざ、覚えてなくても仕方ねえやな!」
「ああ、あの時の・・・え? それって・・・!?」
思い当たったのか、ベルの顔がこわばる。
にやり、とロビラーがくちびるを歪めた。
「そうさ。お前の兄貴に剣を突きつけてたのが俺だ。
つまり――お前らの敵さ」
「!」
言葉と共に放たれるプレッシャー。
「か・・・はっ・・・!?」
いかにランクアップしたとて、ベルはまだLv.2に過ぎない。
Lv.7を超える相手から発せられる本気の圧に、呼吸すら忘れて石のごとく固まる。
そのベルを守るように、オッタルが一歩前に出る。
くちびるを歪めたまま、ロビラーがオッタルに向き直った。
黒いバスタードソードを両手で持ち、顔の前に垂直に立てる。
剣士の礼だ。
「俺は・・・今は
「女神フレイヤ様の眷属、オッタル」
オッタルもまた剣を立て、礼を返した。
どちらからともなく、二人が剣を下ろし、構える。
オッタルは両手持ちの大剣。刃渡りは130cmほど。
ロビラーは刃渡り100cm、冷気をまとった黒い
オッタルは両手青眼に構え、ロビラーは半身で右手中段。
二人はそのまま動かず、息詰まるような数瞬が流れる。
動かない。
微塵たりとも剣は動かず、ただ空気に、今にも爆発しそうな危険な何かが満ちる。
呼吸をすることも叶わず、ベルはただそれを見ていることしかできない。
その瞬間、二人の間で何が通ったのかはベルにもわからない。
二人の技の起こりも、それを導いた「機」も、ベルには全く見て取れなかった。
ただ気がつくと火花が散り、金属音が響く。そこでようやくロビラーの斬撃をオッタルが弾いたことを理解した。
オッタルが半歩下がり、ロビラーもまた間合いを取る。
呪縛が解けたかのように、ベルが呼吸を再開した。
「・・・・っ! はあっ、はあっ・・・!」
「おう少年。息しなきゃダメだぞ? 死んじまうからなあ」
オッタルから視線は逸らさぬまま、剣は動かぬまま、ロビラーがベルをからかう。
オッタルは無言、そして同じく不動。
ただ眉間のしわが僅かに深くなっている。
ベルはただ、立ちすくんでいることしかできない。
火花が散る。
オッタルの大剣に刃こぼれが生じた。
火花が散る。
オッタルがまた半歩下がる。
火花が散る。
更に刃こぼれ。
(何かしなきゃ・・・!)
立ちすくみながら、脂汗を浮かべながら、それでもベルが頭をフル回転させる。
そうしている間にも無数の火花が散り、オッタルの大剣の刃が少しずつこぼれ、僅かずつその足が後退していく。
二人の剣など影すら見えないが、それでもオッタルが押されているのは確かだった。
完全防御。
都市唯一のLv.7冒険者が持つ、いわば
【エアリエル】を加えたアイズの全力の突撃すら止めて見せたそれは、ステイタスと技量の双方で上回るロビラーの猛攻をほぼ完全に凌ぎきっている。
だが、凌いでいるだけだ。
決して――そう、決して互角ではない。
(何かしなきゃ・・・何かしなきゃ・・・何かしなきゃ・・・!)
「おう、馬鹿な事は考えるなよ、少年」
びくり、とベルの体が震えた。
火花が次々と発しては散る中、楽しそうに笑みを浮かべている黒ひげの戦士。
脂汗が、滝のような汗になる。
ドラゴンの前の兎。
圧倒的というのも愚かしい存在の差がロビラーとベルの間にはある。
「流石にこいつ相手にしてたら、おまえさんを優しく気絶させてやれるかどうか、ちっと自信がないからな。
真っ二つにされたくなかったら、大人しく引っ込んでな。な?」
優しいとすら言えそうな声音に、戦慄と安堵と、そして悔しさが燃える。
「・・・!」
それで、たがが外れた。
何も考えずに右手が上がり、それに左手を添える。
「"
「"
「"
「"
「"
「"
「"
「"
「"
「"
「"
「"
「"
「"
数秒の間に十を超す呪文が疾った。
一つ一つはロビラーとオッタルのステイタス差に比べれば微々たるもの。
無我夢中で詠唱した呪文は無駄なものもあれば効果が被って無意味になるものもある。
冷静さを失い精神力を浪費したベルは、先の食人花との戦いもあり、もはや立っているのもやっとだ。
だが。
「・・・!」
オッタルの後退が止まった。
先ほどよりもひときわ増えた火花の嵐。
その中にあって、自分を上回る力量を持つ超戦士を相手に、オッタルは退くことをやめた。
「おっ?」
今までとは違う音色を奏でる一筋の火花。
一太刀、それも無造作に流されたとは言え、ロビラーの雷光のごとき連続攻撃の合間を縫って、初めて放った攻めの一撃。
「ふうん。そういやお前さんの太刀筋、前に見たことがあるなあ。あれは・・・」
「・・・っ!」
火花が散る。金属音が間断なく響く。
オッタルの大剣から削り取られる金属の破片の数が、目に見えて増えていく。
互いに攻めを繰り出すようになり、打ち合う回数が倍加しているのだ。
ロビラーにはまだ余裕がある。オッタルは全力。
まだ互いの体に、互いの剣は一太刀もかすってはいない。
だがそれでも、両者は辛うじて互角の戦いを演じていた。