ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~ 作:ケ・セラ・セラ
(どうしてこうなった・・・!)
(わ、私にもわかりませんよ・・・!)
小さな石造りのコテージ。居心地の悪そうな顔でシャーナとレフィーヤがアイコンタクトを交わす。
壁際には8つの寝台があり、隅には小さな暖炉、中央のテーブルには紅茶のカップとクッキーの皿が並んでいる。
"
「そちらの二人も楽にしてくれ。せっかく彼が用意してくれた場だ。堅苦しくすることもあるまい」
「は、はい」
「そ、その、私は・・・」
その言葉にも関わらずフィルヴィスはひたすら恐縮し、覆面を取った【疾風】ことリューも緊張を隠し切れない。
卓を囲む最後の一人、ロキ・ファミリア副首領にしてハイ・エルフの王女リヴェリアはそんな彼女らに苦笑しつつ、湯気を立てるカップに口を付けた。
シャーナとレフィーヤが現れて場が固まったところに、更に現れたのがリヴェリアであった。
とりあえずその場を収めた彼女がイサミの方を見ると、彼も頷いた。
イサミはこのコテージを魔法で出し(魔道具であるような演出はした)、紅茶とクッキーを用意して下がったのである。
コテージの中に残ったのは目元を泣きはらしたフィルヴィスと、リュー、シャーナ、レフィーヤ、そしてリヴェリア。
期せずしてエルフたちだけで始まったお茶会であったが、王女たるリヴェリアは彼女たちにとっては雲上人。
彼女たちが固まり、リヴェリアが苦笑するのもやむからぬ事と言えた。
しばらく、沈黙が部屋の中を支配する。
まず王族への敬意に無頓着なシャーナがクッキーに手を伸ばした(元々エルフではないのだから当たり前だが)。
続いてレフィーヤがカップに口を付けたところで、フィルヴィスが口を開いた。
「や、やはり私がこのようなところに・・・リヴェリア様と同じ卓につくなどと・・・」
「そう言わないでくれ。お前には一言礼を言いたいと思っていた。
レフィーヤが世話になっているそうだな。それに、お前がレフィーヤに伝えてくれた魔法のおかげで、我々も助けられた。
ありがとう、エルフの同胞よ」
その言葉にフィルヴィスは身をこわばらせ――泣き笑いのような表情を浮かべた。
「その御言葉だけで・・・報われた気がします。お目にかかれて光栄でした、リヴェリア様」
そのまま一礼して立ち上がろうとするフィルヴィスの手を、隣に座っていたリューが掴む。
鋭く振り向いたフィルヴィスを、静かな視線が包み込む。
「【白巫女】。この場にあなたを疎んじている者など一人もいません。
もうあなたも立ち直ってもいいころではありませんか」
「やめて下さい、【疾風】! 私は【
死の呪いに穢されているんです! これまで幾人の仲間を、同胞までも巻き込んで死なせてきた!
このような身がリヴェリア様を穢しでもしたら・・・!」
血を吐くような叫び。
だが、その言葉をリューは真っ向から切って落とす。
「あなたよりわたしの方がよほど穢れています!」
泣きそうな顔のフィルヴィスがびくり、と震えた。
「そんな! あなたは・・・あなたはいつだって正義そのものだった! 弱きを助け、悪をくじき、オラリオを守ってきた!」
「あなただって知っているでしょう。それは五年前までのことです。あなた同様に全てを失い、私が選択したのは復讐だった。
無辜の者こそ手に掛けてはいませんが、そうなっていても何らおかしくないことをやったのです。
私の手は血に濡れている! 呪われているとしたらそれはあなたではなく、私の魂だ!」
「そんなことは!」
言葉の応酬が更なる言い争いに発展しようとしたとき、唐突に二人の間に沈黙が下りた。
いつの間にか立ち上がっていたリヴェリアが、それぞれの肩に両手を置いている。
「その様な事を言わないでくれ、フィルヴィス。【疾風】。私まで悲しくなってしまう」
「・・・申し訳ありません」
「お、およし下さいリヴェリア様! 私は・・・!」
リューが王族の言葉に沈黙する。
だが身をよじり、さりとて不敬ゆえに振り払うこともならず、フィルヴィスは必死に訴える。
自分は呪われているのだと。穢れたエルフであるのだと。
「そのことは知っている。27階層の悪夢で仲間を失い、それ以降も続けざまに仲間を失ったのだったな」
「そうです! 私は・・・」
言葉を続けようとして、フィルヴィスはリヴェリアの顔を見てしまった。
そこに浮かんでいたのは哀れみではない。ましてやさげすみや嫌悪ではない。ただひたすらに純粋で神々しくすらある――慈愛。
「同胞の不幸を悲しみこそすれ、誰がさげすもうか。
お前は心根の優しい、そして勇敢な娘だフィルヴィス。【疾風】、君も。
お前達は決して穢れてなどいない。身も心も清く美しいエルフだ。誇るべき――我が同胞だ」
雷撃に打たれたように、フィルヴィスが身を震わせた。
それはかつてレフィーヤが彼女に言った言葉。
敬愛する主神のそれと同じくらいに、彼女の心を打った言葉。
それを一人の友だけではなく、畏敬すべき尊きエルフの王女が言ってくれたのなら。
リヴェリアの腕が、優しくフィルヴィスをかき抱く。
白いエルフの震えが止まる。その代わりに涙がこぼれた。
一滴二滴落ちた涙はすぐさま奔流となる。
フィルヴィスは泣いた。大声を上げて泣いた。
先ほどの嗚咽とは違う、感情を全てぶちまけるような涙。
悲しみを洗い流す、喜びの涙。
そのフィルヴィスを見やりつつ、リューは静かに瞑目した。
しばし後。
フィルヴィスが落ち着いたのを見やってリヴェリアが口を開いた。
卓の面々はそれぞれ無言のまま茶とクッキーを口に運んでいる。
「しかしシャーナ・ダーサ。君がうらやましいな。これだけ美味な菓子と茶をいつでも口にできるのだから」
「え? ええまあ、あいつは本当に料理がうまいから、じゃなかった! うまいですから、リヴェリア様」
慌てて言い直すシャーナにリヴェリアが微笑んだ。
「さっきも言ったが、かしこまることはない。森を出た時点で私は元王族に過ぎないからな。
エルフの皆は持ち上げてくれるが、本来その必要は無いのだ」
「は、はあ・・・そういう事ならこっちも気楽ですが」
何とも言えない顔になったシャーナに代わり、レフィーヤが口を開く。
「そ、そうかもしれませんけど! それでもリヴェリア様は尊き王族の血を引くお方です!
