ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~ 作:ケ・セラ・セラ
「り、リリ、くっつきすぎじゃないかな・・・」
「この球は小さいですから。人数が多いから、くっつくのも仕方ないことなんです」
「・・・十分広いと思うがねえ」
「どうでもいいが、大声出すなよ。音は聞こえるんだろう、これ?」
ベル達は、透明になって15階層を進んでいた。
イサミがベルの呪文指輪に入れておいた"
術者を中心に、半径3mの範囲内にいる人間を透明化する呪文で、範囲から出ると透明化は解除されてしまう。
直径6mの範囲に九人なので、やっぱりくっつく必要はない。ないが、そこは乙女心という奴である。
なお指輪に入れた呪文にはイサミの術力が反映されないので、持続は50分。
ベルが自分で使った場合と大差ない。
一方、その後ろには足を負傷したヴェルフと景清の二人が、ふよふよと浮かぶ円盤に背中合わせで座っていた。
「お前、こんな事まで出来るのな・・・」
「ま、魔術だから・・・かな?」
曖昧に笑うベル。
ベルの後ろに浮かぶ円盤は"テンサーズ・フローティングディスク"。
重量物を運ぶための魔法だが、今のベルなら最大で225kg、大人二人を乗せて運べる。
持続時間も、他の魔法を使わなければ18時間はもつ。
ベルが咄嗟に動けなくなるリスクはあったが、負傷した二人を足手まといになることなく連れて行けるのは大きかった。
しばしの後。透明球の効果が切れる前に、ベル達は幸運にも16階層への縦穴を発見する。
頷きあった後、九人は闇に身を躍らせた。
「うげっ・・・」
「なんて匂いだ・・・」
「我慢して下さい」
「でもよぉ・・・」
「お言葉ですが、リリが一番この悪臭に悩まされています!」
そう言うリリが棒の先に下げているのは「
ミアハ・ファミリアの調合師ナァーザが作り上げた、強力なモンスター避けのアイテムである。
落下時に透明化が解除された(元々持続時間は残り少なかったが)一行は、次の手としてこの強臭袋を使って16階層を進む事にしたのだ。
が、16階層の途中でその強臭袋もストックが尽きる。
そこから先は死闘の連続だった。
ベル、桜花、命の三人のLv.2を中心に、全員が死力を尽くす。
動けない二人も景清は弓で、ヴェルフは魔法封じの魔法でパーティをサポートし、リリも取って置きの矢を惜しみなく放つ。
その中でもベルの動きは際だっていた。
魔法はほぼ使えないながらも縦横無尽に動き、時には【英雄願望】によるチャージ攻撃で数体のミノタウロスを一息に屠る。
数が多い場合は"
既にLv.2の上位を超えるステイタスがそれを可能にしていた。
だがそれでも限界はある。
ひとりまたひとりとパーティのメンバーは疲労と負傷により気を失い、17階層の終端に達する頃に残っていたのはベルと桜花の二人だけだった。
ベルが命と飛鳥を抱え、桜花が千草と卜伝を担ぐ。リリ、ヴェルフ、景清の三人は落ちないようにロープでまとめて円盤の上。
体を引きずるようにしてベル達は前に進んだ。
「・・・おい」
「ええ」
先ほどから、全くモンスターが出てこない。
他の上級冒険者が掃討した?
それにしては魔石をえぐり出されたモンスターの灰一つない。
たまたまモンスターの空白地帯が生まれた?
確率は天文学的。
恐れているのだ。この先にいる、あるいはこれから生まれるものを。
「急ぐぞ・・・どうした?」
「いえ、さっきから視線を感じるような・・・」
「モンスターにつけられてるってことか? 気のせいじゃないならその内襲ってくるだろうが、どっちにしろやることは変わらん。行こう」
「は、はい」
キョロキョロするベルを桜花がたしなめ、二人は巨人のためにしつらえられたような広大な通路を進む。
やがてたどり着いたのは、高さ20m、さしわたし200mの巨大な空間。
第十七階層の最奥に存在する、最後の大広間。
目を引くのが向かって左側の壁。
継ぎ目が全く存在せず、鏡のように磨き抜かれたなめらかな平面。
「『嘆きの大壁』・・・!」
伝え聞く噂に、ベルの体がこわばる。桜花も同様。
通常の壁と違い、ただ一種類のモンスターしか生まない鏡の壁。
「・・・行きましょう!」
「あ、ああ」
二人は必死で足を動かす。
ここさえ抜ければ18階層。安全地帯。
その一念で、限界近い体に鞭を入れる。
ばきり、と。音が鳴った。
「――――!」
二人が同時に振り向く。
鏡のような壁面に、天井から床までジグザグに走る一本の筋。
次の瞬間、それが左右に大きく広がるひび割れとなり、僅かな間を置いて砕け散った。
轟音。
爆砕した壁面から無数の岩や破片がはじけ飛び、床に飛散する。
「そんな!? よりによってこのタイミングで!」
「言ってる場合か! 走るぞ!」
毒づきながらも二人は走った。横手から巨大な足音が響く。
ちらり、とベルは左を見た。
見たくはないのに、見ざるを得ない、それは恐怖。
土煙の向こうに見える身長7mの巨大なヒトガタ。
灰色の体、黒いざんばら髪、真っ赤な眼球。
階層主、Lv.4――大巨人、ゴライアス。
その真っ赤な眼球が、ぎろり、と動いた。
人の顔ほどもある瞳に映るのはベルと桜花の姿。
「来る!」
「畜生、こんなところで!」
Lv.2冒険者のステイタスをもってしても、人二人は軽くはない。
死線の境をさまよって消耗しきった今の状態では尚更だ。
それでも二人は必死で駆ける。
だが相手はLv.4、階層主。しかも7mの巨体。歩幅からして違う。
一歩、二歩、三歩。
飛ぶように駆ける巨体は、たったそれだけで哀れな小動物達の必死の努力をゼロにする。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』
咆哮と共に振り下ろされる巨大な手のひら。
小うるさい小動物を叩き殺すために10mの高さから降ってくる質量1tの打撃兵器。
隣を走る桜花をとっさに突き飛ばした。
スローモーションになった世界の中で、驚愕と絶望の表情を浮かべて桜花が手のひらの攻撃範囲から離れていく。
ゆっくりと、巨大な手のひらが下りてくる。
全速を出しても絶対に間に合わないタイミング。
魔法に頼ろうにも、既に初歩の魔法一つ使えないまでに精神力は枯渇している。
(僕を置いて逝かないでおくれ)
一瞬、涙を浮かべて懇願するヘスティアの顔が脳裏によぎる。
間に合わない。そうわかっていつつも、足に最後の力を込めたその時。
『ヴォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!?』
階層主の苦鳴が大広間に響き渡るのと、大量の生ぬるい液体がベルに降りかかるのがほぼ同時。
床にぶちまけられた黒い液体に足を滑らせ、ベルが転倒した。
「な・・・あ・・・?」
尻餅をついて振り向いてみれば、見えるのは右腕の肘から先を落とされ、大量の血をまき散らして転倒するゴライアス。
そしてそれを為したであろう、鉄トゲを埋め込んだ多條鞭を右手に下げたフードの人物。
こちらを振り向いた拍子に、襟元から赤銅色の髪が一房、外套の上に波を打ってこぼれ落ちる。
ふわ、と。甘い花の匂いが鼻腔をくすぐった。
「早く行きなさい。こいつは私が引き留めて置くから――仲間、心配なんでしょう?」
「・・・」
ぽかん、と口を開けるベル。
美しい女だった。絶世の美女と言っていい。アイズのりりしくも儚げなそれとも、ヘスティアの健康的なそれとも、エイナの理知的なそれとも違う、一種魔性の美。
吸い込まれるような妖艶さがその瞳にはある。
はっ、と我に返ったベルが苦労しつつも立ち上がった。
「あ、あの、ありがとうございます! 僕はヘスティア・ファミリアの・・・」
「知ってるわ、【リトル・ルーキー】。私は・・・グレイシアよ。さ、行きなさい」
「ありがとうございます、グレイシアさん! 桜花さん!」
「お、おう!」
仲間を引きずり18階層へのスロープに走り込む二人を見つつ、グレイシア――魔姫グラシアはふわりと横に飛ぶ。
直後、怒れるゴライアスの左拳が地面に直径5m程のクレーターを作った。
「ほんと、似合わないことしちゃったかしらねえ・・・でも、ここでこんなのに殺されちゃうのも勿体ないし」
溜息をついた後、怒りを込めてゴライアスにじろりと視線を向ける。
続けての攻撃を叩き込もうとしていた階層主の動きが、ぴたりと止まった。
その赤い眼によぎるのは恐怖。
本来あり得ない、絶対的強者に対する恐怖だ。
ひるんだゴライアスが一歩、二歩と後退し、逆にグラシアはゆっくりと歩を進める。
「何故かしらね、私、今凄くイライラしてるの。悪いけど、そのはけ口になってちょうだい・・・!」
一時間後その場に到着したイサミ達が見たのは、大量の灰の山とその中に埋もれるドロップアイテム「ゴライアスの歯」だけであった。