それなりに払うべき敬意というものが・・・」
「お前も頭が固いな、レフィーヤ。礼儀を忘れろとは言わないが、少しはシャーナを見習え」
「シャーナちゃんは人間に育てられたエルフだからしょうがないですけど、私たちは・・・」
そこではっと気づき、レフィーヤが口を押さえる。
「あー、気にしないでいいよ。別に隠しているわけでもないから」
「ご、ごめんなさい、シャーナちゃん」
「ふむ。そういう事もあるのだな。だがシャーナ、女らしい言葉遣いは練習しておいた方がいいぞ。いずれ男を口説くときに困ることになる――私のようにな」
笑みを浮かべて少女をからかうリヴェリアに、シャーナもニヤリと笑って見せる。
「何、お気になさらず。当てはありますので」
「イサミ・クラネルか。そう言えば年下に弱いようだったな、彼は」
「そうそう、ちょっとかわいい声音で『おにいちゃん』とか迫ったらイチコロですよ」
にたにたと笑うシャーナ。この場にイサミがいたら、今度こそ切れて攻撃魔法をブチ込んでいたかも知れない物言いである。
リヴェリアがこのような下世話なやりとりをかわしている事自体に衝撃を受けていた残り三人だったが、そこでレフィーヤが再起動した。
「しゃ、シャーナちゃん! だめよ、女の子がそんなこと言ったら・・・!」
「うん? なぁに、レフィーヤおねえちゃん?」
「はうっ!?」
上目遣いでにっこり笑い、かわいらしい声音での「おねえちゃん」攻撃にレフィーヤが胸を押さえてうずくまる。
「ほら、効果抜群」
「まったくだな」
くすくすと、リヴェリアとシャーナが笑いあった。
「しかし【疾風】か。生きていたとはな。お前達アストレア・ファミリアの活躍には常々感服していたし、その中で同胞が活躍していると聞いて誇りにも思ったものだ」
「恐縮です、リヴェリア様」
言葉少なにリューが頭を下げる。
「差し支えなければ教えて欲しいが、お前とフィルヴィスはどこで知り合ったのだ?
随分と親しげに見えたが」
「それは・・・」
口ごもるリューに代わり、フィルヴィスが口を開いた。
「『27階層の悪夢』の時に生き残りの私たちを助けて下さったのがアストレア・ファミリアの方々でした。
そして、放心している私を地上に連れ帰ってくれたのがこの方だったのです」
「そうか・・・すまない、無神経だったな」
「いえ」
フィルヴィスが目を伏せた。リューは天井を仰いだ。
『27階層の悪夢』の後約一年。フィルヴィスたちを助けたアストレア・ファミリアも同様に闇派閥の企みによって全滅した。
リューが賞金を掛けられたのも、ひとえにその復讐の度が過ぎたためだ。
その時抱いた思いをリューも、そしてフィルヴィスも忘れてはいない。
リヴェリアも、それがわからないほど鈍くはない。
重ねて謝罪の言葉を口にしようとしたとき、今度はリューの方から口を開いた。
「リヴェリア様もご存じでしょうが、今その闇派閥の残党。そしてそれと協力する怪しげな連中が暗躍しています。
それに対してロキ・ファミリアはいかが動かれるおつもりなのでしょうか?」
「ふむ。五年越しに姿を現したのはそれが理由か?」
「理由の一つではあります。それで、いかがなのでしょう?
ロキ・ファミリアの総意としてと言うのが難しければ、リヴェリア様個人のご存念でも構いません」
そうだな、とリヴェリアが少し考え込む。
「少なくともロキには何か考えがあるようだ。座して見ていると言う事はなさそうだな。
フィンも恐らくその路線で動くだろうな。ガレスも異は唱えまい。私としてもあいつらを放置しておきたくはない」
「ありがとうございました。そのお言葉が聞けて嬉しいです」
リューがどことなくほっとした顔で頭を下げた。
リヴェリアもそれに頷く。
「いつか、お前と肩を並べて戦える日が来るといいな。いや、そんな状況にならない方がそもそもいいのだろうが」
わずかに苦笑の色をにじませつつも、楽しげに語るリヴェリア。
リューも、僅かに頬をほころばせて頷いた。